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叱られてます

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 放課後の教室。
 参加するコスプレイベントが決まった私とミカは、期待に胸を膨らませて話に花を咲かせていた。

「絶対、サキには公式ガイドブックに載ってた、不敵な笑みで魔法を撃とうとする元帥さんのポーズをしてもらうんだから!」

「ふっふっふ、それならミカには公式ガイドブックに載ってた壁にもたれてもの思いにふける光の聖女のポーズをしてもらおう!」

「望むところだ!」

「こっちこそ!」

 そんなやり取りをしているうちに、ミカがはたと腕を組み、うーん、とうなり声を上げた。

「あとは、イベントスチルの再現もしたいところだけど……」

 ……え?
 ミカもイベントスチルの再現をしたかったの?
 これは……実質、両思いということでいいのでは!?

「サキ、凄みのある顔してるけど、どうしたの?」

 心の中ではしゃいでいると、キョトンとした表情のミカによって、現実に引き戻された。何を思ったかはバレてないと思うけど、一応ごまかしておこうか。

「あー、いや、なんでもないよ。それより、私もイベントスチルの再現はしたいから、やってみようよ」

 雑に話題を元に戻すと、ミカは渋い表情で、うーん、と唸った。ひょっとして、必死過ぎて気持ち悪い、とか思われたんじゃ……

「うん。そうしたいんだけど、そうすると撮影はどうしようかなって思って。折角サキが元帥さんをしてくれるのに、タイマー撮影じゃ上手く撮るの難しいし……ゆきずりの人にお願いするのも、当たり外れが大きいし……」

 ……うん、少なくとも、気持ち悪いとは思われてないみたいだ。ミカ、私より真剣な表情になってるし。

「カメラマンを頼むにも、高校生にはちょっとつらいお値段だしな……」

「そうなんだよね……元帥さんとは、絶対にツーショットを撮りたいのに……」

 あれ?
 今、私のってところ強調してなかった?
 つまり、ひょっとして、これは……脈ありなんて可能性も……

 なんて邪なことを考えていると、机の上に置かれたミカのスマートフォンがガタガタと震え出した。

「うわぁ!?」

「……ん?」

 声を上げる私とは対照的に、ミカは冷静にスマートフォンに視線を送った。

「あはは、サキってば大げさに驚くんだから」

「だ、だって急に動き出すから……」

「ふっふっふ、電話はいつだって急にかかってくるものなのだよ!」

 ミカはそう言いながら、スマートフォンを手に取って画面を見つめた。そして、すぐに大きな目を見開いて立ち上がった。

「ごめん、サキ! ちょっと嬉しい急用ができちゃったから、席外すね!」

「あ、う、うん」

 返事をしてみたものの、嬉しい急用とは一体何なんだろう?

「ふっふっふ、後で詳細を連絡するぜ相棒! じゃあ、ちょっと遅くなるかもしれないから、あれなら先に帰ってて!」

「う、うん分かった」

 私の返事を聞くと、ミカはニコッと微笑んでから、教室を出ていった。
 結局、この嬉しい急用が何なのかは、聞けずじまいに……



「元帥。お目覚めの時間です」


 また今日も、ヒスイの声で目が覚めた。

「ああ、分かったヒスイ。いつも助かるよ」

「ありがたきお言葉」

 そして、決まりきったやり取りの後、ヒスイが午後の予定を読み上げはじめる。
 しかし、今日はいつもにもまして目覚めが悪い。多分、ミカとの最後の会話を夢に見てしまったからだろうが……

「……ので、……つは、……と……」

 昨日、光の聖女に対して、キッパリと別れを告げた。だから、無意識にミカとの別れを思い出してしまったのかもしれない。

「……ん……い? あの、げ……い?」

 できれば、ミカとはずっと一緒に居たかった。それでも、ミカはそんなことを望んでいなかった。

「……元帥?」

 ……ミカの面影がある光の聖女と恋仲になれば、この喪失感も徐々に癒やされるのだろう。それに、アイツなら、ずっと側に居る、などと言い出して、私から離れないはずだ。

「……元帥!」

 どうせ、この世界に居ても元の世界に戻ってもミカとは一緒になれないのなら、面影のある光の聖女と恋仲になるべきだったのだろうか?
 しかし、そんな考えで誰かと恋仲になるのはさすがにクズ過ぎるな。それに何より、光の聖女と闇の元帥が恋仲になるとなると、ゲームのとき以上にイザコザが起こり……
 


