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幸せにひたってます!

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 気がつくと、白いカーテンに囲われた場所で横たわっていた。
 なんだか、あたりが薬臭い。

 ここは、いったいどこなんだろう……?

 ひとまず、起きて様子を――

「いたっ!?」 

 ――確かめようと思ったのに、少し体を動かしただけで右腕に痛みが走った。

 ひじの内側から管が伸びてるけど……、これは……点滴?
 でも、なんで、点滴なんてしてるんだろう?

 たしか、平和条約の調印式に乗り込んで……。

 ミカが突っ走るのを止めて……。

 勢いあまって、結婚式をあげて……。
 
 ヒスイがダイヤの根性を叩き直すことになって……。

 それで、ミカと一緒に究極魔法を……、そうだ!

 究極魔法を使ったってことは、ここは元の世界なんだ!
 うん、あらためて見まわしてみると、ここ思いっきり現代の病室だ。だって、ナースコールとかあるし。
 着てる服も……、軍服じゃなくて、ドラマとかでよくみる入院着だ。
 
 ……本当に、戻ってこられたんだ。
 ミカもきっと、一緒のはず。

 なら、一刻も早く退院して、ミカに会いに――


  ガラガラガラガラ……キキィ――ッ!

「野々山さん! 点滴で廊下を爆走したり、ドリフト走行したりしないでください!」

「ごめんなさーい! でも急いでるんで!」
 
  ガラガラガラガラッ!


 ――いこうと思ったのに、先を越されたみたいだね。

 廊下から、ものすごい勢いで車輪が回る音と、女の子の声が聞こえてきた。
 ちょっと似ているところがあるけれど、光の聖女ミカエラの声じゃない。


  ガラガラガラガラ……シャッ!


 カーテンを開けて現れた姿も、光の聖女ミカエラじゃない。

 こげ茶色の、ふんわりとしたボブヘアー。
 まつ毛の長い、黒目がちな目。
 少しだけやつれちゃったけど、柔らかそうな頬。
 形のいい、小ぶりな唇。


 目の前で微笑んでいるのは――


「サキ……、おかえりなさい!」


 ――間違いなく現実世界の野々山ミカだ。 



「うん、ただいま。ミカもおかえりなさい」

「うん、ただいま……、とうっ!」

「わっ!? み、ミカ、点滴付けたまま飛びついたりしたら、危ないよ!」

「ふっふっふ、野々山ミカはたとえ点滴が外れて血まみれになろうとも大好きなサキに飛びつくことは自重しないんですからね!」

「ミカ……、Web小説のタイトルなのかなんなのか、もう分からないかんじになってるよ……」

「ふっふっふ、細かいことは気にしちゃだめなんだぜ! あ……、それとも迷惑だった?」
 
 上目づかいでこっちをのぞき込む顔に、不安げな表情が現れる。

 小動物かなにかかと思うくらい可愛かったです。本当にありがとうございました。

 ……なんて、心のなかで呟くだけで終わらせなくても、もういいんだ。

「……そんなこと、あるわけないでしょ」

 背中に腕を回して抱きしめ返すと、小さな肩がビクッと震えた。
 右腕が少し痛んだけど、柔らかな感触と温かな体温が伝わる心地よさのほうが上回った。

「ずっと、こうして抱きしめたかったんだから……」

「……抱きしめるだけで、いいの? サキ」

 ……上目づかいで、なんて破壊力の高いことを言ってくるんだ、この子は。

「できれば、その先にも進みたいけど……」

「……けど?」

  ダダダダダダダダダッ!

 足音を轟かせながら、鬼の形相をした看護師が病室に入ってきた。

「野々山さん! 早く病室に戻ってください! ……あれ、羽村さん?」

「……まずは、先生とか看護師さんに、状況を説明したほうがよさそうな気がするんだ」

「ちぇー……、でも、まあサキが言うならしかたないか」

 そんなこんなで、不服そうな表情のミカは看護師さんに連行され、私は私で医師や看護師に囲まれることになった。

 
 それからは、かなりバタバタが続いた。

 連絡を受けてやってきた両親が、号泣しながら抱き着いてきたり。

 誰ですかあなた、というくらい遠縁の親戚が、次々にお見舞いに来たり。

 なにか異常がないか、レントゲンやらCTやら血液検査やらが続いたり。

 休学とか復学に関する書類を大量に書いたり。

 眠ったままだったせいで落ちた筋力を、取り戻すためのリハビリが始まったり。

 ……思い返すと、けっこうハードなスケジュールだったな。

 特に、大叔母と名乗る年配の方が来たときは、あまりの話の長さに、ちょっとだけ向こうの世界に戻りたくなったっけ……。

 それでも、リハビリの時間はミカと同じだったし、検査やお見舞いの合間を縫って二人で過ごすこともできてるから……、トータルでは幸せな入院生活かな。
 今だって、こうやって病院の中庭で、二人っきりでベンチに座っていられるわけだし。

