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第二章 呪われた上司

すごくむかし

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 様々なあやかしに関する資料が集められた退治人結社青雲の書庫の中、白い装束を纏った黒髪の青年が難しい表情で書物に目を通していた。書物の内容は人を食らう人型のあやかしに関する記録だ。

「セツ班長、少しよろしいですか?」

 引き戸越しに聞こえて来た声に黒髪の青年、セツの表情が俄に緩んだ。

「構わないよ。おいで、しらべ」

「……失礼いたします」

 戸が開くと、しらべと呼ばれた女性が姿を現わした。一纏めにされた黒髪に白い退治人装束を纏った姿勢の良い身体、鋭い目つきの端正な顔立ちがどこか近寄り難い雰囲気を醸し出している。

「件のあやかしの退治ですが、次の満月の晩に決まりました。いつも通り人身御供の娘に扮してあやかしを引きつけ毒で弱らせて仕留めろ、とのことです」

「分かった、ありがとう。いつも伝言役を頼んでしまってすまないね」

 鷹揚な声の返事に険しい目つきが更に鋭くなった。

「すまないと思うのであれば、たまには寄合いに顔を出してください」

「はははは、ごめんごめん。どうもああいう腹の探り合いの場は苦手で」

「仮にも長から次の長に指名されている方が、そんなことでどうするんですか」

「ああ、まったくだね。これを機に、長が考えを改めてくれれば万事丸く収まるのに」

「また、そうやってろくでもないことを言って……」

 小さなため息の後、鋭い視線が白い手の持つ書物に落とされた。

「今回のあやかしについて、何か分かりそうですか?」

「それが、全くもって全然少しも一切なんの手がかりもなし」

「それほどまでに絶望的なのですか……」

 気落ちした声を受け、セツは苦笑を浮かべた。

「ははは、ちょっと大げさに言いすぎたかな。でも、他の結社もてこずっているくらいだから油断はできないね。それに、なんか嫌な予感もするし」

「嫌な予感、ですか?」

「そう。まあ、なんの根拠もない直感だけどね」

「ならば今回の囮役、私が引き受けましょうか?」

「えー、それはダメ。だって、私の見た目のほうがあやかしも油断しやすいし」

「悪かったですね、恐ろしい顔つきで」

「別に悪いとは思っていないさ。そのあやかしを射殺さんばかりの眼、私はむしろ好きだよ」

「……そうですか」

「うん」

 白く滑らかな指先が書物の頁から離れ、鋭い光を放つ目の側をそっとなでる。

「ただ、しらべの場合は眼の病が原因だから、なんとかしてあげたいとも思ってるんだけどね」

「いただいている薬が効いているので、それで充分ですよ」

「それはよかった。薬の作り方は医務班に渡してあるから、私になにかあっても安心してくれていいよ」

「……」

 薄暗い書庫の中に、息を飲む微かな音が響いた。それを機に重苦しい沈黙が訪れる。

「今回の任務、少しでも危ないと感じたら私を置いて逃げるように」

 沈黙を破ったのは、穏やかやなセツの声だった。

「……嫌です」

 次いで苦々しい言葉が返ってくる。
 
「こらこら、班長命令はちゃんと聞いてくれないと。それに副班長のしらべが無茶したら、他の子達も危ないめに遭ってしまうだろ?」

「では、他の者たちには逃げるように命じます」

「うーん。私としては他の誰よりも、しらべに危ない目に遭ってほしくないんだけれど」

「退治人として生きる以上、覚悟はできています」

「いや私のほうがね、できていないんだよ。愛した人を失う覚悟が」

「……」

 黙り込んだしらべの頭をシミひとつない手が優しくなでた。

「もちろん、私自身が死ぬ覚悟なんてもっとできていないからね。危なそうならしらべたちが逃げる時間を稼いで、適当なところで逃げさせてもらうよ」

「……本当に退治人としてはろくでもないですよね、セツ班長は」

「はははは! 返す言葉もないよ! ま、そういうことだから、こんなろくでもない奴のために命をかけないように」

 軽薄とも思える言葉を受け、険しい表情がほんの少しだけゆるむ。

「……善処します」

「ああ、くれぐれもそうしてくれ」

 二人の顔に穏やかな笑顔がほぼ同時に浮かんだ。

「ついでに、私のことをセツ班長だなんて他人行儀な呼び方じゃなくて、雪也ゆきなりって真名で呼ぶことも善処してほしいんだけど。色々と寂しいから」
 
「……私は逆に、仕事中はたとえ二人きりだとしてもリツという退治人名で呼ぶことを善処してほしいのですが。色々と気恥ずかしいので」

「ふふふ、じゃあ次の任務で無事に帰ってきたら善処してあげようか」

「なら、私もそうします」

 薄暗い書庫は、どこか穏やかで暖かな空気に包まれていった。


 それから瞬く間に時が過ぎ、満月の晩が訪れた。

 セツは町外れの森に拵えらた祭壇に座り、標的の訪れを待っていた。

 身を包む女物の衣にはあやかしの動きを鈍らせる香が焚き染められ、懐には退治用の小刀、煌々と燃える篝火にも臭いのないあやかし用の毒薬が焚かれている。部下たちには全員あやかしから気づかれ難くなる薬を飲ませてある。備えは万全のはずだ。

