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最終章 人とあやかし
目の前にいるのは誰なのか
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「えっと、お水と痛み止めを持ってきましたが、これで合ってますよね?」
「どれどれー……、うん。大丈夫だよー」
薬箱から持ってきた赤い包みを見せると、縁台で庭の様子を見守っていた化け襷さんがコクリとうなずいた。
「それじゃあねー、お薬をねー、お水にねー、溶かしてあげてねー」
「分かりました」
言われた通りに、包みを解いて中の白い粉を湯呑みの中に入れると、すぐに透明になった。底に沈んでる感じもないし、これなら大丈夫だろう。
「美代さーん。お薬の準備ができましたよー」
暴れ箒さんと池を覗き込む背中に声をかけると、つぎはぎだらけの顔がゆっくりと振り向いた。
「よかったね! お薬できたって!」
「ぁ ぃ」
相槌を打って、美代さんが脚を引き摺るように、こちらに近づいてきた。心なしか、さっきよりも表情が柔らかくなった気がする。
「ぇ゛」
突然、苦しげな声と共に歩みが止まった。ひょっとしたら……、ひょっとしなくても、身体がすごく痛むのかもしれない。
「待っててください、今そちらに持っていくので」
「ぁ ぃ゛」
急いで駆け寄って湯呑みを差し出すと、灰色の手が震えながらそれを受け取って口に運んだ。
「ん く ん く」
微かな声を漏らしながら、真一文字に縫い目の走る喉が絶え間なく動く。
「そのお薬ねー、すごくねー、苦いのにねー、一気にねー、飲めるんだねー」
いつのまにか肩に掛かっていた化け襷さんが、感心したように声を漏らした。
「苦いのって大変なのに、すごい!」
暴れ箒さんも、驚いたように穂先をバサバサとさせる。
「……っ、あじはかんじないから」
湯呑みから口を離した美代さんの顔に、うっすらと苦笑いが浮かんだ。この間は怖いと思ったけれど、こうしてると生きてる人やあやかしと、全然変わらないように見えるなぁ……。
「ありがとう」
灰色の手がさっきよりも滑らかな動きで、湯呑みをこちらに差し出した。
「あ、いえ。お気になさらずに」
受け取って中身を見ると、綺麗に空になってる。
「お薬は、効きそうですか?」
「うん。すこしらくになってきた」
こんなに早く効くなんて、すごいお薬なんだ……、でも、すぐに帰すわけにはいかない、よね。
「じゃあ、完全に効くまで、中で休んでいってください」
「ありがとう。でももうかえるよ。つよいけっかいがはられててやしきのなかまでははいれないから」
そういえば、この間の文車さんのお家よりも、強い術がかかってるんだっけ……。
「えっとねー、でもねー、縁台でねー、休むくらいならねー、大丈夫だよー」
「日向ぼっこしよう! 日向ぼっこ!」
化け襷さんと暴れ箒さんが声をかけると、黄色い目が軽く見開かれた。
「……いいの?」
「はい。身体が痛むのに森の中を歩くのは、大変ですから」
「そうだねー、それとねー、ついでにねー、痛み止めをねー、もう少しねー、分けてあげるからねー、持って帰るといいよー」
「うん! 痛いのってやだもんね!」
「……ありがとう」
灰色の顔が、穏やかに微笑んだ。
……やっぱり、生きてる人やあやかしと、全然変わらない。
それから、四人で縁台に座りながら、薬が効いてくるのを待った。もうすっかり涼しくなったけれど、今日は晴れてるし風もないから、日差しが暖かい。なんだか、眠くなってきたなぁ……。
「それにしてもねー、長谷ってやつもねー、痛み止めくらいはねー、用意すればねー、いいのにねー」
化け襷さんの呆れた声で、目が冴えた。
「しかたないよ。はせはこんなにつよいくすりつくれないから」
美代さんが苦笑いを浮かべて答える。たしかに、身体が腐る痛みにも効く痛み止めなんて、簡単には作れないよね……。
「でも! うちに来れば、玉葉様がお薬分けてくれたのに!」
「ありがとう」
灰色の手が、穂先をバサバサさせる暴れ箒さんの柄をなでた。
「でもはせはあやかしがきらいみたいだから」
……咬神さんが教えてくれたおかげで、長谷さんがあやかしを憎む理由にも納得できた。でも、大切な人が苦しんでるときくらいは、少し妥協してもいいんじゃないかな?
