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高校生

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 不良はやたら声がでかい。井上智史は試験勉強に励みたいのに、背後にたむろする不良グループのせいでちっとも頭に入らない。

「なんかしっくり来ないんだよなあ。『終止符』って、『ピリオド』の方がカッコ良くね? 魂にピリオドを」

「語呂が合わない。リズムが崩れる」

「そこは力技でなんとかなるっしょ。童子丸、ここ歌って」

「さんさん降りしきる雨の中、壊れた魂にピリオドを」

「うーん、『壊れた魂』が悪いのかも」

 智史はシャーペンを走らせる。デカメロン・ボッカチオ、西部戦線異状なし・レマルク、蟹工船・小林多喜二……思想芸術分野は出題されたとしても1、2問だが、智史はこの分野が好きだった。空樽は音が高い……この分野を勉強して知った言葉だ。不良はまさしく空樽だ。脳みそがスカスカの奴ほど声がでかい。

 神奈川県警を志望する智史は3ヶ月先に一次試験を控えている。

 智史の属する設備システム科の学生はほとんどが学校求人で内定を決め、6月現在、内定が決まっていないのは進学組と一般求人組のたったの5人。だから放課後、こうして教室で黙々と勉強するのは智史くらいで、あとはダラダラとくっちゃべっているか、仲良しグループで動画配信をしているか、バンドが曲を作っているか……

「レアにミディアム、あなたはウェルダン……なあ、もっとこういう単語絞り出せよ。くうッ! やっぱアサギさんの作詞はいかしてんなあ」

「月下のカプリオール、宵の使者、荒城のクールベッド」

「そうそう、そういうイケてるやつ!」

 うるさい。力が入りすぎて、シャーペンの芯がポキっと折れた。

 カチカチするが、芯は出ない。智史は舌打ちして、ペンケースを漁った。

 手元が狂った。ペンケースが床に落下し、筆記具が盛大に散らばる。

(くそっ……)

 智史は椅子から降りて床にしゃがんだ。不良のノイズにイライラしながら拾い集める。

「メシアを二回使うのもなんかなあ。もっとかっこいい単語あるんじゃねえかなあ」

「一旦英単語から離れろよ」

 この赤丸工業高校にはクラス替えがない。だから智史は三年間、後ろのうるさい五人組……『第波区ダイナミック』とかいう厨二病全開のバンドと共に過ごすハメとなった。

 筆記具を集め、席についた。シャーペンを走らせる。

「わかった。テーマだ。この曲にはテーマ性がない」

「恋人を失って自殺を決意する悲恋歌だろ」 

 その前は生まれてきてごめんなさいソング。第波区はビジュアル系なのだ。だから歌い方もねばっこくて耳につくし、フレーズもやたら鼻につく。

 いかん。第波区に大事な脳を使っている場合ではない。

 学ランが良いからと、偏差値40を切る底辺高校を選んだのが間違いだった。友達はそれなりにできたけれど、趣味を分かち合える同志は見つからなかった。学ランを着崩したり、髪を遊ばせたりして個性を出すこともせず、口の悪い不良には「そこのインキャ」と罵られるような智史が「ファッションが好き」と告白しても、失笑されるだけだった。 

 次は間違えたくない。というか、間違えるわけにはいかない。その後の人生を大きく左右する選択なのだから。

 服飾系の専門学校なんて論外。デザイナーで食っていけるのは一握りの天才だけだ。専門学校でファッションを学んでも、たいていは販売員の道に進む。

 服は好きだが、アパレルの販売員になりたいわけじゃない。智史は服よりファッションショーが好きなのだ。暇さえあればユーチューブでショーを観ている。発煙筒を持ってバスケットコートを闊歩するラフ・シモンズ。モデルをメリーゴーランドに乗せて登場させたルイ・ヴィトン。ドレスにペンキを噴射させたアレキサンダー・マックイーン。……興奮した。延々と観ていられた。魅せられた。ブランドのエゴしかない独創的なショー。ああいうものを自分もやりたい。だからデザイナーになりたい。

 まあそんなのは叶いっこない夢だ。……おっと。手癖でデザイン画を描いていて、慌ててページをめくった。

 両親は専門学校に行けばいいと言ってくれている。でもそこで芽が出なかったら? 夢が叶わなかったら? 数百万の授業料を支払って、「服飾専門学校卒」の肩書きしか得られなかったら?

 良いじゃない。服好きのお友達、欲しいんでしょ。

 母の甘い言葉を思い出す。そもそも智史がファッションに興味を持ったのは、裁縫好きの母の影響だ。母が大量に買い込む布地で、智史もトートバッグや巾着袋を作るようになった。小学五年生の時、家庭科の自由制作でパジャマを作り上げた。自分としては、初めて型紙から作った大作だったが、みんなが食いついたのはパンダの柄だった。

 パンダの柄は既製品だ。智史は自分ピッタリのサイズ感とか、柄の邪魔にならないようにノーカラーにしたこととか、パンダのプリントが欠けたり、重なったりしていないことを褒めて欲しかったが、誰もそこには触れなかった。

 もっとみんなの目を惹きたい。柄なんかじゃなく、デザインでアッと驚かせたい。

 次に作ったのはポケットをたくさんあしらった甚平だった。みんなすごいすごいと褒めてくれたが、「家庭科終わったじゃん」という誰かの一言で、白けた空気に変わった。

 それから、誰かに自分の作った服を見せたいと思ったことも、見せたこともない。

 智史はテキストに視線を向けた。悪女の深情け・器量の悪い女ほど愛情も嫉妬も深い……本当かよ。半信半疑でシャーペンを走らせる。

 ふと視界をペンに遮られた。えっと顔を上げる。

「お前のだろ。転がってきた」

 第波区ダイナミックのベース、瀬良尚せらなおだった。限りなく白に脱色された髪、日本人離れした白い肌。隙のない整ったパーツはどれも小造りで日本的。きっちり第一ボタンまで学ランのボタンを留めたら、きっと彼の放つ仄暗い雰囲気とマッチして、それこそ完成されたビジュアル系! になるだろうに、彼は前をくつろげ、中にツアーTシャツという、この学校の生徒がやりがちな着崩し方で、せっかくの素材を台無しにしている。

「あ……ありがとう」 

 机にペンを置くなり、彼は仲間の元へ戻っていった。

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