上 下
17 / 51
第一章 人柱の少女

陽だまりの中で

しおりを挟む
「病を撒くなんて、この恩知らず」

「化け物に身売りした阿婆擦れめ」

「その髪の色、前々から気味が悪いと思ってたのよ」

 騒がしい声と一緒に、石が飛んでくる。

「すまない……、お前が生きてると分かってから、皆が家に押し寄せてきて……、こうでもしないと、その、もう収まりがつかなくて……、本当にすまない……」

 お父様が、傍で何かブツブツ呟いてる。

「あんたって、男なら本当になんでもいいのね! 気色悪い!」

 お義姉様が、金切り声で喚いている。

「仕方ないだろう、八重。これはあの姦婦の子なんだから」

 お義母さまが、ゆっくりと近づいてくる。

「八重の許婚を寝とったあげく、あの森の化け物と通じて病を撒かせて、さぞ楽しかっただろうね?」

 ああ、この人、玉葉様が病を撒いたと思ってるんだ。
 それは、ちゃんと否定しなきゃ。

「玉葉様は……、そんなこと、してません……」

「黙りな!」

  ドカッ

「うっ……」

 つま先がお腹にめり込む。
 最近、ようやく痛まなくなってきたのにな……。

「本当にお前らは! 親子揃って私を馬鹿にして!」

  ドカッ
  
  メリッ

  ミシッ

「うっ……、ぐっ……」

 身体中から、鈍い音がする。
 こめかみからは、ぬるぬるした何かが流れ続ける。
 視界がだんだんぼやけていく。
 身体中が痛い。

 それでも、これだけは聞かなくちゃ……。

「あの……、お母様の……、体は……」

「はっ? 何を言ってるんだい。あんな女、とうに地獄に落としてやったよ!」

 ……え?

「小間使いにしてもいいから子供だけは見逃してくれって言われたから、それだけは聞いてやったってのに……、あの女、お前の乳離れが済んでも自分で死なないんだから」

 この人、何を言ってるんだろう……。

「だから、この私がわざわざ手を下してやったんだ」

 ……。

「骸をバラすのは骨が折れたけど、村の奴らもあの女を気味悪がってたからね。頼んだら、喜んで引き受けてくれたよ」

 ……ああ、なんで。

「肥溜めに捨ててやったから、もう骨も腐っちまったはずさ」

 なんで、私は。

「安心しな、お前もすぐに同じ場所に捨ててやるよ。ほら、あんたたち、この阿婆擦れを懲らしめてやりな」

「はい」

「おう」

「まかせとけ」

 こんな人たちの、ために。

「なあ、お前……、やっぱりやめないか……?」

「はぁ!? 今さら、情でも移ったのかい!」

「いや……、そうじゃなくて……、こんなことが、ばれたら……」

「骸が見つからなきゃ、バレるもんか! あの化け物たちがきたって、知らぬ存ぜぬで通せばいいんだよ!」

 こんな人たち、なんて。

「そう……、だな……」

「そうだよ! まったく……」



 みんな、死んじゃえばよかったのに。



「さあ、さっさと片付けちまうよ」

 でも、私の方が先に死んじゃうんだろうな。

 ……もう、いいや。
 なんだか、すごく疲れたから。

「覚悟しな!」

 月に照らされて、沢山の鋤や鍬の先が光ってる。

 せめて、玉葉様に勝手に抜け出したこと謝りたかったな……。


  ザッザッザッザッ

 ……?
 なんだか、たくさんの足音がする。

「そこまでだ。この下臈ども」

 この声は、文車さん……?

「明、遅くなって悪かった。傷は……よし、このくらいなら、なんとかなる。よく耐えたな」

「うっ……」

 こめかみに指が触れて、ぬるぬるしたなにかの流れが止まった。

「痛い……、よな。悪い、もう少しだけ我慢してくれ」

 いつもより丁寧に、頭が撫でられる。
 なんだか痛みが少しだけ、和らいだ気がする……。

「なんだい、お前は……」

「うるせーよ、いま取り込み中だ。話しかけんな、クソババア」

「な、この無礼も……きゃぁぁぁあっ!?」

  ザッザッザッザッ
  ザッザッザッザッ
  ザッザッザッザッ

 足音がどんどん増えていく。

  ザッザッザッザッ
   ブチッ
「ぎゃ……」
  ザッザッザッザッ
   ゴリッ
「ぐぇっ……」
  ザッザッザッザッ
   カシャッ
「ごっ……」
  ザッザッザッザッ