「……ほら、わたしはほんものじゃないから。いじをすててまでしてくすりをもらいたくはないんじゃないかな」
「……え?」
まるで、思っていることを見透かしたように、灰色の顔が微笑んだ。
「はせにだいじにされてたこともうわばみにころされたこともおぼえてる。でもはせにころされてばらばらにされたこともぼんやりおぼえてる」
「そう、なんですか?」
「うん。どっちがほんとうのおもいでかわからないけどわたしははせのこときらいじゃな……」
「美代! こんな所にいたんですか!」
突然、怒鳴り声が美代さんの声を遮った。
いつの間にか、池のほとりに仮面をつけた長谷さんが立ってる……。
「まったく。心配をかけて……」
「ごめんなさい」
「謝罪はいいから、早く帰りますよ」
「……はい」
俯きながら、継ぎ接ぎだらけの身体がゆっくりと立ち上がった。
「待ってください美代さん。今、痛み止めを……」
「化け物どもからの施しなど、必要ありません」
仮面の下から冷たい声が響いた。
「ありがとう。わたしはだいじょうぶだから」
「美代、化け物の慰み者に礼なんて言う必要はありません。ほら、早く!」
「……はい」
寂しそうな声を残して、美代さんと長谷さんが白い煙に包まれた。
煙が晴れると、二人の姿は跡形もなく消えていた。
「アイツ、感じ悪い!」
「そうだねー、事情が事実だけどねー、さすがにねー、アレはどうかと思うねー」
「そう、ですね」
人からあれこれ言われるのは、慣れてるから問題ない。
でも。
「あの子、お薬なくて平気かな……」
「そうだねー、ちょっと心配だねー……」
「そうですね……」
美代さんに痛み止めを渡せなかったことだけが、心残りだった。
「どれどれー……、うん。大丈夫だよー」
薬箱から持ってきた赤い包みを見せると、縁台で庭の様子を見守っていた化け襷さんがコクリとうなずいた。
「それじゃあねー、お薬をねー、お水にねー、溶かしてあげてねー」
「分かりました」
言われた通りに、包みを解いて中の白い粉を湯呑みの中に入れると、すぐに透明になった。底に沈んでる感じもないし、これなら大丈夫だろう。
「美代さーん。お薬の準備ができましたよー」
暴れ箒さんと池を覗き込む背中に声をかけると、つぎはぎだらけの顔がゆっくりと振り向いた。
「よかったね! お薬できたって!」
「ぁ ぃ」
相槌を打って、美代さんが脚を引き摺るように、こちらに近づいてきた。心なしか、さっきよりも表情が柔らかくなった気がする。
「ぇ゛」
突然、苦しげな声と共に歩みが止まった。ひょっとしたら……、ひょっとしなくても、身体がすごく痛むのかもしれない。
「待っててください、今そちらに持っていくので」
「ぁ ぃ゛」
急いで駆け寄って湯呑みを差し出すと、灰色の手が震えながらそれを受け取って口に運んだ。
「ん く ん く」
微かな声を漏らしながら、真一文字に縫い目の走る喉が絶え間なく動く。
「そのお薬ねー、すごくねー、苦いのにねー、一気にねー、飲めるんだねー」
いつのまにか肩に掛かっていた化け襷さんが、感心したように声を漏らした。
「苦いのって大変なのに、すごい!」
暴れ箒さんも、驚いたように穂先をバサバサとさせる。
「……っ、あじはかんじないから」
湯呑みから口を離した美代さんの顔に、うっすらと苦笑いが浮かんだ。この間は怖いと思ったけれど、こうしてると生きてる人やあやかしと、全然変わらないように見えるなぁ……。
「ありがとう」
灰色の手がさっきよりも滑らかな動きで、湯呑みをこちらに差し出した。
「あ、いえ。お気になさらずに」
受け取って中身を見ると、綺麗に空になってる。
「お薬は、効きそうですか?」
「うん。すこしらくになってきた」
