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最終章 人とあやかし

そこにいたもの

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 窓から差し込む橙色の陽が眩しくて目が覚めた。

「おはよう、明」

 目の前で、玉葉様が優しく微笑む。

「おはようございます」

「ゆっくり眠れたかな?」

「はい、おかげさまで」

「それならなによりだよ」

「ん……」

 暖かな手に頭を撫でられた。
 いつものように、優しく。

「さてと、あの子もそろそろ起きた頃だろうし、様子を見にいかないとかな。明ももう少し休んだら、客間のほうにおいで」

「あ、はい。なら、今すぐ向かいます」

「ふふ、そんなに焦らなくても大丈夫だよ。それじゃあ、まあ後でね」

 最後に頭をひと撫でして、玉葉様は立ち上がり部屋を出ていった。

 まるで、さっきの話なんてなかったように。

 ……ともかく、今は客間にいかなくちゃ。


※※※

 客間に入ると、文車さんと咬神さんと長谷さんの姿があった。

「おう、明。ゆっくり休めたか?」

「はい文車さん、おかげさまで。えっと、化け襷さんと暴れ箒さんは?」

「あいつらなら、重たい話は性分にあわないからって、作業部屋の掃除と片付けをしてる」

「そうでしたか」

「ああ。それで……」

 文車さんの顔に、ほんの少しだけ翳りが見える。

「……もしも気が乗らなければ、明もそっちの手伝いをしてきてもいいぞ?」

「……いえ、大丈夫ですよ。玉葉様から、顔を出すように言われてますし」

 それに、私も見届けないといけない話だと思うから。

「……そっか。変なこと聞いて悪かったな」

「ん……」

 苦笑いとともに、頭をワシワシと撫でられた。文車さんは私があやかしになるのを断ったこと、知ってるのかなぁ……。

「やあみんな、お待たせ」

 不意に庭側の廊下から声がした。

 いつのまにか、金色の目を楽しげに細める玉葉様と……

「おまたせ、しました」

 ……ぎこちなく微笑む美代さんの姿があった。

 顔の縫い目は少し残って首元や腕には包帯が巻かれてるけど、顔色は少し青白いくらいになってる。術は成功したみたいだ。

「美代!」

 長谷さんが座布団を弾きとばしそうな勢いで立ち上がって、美代さんに駆けよってキツく抱きしめた。

「ああ……、美代……、美代……!」

「ほらほら、そんなになかないでください」

 嗚咽に混じった声をゆっくりとした声が宥め、包帯の巻かれた手が優しく頭を撫でる。

  わたしははせのこと
  きらいじゃない

 痛み止めを渡したとき、美代さんはたしかにそう言おうとしたはず。なら、本物かどうかなんて関係なく、二人して幸せに暮らしていけるのかもしれない。

 でも……

「そうしないと、ころされたうらみを、はらしづらいじゃないですか」

  トンッ

「……え?」

 ……やっぱり、めでたしめでたしで終わってはくれなかった。


 血に染まった包帯を巻いた手が、長谷さんの背中から突き出してる。

「ごめんね。わたしいがいのこは、はせのことぜったいゆるせなかったから」

「ごぼっ……」

 手が引き抜かれ、四角い仮面の下から赤黒い血が吐き出された。血溜まりに黒衣を着た身体が倒れ込むと、縫い目の残る顔が寂しそうに微笑んだ。

「……ようがみさん」

「……はい」

 部屋の壁にもたれていた咬神さんが、ゆっくりと身体を起こして刀に手をかける。

「わたしもみんなも、このからだでありつづけるのはつらいから、おねがいします」

「……承知」

 黒一色の目が見開かれ、一瞬のうちに包帯の巻かれた首元を刀が貫いた。

「あ り が と う」

 途切れ途切れの言葉を紡ぎながら、美代さんが塵に変わり崩れていく。

「……ま、こんなことになるだろうとは思ったよ」

「……そう、ですね」

 苦々しく吐き捨てる玉葉様に、文車さんが悲しそうに相槌をうつ。

「まあ、これでこの子も美代さんって子も、完全に魂が還ったんじゃないかな。運がよければ、今度はもっと違った形で、長谷君と巡り合えるだろうさ」

 金色の目が血に染まっていく塵に視線を落とす。

 今度はってことは……。

「あの、玉葉様」

「うん? どうしたの明……、あ、まさか変なものを見たせいで、気分が悪くなっちゃった!? なら、すぐに介抱を……」

「あ、いえ。それは多少慣れているので大丈夫なんですが……、先ほどの、今度はもっと違った形で、というのは一体……?」

「ああ、そのことか。ゆっくり教えてあげたいところだけど……、もうちょっとだけ待って、ね!」

「っ!?」

 玉葉様が笑顔を崩さずに、血溜まりに横たわる長谷さんを足蹴にした。

「玉葉様!? さすがにやり過ぎですよ!」

「山本様! これ以上はご容赦を!」

 文車さんと咬神さんが止めに入ると、金色の目は楽しげに細められたまま、亡骸から足が離れた。

「ふふ、こんなろくでもない奴に対して、二人ともすごく優しいんだね」

「優しいとかどうとかじゃなくてですね、明の前で死体を足蹴になんかしたら情操教育に悪いじゃないですか!」

「それに、長谷は命をもって罪を償ったので……、甘いとは存じておりますがなにとぞ……!」

「ふぅん? そうなの?」

 二人の言葉に楽しげな笑みが深まる。


 そして……


「でも、まだ生きてるよ、ソレ」


 
 ……意外な言葉が部屋の中に響いた。

「……へ?」

「……え?」

「……は?」

 思わず二人と一緒に、気の抜けた声を出してしまった。

 まだ、生きてる?
 でも、身体に穴が空いてるし、どう見たって……。

「ほら、みんなが混乱してるから、さっさと起きてくれないかな?」

「……くくっ」

 突然、血溜まりに臥した亡骸から、喉を鳴らすような笑い声が響いた。

「まったく、貴様は余情というものを解さぬのか、玉葉」

 楽しげな声とともに、亡骸がゆっくりと血溜まりから起きあがる。

「なにが余情だ。この腐れ蟒蛇」

「おやおや、旧知の友に向かって随分な悪口雑言だな」

 仮面の外れた顔が、赤い斑の鱗に覆われてる。
 
 まさか、長谷さんまで本物じゃないとは、思ってもみなかったな……。 
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