7 / 40
叱られてます
しおりを挟む
放課後の教室。
参加するコスプレイベントが決まった私とミカは、期待に胸を膨らませて話に花を咲かせていた。
「絶対、サキには公式ガイドブックに載ってた、不敵な笑みで魔法を撃とうとする元帥さんのポーズをしてもらうんだから!」
「ふっふっふ、それならミカには公式ガイドブックに載ってた壁にもたれてもの思いにふける光の聖女のポーズをしてもらおう!」
「望むところだ!」
「こっちこそ!」
そんなやり取りをしているうちに、ミカがはたと腕を組み、うーん、とうなり声を上げた。
「あとは、イベントスチルの再現もしたいところだけど……」
……え?
ミカもイベントスチルの再現をしたかったの?
これは……実質、両思いということでいいのでは!?
「サキ、凄みのある顔してるけど、どうしたの?」
心の中ではしゃいでいると、キョトンとした表情のミカによって、現実に引き戻された。何を思ったかはバレてないと思うけど、一応ごまかしておこうか。
「あー、いや、なんでもないよ。それより、私もイベントスチルの再現はしたいから、やってみようよ」
雑に話題を元に戻すと、ミカは渋い表情で、うーん、と唸った。ひょっとして、必死過ぎて気持ち悪い、とか思われたんじゃ……
「うん。そうしたいんだけど、そうすると撮影はどうしようかなって思って。折角サキが元帥さんをしてくれるのに、タイマー撮影じゃ上手く撮るの難しいし……ゆきずりの人にお願いするのも、当たり外れが大きいし……」
……うん、少なくとも、気持ち悪いとは思われてないみたいだ。ミカ、私より真剣な表情になってるし。
「カメラマンを頼むにも、高校生にはちょっとつらいお値段だしな……」
「そうなんだよね……サキの元帥さんとは、絶対にツーショットを撮りたいのに……」
あれ?
今、私のってところ強調してなかった?
つまり、ひょっとして、これは……脈ありなんて可能性も……
なんて邪なことを考えていると、机の上に置かれたミカのスマートフォンがガタガタと震え出した。
「うわぁ!?」
「……ん?」
声を上げる私とは対照的に、ミカは冷静にスマートフォンに視線を送った。
「あはは、サキってば大げさに驚くんだから」
「だ、だって急に動き出すから……」
「ふっふっふ、電話はいつだって急にかかってくるものなのだよ!」
ミカはそう言いながら、スマートフォンを手に取って画面を見つめた。そして、すぐに大きな目を見開いて立ち上がった。
「ごめん、サキ! ちょっと嬉しい急用ができちゃったから、席外すね!」
「あ、う、うん」
返事をしてみたものの、嬉しい急用とは一体何なんだろう?
「ふっふっふ、後で詳細を連絡するぜ相棒! じゃあ、ちょっと遅くなるかもしれないから、あれなら先に帰ってて!」
「う、うん分かった」
私の返事を聞くと、ミカはニコッと微笑んでから、教室を出ていった。
結局、この嬉しい急用が何なのかは、聞けずじまいに……
「元帥。お目覚めの時間です」
また今日も、ヒスイの声で目が覚めた。
「ああ、分かったヒスイ。いつも助かるよ」
「ありがたきお言葉」
そして、決まりきったやり取りの後、ヒスイが午後の予定を読み上げはじめる。
しかし、今日はいつもにもまして目覚めが悪い。多分、ミカとの最後の会話を夢に見てしまったからだろうが……
「……ので、……つは、……と……」
昨日、光の聖女に対して、キッパリと別れを告げた。だから、無意識にミカとの別れを思い出してしまったのかもしれない。
「……ん……い? あの、げ……い?」
できれば、ミカとはずっと一緒に居たかった。それでも、ミカはそんなことを望んでいなかった。
「……元帥?」
……ミカの面影がある光の聖女と恋仲になれば、この喪失感も徐々に癒やされるのだろう。それに、アイツなら、ずっと側に居る、などと言い出して、私から離れないはずだ。
「……元帥!」
どうせ、この世界に居ても元の世界に戻ってもミカとは一緒になれないのなら、面影のある光の聖女と恋仲になるべきだったのだろうか?