こんなに早く効くなんて、すごいお薬なんだ……、でも、すぐに帰すわけにはいかない、よね。
「じゃあ、完全に効くまで、中で休んでいってください」
「ありがとう。でももうかえるよ。つよいけっかいがはられててやしきのなかまでははいれないから」
そういえば、この間の文車さんのお家よりも、強い術がかかってるんだっけ……。
「えっとねー、でもねー、縁台でねー、休むくらいならねー、大丈夫だよー」
「日向ぼっこしよう! 日向ぼっこ!」
化け襷さんと暴れ箒さんが声をかけると、黄色い目が軽く見開かれた。
「……いいの?」
「はい。身体が痛むのに森の中を歩くのは、大変ですから」
「そうだねー、それとねー、ついでにねー、痛み止めをねー、もう少しねー、分けてあげるからねー、持って帰るといいよー」
「うん! 痛いのってやだもんね!」
「……ありがとう」
灰色の顔が、穏やかに微笑んだ。
……やっぱり、生きてる人やあやかしと、全然変わらない。
それから、四人で縁台に座りながら、薬が効いてくるのを待った。もうすっかり涼しくなったけれど、今日は晴れてるし風もないから、日差しが暖かい。なんだか、眠くなってきたなぁ……。
「それにしてもねー、長谷ってやつもねー、痛み止めくらいはねー、用意すればねー、いいのにねー」
化け襷さんの呆れた声で、目が冴えた。
「しかたないよ。はせはこんなにつよいくすりつくれないから」
美代さんが苦笑いを浮かべて答える。たしかに、身体が腐る痛みにも効く痛み止めなんて、簡単には作れないよね……。
「でも! うちに来れば、玉葉様がお薬分けてくれたのに!」
「ありがとう」
灰色の手が、穂先をバサバサさせる暴れ箒さんの柄をなでた。
「でもはせはあやかしがきらいみたいだから」
……咬神さんが教えてくれたおかげで、長谷さんがあやかしを憎む理由にも納得できた。でも、大切な人が苦しんでるときくらいは、少し妥協してもいいんじゃないかな?
「……ほら、わたしはほんものじゃないから。いじをすててまでしてくすりをもらいたくはないんじゃないかな」
「……え?」
まるで、思っていることを見透かしたように、灰色の顔が微笑んだ。
「はせにだいじにされてたこともうわばみにころされたこともおぼえてる。でもはせにころされてばらばらにされたこともぼんやりおぼえてる」
「そう、なんですか?」
「うん。どっちがほんとうのおもいでかわからないけどわたしははせのこときらいじゃな……」
「美代! こんな所にいたんですか!」
突然、怒鳴り声が美代さんの声を遮った。
いつの間にか、池のほとりに仮面をつけた長谷さんが立ってる……。
「まったく。心配をかけて……」
「ごめんなさい」
「謝罪はいいから、早く帰りますよ」
「……はい」
俯きながら、継ぎ接ぎだらけの身体がゆっくりと立ち上がった。
「待ってください美代さん。今、痛み止めを……」
「化け物どもからの施しなど、必要ありません」
仮面の下から冷たい声が響いた。
「ありがとう。わたしはだいじょうぶだから」
「美代、化け物の慰み者に礼なんて言う必要はありません。ほら、早く!」
「……はい」
寂しそうな声を残して、美代さんと長谷さんが白い煙に包まれた。
煙が晴れると、二人の姿は跡形もなく消えていた。
「アイツ、感じ悪い!」
「そうだねー、事情が事実だけどねー、さすがにねー、アレはどうかと思うねー」
「そう、ですね」
人からあれこれ言われるのは、慣れてるから問題ない。
でも。
「あの子、お薬なくて平気かな……」
「そうだねー、ちょっと心配だねー……」
「そうですね……」
美代さんに痛み止めを渡せなかったことだけが、心残りだった。
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