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高校生
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放課後は土砂降りだった。傘立てに自分の傘はない。誰かに取られたのだ。この学校の生徒にモラルがないことを、すっかり忘れていた。愛司は自分の不注意を嘲笑った。
傘立てには他にも傘がある。骨が曲がったボロ、立派な黒い傘、よくあるビニール傘、彼女のものか? と疑いたくなるようなピンク色の華奢な傘……
ピンクはないとして、このボロ傘なら貰っても良いんじゃないか。……危ない思考が過ぎる。つい手が伸びた。
「それ、お前のじゃなくね」
鋭い声に、弾かれたように振り返る。設備システム科……ベージュ色の作業着を着た細身の男が立っていた。
濃密な黒色の髪。ぱつんと前髪を切り揃えた、色白の美形だ。
この学校には5つの専門学科がある。それぞれに学生のカラーがあり、設備システム科……S科と呼ばれるクラスはチャラチャラした学生が多い。愛司の属する機械科……M科の学生とは毛色が違う。S科の学生は「喧嘩とかよくやるよね」と失笑しながら動画配信を行い、喧嘩っ早い不良とは別の角度で教師を困らせている。一週間前には、ファミレスで迷惑動画を撮った二人の学生が炎上し、退学処分になった。
愛司をじっと見つめる目の前の彼は、ベージュ色の作業着を着ていなくても、一目見ればS科と分かるような、見るからに「遊び人」という感じの雰囲気を纏っている。
「それ、お前のじゃないよね?」
彼がもう一度言う。
「俺のじゃない……」
正直に答えると、彼は激しく瞬きした。半開きの唇が妙に色っぽく見えるのは、朱を引いたように赤く色づいているからだろうか。人工的な艶がないから、化粧なのかわからない。化粧だとしたらかなり上手い。
「う、わ……びびった。お前、人のモン盗むんだ」
彼は近づいてくると、傘立てにある、ピンク色の傘の柄を掴んだ。
……爪が、ピンク色だった。明らかに何か塗っていると分かる艶と色彩に、愛司はハッと息をのむ。
それにふわりと漂ってきた甘い香り……制汗スプレーや整髪料とは明らかに違う、高級感のある香水の匂いに、愛司は不覚にもドキドキしてしまった。
「これ、使いなよ」
ピンク色の傘を、ひょい、と差し出される。
「えっ……」
「恥ずかしい?」
形の良い唇でにっこり笑う。やっぱり目視では、唇に何か塗っているのか、いないのかわからない。ただ、この男は塗ってそうだな、と思った。眉の下で切り揃えられた前髪、丸みのない長めのボブカット。色白の肌と相まって、市松人形のようだ。
「いや……だって、あんたは」
つ、と言葉を制すように唇に人差し指を当てがわれ、愛司は瞠目した。なんだ、こいつ……
「俺、白石雪千佳。雪千佳って呼んでよ」
一人称は「俺」だった。オカマではない……と安堵したのも束の間、雪千佳はクッと身を身を乗り出し、愛司の耳元で囁いた。
「俺の彼氏になったら、雪ちゃんって呼ばせてやるよ……愛司」
「っ……」
狼狽する愛司を面白がるようにクスクス笑うと、雪千佳は身を引いた。
「愛を司る、良い名前だよね。俺、イケてる名前チェックしてんの。たいてい名前負けしてる奴ばっかりなんだけど、お前は合格」
褒められているのだろうが、上から目線で鼻につく。
「でもダメだろ」
雪千佳は愛司の手を取り、ピンクの傘を握らせた。
「人のモン盗んじゃ。お前はそういうことしないで卒業しなよ。不良とか嫌いなんだろ? 絡まれるの嫌で、だっさいメガネするくらい」
諭され、頬がジワリと熱くなった。どう考えても雪千佳が正論だ。
「でも……良いのか? 雪千佳はどうやって帰るんだ」
誰とも親しくなるつもりはない。でも雪千佳と呼べと言われているのに、苗字で呼ぶのは逆に意識しているようで、不自然な気がした。それに相手はS科だ。仲良くなりすぎるということはない。
「この雨じゃ傘さしてもしんどいでしょ。親に迎え来てもらうよ」