しかし、そんな考えで誰かと恋仲になるのはさすがにクズ過ぎるな。それに何より、光の聖女と闇の元帥が恋仲になるとなると、ゲームのとき以上にイザコザが起こり……
「あ、これはこれは、光の聖女殿! こんにちは!」
「うわぁ!?」
……ヒスイの言葉に、思わず叫び声を上げてしまった。
しかし、辺りを見渡してみても、光の聖女らしき人影は見当たらない。
「元帥、お考えごとは、お済みになりましたのでしょうか?」
その代わり、非常に口元に笑みを浮かべたヒスイの顔が目に入った。ああ、予定を聞き流してもの思いに耽っていたのが、バレてしまったようだ……
「すまなかった、ヒスイ……」
「いえいえ、とんでもございません! 私の話など、たとえ重要な予定をお伝えしていたとしても、元帥のお悩みに比べたらレイコダニのようなものですから!」
ヒスイは大げさな身振りで、フォローのような皮肉のような言葉を口にした。いや、目が全く笑っていないから、フォローではなく皮肉なのだろう。レイコダニが何なのかは分からないが……
「……本当にすまない」
改めて頭を下げると、ヒスイはほんのりと呆れた表情を浮かべて、小さくため息を吐いた。
「いえいえ、どうかお気になさらずに」
ヒスイはそこで言葉を止めると、心配そうに眉を顰めた。
「それよりも、昨日ご帰還なさってからずっとそんな調子でいらっしゃいますが……光の聖女殿と何があったのですか?」
「……なぜ、昨日私が光の聖女と遭遇した前提で話を進めるんだ?」
今度はこちらが、ため息を吐きながら尋ねた。すると、ヒスイは凜々しい表情を浮かべて、胸の辺りで手を握りしめた。
「それは、元帥と光の聖女殿の交際を応援する同志、コードネーム『お側去らずのパープルアイズ』さんから、元帥と光の聖女殿が遭遇していたという情報をいただいたからです!」
「……一体、何者なんだ? その、どこかのスピンオフ小説みたいなコードネームの奴は……」
脱力しながら尋ねると、ヒスイはニコリと笑って人差し指を口元に当てた。
「ふふふ、お互いの正体は詮索しない、と言うのが我々の間の約束事ですから」
「そうか……」
……まあ、大体の予想はつくから、深く追求するのはやめておこう。
「それはともかく、その『お側去らずのパープルアイズ』さ……いえ、長いから紫の方にしておきましょう」
ヒスイは折角のコードネームを、ほぼ本名に言い換えるとコホンと咳払いをした。
「それで、紫の方から私の携帯情報端末に、光の聖女様が闇の元帥さんと別れてから浮かない顔をしてるんだけど元気づけるにはどうすれば良いかな? 、というメッセージを涙目の顔文字つきでいただいたので、何かあったのかと……」
……ムラサキ、意外に可愛らしい文面のメッセージを送るんだな。
「……本当に一体、何があったのですか?」
どうでも良いところに感心していると、ヒスイが改めて心配そうに首を傾げた。さすがに、側近を心配させたままにしておくわけにはいかないか。
「お前の気持ちには応えられない、と本人にハッキリと告げてきた」
私が答えると、ヒスイは目を見開いた。
「……!? な、なぜそのようなことを!?」
「今の私が側に居ると、傷つくのはアイツの方だからだ」
「そう、ですか……」
目を見ながら真剣な表情で答えると、ヒスイは苦々しい表情を浮かべながらも、深くは追求してこなかった。物わかりの良い側近で、本当に助かるな。
「ああ、そうだ。だから、今日は重要な予定というものに全力を尽くそう」
「あ、ありがとうございます……しかしながら、全力を尽くすというのも、いささか方向性が違うのかも……」
私の言葉に、ヒスイは何だか煮え切らない言葉を返した。重大な予定に全力を尽くさなくていい、というのは一体どういうことなのだろうか?
