【R18】半妖の退治人と呪われた上司

鯨井イルカ

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第三章 終の住処

新しい光の中で

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 石造りの回廊で、赤銅色の髪をした青年と銀色の髪をした女性が向かい合っている。

「──さま」

「うん? どうしたの──?」

「あの、私もお掃除やお洗濯のお手伝いをしたいのですが……」

「えー、そんなことしなくてもいいよ。君は僕だけのご飯兼側仕えなんだから」

「でも……」

「でも、じゃないの! せっかくの綺麗な手が荒れちゃったら大変でしょ! それに、そういうのは全部召使い・・・たちがやってくれるから」

「でも、あの方々も働きづめなので少し休ませてさしあげたほうが……」

「もう! また、でも、って言って! 大丈夫だよ、アイツらは疲れなんて感じないから。もう死んでるんだし」

「え……? もう、死んでいる……?」

「うん。村からもらった人間にも不味いのはたくさん居るからね。そういうのは早めに処分して加工してるんだ」

「加工、ですか」

「そうだよ。たしか昔の人間が考えた方法だったはずだけど……まあ、細かいことはいいか。ほら、下手に生かしておくと色々と維持費用がかかるからさ」

「……なら、村へ返してさしあげては?」

「えー、せっかくの捧げ物を不味いからって突き返したら可哀想でしょ。ともかく、君は特別なんだから召使い・・・の真似事なんてしなくていいんだよ」

「……」

「そんなことしなくても、このままずっと可愛がってあげるから」

「……かしこまりました。なら、お城の中を案内していただけますか?」

「いいけど、なんで?」

「──様がお留守のときに寂しさのあまり探しまわって、迷子になってしまってはいけませんから」

「ふふ、──は可愛いね。心配しなくてもずっと一緒にいてあげるけど、今日はお城の中のお散歩にしようか」

「はい、ありがとうございます」

 二人は手を取り、笑顔で回廊を歩き出した。
 それでも、片方の笑顔は作り物でしかないことを──




「ジク。起きてください」

 落ち着き払った声にジクは目を覚ました。

「う……ん……?」

 半分になった視界のなかには、無表情なロカの顔と……

「……」

 ……事切れたセツの姿があった。

「呪い、解いてくれたんですね」

 短い言葉が体にのしかかる重さと冷たさを更に際立たせる。

「……はい。あやかしの不意打ちで深手を負ってしまったので、傷を塞ぐために」

「そうですか。最期に君を救えたのなら彼も本望だったでしょう」

「……」


  愛してる。

  そうか。
  ありがとう。


 最後に交わした言葉が頭をよぎり、冷たい体をキツく抱きしめた。

「そんなこと、思ってくれたわけない」

「ジク?」

「……いえ、なんでもありません。それより、ロカ本部長はなぜここに?」

「ヒナギクから、今夜呪いが解かれるだろう、と聞いたので」

「そう、ですか」

「ええ。魂はヒナギクが処置するそうですが、亡骸もそのままにしておくわけにはいきませんし」

 亡骸という言葉を受け、強張った身体を抱き締める腕に力が入る。

「……ジク。彼の身体には諸々の毒が仕込まれているので、回収して適切に処理をしないといけないんです」

 諭すような声に胸が締め付けられる。
 このまま亡骸を渡せば全てが終わり、セツは魂も身体もこの世界から解放されるはずだ。

「ねえ、ロカ本部長」

「なんですか?」

「分かっていると思いますが、セツが愛していたのはロカ本部長だけなんです」

「……」

 眼鏡越しの金泥色の目に戸惑いの色が浮かんだ。
 それでも、白々しい否定の言葉は出ない。

「結局、僕は一度も愛してもらえませんでした。今もずっと昔も」

「そんなことは……、きっと彼なりに君への愛着は……」

「あはは、気を遣わなくても大丈夫ですよ。今思えばセツに対して酷いことしかしていなかったんだし、当然の報いですから」

「……」

「だから、呪いを解く役割を引き受けたし、魂がこの世界から離れていくことも受け入れたんです。でも、やっぱり、このままだと少しだけやりきれないかなって」

「……それで、要求は?」

 見上げる顔はすでに冷静さを取り戻していた。

「話が早くて助かります。このまま、セツの身体を僕に管理させてください」

「ですから、彼の身体には毒が……」

「大丈夫ですよ。こんな綺麗な身体を腐らせて毒を漏らすなんて馬鹿な真似は、絶対にしませんから。そのために必要な設備もこの街にありますし」

「……」

「セツの心は今もずっと昔も貴方のものだったって認めますよ。だから、せめて身体だけでも僕にくれませんか?」

「……」

 問いかけに、深いため息が返される。

「ジク、かなりの深手を負っているようですが任務は続けられますか?」

「はい。傷はもう塞がりましたし、痛みもそれほど感じなくなりましたから」

