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嫌がってます

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 ミカエラに人形の監視機能について抗議してから一夜が明け、またしても地獄の体力作り系のトレーニングが始まってしまった。

 そんなわけで――

「おーれの、じーちゃんは、ひゃくじゅういちー!」

「おーれの、じーちゃんは、ひゃくじゅういちー……」

「沼の中でもトレーニング-!」

「ぬーまのなかでもとれーにんぐー……」

 ――土嚢を担ぎながら歌うヒスイを追いかけて、ミカエラ人形をお姫様抱っこしながら山道をランニング中だ。

「おや? 元帥、せっかくのいい天気なんですから、もっと声を出していきましょう!」

 ヒスイが振り返って、さわやかな笑顔でそんなことを言い出す。

「むちゃを言わないでくれ……、これ以上体力を使ったら、午前中で力尽きるぞ……」

「大丈夫です! 今日のトレーニングは午前中だけなので、惜しみなく全力を出してください!」

「……は? 午前中だけ?」

「……え? あ、はい。その予定ですが……、申し上げておりませんでしたか?」

 ヒスイはペースを乱すことなく、キョトンとした表情で首を傾げた。

「いや……、まったく聞いてない……」

「それは……、まことに申し訳ございませんでした!」

「よくそのスピードで走りながら、深々と頭を下げられるな……。ともかく、お前が予定を伝え忘れるなんて、珍しいこともあるもんだ」

「はははは……、元帥の地獄のトレーニングメニューを考えることに、夢中になりすぎていたみたいです」

 ……地獄って自覚があるなら、もうちょっと手加減して欲しい。

「元帥、いかがなさいましたか?」

「いや、なんでもない……。それより、午後は別件がある、のか……?」

「はい。午後からは光の勢力のトップ、ダイヤ様が陛下に会いにいらっしゃるので、ご同席いただこうかと」

「そうか……」

 光の勢力のトップ……、ミカエラが召喚された国の王子、ダイヤか。
 ゲーム時代は攻略対象キャラじゃなかったけど、虹色の光が入る銀髪に銀の瞳、銀を基調とした衣装でそれなりに人気はあった。

 ただし、発売前までの話だけど。

 いざゲームが発売されてみると、どのキャラのルートでも、「主人公が自分のことを好きだと決めつけて尊大にふるまう」、「自分に気がないことが分かると逆恨みして嫌がらせを始める」、という、悪役令嬢より悪役令嬢っぽいキャラだった。
 そのせいか、見た目は美形なのに、人気はいまいちだった。それどころか、ヘイトすら集めてたのかもしれない。発売直後に公開されていた、攻略ルート追加の公式情報が、三ヶ月後にはひっそり消えていたから。

 この世界に来てから、一度も顔を合わせてないけど、合うのはあんまり気が進まないな……。

「……元帥、そんなに大きなため息を吐かないでくださいよ」

「ああ、すまない……」

「まあ、お気持ちは、非常によく分かりますが」

 ヒスイも、ものすごく嫌そうな表情を浮かべた。まあ、そうなるよね……。

「しかしながら、元帥。これも重要な外交ですから」

「まあ、そうだよな……」

 唯一望みがあるとしたら……、光の勇士たちやヒスイみたいに、意外な一面があるかもしれないってことくらいか。たとえば、じつはものすごい気配り上手だとか……。

「……というわけですので、ランニングが終わったら身支度を調えてくださいね」

「ああ、そうだな……」

「ほら、元帥。ちょっとの時間だけですし、私も同席してフォローいたしますから、そんなに心配しないでください」

 そう言うとヒスイは走るスピードを落とし――

「ね! 光の聖女人形殿!」

「光の聖女は元帥さんのことを傷つける者には暴力的なまでの暴力で対応するので安心していいんですからね!」

 ――ミカエラ人形の頭を撫でて、もうWeb小説のタイトルというよりも、ただただ物騒なセリフを言わせた。

 ……ひょっとして、監視機能でこっちの様子を眺めて、ぴったりのセリフをリアルタイムで言ったりするのかな?

「さあ、元帥! そうと決まれば、全力でトレーニングです! おーれのじーちゃんはひゃくじゅうにー!」

 ヒスイが再び走る速度を速めて歌い出す。

「おーれのじーちゃんはひゃくじゅうにー……」

「ケーキを食べたらスクワットー!」

「けーきをたべたらすくわっとー……」

 相変わらずわけの分からない歌だけど、やっぱり気にしたら負けな気がする……。ともかく、午前中だけということだし、余計なことを考えずに頑張ろう。


 その後、力尽きる寸前までランニングをして、城に戻り着替えと昼食を済ませた。

 それから応接室に移動して、ギベオンとヒスイと一緒にダイヤを待ってるけど――

「父上、やはり私も同席しないとダメ……、ですよね?」

「ああ、こちらにも、体面というものがあるからな。すまないな、娘よ」

「いえ、お気になさらずに」

 ――逃げ出すのはむりっぽいね。

 せめて、ミカエラも同席してくれれば、少し気が楽に……、いや、むしろ余計な心労とイザコザがふえそうだね。うん。
 
 だから、そんな恐ろしいことは考えないように――

「元帥さーん! お久しぶりー!」

「ふふふふ、お待たせ。仔猫ちゃん」

 ――したかったんだけどね。

 勢いよく開いたドアの先には、ダイヤと一緒に満面の笑みを浮かべたミカエラの姿まであった。
 ……まあ、うん。二日ぶりに友だちの顔が見られたんだから、それはよしとしようか。 
 でも……。

「仔猫ちゃん、だと?」

「ふふふ。そんなに怖い顔をしないでも大丈夫だよ。もうすぐ平和条約が結ばれて、許されぬ恋に身を焦がすこともなくなるんだからね」

「えーと……?」

 思わずミカエラに視線を送ると、わざとらしく目を反らして口笛を吹き始めた。
 ……うん。明らかに、ダイヤになんか吹き込んだみたいだね。

 これはまた……、予想だにしなかった方向でややこしいことになりそうだ……。
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