上 下
17 / 40

王子様なんて・その二

しおりを挟む
 白いシャトルが、日の傾いた空で放物線を描いている。

「へえ、それじゃあ、君、隣町の小学校だったんだ」

 シャトルを打ち返しながら、彼女がそう言う。

「うん。そうだよ」

 私も、シャトルを打ち返して答える。

「でも、それだと、ここまで来るの、遠くなかった?」

 彼女がまた、シャトルを打ち返す。

「そうでもないよ。歩いて二十分くらいだし」

 私もまた、シャトルを打ち返す。

「えー、それは結構遠いよー」

「そうかな? でも、ちょっと遠くても、ここ静かで噴水がキレイだから、好きなんだよね」

「ああ、たしかに! 私も、この公園好きだよ! ほら、広くて噴水がキレイだし、えーと、広いし!」

「あははは! いま、広いって二回言ったよ!」

「え、本当!?」

「本当、本当……隙あり!」

「わっ!?」

 スマッシュを打つと、彼女はバランスを崩して倒れた。

「ご、ごめん! 大丈夫だった!?」

 慌てて駆け寄ると、彼女は立ち上がりながらニッコリと笑った。

「うん! 平気平気! 君、強いね!」

「そうかな?」

「そうだよ! ラリーもすごく長く続くし、すごく楽しいよ! だから、もうちょっと付き合ってもらってもいい?」

「うん、いいよ。じゃあ、今度は私からサーブね」

「うん! バッチこーい!」

 それから、またシャトルが放物線を描き始める。

「そういえば、君、いつも一人で遊んでるの?」

 彼女がシャトルを打ち返しながら、問いかける。

「うん、学校に友達いないし」

 私もシャトルを打ち返しながら、答える。

「ええ!? そうなの!?」

「そんなに驚かないでよ、あなただって、一人で遊んでたんじゃない」

「ああ、うん。なんかみんな、受験勉強だとか塾だとかで、最近遊んでくれなくて」

「へー、そうだったんだ」

「うん。仕方ないけど、ちょっと淋しいかな」

「でも、淋しいと思えるくらい友人関係が良好なんて、うらやましいな」

「そうかな?」

「うん。私もちょっと前までは、友達はいたんだけどね」

「そう、だったんだ」

「ただ、なんかその子たちに、王子様って呼ばれてる男子がいてね」

「へー、王子様か。カッコよかったの?」

「全然。ただ、足がちょっと速かっただけ」

「ふーん、そうなんだ」

「うん。それで、そいつから告白されたの」

「え、こ、告白!?」

「あらやだ、顔赤くして、可愛いー」

「茶化さないでよ! それで、どうなったの?」

「興味ないから、ふったよ。そしたら、友達みんなして、調子に乗ってるとか言い出して」

「それは……、災難だったね……」

「ええ、そうね。本当に、迷惑な話だったな……隙あり!」

 スマッシュを打つと、彼女はニヤリと笑った。

「なんの!」

「きゃっ!?」

 今度は私が、打ち返されたシャトルを広い損ねて転んでしまった。
 彼女が慌てながら駆け寄ってくる。

「ご、めん! 大丈夫!?」

「あははは、平気平気! これで、おあいこだね!」

 笑いながら立ち上がると、彼女はホッとしたように微笑んだ。

「それじゃあ、一対一だから、次で最後の勝負に……」


「あー、お前、なんでこんなところにいるのー!?」


 いきなり、ギャーギャーと耳障りな声が、彼女の声をさえぎった。
 声の方を見ると、同じクラスの男子が数人、自転車にまたがっていた。
 
「一人でこんな遠くまで来て、いけないんだー!」
「仕方ないだろ、こいつ友達いないんだし!」
「かわいそうだから、俺たちが送ってやろうかー!?」

 ……あーあ、折角さっきまで楽しかったのに、台無しだ。

「なあ、なに黙ってるんだよ?」
「お前、口がきけないの? それとも、耳がきこえないの?」
「そうだそうだ、返事くらいしろよ!
 