「えーと、ですね……陛下、がお呼びなのですよ……」
「……父上が?」
意外な言葉に、思わず聞き返してしまった。
「はい。なんでも、重大なお話があるとのことで、すぐに来て欲しいと……」
ヒスイは軽く頷くと、困惑した表情でそう答えた。
「そうか、分かった。ならば、今から行ってくる」
「かしこまりました。あ、あの、どうかお気をつけて……」
「……ああ、ありがとう」
おずおずと声をかけるヒスイに微笑みを返して、部屋を後にした。
闇の元帥もいわゆる「悪役令嬢」という呼ばれる立ち位置でもある以上、有力者の娘ということに変わりはない。その有力者というのが、闇の勢力のトップ、帝王ギベオンだ。
ちなみに……
七三分けにセットされた白髪交じりの髪……
目元と口元に皺が刻まれていても美形だと分かる顔……
ほっそりとしているのに適度に筋肉がついた体型……
キッチリと首元までボタンがしめられた詰め襟の服……
……という、いわゆる、「枯れ専」という方々向けの、シークレット攻略対象キャラクターだったりする。
ミカの話によると……
枯れ専?
ああ、おっさん好きのことね。
じゃあ、筋肉にヒゲのキャラでも出しとけばいいだろ。
なんなら、贅肉もつけとくか。
もしくは、見た目を美青年にして、年齢を数千歳超えとかにしとけば良いんじゃね!?
あははははは! それいいね! それなら人気若手声優も使えるしそうしとこう!
……という、雑な扱いを受けてきた枯れ専の方々にとっての、希望の星らしい。
枯れ専の方々が本当にそんな扱いを受けてきたかどうかは定かではないが、確かに人気は凄まじかった。各種SNSに載るファンアートがどれもプロ級のものばかりだったり、かなり高額の限定公式グッズが販売開始後すぐに売り切れたりという有様だった。
しかし、あくまでもシークレットキャラクターということで公式人気投票の対象外になっていたため、各種SNSで「#投票先が行方不明」というタグがトレンドに入るという事態になった。もしも、対象になっていたら、闇の元帥よりも順位が高かったかもしれないな……
そんなことを考えて現実逃避をしているうちに、謁見の間の扉まで辿り着いてしまった。
「はぁ……」
口からは、思わず大きなため息がこぼれる。
この世界に来てから、ギベオンに呼び出しを食らうのは、戦場でヘマをしたことについての叱責を受けるときだけだった。今日は、ここ数日戦場へ赴いていないことへの叱責なのだろう。
「父上、ただ今参りました」
「ああ、入りなさい」
「失礼いたします」
落ち着いた声に促されて扉を開けると、しかめ面で玉座に座るギベオンの姿が目に入った。うん、間違い無くなにがしかのお叱りが来るのだろう。
「父上、急用とのことでしたが、いかがなさいましたか?」
「うむ、そうだな……」
跪きながら問いかけると、ギベオンは勿体ぶるように言葉を止めて、深く息を吸い込み……
「パパな、今度、再婚するかもしれないんだけど……どう思う?」
「さようでござ……は?」
思わず問い返すと、ギベオンは淋しそうな表情を浮かべた。
「やっぱり、亡くなったママを裏切るようなことをするのは、良くないよな……」
「あ、いえ、別にそう言うわけでは……というか、いきなりどうなさったのですか父上?」
状況に、全くついていけない。
「いやな、つい昨日のことなんだけど……携帯情報端末に、結婚を前提でお付き合いをしませんか、っていうメッセージをもらったんだよ」
闇の勢力のトップに、臆することなくそんなメールを送るなんて、どんな奴な……のかは、なんとなく予想はつくが、一応聞いてみようか……
「父上、そのメッセージというのは、どなたから送られてきたのですか?」