 足音に混じって、なにか別の音も聞こえる。

「ふふ、百鬼夜行をするだなんて、久しぶりだね」

 どこかから、玉葉様の声も聞こえてきた。

「……なに楽しんでるんですか。こんなときに」

「ごめんごめん。それで、明の様子は?」

「命に別状はないですよ」

「よかったぁ。さあ、明、もう大丈夫だよ」

 ぼやけた視界のなかに、細められた金色の目が浮かんでる。

「ぎょくよ……、さま……?」

「うん、そうだよ」

「な、んで……、ここに……」

「明の姿が見えなくなったから、すぐに足跡を追いかけたんだ。まったく、暴れ箒に変装なんかさせて……すごく、心配したんだから」

「ごめん……、なさい……」

「よしよし、ちゃんと謝れていい子だね。ご褒美に、お願いごとを叶えてあげようかな」

 私の……、願いごと?
 でも、それだと……。

「大丈夫。明は何も気にしなくていいんだよ。あ、でも、帰ったら勝手に抜け出したお仕置きはするからね」

「は、い……」

 身体が甘い香りに包まれて、痛みが消えていく。

「さあ、今は眠っていなさい」

「わかり……、ました……」

 優しく頭をなでられ、まぶたが重くなる。

  パキッ
  クシャッ
  ブチッ
「ぎゃああぁ゛ぁあ゛ああ!」
  メキッ
  ズルッ
  ビチャリ
  
 なんだか、まだ辺りが騒がしい……。
 目が覚めたら、全部終わって……、お屋敷に戻れてるといいな……。



※※※


 それから、どのくらい眠ってたのかは分からない。気がついたら、寝巻きを着て布団の中にいた。

 寝屋の中には、朝日が差し込んで……

「おはよう、明」

 ……傍には、微笑んだ玉葉様が座ってる。

「よく眠れたかな?」

「……はい」

「ふふ、よかった。傷はちゃんと塞いで、打ち身になってるところには膏薬を貼って、痛み止めは飲ませてあるけど、痛むようならすぐに教えてね」

「ありがとう、ございます。今のところ、痛みはないです」

「なら、安心したよ。それじゃあ、勝手に出ていったお仕置きについて話そうか」

「はい……」

 言いつけを守らずに出ていって、不必要な心配をかけて……


  パキッ
  クシャッ
  ブチッ
  メキッ
  ズルッ
  ビチャリ


 ……多分、ものすごくお手を煩わせてしまった。

「勝手なことをした明には、罰として……」

 罰としてここから出ていけ、と言われるのかもしれない。
 それでも、仕方がない、か。



「……村でのことを全部忘れて、ずっとここにいること」

「はい、分かりまし……、え?」



 今、なんて……?

「ふふ、さすがに戸惑うよね。でも、村のことは忘れてもらわないと、ちょっとだけ都合が悪くてさ」

 玉葉様の顔に、苦笑いが浮かんだ。
 でも、気になるのはそこじゃなくて……。

「あの……、まだここに置いてもらえるんですか?」

「うん、罰だからね。明が出ていきたいって言っても、許してあげないよ」

「……」

 まだ、ここに居られる……。

「どう? 恐ろしい罰でしょ?」

「いえ……、少しも……」

「……ふふっ、明はいい子だね」

 穏やかな微笑みとともに、優しく頭が撫でられる。
 なんだか、また眠たくなってきたな……、でも、置いていただけるなら、ちゃんとお役にたたないと……。

「それじゃあ、罰は決まったし、今はゆっくり休んでいなさい。もう、怖いものは来ないからね」

「はい……」

「おやすみ、明。よい夢を」

「ん……」

 柔らかな唇が額に触れ、まぶたがゆっくりと閉じていく。

「やっぱり、手放したくないなぁ……、ちゃんと辻褄の合う新しい記憶を考えないと……、本当の僕を見ても……、怖がらないように……」

 なぜか寂しそうな玉葉様の声が、聞こえた気がした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...