 それなのに、嫌な予感が拭いされない。

 満月が中天に到達したころ、樹々の隙から微かに風が吹いた。


「雪也さま……! 逃げてください……!」
 
「!?」


 葉擦れの音に紛れ、微かな、それでいていやに鮮明な叫び声が耳に届いた。

「しらべ!?」

 セツは祭壇から飛び降りると、声の聞こえた方へ走り出した。

 落ち葉に足を取られ、木の根につまづきながらも走り続けたどり着いた先には──。

 ※※※


「──セツ!」

「ぅ、ぁ……」


 名前を呼ぶ声と頬を軽く打たれる痛みでセツは目を覚ました。
 滲んだ視界のなかで、あやかしが頬を膨らませて腕を組んでいる。

「もう、いつまでぼんやりしてるの? 僕、退屈で死にそうなんだけど」

「すみま、せん……ぁ」

 軋む音を立てながら寝台から上体を起こすと軽い目眩に襲われ、思わず手にしていた物を強く掻き抱いた。側に立つ顔が更に不満げな表情に変わっていく。

「あのさ、セツ。作ってあげた玩具を気に入ってくれるのはいいんだけど、僕が目の前に居るのに玩具の方が大事みたいな態度をとるのはどうなの?」

「っごめんな、さい」

 謝りながらも白い腕は抱え込んだ物、しらべの腕の骨に滑らかな石を散りばめて作られた玩具を離そうとしない。部屋の中に怒りのこもった深いため息が響く。

「セツはさ、本当にお仕置きされるのがすきだよね」

「ごめん、なさい」

「そっちはよがってるだけでいいけど、するほうは結構疲れるんだよ?」

「ごめんなさい」

「せっかく、今日は優しく可愛がってあげる気分だったのに」

「ごめんなさい」

 薄灰色の目は虚空に向けられ、薄い唇は譫言のように謝罪の言葉を繰り返す。それでもグロテスクな玩具はきつく抱えられたままだ。

「まったく、誰に向かって謝ってるんだか。ほら、お仕置きしてあげるからそれ貸して」

「え……」

「なに? それじゃ嫌なの? なら、この間作った目の玩具をまた使ってあげるけど」

「……ごめんなさい」

「セツ、『ごめんなさい』じゃ分からないでしょ?」

「……これで、おしおきしてください」

「分かった」

 おずおずと差し出した玩具を幼い手が奪い取った。

「よしよし、ちゃんとしてほしいことが言えてお利口だね」

 言葉のうえでは褒めているが、銀色の髪をなでる表情は少しも笑っていない。

「じゃあ始めるけど、痛いのと気持ちいいのどっちがいい?」

「いたく、してください」

「そう、じゃあさっさとお尻をこっちに向けて四つん這いになって」

「わかり、ました」

 言われるがまま、セツは寝台の上で四つん這いになり白い寝巻きの裾を捲り上げた。露わになった形の良い尻には無数のみみず腫れや傷痕が残っている。

「本っ当、困っちゃうよね。僕は食べる部分以外に余計な傷はつけたくないのに、セツがお仕置きされるようなことばっかりするから」

「っごめんなさ……ぁ♡」

 玩具の先で尾てい骨の近くに走る引き攣った傷跡をなでられ、白い尻が微かに震えた。

「またそうやってお仕置き中なのに勝手に気持ちよくなる」

「っぅ♡、ごめんなさ……い゛っ!?」

 不意に傷跡をなぞっていた玩具が、硬い音を立てて尾てい骨を打ち捨てた。

「あ゛、がっ……」

 腰全体が鈍痛と痺れに包まれ、呼吸すらままならなくなる。

「ふっ……ぅぐ……♡」

 痛みがひいていくと、痺れは甘い疼きとなって下半身全体を苛みはじめた。

「ほら、またぁ。なるべく痛くなる所を叩いてあげたのに」