「ああ、そう……」
「だから遠慮しないで使ってよ」
まるで誘惑するようににっこり微笑み、雪千佳は校内へと引き返していった。
傘立てには他にも傘がある。骨が曲がったボロ、立派な黒い傘、よくあるビニール傘、彼女のものか? と疑いたくなるようなピンク色の華奢な傘……
ピンクはないとして、このボロ傘なら貰っても良いんじゃないか。……危ない思考が過ぎる。つい手が伸びた。
「それ、お前のじゃなくね」
鋭い声に、弾かれたように振り返る。設備システム科……ベージュ色の作業着を着た細身の男が立っていた。
濃密な黒色の髪。ぱつんと前髪を切り揃えた、色白の美形だ。
この学校には5つの専門学科がある。それぞれに学生のカラーがあり、設備システム科……S科と呼ばれるクラスはチャラチャラした学生が多い。愛司の属する機械科……M科の学生とは毛色が違う。S科の学生は「喧嘩とかよくやるよね」と失笑しながら動画配信を行い、喧嘩っ早い不良とは別の角度で教師を困らせている。一週間前には、ファミレスで迷惑動画を撮った二人の学生が炎上し、退学処分になった。
愛司をじっと見つめる目の前の彼は、ベージュ色の作業着を着ていなくても、一目見ればS科と分かるような、見るからに「遊び人」という感じの雰囲気を纏っている。
「それ、お前のじゃないよね?」
彼がもう一度言う。
「俺のじゃない……」
正直に答えると、彼は激しく瞬きした。半開きの唇が妙に色っぽく見えるのは、朱を引いたように赤く色づいているからだろうか。人工的な艶がないから、化粧なのかわからない。化粧だとしたらかなり上手い。
「う、わ……びびった。お前、人のモン盗むんだ」
彼は近づいてくると、傘立てにある、ピンク色の傘の柄を掴んだ。
……爪が、ピンク色だった。明らかに何か塗っていると分かる艶と色彩に、愛司はハッと息をのむ。
それにふわりと漂ってきた甘い香り……制汗スプレーや整髪料とは明らかに違う、高級感のある香水の匂いに、愛司は不覚にもドキドキしてしまった。
「これ、使いなよ」
ピンク色の傘を、ひょい、と差し出される。
「えっ……」
「恥ずかしい?」
形の良い唇でにっこり笑う。やっぱり目視では、唇に何か塗っているのか、いないのかわからない。ただ、この男は塗ってそうだな、と思った。眉の下で切り揃えられた前髪、丸みのない長めのボブカット。色白の肌と相まって、市松人形のようだ。
「いや……だって、あんたは」
つ、と言葉を制すように唇に人差し指を当てがわれ、愛司は瞠目した。なんだ、こいつ……
「俺、白石雪千佳。雪千佳って呼んでよ」
一人称は「俺」だった。オカマではない……と安堵したのも束の間、雪千佳はクッと身を身を乗り出し、愛司の耳元で囁いた。
「俺の彼氏になったら、雪ちゃんって呼ばせてやるよ……愛司」
「っ……」
狼狽する愛司を面白がるようにクスクス笑うと、雪千佳は身を引いた。
「愛を司る、良い名前だよね。俺、イケてる名前チェックしてんの。たいてい名前負けしてる奴ばっかりなんだけど、お前は合格」
褒められているのだろうが、上から目線で鼻につく。
「でもダメだろ」
雪千佳は愛司の手を取り、ピンクの傘を握らせた。
「人のモン盗んじゃ。お前はそういうことしないで卒業しなよ。不良とか嫌いなんだろ? 絡まれるの嫌で、だっさいメガネするくらい」
諭され、頬がジワリと熱くなった。どう考えても雪千佳が正論だ。
「でも……良いのか? 雪千佳はどうやって帰るんだ」
誰とも親しくなるつもりはない。でも雪千佳と呼べと言われているのに、苗字で呼ぶのは逆に意識しているようで、不自然な気がした。それに相手はS科だ。仲良くなりすぎるということはない。
「この雨じゃ傘さしてもしんどいでしょ。親に迎え来てもらうよ」
「ああ、そう……」
「だから遠慮しないで使ってよ」
まるで誘惑するようににっこり微笑み、雪千佳は校内へと引き返していった。
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