「あ、これはこれは、光の聖女殿! こんにちは!」
「うわぁ!?」


 
 ……ヒスイの言葉に、思わず叫び声を上げてしまった。
 しかし、辺りを見渡してみても、光の聖女らしき人影は見当たらない。

「元帥、お考えごとは、お済みになりましたのでしょうか?」

 その代わり、非常に口元に笑みを浮かべたヒスイの顔が目に入った。ああ、予定を聞き流してもの思いに耽っていたのが、バレてしまったようだ……

「すまなかった、ヒスイ……」

「いえいえ、とんでもございません! 私の話など、たとえ重要な予定をお伝えしていたとしても、元帥のお悩みに比べたらレイコダニのようなものですから!」

 ヒスイは大げさな身振りで、フォローのような皮肉のような言葉を口にした。いや、目が全く笑っていないから、フォローではなく皮肉なのだろう。レイコダニが何なのかは分からないが……

「……本当にすまない」

 改めて頭を下げると、ヒスイはほんのりと呆れた表情を浮かべて、小さくため息を吐いた。

「いえいえ、どうかお気になさらずに」

 ヒスイはそこで言葉を止めると、心配そうに眉を顰めた。

「それよりも、昨日ご帰還なさってからずっとそんな調子でいらっしゃいますが……光の聖女殿と何があったのですか?」

「……なぜ、昨日私が光の聖女と遭遇した前提で話を進めるんだ?」

 今度はこちらが、ため息を吐きながら尋ねた。すると、ヒスイは凜々しい表情を浮かべて、胸の辺りで手を握りしめた。

「それは、元帥と光の聖女殿の交際を応援する同志、コードネーム『お側去らずのパープルアイズ』さんから、元帥と光の聖女殿が遭遇していたという情報をいただいたからです!」

「……一体、何者なんだ? その、どこかのスピンオフ小説みたいなコードネームの奴は……」

 脱力しながら尋ねると、ヒスイはニコリと笑って人差し指を口元に当てた。

「ふふふ、お互いの正体は詮索しない、と言うのが我々の間の約束事ですから」

「そうか……」

 ……まあ、大体の予想はつくから、深く追求するのはやめておこう。

「それはともかく、その『お側去らずのパープルアイズ』さ……いえ、長いから紫の方にしておきましょう」

 ヒスイは折角のコードネームを、ほぼ本名に言い換えるとコホンと咳払いをした。

「それで、紫の方から私の携帯情報端末に、光の聖女様が闇の元帥さんと別れてから浮かない顔をしてるんだけど元気づけるにはどうすれば良いかな? 、というメッセージを涙目の顔文字つきでいただいたので、何かあったのかと……」

 ……ムラサキ、意外に可愛らしい文面のメッセージを送るんだな。

「……本当に一体、何があったのですか?」

 どうでも良いところに感心していると、ヒスイが改めて心配そうに首を傾げた。さすがに、側近を心配させたままにしておくわけにはいかないか。


「お前の気持ちには応えられない、と本人にハッキリと告げてきた」


 私が答えると、ヒスイは目を見開いた。

「……!? な、なぜそのようなことを!?」

「今の私が側に居ると、傷つくのはアイツの方だからだ」

「そう、ですか……」

 目を見ながら真剣な表情で答えると、ヒスイは苦々しい表情を浮かべながらも、深くは追求してこなかった。物わかりの良い側近で、本当に助かるな。

「ああ、そうだ。だから、今日は重要な予定というものに全力を尽くそう」

「あ、ありがとうございます……しかしながら、全力を尽くすというのも、いささか方向性が違うのかも……」

 私の言葉に、ヒスイは何だか煮え切らない言葉を返した。重大な予定に全力を尽くさなくていい、というのは一体どういうことなのだろうか?