「っあごめっなさ……っぅ♡♡」

「さっきかさら、なんでそんなに謝ってるの?」

  ガキッ

「ひぅ♡!? おしおきっちゅうに♡、きもちよくなっれ♡、ごめんなさっ……ぐぅっ♡」

「そうだね。でももっとちゃんと教えて?」
 
  ガキッ

「あぐっ♡! いたいことされてぅのに♡、きもちよくなってごめんなさっ」

「へー。どんなふうに気持ちよくなっちゃったの?」

  ガキッ

「うぁ゛♡、たたかれるとおなかのなかからっ♡、ぶるぶるされてぅみたひになっれ♡」

「ふーん。お腹のなかがそんなかんじなら、前はどうなのかな?」
 
  ガキッ

「はひっ♡!?、っあ♡、うたれると♡、さきばしりがどくどくあふれてきてっぁ♡」

「叩かれてるだけで、そんなに気持ちいいんだ。じゃあ後ろのほうは?」

  ガキッ

「あ゛っ♡、うひろっも♡、なかまでおしおきしてほひくて♡、かってにぱくぱくしてまふっ♡♡」

「セツは本当に淫乱だね。でも、そんな調子で気持ちよくなっちゃっていいの? これの材料、バラバラになる直前までセツのこと守ろうとして頑張ってたのに」

「あ……」

  ガキンッ

「あ゛っ♡!?」

 尾てい骨を打つ力が俄かに強まり、見開かれた薄灰色の目から涙が飛び散った。

「っすまなっ……っう♡、しらっべ……すまな……っあ゛ぁ♡」

 打ち据えられるたびに、汗ばんだ額が許しを乞うように寝台に押し付けられる。その姿が、あやかしの苛立ちをさらに煽った。

「っいつまでそんな死体に謝ってるの!?」

  バキッ

「っが♡!? ……ィぅ♡♡♡」

 力任せに振り下ろされた玩具が鈍い音を立てて折れるとともに、セツは体を震わせながら射精を伴わない絶頂を迎えた。

「……し、らべ」

 快楽の余韻に震える指が目の前に落ちた玩具に伸ばされ、慈しむように表面をなぞりだした。

「しらべ……、ごめんな……」

「だから! それやめてって言ってるでしょ!」

「うぐっ」

 激昂したあやかしによって銀色の髪が乱暴に掴まれ、無理やり後ろを向かされる。滲んだ視界の中に、怒りに震える金泥色の目だけがはっきりと映った。

「セツが謝らなくちゃいけない相手はその死体なの!? 違うでしょ!?」

「っあ、ごめんなさっ……むぐっ」

 今度は寝台に頭を押しつけられ、くぐもった声が漏れた。

「んーっ、んぐっ……」

 息苦しさに身を捩っているうちに、頭の中にもやがかかっていく。あと少しで意識を失える。そう思った矢先に、再び頭を持ち上げられた。

「……っは」

「セツ」

 いつのまにか、あやかしも寝台に上がり膝立ちになっていた。

「今、君は誰のものなんだっけ?」

 薄灰色の目が、やや落ち着きを取り戻した金泥色の目に睨みつけられる。

「……貴方のものです」

「そうだよね。じゃあ、気分を悪くさせたりしたらダメだよね」

「……はい。申しわけございませんでした」

「うん、ちゃんと謝れてお利口だね。あーあ、怒ったらお腹空いちゃった。たまにはセツ以外の人間を食べにいこうかな」

「それは……」

「なに? やめてほしいの? なら、ちゃんとお願いしないとだめでしょ?」

「……はい。ぅっ」

 返事をするやいなや髪から手が離れ、端正な顔が寝台に打ち付けられた。

「ほら、早くして」

「……はい」

 苛立ちを残した金泥色の目に見下ろされながら、セツは両膝を立てて座り込む形に体勢を変えた。それから、噛み跡だらけの胸が露わになるまで長い裾をたくし上げ、ゆっくりと脚を開いていった。