「ああ、それはだな、ひか……」
「とう!」
ギベオンが予想通りの名前を口にしかけた、まさにそのとき。
玉座の背後から、かけ声と共に勢いよく人影が飛び出した。
「光の聖女に決まっているじゃないですか!」
そして、華麗に着地をして、両手を腰に当てながら高らかに名乗りを上げた。
うん、なんとなく、というか、絶対にそうだと思った……が、一応状況を確認してみようか……
「……一体、なんのつもりだ?」
問いかけると、光の聖女は得意げな表情を浮かべて胸を張った。
「ふっふっふ! 光の聖女は大好きな元帥さんから別れを告げられてしまったので、こうなったら、お父様を攻略してママとして側に居ながらあふれんばかりの慈愛を注いでいく方針に切り替えようと思います!」
「WEB小説のタイトルみたいな台詞で、物騒なことを言わないでくれ……」
脱力しながらも、なんとかいつも通りのツッコミを入れることができたが……
なんというか、こう、正気度的なものが、ガリガリと削られているような気がするな……
参加するコスプレイベントが決まった私とミカは、期待に胸を膨らませて話に花を咲かせていた。
「絶対、サキには公式ガイドブックに載ってた、不敵な笑みで魔法を撃とうとする元帥さんのポーズをしてもらうんだから!」
「ふっふっふ、それならミカには公式ガイドブックに載ってた壁にもたれてもの思いにふける光の聖女のポーズをしてもらおう!」
「望むところだ!」
「こっちこそ!」
そんなやり取りをしているうちに、ミカがはたと腕を組み、うーん、とうなり声を上げた。
「あとは、イベントスチルの再現もしたいところだけど……」
……え?
ミカもイベントスチルの再現をしたかったの?
これは……実質、両思いということでいいのでは!?
「サキ、凄みのある顔してるけど、どうしたの?」
心の中ではしゃいでいると、キョトンとした表情のミカによって、現実に引き戻された。何を思ったかはバレてないと思うけど、一応ごまかしておこうか。
「あー、いや、なんでもないよ。それより、私もイベントスチルの再現はしたいから、やってみようよ」
雑に話題を元に戻すと、ミカは渋い表情で、うーん、と唸った。ひょっとして、必死過ぎて気持ち悪い、とか思われたんじゃ……
「うん。そうしたいんだけど、そうすると撮影はどうしようかなって思って。折角サキが元帥さんをしてくれるのに、タイマー撮影じゃ上手く撮るの難しいし……ゆきずりの人にお願いするのも、当たり外れが大きいし……」
……うん、少なくとも、気持ち悪いとは思われてないみたいだ。ミカ、私より真剣な表情になってるし。
「カメラマンを頼むにも、高校生にはちょっとつらいお値段だしな……」
「そうなんだよね……サキの元帥さんとは、絶対にツーショットを撮りたいのに……」
あれ?
今、私のってところ強調してなかった?
つまり、ひょっとして、これは……脈ありなんて可能性も……
なんて邪なことを考えていると、机の上に置かれたミカのスマートフォンがガタガタと震え出した。
「うわぁ!?」
「……ん?」
声を上げる私とは対照的に、ミカは冷静にスマートフォンに視線を送った。
「あはは、サキってば大げさに驚くんだから」
「だ、だって急に動き出すから……」
「ふっふっふ、電話はいつだって急にかかってくるものなのだよ!」
ミカはそう言いながら、スマートフォンを手に取って画面を見つめた。そして、すぐに大きな目を見開いて立ち上がった。
「ごめん、サキ! ちょっと嬉しい急用ができちゃったから、席外すね!」
「あ、う、うん」
返事をしてみたものの、嬉しい急用とは一体何なんだろう?
