【R18】半妖の退治人と呪われた上司

鯨井イルカ

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第三章 終の住処

月夜・一

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 それからも二人は日々任務を続け、残す区画はあと一つとなっていた。

「この調子なら、あと数日で全て終わりそうだな」

 窓から差し込む月明かりの中で、寝間着をかるく羽織ってベッドに腰掛けるセツが微笑む。

「……うん。そうだね」

 窓の外を眺めながら、ズボンだけを穿いたジクは振り返らずに頷いた。
 
「任務が終わった後に提出する書類は、私の鞄の中に入っているから」

「分かった」

「書き方は分かるか?」

「うん。前にロカ本部長とヒナギクに教えてもらったから」

「なら、心配ないな。よっと」

 軋む音を軽く立てながら華奢な身体がベッドから立ち上がる。
 それでも、窓際の後ろ姿は振り返らない。

「軽くシャワーを浴びてくるけど、ジクはどうする?」

「何だか眠気が覚めちゃったから、外で素振りでもしてくる。セツは先に寝てて」

「そうか。あんまり無理はするなよ」

「うん、分かった」

 短い返事を聞き、セツも振り返らずに寝室を出て浴室に向かった。

※※※

「まったく。厄介な」

 シャワーの音に紛れてため息まじりの声が浴室に響いた。
 水を含んだ銀髪がかかった顔には、困惑と落胆が入り交じった表情が浮かんでいる。

「……お気に入りの玩具くらいの認識だと思っていたのに」

 薄灰色の目が見つめるなか、掻きだした残滓が滑り込むように排水溝へ流れていく。
 
 薬を使われた日、熱に浮かされた意識の中でもジクの声は届いていた。泣き出しそうな声で自分を求める声が。

「人の愛し方を知らなかっただけ、か」

 ハッキリと言われたわけではないが、そういうことなのだろうと合点がいった。今も人間のことを言葉の通じる家畜としか思っていないあやかしは多い。
 
 主に逆らわないように躾け傍に置き、気ままに愛情を注いでときにその血肉を食す。

 千年近く前なら、それが正しい愛し方だと信じていたとしてもなにもおかしくはない。それに人間だって、あやかしに対して同じ考え方を持っている輩も多い。いつか始末したシキのように。

 降り注ぐシャワーの音に再び深いため息が混じった。

「しらべや他の人間達を殺めた罪は私が斃した夜に、私を恣に凌辱した罪はあの満月の夜に、こんな厄介な呪いをかけてくれた罪はこれから……」

 そこで呟きは止まり、薄灰色の目が閉じられた。
 水を滴らせながら銀髪の頭がかすかに左右に揺れる。

「罪というなら私も、か」

 脳裏に手脚をもがれた亡骸や、口に泥を詰め込まれた亡骸が鮮明に蘇る。
 呪いを解いてくれるものが現れるまで毒餌を続けることが、守れなかった者や逃げ出して巻き込んだ者への償いになると信じてきた。

「ヒサは確実に……、それにしらべも……」

 しかし対象の魂が還ってきたのなら、その償いも終えてもいいだろう。ヒナギクの言う「好きって気持ちをグチャグチャに」したことへの償いも、魂ごとこの世から去ることで成せるはずだ。