「っどうか、お願いします♡♡。愚かであさましく淫らな私の身体を、あますところなく、可愛がって、味わってください……♡♡」

 虚な笑みを浮かべながら、細長い指が自らの性器まとわりついた先走りを拭いとる。指はそのまま陰嚢と会陰を通り過ぎ、刺激に焦がれて開閉を繰り返す後孔に飲み込まれていった。

「っうく♡」

 指先が前立腺を軽くかすめ、華奢な身体がびくりと跳ねる。

「へー、自分の指だけですごく気持ちよさそうだね。なら、僕がなにかしなくてもいいか」

「ちがっ……♡、ゆびっじゃおくとどかなひから♡、もっとおおきひのほしいです……♡」

「本当? 僕にはもう満足してるみたいにみえるけどなぁ」

「っしてないです♡、っふ♡」

 裾を持っていた指も後孔に滑り込み、ゆっくりと縁を広げていった。

「これみてください♡」

 セツが頬を軽く染めながら、肉襞が蠢くナカを見せつけるように腰を浮かせる。その痴態にあやかしもようやく嘲るような笑みを浮かべた。

「ふぅん。そんなにナカをヒクヒクさせちゃうくらい僕のを挿れて欲しいんだ? じゃあさ、その玩具の材料を抱いたときと、僕に抱かれてるときならどっちが気持ちいい?」

「もちろん、だかれているときです♡」

 わずかに躊躇う隙もなく虚な笑みが答える。

「そっか。なら、お仕置きもちゃんと受けたし、たくさん可愛がってあげないとね」

「おねがいしま……あひっ♡!?」

 熱く滾ったものを一気に突き入れられ、二本の指が縁から離れた。途端にうねるひだが塊を締めあげ、奥へ奥へと導いていく。

「あ゛♡、ぁ゛♡」

「セツ、気持ちいい?」

「はひ♡、きもちいいれす♡」

「じゃあ、どんなふうに動いてほしいか教えて?」

「っはひ♡、いちばんおくまれいれて♡、けっちょう……」

「こら、違うでしょ」

「あぐっ♡!?」

 ナカを掻き回されながら下腹部を押し込まれる激しい快感に、喉を晒しながら身体が跳ねた。

「やっ♡」

「セツのここは、子宮でしょ? 前に教えてあげたよね」

「っあ゛♡、ごめ゛っなさひ♡、しきゅぅぐりぐりしてくらさい♡♡」

「ははは、よくできました。ほら、ご褒美だよ!」

「あ゛ぁあぁぁあ゛♡♡♡♡!」

 最奥を穿たれたまま腰を小刻みに回され、セツは銀色の髪を振り乱しながら快感に悶えた。

「っも゛♡、イ゛きたっ♡、あ゛っ♡」

「うん。僕もそろそろだし、このまま齧ってあげる。セツは僕に抱いてもらいながら食べられるのが、大好きだもんね」

「らいすきれ゛す♡! ら゛から、はや゛くぅ♡♡」

「っはいはい。じゃあ、いくよ」

「っい゛♡♡」

 あやかしが身体に覆いかぶさり、肩口に牙を立てる。牙は傷を広げるように動かされ、溢れでた血は絶え間なく飲み込まれていく。

「ぁ……、ィくぅ……♡♡」

 血の気を失っていく顔に恍惚の表情が浮かび、身体の間で潰された性器から精液がダラダラと垂れ流される。

「っ!」

「あ゛ぐ……っ♡」

 肩に食らいつく力が強まるとともに、最奥に注ぎ込むように熱い塊が脈打ちながら精を放っていく。

 後孔の中が白濁に満たされても、牙は皮膚を貫き肉を貫いたままだ。それでも、セツは微笑んで赤銅色の髪を優しくなでている。

「ど、うかこ、のまま……っ、くいちぎって……」

「……」

「ぅ……、ぁ……」

 不意に深く突き刺さった牙がゆっくりと抜かれ、代わりに熱を持った舌があてがわれた。

「んっ」

「くっ……、ふっ……」

 舌が溢れ出る血を舐めとるにつれ傷口は塞がっていく。

「っは」

 舌が離れると、肩には微かに噛み跡が残るばかりになっていた。