「ふっふっふ、後で詳細を連絡するぜ相棒! じゃあ、ちょっと遅くなるかもしれないから、あれなら先に帰ってて!」
「う、うん分かった」
私の返事を聞くと、ミカはニコッと微笑んでから、教室を出ていった。
結局、この嬉しい急用が何なのかは、聞けずじまいに……
「元帥。お目覚めの時間です」
また今日も、ヒスイの声で目が覚めた。
「ああ、分かったヒスイ。いつも助かるよ」
「ありがたきお言葉」
そして、決まりきったやり取りの後、ヒスイが午後の予定を読み上げはじめる。
しかし、今日はいつもにもまして目覚めが悪い。多分、ミカとの最後の会話を夢に見てしまったからだろうが……
「……ので、……つは、……と……」
昨日、光の聖女に対して、キッパリと別れを告げた。だから、無意識にミカとの別れを思い出してしまったのかもしれない。
「……ん……い? あの、げ……い?」
できれば、ミカとはずっと一緒に居たかった。それでも、ミカはそんなことを望んでいなかった。
「……元帥?」
……ミカの面影がある光の聖女と恋仲になれば、この喪失感も徐々に癒やされるのだろう。それに、アイツなら、ずっと側に居る、などと言い出して、私から離れないはずだ。
「……元帥!」
どうせ、この世界に居ても元の世界に戻ってもミカとは一緒になれないのなら、面影のある光の聖女と恋仲になるべきだったのだろうか?
しかし、そんな考えで誰かと恋仲になるのはさすがにクズ過ぎるな。それに何より、光の聖女と闇の元帥が恋仲になるとなると、ゲームのとき以上にイザコザが起こり……
「あ、これはこれは、光の聖女殿! こんにちは!」
「うわぁ!?」
……ヒスイの言葉に、思わず叫び声を上げてしまった。
しかし、辺りを見渡してみても、光の聖女らしき人影は見当たらない。
「元帥、お考えごとは、お済みになりましたのでしょうか?」
その代わり、非常に口元に笑みを浮かべたヒスイの顔が目に入った。ああ、予定を聞き流してもの思いに耽っていたのが、バレてしまったようだ……
「すまなかった、ヒスイ……」
「いえいえ、とんでもございません! 私の話など、たとえ重要な予定をお伝えしていたとしても、元帥のお悩みに比べたらレイコダニのようなものですから!」
ヒスイは大げさな身振りで、フォローのような皮肉のような言葉を口にした。いや、目が全く笑っていないから、フォローではなく皮肉なのだろう。レイコダニが何なのかは分からないが……
「……本当にすまない」
改めて頭を下げると、ヒスイはほんのりと呆れた表情を浮かべて、小さくため息を吐いた。
「いえいえ、どうかお気になさらずに」
ヒスイはそこで言葉を止めると、心配そうに眉を顰めた。
「それよりも、昨日ご帰還なさってからずっとそんな調子でいらっしゃいますが……光の聖女殿と何があったのですか?」
「……なぜ、昨日私が光の聖女と遭遇した前提で話を進めるんだ?」
今度はこちらが、ため息を吐きながら尋ねた。すると、ヒスイは凜々しい表情を浮かべて、胸の辺りで手を握りしめた。
「それは、元帥と光の聖女殿の交際を応援する同志、コードネーム『お側去らずのパープルアイズ』さんから、元帥と光の聖女殿が遭遇していたという情報をいただいたからです!」
「……一体、何者なんだ? その、どこかのスピンオフ小説みたいなコードネームの奴は……」
脱力しながら尋ねると、ヒスイはニコリと笑って人差し指を口元に当てた。
「ふふふ、お互いの正体は詮索しない、と言うのが我々の間の約束事ですから」
「そうか……」
……まあ、大体の予想はつくから、深く追求するのはやめておこう。
「それはともかく、その『お側去らずのパープルアイズ』さ……いえ、長いから紫の方にしておきましょう」
ヒスイは折角のコードネームを、ほぼ本名に言い換えるとコホンと咳払いをした。
「それで、紫の方から私の携帯情報端末に、光の聖女様が闇の元帥さんと別れてから浮かない顔をしてるんだけど元気づけるにはどうすれば良いかな? 、というメッセージを涙目の顔文字つきでいただいたので、何かあったのかと……」
……ムラサキ、意外に可愛らしい文面のメッセージを送るんだな。