 黒い紋様の刻まれた手がシャワーを止め、薄い唇が自然と自嘲的な笑みを作った。
 
「歳を取ると独り言が増えて、困るね」

 そう呟くと、セツは浴室を後にした。着替えを済ませ、静まり返った廊下を進み、寝室のドアを開ける。

「ただいま、ジク。湯上がりの色気にまたムラムラするなよー」

 そんな軽口に反応する者は誰もいない。


「ギ」

「……は?」


 ――はずだった


 ガラスが割られた窓から、長い虫のような黒いあやかしが顔を覗かせている。

 あやかし避けの処理は確実にしてあるはずなのに。
 そんな疑問が一瞬の隙を作った。

「ギ」

「うわっ!?」

 細かい牙が生えそろった円形の口が泥のようなものを吐き出し、薄灰色の目を塞ぐ。

「この……っぅ♡!?」

 目を拭った瞬間、手の甲から全身に鋭い快感が走った。
 滲む視界の中なんとか焦点を合わせると、右手が紋様をが分からなくなるほど黒く染まっている。

「な……っぃ♡!?」

 戸惑っているうちに手は素早く寝間着の懐に滑り込み、胸を貫くピアスを弾いた。

「やめっ……くぅっ♡♡!」

 咄嗟に止めようと手首を掴んだ左手も快感と共に黒く染め上げられ、胸を甚振る動きに加勢する。
 黒い指がピアスを高速で弾き、円を描くように動かし、引き上げる。

「っぁ♡、やめっ……♡、つぅっ♡♡♡!」

 薄い唇からは絶えず嬌声がもれ、華奢な身体はビクビクと跳ね続ける。
 刺激に耐えきれず膝をつくと、床には黒い泥が溜まっていた。

「まず……ぁぁああぁぁあ゛ぁあ♡♡♡!!!」

 黒く染まっていく脚が激しい快感に包まれる。その間も、指は容赦なく胸を甚振り続けた。

「や゛っ♡、とめっ♡♡、ぅぐっ♡♡♡」

 熱に追い立てられた腰がガクガクと震え、下着の中で反り返った性器から先走りが飛び散る。震えの感覚が短くなると、指が見計らったようにピアスを限界まで引いた。

「だめ……っイ゛くぅぅぅぅぅ♡♡♡♡!!!」

  のけぞりながら絶頂を迎え、泥にまみれた身体が床に倒れ込む。その視線の先には黒い楕円の卵が脈打ちながら転がっていた。

「っはは……♡、苗床にするなら……っ♡、もっと若いヤツのほうが……くぅ♡、いいんじゃ、ない、か……♡?」

 挑発的に笑むと、長い虫のようなあやかしも金泥色の目を嘲るように細めた。同時に、黒く染まった手が卵に伸びていく。

「っ♡!? や、めろ……!」

 力をこめると辛うじて手の動きは止まった。それが気に入らなかったのか、円形の口からガチャガチャと牙を鳴らす音が響いた。
 いっそのこと、このまま怒りにまかせて腹を食い破ってくれたほうが楽なのに。そう思った矢先、泥がまとわりついた脚がよろめきながら立ち上がった。そのまま、身体はあやかしが身を乗り出す窓に背を向けベッドへ向かっていく。

「な……、にを……?」

 足はベッドの角にたどり着くと一度動きをとめた。しかしそれだけで終わるはずもなく、黒く染まった手がフットボードにしがみついた。これから行われる辱めを察し、上気した頬に冷や汗が伝う。

「やめ……ぁあ゛ぁあ♡♡♡!!?」

 制止もむなしく、手が身体を引き寄せフットボードの角に股間を押しつけた。

「っとまっへ……♡、とまっっ……あひっ♡♡♡!?」

 脚も上下に動き出し、硬い角に擦り付けられた性器が精液まみれの下着の中で揉みくちゃにされる。

「も……ィくっ♡♡♡!」

 全身をガクガクと震わせながら下着の中に再び精液が吐き出された。それでも、身体を角へ引き寄せる手の動きも、擦り付けるように上下する脚の動きも止まらない。
 
「っあ♡!? やめっ……♡、いまイったから……っぃ♡♡♡!?」

 下着の中が更に白濁に塗れるが、動きは止まらないどころか更に激しさを増していく。

「っぅ♡♡、わかっ……♡、たま、ご、いれるから……♡♡、も、ぐりぐりするの、や……ぁ゛あっ♡♡♡」

 止まらない絶頂に震える身体で振り返ると、窓からあやかしの姿は消えていた。

「ぅそだろ……っぁ♡、また、ィっくぅぅぅぅぅ♡♡♡♡!!!」

 鈴口から粘り気のない透明な液体が噴き出す。

「あぁぁあ゛ぁあ♡♡♡!? も゛、ゆ゛るし……い゛ぅぅうぅっ♡♡♡!」

 それでも、身体は液体に塗れた性器をフットボードに擦り付け続け、セツはそれから何度も絶頂を迎えた。

「……ぁ♡、……ひっ♡♡」
 
 蕩けた顔がか細い嬌声を上げるだけになったころ、ようやく手が離れ脚も動きを止めた。

「……ぅあ♡」

 細かく震える身体が崩れ落ちるが、黒く染まった手脚は休むことを許さずそのまま卵に向かって這い寄っていく。その動きに、ピアスに貫かれた乳首と体液に塗れた性器が床に擦れ、限界を迎えた身体にさらに甘い刺激が走る。