「……セツ、前に言ったよね。勝手に死のうとするなって」

 口の周りについた血を拭いながら、あやかしは虚な薄灰色の目を睨みつけた。 

「……ぁごめんなさ、い」

「まったく。せっかく気分がよくなったのに、また台無しだよ」

「っうぁ」

 後孔のナカから性器が引き抜かれ、大量に注がれた白濁がドクドクとこぼれていく。

「これ以上お仕置きしたらまた死のうとしそうだし、今日はここまでかな」

「ごめんなさい……」

「もういいよ。なんか僕もしらけちゃったから」

 寝巻きの乱れを直しながら、小さな身体がセツにしがみつきその胸に顔を埋めた。

「今日はもう寝るから子守唄を歌って。あと、さっきみたいに頭なでて」

「はい……」

 弱々しい声が穏やかな旋律を歌い出し、白い手が力なく赤銅色の髪をなでる。

「そうそう。僕が眠れるまでちゃんと続けてね」

「……はい」

「くれぐれも、ふぁぁ、僕が眠っている間に尖ったものを胸に突き刺したらダメだよ」

 あくびまじりの言葉を受け、薄灰色の目に微かに光が戻った。

「……え?」

「ふふ、ちょっと元気が出たみたいだね。これで、明日はもっと楽しく遊べる」

「いま、のは……?」

「変な気は起こさないでね、ふぁあ、セツはもう、僕がいないと生きていけ……」

 全ての言葉を言い終わる前に、あやかしは深い眠りに落ちた。

「……」

 自分にしがみついて穏やかな寝息をたてるあどけない顔に鋭い視線を送りながら、セツは鋭い形に砕けた玩具に手を伸ばした。


 ※※※


「セツ、なんで……? あんなに、可愛がって、あげてたのに……」

 寝台の上で塵に帰りながら、震える声であやかしが尋ねた。その胸には腕の骨で作られた玩具が深々と突き刺さっている。

「仕事だからだよ」

 恐ろしく冷たい表情でセツが短く答えた。

「っごほ、今さら戻ったって、まともになんかっ、いきられない、のに」

「退治人として生きる以上、覚悟はできているさ」

 薄灰色の目がヒビの入った玩具に視線を送る。

「せいぜいろくでもない余生を送りながら、早めの迎えが来るのを待つよ。まあ、ひとまずは」

 セツは凄絶な笑みを浮かべた。

「ざまぁみろ、このバケモノ」

「──!?」

 薄い唇が吐き捨てた言葉に、金泥色の目が見開かれた。

「そっか。セツも、そんなこと言うんだね。僕のものなのに。なら……」

「なにを……?」

 半分以上塵に帰った顔がブツブツと呪文を唱えだし、セツは眉をひそめた。

「……っふふ。セツ、手を見てごらん」

「……手? うわっ!?」

 不意に手の甲から煙が上がり、激しい熱に襲われた。

 煙と熱がおさまると、そこには互いの尾を飲み込む二匹の黒い蛇の紋様が刻まれていた。

「これ、は……?」

「あはははは! これでセツは愛してくれる人に殺されないかぎり死ねないよ! だから、僕の魂がまた帰ってくるまでお利口にして待っててね! あはははは!」

「!? おい、待て!! それは一体どういう……」

「……」

 問いに答えることなく、あやかしは完全に塵に帰った。

「……ひとまず、社に戻って報告かな」

 黒い紋様が刻まれた手が、寝台に積もった塵のなかからヒビの入った玩具を拾いあげる。

「かなり膨大な始末書と報告書になりそうだけど、一人でなんとかしてみるよ」

 まるで誰かに語りかけるように呟きながら、玩具を抱き抱えてセツは寝室を出ていった。
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