「……本当に一体、何があったのですか?」
どうでも良いところに感心していると、ヒスイが改めて心配そうに首を傾げた。さすがに、側近を心配させたままにしておくわけにはいかないか。
「お前の気持ちには応えられない、と本人にハッキリと告げてきた」
私が答えると、ヒスイは目を見開いた。
「……!? な、なぜそのようなことを!?」
「今の私が側に居ると、傷つくのはアイツの方だからだ」
「そう、ですか……」
目を見ながら真剣な表情で答えると、ヒスイは苦々しい表情を浮かべながらも、深くは追求してこなかった。物わかりの良い側近で、本当に助かるな。
「ああ、そうだ。だから、今日は重要な予定というものに全力を尽くそう」
「あ、ありがとうございます……しかしながら、全力を尽くすというのも、いささか方向性が違うのかも……」
私の言葉に、ヒスイは何だか煮え切らない言葉を返した。重大な予定に全力を尽くさなくていい、というのは一体どういうことなのだろうか?
「えーと、ですね……陛下、がお呼びなのですよ……」
「……父上が?」
意外な言葉に、思わず聞き返してしまった。
「はい。なんでも、重大なお話があるとのことで、すぐに来て欲しいと……」
ヒスイは軽く頷くと、困惑した表情でそう答えた。
「そうか、分かった。ならば、今から行ってくる」
「かしこまりました。あ、あの、どうかお気をつけて……」
「……ああ、ありがとう」
おずおずと声をかけるヒスイに微笑みを返して、部屋を後にした。
闇の元帥もいわゆる「悪役令嬢」という呼ばれる立ち位置でもある以上、有力者の娘ということに変わりはない。その有力者というのが、闇の勢力のトップ、帝王ギベオンだ。
ちなみに……
七三分けにセットされた白髪交じりの髪……
目元と口元に皺が刻まれていても美形だと分かる顔……
ほっそりとしているのに適度に筋肉がついた体型……
キッチリと首元までボタンがしめられた詰め襟の服……
……という、いわゆる、「枯れ専」という方々向けの、シークレット攻略対象キャラクターだったりする。
ミカの話によると……
枯れ専?
ああ、おっさん好きのことね。
じゃあ、筋肉にヒゲのキャラでも出しとけばいいだろ。
なんなら、贅肉もつけとくか。
もしくは、見た目を美青年にして、年齢を数千歳超えとかにしとけば良いんじゃね!?
あははははは! それいいね! それなら人気若手声優も使えるしそうしとこう!
……という、雑な扱いを受けてきた枯れ専の方々にとっての、希望の星らしい。
枯れ専の方々が本当にそんな扱いを受けてきたかどうかは定かではないが、確かに人気は凄まじかった。各種SNSに載るファンアートがどれもプロ級のものばかりだったり、かなり高額の限定公式グッズが販売開始後すぐに売り切れたりという有様だった。
しかし、あくまでもシークレットキャラクターということで公式人気投票の対象外になっていたため、各種SNSで「#投票先が行方不明」というタグがトレンドに入るという事態になった。もしも、対象になっていたら、闇の元帥よりも順位が高かったかもしれないな……
そんなことを考えて現実逃避をしているうちに、謁見の間の扉まで辿り着いてしまった。
「はぁ……」
口からは、思わず大きなため息がこぼれる。
この世界に来てから、ギベオンに呼び出しを食らうのは、戦場でヘマをしたことについての叱責を受けるときだけだった。今日は、ここ数日戦場へ赴いていないことへの叱責なのだろう。
「父上、ただ今参りました」
「ああ、入りなさい」
「失礼いたします」
落ち着いた声に促されて扉を開けると、しかめ面で玉座に座るギベオンの姿が目に入った。うん、間違い無くなにがしかのお叱りが来るのだろう。
「父上、急用とのことでしたが、いかがなさいましたか?」
「うむ、そうだな……」
跪きながら問いかけると、ギベオンは勿体ぶるように言葉を止めて、深く息を吸い込み……
「パパな、今度、再婚するかもしれないんだけど……どう思う?」
「さようでござ……は?」
思わず問い返すと、ギベオンは淋しそうな表情を浮かべた。
「やっぱり、亡くなったママを裏切るようなことをするのは、良くないよな……」
