上 下
9 / 32
第一章 半妖の退治人

本部長とろくでもない大人と呪いの解き方

しおりを挟む
 突如として現れた眼鏡の青年にジクは大いに戸惑った。セツから出た、本部長、という言葉も気にはなる。しかし、それ以上に気になったのは……

「翼? それに、その目」

 ……肩のあたりから垣間見える純白の翼と、ガラス越しに輝く金泥色の瞳だった。

「まあお客様、あの翼が気になるとはお目が高い! 実はこのロカ本部長、人間至上主義者が幅を利かせるうちの結社には珍しく……」

「セツ、茶化さないでください」

 ロカと呼ばれた青年は軽くため息を吐き眼鏡の位置を直した。

「君にも色々と説明はしますが、まずはズボンをはきなさい」

「あ、はい……」

「それと、セツはこれを羽織っていてください」

「はーい」
 
 純白の上着を脱ぎ、血まみれの裸体に差し出す。その表情がほんの少しだけ緩んだのをジクは見逃さなかった。

「……ん? どうしたジク、どこか痛むのか?」

「別に」

「そういうわりには、若干険しい顔を……ああ、そうか。ロカについては安心してくれていいぞ。結構昔に愛想を尽かされたから」

「そう……は?」

「今のこいつにとって、育ての親兼、部下兼、元カレ兼、都合のいい男っていうのが私の立ち位置だな」

「え? えーと、うん?」

 次々と繰り出される情報に理解が追いつかない。見かねたロカが再び深いため息を吐いた。

「セツ、混乱を招くような発言は控えてください」

「えー、でも事実じゃないか」

「いいから、少し黙ってください」

 軽口を嗜めはしているが、否定はしていない。混乱を更に深めていると、金泥色の目が眼鏡越しにどこか憐れむような視線を向けた。

「すみませんね、ジク。色々と騒がしくしてしまって」

「あ、いえ。大丈夫です」

「それはどうも。まず自己紹介をすると、俺の名はロカ。先日就任したばかりですが、青雲の本部長です」

「そうですか」

「ええ。見ての通りセイレーンというあやかしですが、今は人間を食らったりしないのでご安心を」

「そう、ですか」

 今はというところが気になりはしたが、疑問を飲み込んで相槌をうつ。

「この度は危険集団殲滅班で不穏な動きがあったため、調査していたんです。まあ、その件は粗方かたがついたみたいですね」

「多分、そうですね」

「君が無事でなによりですよ」

「あ、どうも」

「いえいえ。それで危険集団殲滅班の任務と君の身柄は当面の間、本部で預かることになりました」

「そうですか」

「ええ。それでそこにいるセツですが……」

 不意に眼鏡の奥の金泥色の目が険しくなる。

「彼はとてもろくでもない大人です。なので、あまり深く関わってはいけません」

「……え?」

 真面目な表情から繰り出されたとは思えない言葉に耳を疑った。たしかに、出会いからしてまともではなかったとは思う。

「ロカ、そんな外国語の直訳みたいなかんじで貶さないでくれよ」

「はっ」

 唇を尖らせるセツに、ロカが冷ややかな視線を送る。

「だって事実じゃないですか。どうせまた、純真無垢な子供をたぶらかしていいように使う気なんでしょう?」

 冷たい声がジクの胸を浅く抉った。
 たぶらかしていいように使う。会ってすぐの部下に必要以上に甘く接するのは、何か裏があるからかもしれない。そんな疑いを持たないわけではなかった。

 それでも。

「だから、これからはセツではなく他の社員に……」

「あの、ロカ本部長」

「うん? なんですか、ジク」

「セツのために働くのは嫌じゃないですから。あと、僕は子供じゃないです」

 自分に向けられる優しさを手放したくはないと思った。
 
「……手遅れ、でしたか」

 憐れむような視線が、眼鏡越しに向けられる。

「このままだと、君はとてつもなく苦しい思いをすることになりますよ?」

「別に、慣れてます」

「……まあ、それは否定できませんけどね。ただ、もう少しくらいセツのことを知ったほうがいいと思いますよ。たとえば、彼が受けた呪いのこととか」

「それも知ってます。不死身なんですよね」

ほぼ・・不死身です。この様子だと、呪いの解き方までは教えてもらっていないみたいですね」

「……解き方?」

「そう。君はその解き方のために利用されているだけなんですよ」

「それでも。利用価値をみいだしてもらえるだけ、マシだと思います」

「……それは、誰と比べて、でしょうか?」

 金泥色の目どうしがお互いを鋭く睨みつけた。部屋の空気が一気に張りつめていく。
 
 そんな中、セツがへらりと微笑んだ。

「きゃー、二人ともー、私のために争わないでー、まだシキの死体がこっち見てるのにー」

 ふざけた言葉に、二人はほぼ同時に脱力した。

「……ともかく、今はこの部屋や貴賓室を片付けないといけませんね」

「……そう、ですね。今から掃除用具持ってきます」

「それには及びませんよ。ヒナギク……、片付けに特化した子を待機させているんで」

「そうですか」

「ええ。では、俺はその子と合流するので、いったん失礼します」

 純白の翼が軽く羽音を立てる。

「そうそう、セツ。ジクにもちゃんと、呪いの解き方を教えてあげてくださいね。このままでは哀れで仕方がないですから」

 刺々しい言葉を残して、ロカは部屋を出ていった。

「あー、ジク。なんというかロカは色々あって、あの通りだいぶ捻くれてしまっているんだ。だから、キツいこと言われてもあんまり気にしなくていいぞ」

 セツが気まずそうに微笑みながらフォローを入れる。

「……うん、分かった」

「よし、いい子だ。あと、一度貴賓室に戻っていいか? シャワーを浴びたり、着替えたたりしたいから」

「うん、そのほうがいいよ。なんかその上着、柔軟剤の匂いの趣味が悪いし」

「ははは! なかなか言うじゃないかジク! それじゃあ、一段落したら色々教えようか。これからの仕事のこととか、住む場所とか……」

 不意に、薄灰色の目が軽く伏せられた。

「……呪いの解き方について、とかな」
 
「……うん」

 できれば知りたくない。直感的にそう思いながらも、ジクは素直にうなずく。すると黒い紋様が刻まれた手が、赤銅色の髪を優しくなでた。

「ふふ、大丈夫だよ。そんなに大した話じゃないから」

「……僕ができることは、なんでもするから」

「それは頼もしいな。さ、長居していても仕方ないし、そろそろ戻ろう」

「うん」

 二人は並んで扉を出ていく。


 誰もいなくなた部屋の中、窓から差し込む午前の陽がうずくまるシキの亡骸を照らしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

冴えないおじさんが雌になっちゃうお話。

丸井まー(旧:まー)
BL
馴染みの居酒屋で冴えないおじさんが雌オチしちゃうお話。 イケメン青年×オッサン。 リクエストをくださった棗様に捧げます! 【リクエスト】冴えないおじさんリーマンの雌オチ。 楽しいリクエストをありがとうございました! ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

俺は触手の巣でママをしている!〜卵をいっぱい産んじゃうよ!〜

ミクリ21
BL
触手の巣で、触手達の卵を産卵する青年の話。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...