「……あのさ、ちょっといいかな?」

 不意に、彼女が男子たちに近づいていった。

「な、お前なんだよ?」

 リーダー格の男子が睨みつけると、彼女はニコリと笑った。
 そして―― 

「目障りだから、消えてくれるかな?」

 ――表情を変えずに、そう言い放った。

 笑顔できついことを言われて、男子たちはうろたえだした。

「え、な、なんだよ、俺たちはアイツに気をつかってやったのに」
「そうだよ、俺たちは、アイツが、一人だから」
「友達がいないなら、付き合ってやろうって、親切で……」

「うん。でも、すごく目障りだから。そうだよね?」

 笑顔で同意を求める彼女に、無言でうなずいた。
 そうすると、男子たちはショックを受けた顔をした。

「とういうことで、今すぐ消えてくれるよね」

「おい、付き合ってらんないから、もう行こうぜ」
「うん……」
「そうだな……」

 男子たちはトボトボと帰っていった。

「……別に、放っておいてもよかったのに」

「え!? あ、ごめんっ! かえって迷惑だった!?」

 私の言葉に、彼女が慌てだす。
 その姿がなんだかおかしくて、思わず吹き出してしまった。

「あははは、そんなことはないよ。ありがとう」

 私が笑いだすと、彼女もホッとしたように微笑んだ。

「それならよかった。でも、友達なら当然だよ!」

「……え? 友達?」

 思わず問い返すと、彼女は勢いよくうなずいて――


「うん! 一緒に遊んだんだから、私たちはもう友達!」

 
 ――屈託のない笑顔を浮かべた。
 
 王子様なんて、ゲームの中にしかいない。
 そう思っていた。
 それなのに、目の前の彼女は、ゲームの中のどんな王子様よりも、キレイで格好良かった。

「ん? どうしたの?」

「……ううん、なんでもない! それより、最後の勝負をしよう!」

「うん! そうだね!」

 それから、私たちはまたシャトルを打ち合った。
 そこで、彼女がシューティングゲームを好きだとか、中学校は同じかもしれないだとかの話をしながらラリーをした。
 ラリーを続けているうちに、午後五時を知らせるチャイムが鳴り響いた。