「やめ……♡、ずりずりするの、も、や……ぁぇ♡?」

 不意に身体が動きを止め全身を襲う快感がピタリとやんだ。しかし、全てが終わったわけではなかった。

「っぁ♡」

 右手が生温かく脈打つものを握り混んだ。同時に、左手が粘液の溜まった下着を脱がしていく。

「ひぅ♡」

 外気に触れヒクヒクと蠢く後孔に生温かい卵が押し当てられ、背筋にゾクゾクとした快感が走った。そのまま、後孔は脈打つ卵を食むように締め付けながら飲み込んでいく。

「あ♡、あ♡、あ♡、ひぅっ♡、っあ♡」

 絡みつく肉襞をかき分けながら、卵は奥へ奥へと進んでいく。

「っあ♡、やっ♡、しこりがごりゅって……んくっ♡♡!?」

 先端がはまり込むように結腸口を刺激するとセツは身体を仰け反らせた。
 そのまま、卵は結腸口を殴りつけるように律動を開始する。

「や゛♡! そんなにごちゅごちゅしたら……や゛めッ♡!?、も♡、い゛くぅぅぅ♡♡♡!」

 腸壁が脈打つ塊を締め付け、芯を失ったままの性器から透明に近い精液がだらだらとこぼれ出す。

 そのまま卵は絡みつく肉襞に根を張り、宿主に快楽を与え自由と養分を奪いながら成長を続け、いずれは孵化して腹を食い破る。

「……っ♡。そろそろ、か」

 ――はずだった。

 絶頂の余韻に震える腹の中からキュウという悲鳴に似た音が響き、ヒクつく後孔から青紫色の粘液が零れでた。

「っはー……、はー……」

 セツはよろめきながら息を整え立ち上がり、床に出来た青紫色のシミを一瞥した。

「……悪いな、私もなかなか根に持つたちみたいでね。守りたかった相手を殺めたあやかしと同種に効く毒は、任務じゃなくても仕込んでいるんだよ」
 
 そう呟くと、薄い唇は力なく孤を描いた。

「いや、仕込んでいた、が正しいかな」

 独り言ちながら寝間着汚れた寝間着を脱ぎ捨て、クローゼットに足を進める。
 月明かりが照らす手脚から黒い泥の汚れは消えていた。しかし、手の甲に刻まれた紋様だけは黒々とその存在を主張している。
 

  いい子だって言って褒めて。
  優しい子だって言って頭をなでて。
  優しい声で子守唄を歌って。
  怖い夢を見たら抱きしめて。

「……」


 いつかの声を思い出しながら新しい下着に脚を通し、白い退治人装束を身に纏っていく。


  もう、二度と酷いことはしないから
  怖いことからも痛いことからも、僕が守るから。

  お願い、ずっと傍にいて。

「……」

 
 着替えを終えた顔には落胆と憐れみが入り交じった表情が浮かんでいた。

「きっと、またぐずられてしまうんだろうな……」

 セツは小さくため息を吐き、月明かりが割れた窓ガラスと汚れた床を照らす寝室から出ていった。


※※※


 一方ジクは家から少し離れた場所にある開けた場所で刀の素振りをしていた。足元では咲き始めたシロツメクサが月明かりに照り映えている。

  よしよし、ジクはいい子だな。
  お前は優しい子だ。
 
  ジク……、愛してる……。

「……」

 刀が虚空を切り上げ、なぎ払い、突き刺すたび目の前にセツの穏やかな微笑みが浮かぶ。
 しかし。


  ざまぁみろ、このバケモノ。


 笑顔はすぐに酷く冷たいものに変わってしまう。

「……っ!」

 刀を振り下ろすと凄絶な笑みは二つに割れて消えていく。
 ジクは息を整えながら刀を鞘に収めた。

「……分かってる」
 
 荒い呼吸とともに泣き出しそうな声がこぼれる。

「きっと、最期は」

 また自分を嘲る、あの冷たい笑顔を見ることになるのだろう。むしろ、それ以外の表情など考えられない。

 金泥色の目に映るものは踏みにじられたシロツメクサだけになった。

 しばらくの間うつむいていたジクだったが、意を決したように凜々しい表情を浮かべて顔を上げた。

「でも、せめて」

 セツが少しでも安らかな最期を迎えられるよう、一撃で終わらせる。
 それをより確実にするため任務を終えても素振りを続けてきたのだと、刀にかけた手に力がこもる。そんな中、鋭さを感じるほど冷たい風が顔の左側をなでた。
 


 すると、視界の左半分がずるりと下に滑り落ち、プツリと音を立てて真っ暗になった。



「……え?」


 半分になった視界の端で、赤い紐のようなものがついた金泥色の目が転がっている。
 それを認識した途端、激しい痛みが左目……が収まっていた眼窩を襲った。

「っぅあ゛あぁあぁぁぁあ゛ぁ!?」

 咄嗟に顔を押さえた左手に温かい液体が滲んでいく感触が伝わる。

「一体なに……っ!?」

 うずくまりながらも残った右目で見上げると、滲んだ視界の中で長い虫のような黒いあやかしが顔を覗かせていた。


「ぅ、あ……」


「ギ」

 煌々と輝く満月の下、あやかしは楽しげに金泥色の目を細める。

 ああ、これはいつか殺されたときに見たものと同じだ。

 戸惑いと恐怖と絶望でグチャグチャな頭の中で、ジクはどこか冷静にそんなことを考えた。
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