上 下
41 / 51
最終章 人とあやかし

目の前にいるのは誰なのか

しおりを挟む
「えっと、お水と痛み止めを持ってきましたが、これで合ってますよね?」

「どれどれー……、うん。大丈夫だよー」

 薬箱から持ってきた赤い包みを見せると、縁台で庭の様子を見守っていた化け襷さんがコクリとうなずいた。

「それじゃあねー、お薬をねー、お水にねー、溶かしてあげてねー」

「分かりました」

 言われた通りに、包みを解いて中の白い粉を湯呑みの中に入れると、すぐに透明になった。底に沈んでる感じもないし、これなら大丈夫だろう。

「美代さーん。お薬の準備ができましたよー」

 暴れ箒さんと池を覗き込む背中に声をかけると、つぎはぎだらけの顔がゆっくりと振り向いた。

「よかったね! お薬できたって!」

「ぁ ぃ」

 相槌を打って、美代さんが脚を引き摺るように、こちらに近づいてきた。心なしか、さっきよりも表情が柔らかくなった気がする。

「ぇ゛」

 突然、苦しげな声と共に歩みが止まった。ひょっとしたら……、ひょっとしなくても、身体がすごく痛むのかもしれない。

「待っててください、今そちらに持っていくので」

「ぁ ぃ゛」

 急いで駆け寄って湯呑みを差し出すと、灰色の手が震えながらそれを受け取って口に運んだ。

「ん く ん く」

 微かな声を漏らしながら、真一文字に縫い目の走る喉が絶え間なく動く。

「そのお薬ねー、すごくねー、苦いのにねー、一気にねー、飲めるんだねー」

 いつのまにか肩に掛かっていた化け襷さんが、感心したように声を漏らした。

「苦いのって大変なのに、すごい!」

 暴れ箒さんも、驚いたように穂先をバサバサとさせる。

「……っ、あじはかんじないから」

 湯呑みから口を離した美代さんの顔に、うっすらと苦笑いが浮かんだ。この間は怖いと思ったけれど、こうしてると生きてる人やあやかしと、全然変わらないように見えるなぁ……。

「ありがとう」

 灰色の手がさっきよりも滑らかな動きで、湯呑みをこちらに差し出した。

「あ、いえ。お気になさらずに」

 受け取って中身を見ると、綺麗に空になってる。

「お薬は、効きそうですか?」

「うん。すこしらくになってきた」

 こんなに早く効くなんて、すごいお薬なんだ……、でも、すぐに帰すわけにはいかない、よね。

「じゃあ、完全に効くまで、中で休んでいってください」

「ありがとう。でももうかえるよ。つよいけっかいがはられててやしきのなかまでははいれないから」

 そういえば、この間の文車さんのお家よりも、強い術がかかってるんだっけ……。

「えっとねー、でもねー、縁台でねー、休むくらいならねー、大丈夫だよー」

「日向ぼっこしよう! 日向ぼっこ!」

 化け襷さんと暴れ箒さんが声をかけると、黄色い目が軽く見開かれた。

「……いいの?」

「はい。身体が痛むのに森の中を歩くのは、大変ですから」

「そうだねー、それとねー、ついでにねー、痛み止めをねー、もう少しねー、分けてあげるからねー、持って帰るといいよー」

「うん! 痛いのってやだもんね!」

「……ありがとう」

 灰色の顔が、穏やかに微笑んだ。
 ……やっぱり、生きてる人やあやかしと、全然変わらない。


 それから、四人で縁台に座りながら、薬が効いてくるのを待った。もうすっかり涼しくなったけれど、今日は晴れてるし風もないから、日差しが暖かい。なんだか、眠くなってきたなぁ……。

「それにしてもねー、長谷ってやつもねー、痛み止めくらいはねー、用意すればねー、いいのにねー」

 化け襷さんの呆れた声で、目が冴えた。

「しかたないよ。はせはこんなにつよいくすりつくれないから」

 美代さんが苦笑いを浮かべて答える。たしかに、身体が腐る痛みにも効く痛み止めなんて、簡単には作れないよね……。

「でも! うちに来れば、玉葉様がお薬分けてくれたのに!」

「ありがとう」

 灰色の手が、穂先をバサバサさせる暴れ箒さんの柄をなでた。

「でもはせはあやかしがきらいみたいだから」

 ……咬神さんが教えてくれたおかげで、長谷さんがあやかしを憎む理由にも納得できた。でも、大切な人が苦しんでるときくらいは、少し妥協してもいいんじゃないかな?

「……ほら、わたしはほんものじゃないから。いじをすててまでしてくすりをもらいたくはないんじゃないかな」

「……え?」

 まるで、思っていることを見透かしたように、灰色の顔が微笑んだ。

「はせにだいじにされてたこともうわばみにころされたこともおぼえてる。でもはせにころされてばらばらにされたこともぼんやりおぼえてる」

「そう、なんですか?」

「うん。どっちがほんとうのおもいでかわからないけどわたしははせのこときらいじゃな……」

「美代! こんな所にいたんですか!」

 突然、怒鳴り声が美代さんの声を遮った。

 いつの間にか、池のほとりに仮面をつけた長谷さんが立ってる……。

「まったく。心配をかけて……」

「ごめんなさい」

「謝罪はいいから、早く帰りますよ」

「……はい」

 俯きながら、継ぎ接ぎだらけの身体がゆっくりと立ち上がった。

「待ってください美代さん。今、痛み止めを……」

「化け物どもからの施しなど、必要ありません」

 仮面の下から冷たい声が響いた。

「ありがとう。わたしはだいじょうぶだから」

「美代、化け物の慰み者に礼なんて言う必要はありません。ほら、早く!」

「……はい」

 寂しそうな声を残して、美代さんと長谷さんが白い煙に包まれた。

 煙が晴れると、二人の姿は跡形もなく消えていた。

「アイツ、感じ悪い!」

「そうだねー、事情が事実だけどねー、さすがにねー、アレはどうかと思うねー」

「そう、ですね」

 人からあれこれ言われるのは、慣れてるから問題ない。

 でも。

「あの子、お薬なくて平気かな……」

「そうだねー、ちょっと心配だねー……」

「そうですね……」

 美代さんに痛み止めを渡せなかったことだけが、心残りだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

この度、青帝陛下の番になりまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

モヒート・モスキート・モヒート

片喰 一歌
恋愛
「今度はどんな男の子供なんですか?」 「……どこにでもいる、冴えない男?」 (※本編より抜粋) 主人公・翠には気になるヒトがいた。行きつけのバーでたまに見かけるふくよかで妖艶な美女だ。 毎回別の男性と同伴している彼女だったが、その日はなぜか女性である翠に話しかけてきて……。 紅と名乗った彼女と親しくなり始めた頃、翠は『マダム・ルージュ』なる人物の噂を耳にする。 名前だけでなく、他にも共通点のある二人の関連とは? 途中まで恋と同時に謎が展開しますが、メインはあくまで恋愛です。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

処理中です...