「サキ、ニコニコしてるけど、どうしたの?」

「あ、えーと……、ミカと一緒にいられて、幸せだなって」

「ふっふっふ、その言葉、そっくりそのままお返しするぜ!」

 おどけた口調で、ミカが寄りかかってきた。すかさず、腕を伸ばして肩を抱きしめる。

 うん、やっぱり向こうの世界も含めて色々あったけど……、トータルでは幸せだ。ためらわずに、大好きな人に触れられるようになったんだから。

「ところでさ、私さっき、リハビリが順調だから今週末で退院って言われたんだけど……、サキは?」

「私も同じだよ。ありえない回復速度だって、先生に驚かれた」

「私もー。まあ、でも、究極魔法の訓練に比べたら、まだ乗り切れる内容だもんね」

「たしかに、あれに比べればね」

 戻ってこられたからよかったけど、あの訓練は本当にキツかったな……。
 ……そういえば、ヒスイや、ギベオンや、光の勇士たちは、元気にしているだろうか?

「ふっふっふ。サキよ、向こうの世界のことが気になったね?」

「あ、うん。光の勇士勢には、ちゃんとしたお礼や、別れの言葉も言えてなかったなって思って……」

「それなら、安心して! 一昨日ちゃんと、ありがとうってメッセージ送っておいたから」

「そっか、それならよかった」

「うん! あと、みんな元気にしてるし……、ダイヤも最初はギャーギャー言ってたけど、今は別人のように澄んだ瞳でトレーニングを頑張ってるて」

「へー、その姿はちょっと見てみたいかも」

「だよね! あ、それとね、ヒスイとムラサキから、コスプレイベントの写真は必ず送ってほしいって連絡もきたよ!」

「そっか、じゃあまた参加するイベントを探……」

 
 ……ん?


「どうしたの? サキ。『私また、なにかしちゃいましたか?』的な顔になってるけど」

「分かりやすい比喩表現、ありがとう……、それはともかく、なんか向こうの面々と連絡取りあってるみたいな話しぶりだけど……」

「うん! みたい、じゃなくて、取りあえるよ!」

「えぇ!? で、でも、どうやって……?」

「えーとね、あの世界にいたころ持ってた通信機って、コウが『何かあると心配だから』って、忍術の粋を集めて作ってくれた、かなり高性能なやつだったんだ」

「忍術の粋……」

「そうだよ! それでね、世界間の移動にも耐えられたみたいで、普通に使える状態で入院着のポケットに入ってたの!」

「マジか……」


 あの世界の忍術って、ひょっとしたら究極魔法なんて目じゃないくらいすごいものなんじゃ……。

「まあ、でも、私も最初は戸惑ったよ。あっちの世界がゲームってことになってるこっちの世界と、通信が繋がっちゃって大丈夫なのかなって」

「あ、うん、そうだよね。そのへんでなにか問題は起きなかったの?」

「大丈夫だったよ。事情をグループ通話で説明したら、ムラサキが『なるほど。たしかに実在するアイドルグループを題材にした恋愛シミュレーションゲームも、ときどき発売されますもんね』って言ったら、みんな深く悩まずに納得してくれたから」

「そ、そうなんだ……」

「そうそう。それで、力が届く範囲で、私たちのことを全力でサポートしてくれるって」

「へー。それは、いざというとき、心強いね」

「そうでしょ! ちなみにね、今もサポートをしてもらってるんだ」

「……は?」

 今も……、サポートしてもらってる……?

「ルリが魔術で人払いしてくれてるから、あと五分くらい、ここは二人だけの場所だよ」

 ……魔法で人払い?
 と、いうことは……。

「えーとね……、ミカエラと元帥さんの状態のときは、なんだかんだでキスしたでしょ?」

「……そう、だね」

「だから、羽村サキと野々山ミカの状態でも……、ね?」

「……うん。じゃあ、今度はから、でいい?」

 ミカが無言でコクリと頷く。

 柔らかな頬に手を伸ばして、薄桃色の唇に軽く唇を重ねた。
 恥ずかしいからすぐに離れたけど、柔らかい感触がまだ残ってる。

 
「……サキ」

「うん……、なに……?」

「……大好き」

「……うん。私も大好きだよ、ミカ」


 ……紆余曲折はあったし、これからも色んなことがあるのかもしれない。
 それでも、大好きなミカとずっと一緒にいられますように。
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