「なら、俺はこれで失礼しますよ。仕事さえ滞りなくこなせるのなら、部下のプライベートに口を挟むつもりはありませんし」

 淡々とした声とともにロカは背を向けた。

「ただし、ちゃんと愛してくれるもっと真っ当な人を見つけるほうが君にとって幸せだとは思いますけどね」

「あはは、いやだなぁロカ本部長。自分ができないことを部下に強要しないでくださいよ」

「……それもそうですね」

 白い翼が軽くはためき、後ろ姿が遠ざかっていく。残されたジクは銀色の髪を一なでして、セツの身体を抱えながら起き上がった。

「さて、じゃあ僕たちも帰ろうか」

「……」

 血のこびり付いた薄い唇から、返事がこぼれる事はない。

「大丈夫。穴が開いちゃったところもちゃんと直してあげるからね」

「……」

 冷たくなった身体を抱きかかえながらシロツメクサを踏みにじり進む姿を満月の青白い光が照らしていた。

※※※


「セツはさ、僕のこと『自分を苦しめたあやかしじゃない』って言ってくれたよね」

「……」

「でも、ごめんね。やっぱり僕は間違いなく君を苦しめたあやかしだよ」

「……」

「だって、あんなにハッキリとずっと昔のことを夢に見たんだもの」

「……」

「そのおかげで、召使い・・・の作り方を思い出せたよ」

「……」

「この街に必要なものが全部揃っていることも、そもそも召使い・・・になった人間がけっこういたこともね」

「……」

「大丈夫だよ。あの呪いと違ってこの身体でもできることだから」

「……」

「これでまた、一緒にいられるね」

「……」

「セツ、起きて」

 朝陽が差し込む古びた実験室の中、左目に包帯を巻いた白衣姿のジクが軽く手を叩いた。すると、薬瓶や器具の散らばる作業台に横たわっていたセツがゆっくりと目を開いた。

 日の光に照らされた肌は一切の血の気を失いところどころに古代文字に似た紋様が刻まれ、食いちぎられた首筋と破れた腹は黒い合皮で塞がれている。

「ごめんね。昔の僕なら傷口を塞ぐ皮もちゃんと本物を用意したんだろうけど、今そんなことしたら一緒にいられなくなっちゃうから」

「……」

 苦笑混じりの言葉に返事はない。薄灰色の目も虚ろに宙を見つめているだけだ。

「さてと、じゃあ台からおりて僕を抱きしめて」

「……」

 つぎはぎの身体が命じられた通りに作業台を降り、背中に腕を回す。密着した身体からは少しの体温も感じられない。それでも、ジクは幸せそうに目を細めた。

「うん、上手だよセツ。このまま『愛してる』って囁いて」

「あ゛――っ」

 濁った声の後、まるで歯車が軋むような咳き込みが部屋に響いた。

「……やっぱり、声を出させるのは無理か。ごめんね、セツ。無理しなくていいよ」

 銀色の髪をなでているうちに咳は落ち着いた。

「身体だけでいいって言ったのは僕のほうだもんね……、ならキスをして」

「……」

 白く冷たい唇が唇に触れ、硬い舌がぎこちない動きで口内を動き回る。かつてのように甘美な味を強く感じることはない。ただ、生臭さと花が混じった香りが微かに鼻腔をくすぐった。

「……っは。今度は上半身を作業台に乗せてお尻を突き出して脚を開いて」

「……」

 微かに体温が移った身体が離れ、命じられた通りの体勢を取る。
 ジクは軽くうなずくと、胸のポケットから潤滑油の入った小瓶を取りだし中身を手に出した。ぬめりを帯びた指で後孔をなぞっても、中に侵入して解しながらしこりを優しくなでても、薄い唇から嬌声が上がることはない。

「じゃあセツ、今から入れるからね」

「……」

 ズボンの前を寛げて屹立した性器を押し当てれば、少しの抵抗感もなく潤滑油をまとった後孔に飲み込まれていった。

「っ少し冷たいけど、ちゃんと気持ちいいよ。でももっと気持ちよくなりたいから、中ぎゅっとして?」

「……」

 冷えた肉襞が収縮し熱く滾った塊を締め付ける。
 亡骸が命令通りに反応している。ただ、それだけ。
 それでも、腰はかつて快感を与えていた動きで中を穿ち続ける。

 古びた実験室の中には肉がぶつかる音が何度も何度も、どこか虚しさを帯びて響いた。

「セツ。そろそろ、出すよ」

「……」

「くっ……!」

 来るはずのない返事を待たずに、張り詰めた性器は無機質に収縮を繰り返す胎内に精を放った。

「っ気持ちよかったから、もう止めて大丈夫だよ」

「……」

 冷たい身体にのしかかりながら耳元で囁くと、中の収縮はすぐに止まった。
 作業台に伏した白い顔にはなんの表情も浮かんでいない。
 ゆっくりと自身を引き抜いても、反応はなにも起こらない。

「……ねえ、セツ。笑って」

「……」

 服の乱れを直しながら命令すると、乱れた銀色の髪を整えることもなく作業台に伏した上半身が起き上がった。そのまま、血の気のない顔が微笑みを作っていく。

「愛してるよ。だから、ずっと一緒にいてね」

「……」

 返事の代わりに浮かび続ける虚ろな笑みを窓から差し込む朝陽が照らす。
 ジクも穏やかに微笑み、頬を軽くなでて額に口づけた。

 唇には、やはり少しの体温も伝わらなかった。
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