「あ、いえ、別にそう言うわけでは……というか、いきなりどうなさったのですか父上?」
状況に、全くついていけない。
「いやな、つい昨日のことなんだけど……携帯情報端末に、結婚を前提でお付き合いをしませんか、っていうメッセージをもらったんだよ」
闇の勢力のトップに、臆することなくそんなメールを送るなんて、どんな奴な……のかは、なんとなく予想はつくが、一応聞いてみようか……
「父上、そのメッセージというのは、どなたから送られてきたのですか?」
「ああ、それはだな、ひか……」
「とう!」
ギベオンが予想通りの名前を口にしかけた、まさにそのとき。
玉座の背後から、かけ声と共に勢いよく人影が飛び出した。
「光の聖女に決まっているじゃないですか!」
そして、華麗に着地をして、両手を腰に当てながら高らかに名乗りを上げた。
うん、なんとなく、というか、絶対にそうだと思った……が、一応状況を確認してみようか……
「……一体、なんのつもりだ?」
問いかけると、光の聖女は得意げな表情を浮かべて胸を張った。
「ふっふっふ! 光の聖女は大好きな元帥さんから別れを告げられてしまったので、こうなったら、お父様を攻略してママとして側に居ながらあふれんばかりの慈愛を注いでいく方針に切り替えようと思います!」
「WEB小説のタイトルみたいな台詞で、物騒なことを言わないでくれ……」
脱力しながらも、なんとかいつも通りのツッコミを入れることができたが……
なんというか、こう、正気度的なものが、ガリガリと削られているような気がするな……
0
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?
三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。
そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?
転生悪役令嬢の前途多難な没落計画
一花八華
恋愛
斬首、幽閉、没落endの悪役令嬢に転生しましたわ。
私、ヴィクトリア・アクヤック。金髪ドリルの碧眼美少女ですの。
攻略対象とヒロインには、関わりませんわ。恋愛でも逆ハーでもお好きになさって?
私は、執事攻略に勤しみますわ!!
っといいつつもなんだかんだでガッツリ攻略対象とヒロインに囲まれ、持ち前の暴走と妄想と、斜め上を行き過ぎるネジ曲がった思考回路で突き進む猪突猛進型ドリル系主人公の(読者様からの)突っ込み待ち(ラブ)コメディです。
※全話に挿絵が入る予定です。作者絵が苦手な方は、ご注意ください。ファンアートいただけると、泣いて喜びます。掲載させて下さい。お願いします。
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!
神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう.......
だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!?
全8話完結 完結保証!!
乙女ゲーのモブデブ令嬢に転生したので平和に過ごしたい
ゆの
恋愛
私は日比谷夏那、18歳。特に優れた所もなく平々凡々で、波風立てずに過ごしたかった私は、特に興味のない乙女ゲームを友人に強引に薦められるがままにプレイした。
だが、その乙女ゲームの各ルートをクリアした翌日に事故にあって亡くなってしまった。
気がつくと、乙女ゲームに1度だけ登場したモブデブ令嬢に転生していた!!特にゲームの影響がない人に転生したことに安堵した私は、ヒロインや攻略対象に関わらず平和に過ごしたいと思います。
だけど、肉やお菓子より断然大好きなフルーツばっかりを食べていたらいつの間にか痩せて、絶世の美女に…?!
平和に過ごしたい令嬢とそれを放って置かない攻略対象達の平和だったり平和じゃなかったりする日々が始まる。
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる