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第二章 呪われた上司

むかしむかし・三

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 むかしむかし、ある所に赤毛で濁った金色の目をしたあやかしがいました。

 そのあやかしはお父さんとお母さんとたくさんの召使い・・・たちと一緒に、石で造られたお城でくらしていました。みんなとても仲がよく、毎日楽しく過ごしていました。

 そんなお城の周りには人間たちの村があり、ときおり若者を捧げ物にしてくれました。そうすれば他の人間は食べない、という約束をずっとずっと昔に交わしていたからです。

 実のところあやかしたちは不思議な術を色々知っていて、美味しい食材を長持ちさせる術ももちろん知っていました。なので捧げ物がなくても、そこまで食べる物に不自由していませんでした。それでも、村人たちがいろんな思いを押し殺して若者を差し出すさまが哀れだったので、いつも喜んだふりをしながら受け取ってあげていました。それに食材にしなくても、調度品に加工したり召使い・・・に加工したり、なにかと使い道はあったからです。

 ある日、お城にまた一人の捧げ物が届きました。

 それは、銀色の髪と薄灰色の目を持つとてもいい匂いの美しい女の人でした。

 あやかしは一目で気に入り、自分専用のご飯兼側仕えにしてくれるようにお父さんとお母さんにお願いしました。二人は笑顔でそのお願いを聞き入れてくれました。あやかしはとても喜んで、彼女により美味しくなってより長持ちする術を施しました。

 こうして、とても美しい側仕えを手に入れたあやかしは毎日とても幸せに過ごしました。

 お腹がすいたら美味しい血肉を分けてもらい、身体が昂れば美しい身体で慰めてもらい、眠たくなったら可憐な声で子守唄を歌ってもらう。

 彼女はすこし怖がりながらも、優しい笑顔で言うことをなんでも聞いてくれました。あやかしはそんな彼女が大好きになり、壊れてしまうまで大事に大事にしようと決めました。

 それでも、そんな幸せは突然終わりを告げました。

 ある晴れた日に、退治人の一団がお城に押しかけてお父さんとお母さんを殺し、召使い・・・たちを全部壊してお城に火をつけてしまったからです。

 そんな中、あやかしは彼女だけでも逃がそうとしました。けれども、彼女は燃え盛る部屋のなかで慌てることなくこう言いました。

 退治人たちに城の情報を教えたのは私だ。
 もう普通の人間ではなくなってしまった私もここで死ななくてはいけない。
 それでもお前たちを根絶やしにできるなら構うものか。

 彼女がいつも浮かべていた優しい笑顔は全て嘘だったのです。
 怒ったあやかしは、思わずその頬を張り飛ばしてしまいました。すると銀色の髪がふわりと広がりながら、頭が身体から外れてしまいました。慌てて駆け寄ると、赤い絨毯に転がった頭はいままで見たこともないような笑みを浮かべました。

「ざまぁみろ、このバケモノ」

 今まで優しく子守唄を歌ってくれた唇は最後にそう呟くと、少しも動かなくなってしまいました。

 あやかしはしばらく動けずにいましたが、焼けてしまうのは嫌だったので転がった頭をそのままに、少しの荷物を持ってお城を抜け出しました。

 それから、あやかしは鳥や獣に化けたり、馬車や船に紛れたりしながら、遠い遠い国へ逃げ延びました。
 そこにも退治人はたくさんいましたが、幸いにも僕……、そのあやかしを斃す術を知っている者はいませんでした。なので、少し美味しそうな人間を見つけては、逃げる道中に拵えた召使い・・・たちに造らせた城に連れこみ、戯れに側仕えをさせてみたりしました。

 それでも、彼女の代わりになるほど美しくて優しくて美味しいものはいませんでした。

 そんなある日、退治人の長を名乗る人間が城にやってきました。その人間は苦々しい顔でこう言いました。

 私の部下に人を食らうあやかしをやたらと惹きつける者がいる。
 きっとお前たちにとってはこの上なく美味なのだろう。
 次の満月の晩にその者たちを退治という建前で差し出す。
 あとは好きにしていいから他の人間を襲うのはやめてもらえないだろうか。

 あやかしは少し考えましたが、その条件を飲むことにしました。どうせ退治人たちは自分を斃す術を知らない、もしも捧げ物が美味しくなければまた他の人間を連れてくればいい、そう考えたからです。

 そして、約束の晩がやってきました。

 あやかしは子供の姿に化け、まずあたりに隠れていた退治人たちを片付けました。みんな姿に油断したのか、面白いくらい簡単に斃れていきました。

 ただ一人、目つきの悪い女の退治人だけは少し手応えがありました。それでも、少し力を入れれば簡単に腕や脚をもぐことができました。
 動けなくなると、その女の退治人は誰かに向かって「逃げてください」と叫びました。その声を聞いてまた別の退治人、女の着物を着て囮となっていた件の捧げ物、が駆けつけました。

 その姿を見た瞬間、あやかしは息を飲みました。艶やかな黒髪、きめの整った肌、美しい顔立ち、そんな容姿にも目を奪われましたが、心を揺さぶったのはもっと別のものでした。


 彼女と同じいい匂いがその退治人から漂っていたのです。


 退治人は地面に転がった亡骸たちに気づくと目を見開き、憎悪の表情を浮かべながら切り掛かってきました。それでも、退治用の刀はそのあやかしに傷ひとつつけることができませんでした。

 戸惑いと絶望が入り混じった表情を浮かべる退治人を見て、あやかしは気分がとても高揚しました。なので、そのまま彼に死なない程度の深傷を負わせて組み敷き、身体の昂りを慰めながらその肉を齧り血を啜りました。その身体もその血肉も遠い昔に味わった彼女と同じくらい、ひょっとしたらそれよりもずっと、素晴らしいものでした。

 今度こそ完全に自分だけのものになってもらおう。あやかしはそう決めて、彼を城に持ち帰りました。そしてすぐに、彼女と同じ髪と目の色になる術と、より美味しくなってより長持ちする術を施しました。

 それと、今度は裏切ったりしないように、痛みと快楽で徹底的に躾けました。

 躾けていくうちに、彼はとてもお利口に言うことを聞くようになってくれました。ときどきは反抗的な態度をとりましたが、女の退治人の亡骸で作った玩具や調度品で遊んでやればすぐにおとなしくなりました。

 あやかしは彼女が昔着ていた寝巻きを着せて、彼を大事に大事に可愛がりました。彼も優しい笑顔でそれに応えてくれました。

 お腹がすいたら美味しい血肉を分けてもらい、身体が昂れば美しい身体で慰めてもらい、眠たくなったら可憐な声で子守唄を歌ってもらう。そんな幸せな日々がまた手に入りました。

 ただ彼はときどき、女の退治人の亡骸で作った玩具を抱きしめて塞ぎ込んでしまうことがありました。そんなときはどんな躾をしてもどこか反応が悪く、あやかしはとてもつまらない思いをしました。

 その日も、彼は骨で作った玩具を抱えて虚ろな表情で謝り続けていました。抱いてあげるといつものように泣いてよがりましたが、やはりどこか心ここにあらずです。そこで、あやかしはなんとか元気づけようと、ある秘密を教えてあげることにしました。

 それは、自分を斃す方法です。

 予想通り、薄灰色の目にはほんの少しだけ生気が戻りました。

 あやかしは少しだけまずいことをしたなかなと不安になりました。それでも、自分がいなければ生きていけないほどしっかりと躾けているので、本当に試したりはしないだろうと思い直しました。

 そんな見込みに反して、彼はその日のうちにその方法を実行しました。


「ざまぁみろ、このバケモノ」


 身体が塵に帰っていくなか、遠い昔に炎の中で聞いた言葉が再び耳に入ります。

 あやかしは頭に来て、最期の力を全部使って彼に呪いをかけてやりました。

 そしてどんなに時間がかかっても彼に再び会えるように、強く強く願いながら塵に帰っていきました。

 ※※※

「これが、僕の知っている側の昔話だよ」

 ジクはベッドサイドの椅子に座りながら、深く眠り込むセツの髪を優しくなでた。

「本当に、今さら思い出したって仕方がないのにね」

 力ない呟きに返ってくる反応はない。

「一旦、ロカ本部長に追加の薬をもらってくるよ。そうしたら、昔話の続きをしてあげる」

 額に唇を落としても静かな寝息は少しも乱れない。

「だから、どうか今はゆっくり眠っていて」

 静かな部屋に悲しげな声だけが響いた。

 

 
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