「あ! いけない、もうこんな時間だ! 君、一人で帰れる?」

「うん、大丈夫だよ!」

「そっか! じゃあ、決着は明日つけよう!」

「うん! そうしよう!」

 そんな約束をして、その日は彼女と別れた。

 でも、その約束は果たせなかった。

 近所の人が、一人でいる私を見かけていて、お母さんにバレてしまったから。

「もう一人で、あんなに遠くへいっちゃだめよ」

 泣きだしそうなお母さんの言葉に、反論なんてできなかった。
 だから、その日以降、あの公園へはいけなくなってしまった。
 
 それでも、彼女のことは、ずっと忘れられなかった。
 
 優しい言葉をかけてくれたこと。
 嫌なヤツらを追い払ってくれたこと。
 笑顔がすごくキレイで格好良かったこと。

 気がつけば、彼女が好きだといっていたシューティングゲームにも、手を出すようになっていた。
 乙女ゲームでも、いつも彼女の面影があるキャラを好きになった。
 
 だから、中学に上がって彼女と再会できたときは、すごく嬉しかった。
 彼女は私のことを覚えていなかったけれど、それでも……


「……ま。光の聖女様!」

「う……ん?」

 気がつくと、ルリが心配そうに顔を覗き込んでいた。

「よ、よかったー! もう、突然倒れたんで、ビックリしたっすよ!」

 そうだ、究極魔法の練習中にめまいがして、そのまま倒れたんだっけ。

「心配かけてごめんね、ルリ」

「いえいえ、滅相もないっす! でも、今日の練習はここまでっすよ」

「えー、まだ大丈夫だよ。それに、あともう少しで、コツが掴めそうだし」

「そういう無理は、身体を壊すもとっすよ! 究極魔法を覚える前に大怪我でもして、いざ使うときに上手くいかなくなったら嫌でしょう?」

「うー、それはそうだけどー……」

「それなら、今日はもう休んでください!」

「分かった……」

 たしかに、失敗するわけにはいかない、か。

「ところで、光の聖女様、闇の元帥さんのこと、本当によかったんすか?」

「よかったって、何が? ああ、まあ、私だってお泊まりはしたかったけど、究極魔法の練習だけは、サボれないし……」

「あ、いや、その話じゃないっす!」

「えー、じゃあ、どの話よ?」

 問いかけると、ルリは気まずそうに頬をかいた。



「それは、ほら、闇の元帥さんに本当の名前、教えなくてよかったのかな、と」



 ……ああ、そのことか。

「別に教えなくても、不都合はないでしょ? それとも、私の決定に何か不満があるの?」

「いやいやいや! 滅相もないっす!」

 ルリはすごい速さで首を横に振った。  
 よかった、絶対に本名をあかすべきだ、とか言われなくて。

 だって、野々山ミカなんて人間は、二度とサキの前に現れちゃだめなんだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

悪役令嬢に転生したのですが、フラグが見えるのでとりま折らせていただきます

水無瀬流那
恋愛
 転生先は、未プレイの乙女ゲーの悪役令嬢だった。それもステータスによれば、死ぬ確率は100%というDEATHエンド確定令嬢らしい。  このままでは死んでしまう、と焦る私に与えられていたスキルは、『フラグ破壊レベル∞』…………?  使い方も詳細も何もわからないのですが、DEATHエンド回避を目指して、とりまフラグを折っていこうと思います! ※小説家になろうでも掲載しています

かしましくかがやいて

優蘭みこ
恋愛
紗久良と凜はいつも一緒の幼馴染。夏休み直前のある日、凜は授業中に突然倒れ救急車で病院に運び込まれた。そして検査の結果、彼は男の子ではなく実は女の子だったことが判明し、更に男の子のままでいると命に係わる事が分かる。そして彼は運命の選択をする……

ゲームの序盤に殺されるモブに転生してしまった

白雲八鈴
恋愛
「お前の様な奴が俺に近づくな!身の程を知れ!」 な····なんて、推しが尊いのでしょう。ぐふっ。わが人生に悔いなし! ここは乙女ゲームの世界。学園の七不思議を興味をもった主人公が7人の男子生徒と共に学園の七不思議を調べていたところに学園内で次々と事件が起こっていくのです。 ある女生徒が何者かに襲われることで、本格的に話が始まるゲーム【ラビリンスは人の夢を喰らう】の世界なのです。 その事件の開始の合図かのように襲われる一番目の犠牲者というのが、なんとこの私なのです。 内容的にはホラーゲームなのですが、それよりも私の推しがいる世界で推しを陰ながら愛でることを堪能したいと思います! *ホラーゲームとありますが、全くホラー要素はありません。 *モブ主人のよくあるお話です。さらりと読んでいただけたらと思っております。 *作者の目は節穴のため、誤字脱字は存在します。 *小説家になろう様にも投稿しております。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

【完結】悪役令嬢の妹に転生しちゃったけど推しはお姉様だから全力で断罪破滅から守らせていただきます!

くま
恋愛
え?死ぬ間際に前世の記憶が戻った、マリア。 ここは前世でハマった乙女ゲームの世界だった。 マリアが一番好きなキャラクターは悪役令嬢のマリエ! 悪役令嬢マリエの妹として転生したマリアは、姉マリエを守ろうと空回り。王子や執事、騎士などはマリアにアプローチするものの、まったく鈍感でアホな主人公に周りは振り回されるばかり。 少しずつ成長をしていくなか、残念ヒロインちゃんが現る!! ほんの少しシリアスもある!かもです。 気ままに書いてますので誤字脱字ありましたら、すいませんっ。 月に一回、二回ほどゆっくりペースで更新です(*≧∀≦*)

【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?

三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。 そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?

処理中です...