「えーと、ですね……陛下、がお呼びなのですよ……」

「……父上が?」

 意外な言葉に、思わず聞き返してしまった。

「はい。なんでも、重大なお話があるとのことで、すぐに来て欲しいと……」

 ヒスイは軽く頷くと、困惑した表情でそう答えた。

「そうか、分かった。ならば、今から行ってくる」

「かしこまりました。あ、あの、どうかお気をつけて……」

「……ああ、ありがとう」

 おずおずと声をかけるヒスイに微笑みを返して、部屋を後にした。

 
 闇の元帥わたしもいわゆる「悪役」という呼ばれる立ち位置でもある以上、有力者の娘ということに変わりはない。その有力者というのが、闇の勢力のトップ、帝王ギベオンだ。

 ちなみに……

 七三分けにセットされた白髪交じりの髪……

 目元と口元に皺が刻まれていても美形だと分かる顔……

 ほっそりとしているのに適度に筋肉がついた体型……

 キッチリと首元までボタンがしめられた詰め襟の服……

 ……という、いわゆる、「枯れ専」という方々向けの、シークレット攻略対象キャラクターだったりする。
 ミカの話によると……

 枯れ専?
 ああ、おっさん好きのことね。
 じゃあ、筋肉にヒゲのキャラでも出しとけばいいだろ。
 なんなら、贅肉もつけとくか。
 もしくは、見た目を美青年にして、年齢を数千歳超えとかにしとけば良いんじゃね!?
 あははははは! それいいね! それなら人気若手声優も使えるしそうしとこう!

 ……という、雑な扱いを受けてきた枯れ専の方々にとっての、希望の星らしい。
 枯れ専の方々が本当にそんな扱いを受けてきたかどうかは定かではないが、確かに人気は凄まじかった。各種SNSに載るファンアートがどれもプロ級のものばかりだったり、かなり高額の限定公式グッズが販売開始後すぐに売り切れたりという有様だった。
 しかし、あくまでもシークレットキャラクターということで公式人気投票の対象外になっていたため、各種SNSで「#投票先が行方不明」というタグがトレンドに入るという事態になった。もしも、対象になっていたら、闇の元帥わたしよりも順位が高かったかもしれないな……

 そんなことを考えて現実逃避をしているうちに、謁見の間の扉まで辿り着いてしまった。

「はぁ……」

 口からは、思わず大きなため息がこぼれる。 
 この世界に来てから、ギベオンに呼び出しを食らうのは、戦場でヘマをしたことについての叱責を受けるときだけだった。今日は、ここ数日戦場へ赴いていないことへの叱責なのだろう。

「父上、ただ今参りました」

「ああ、入りなさい」

「失礼いたします」

 落ち着いた声に促されて扉を開けると、しかめ面で玉座に座るギベオンの姿が目に入った。うん、間違い無くなにがしかのお叱りが来るのだろう。

「父上、急用とのことでしたが、いかがなさいましたか?」

「うむ、そうだな……」

 跪きながら問いかけると、ギベオンは勿体ぶるように言葉を止めて、深く息を吸い込み……



「パパな、今度、再婚するかもしれないんだけど……どう思う?」

「さようでござ……は?」



 思わず問い返すと、ギベオンは淋しそうな表情を浮かべた。

「やっぱり、亡くなったママを裏切るようなことをするのは、良くないよな……」

「あ、いえ、別にそう言うわけでは……というか、いきなりどうなさったのですか父上?」

 状況に、全くついていけない。

「いやな、つい昨日のことなんだけど……携帯情報端末に、結婚を前提でお付き合いをしませんか、っていうメッセージをもらったんだよ」

 闇の勢力のトップに、臆することなくそんなメールを送るなんて、どんな奴な……のかは、なんとなく予想はつくが、一応聞いてみようか……


「父上、そのメッセージというのは、どなたから送られてきたのですか?」

「ああ、それはだな、ひか……」
「とう!」

 ギベオンが予想通りの名前を口にしかけた、まさにそのとき。
 玉座の背後から、かけ声と共に勢いよく人影が飛び出した。

光の聖女わたしに決まっているじゃないですか!」

 そして、華麗に着地をして、両手を腰に当てながら高らかに名乗りを上げた。
 うん、なんとなく、というか、絶対にそうだと思った……が、一応状況を確認してみようか……

「……一体、なんのつもりだ?」

 問いかけると、光の聖女は得意げな表情を浮かべて胸を張った。

「ふっふっふ! 光の聖女は大好きな元帥さんから別れを告げられてしまったので、こうなったら、お父様を攻略してママとして側に居ながらあふれんばかりの慈愛を注いでいく方針に切り替えようと思います!」

「WEB小説のタイトルみたいな台詞で、物騒なことを言わないでくれ……」

 脱力しながらも、なんとかいつも通りのツッコミを入れることができたが……
 なんというか、こう、正気度的なものが、ガリガリと削られているような気がするな……
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