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怖がってます

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 あれは、中学に入ったばかりのころ。
 着慣れない制服に窮屈さを感じながら、姿勢を正してクラスメイトの自己紹介を聞いていた。自分の番に一体何を話せばいいか悩んでいるうちに、私の前の席に座った女子生徒が立ち上がった。女子生徒は軽やかな足取りで進み、教壇の前に立つと笑顔を浮かべた。
 随分と可愛い子だな、などと思っていると、女子生徒は口を開いた。

「野々山ミカです! 趣味はゲームです! 特に、恋愛シミュレーションゲームが大好きです!」

 そして、周囲を混乱に陥れるような台詞を口にした。かくいう私も、大いに混乱した。それでも、当の本人は周りのざわつきなど気にすることなく、笑顔で一礼して自分の席に戻った。
 私は混乱しながらも、教壇の前に立ち、無難な自己紹介をした。

「羽村サキです。えーと、シューティングゲームとバドミントンが好きです」

 たしか、こんな感じだったかな……
 ともかく、そんなこんなで自己紹介をしつつホームルームの時間が終わった。すると、不意に前の席に座ったミカが、笑顔でこちらに振り返った。

「ねえ、羽村さん、シューティングゲームが好きなの?」

「え、あ、うん」

 曖昧に答えると、ミカは笑みを深めた。

「じゃあさ、キャスティングローズって知ってる?」

 そして、往年の名作と謳われる縦シューティングゲームのタイトルを口にした。

「え、知ってるというか、かなり好きだけど……でも、なんでそんなマニアックな死にゲーシューティングを知ってるの!?」

「えっとね、ゲーム雑誌の歴代名作シューティングゲーム特集の記事で見たんだ。それで、スチームパンクな世界観と、ステージ5のボスがカッコいいなって思って」

 ミカは笑顔で答えた。ちなみに、ステージ5のボスというのは、燕尾服を着た男装の麗人だった。今思えば、ミカの男装の麗人推しは、この頃からだったな……

「えーと、お年玉とお小遣いで家庭版を揃えたけど、遊びにくる?」

「本当!? ありがとう!」

 ミカは二つ返事で、私の誘いに乗ってくれた。
 それから、その日はミカと二人で私の家で、シューティングゲームをプレイすることになった。ミカは、癖のあるゲームシステムに苦戦していたが、コツを掴むと危なげなくステージをクリアしていった。

「ありがとう! 楽しかった!」

 最終ステージをクリアしてエンディングを見終わると、ミカは屈託のない笑みを浮かべてそう言った。

「うん、楽しんでもらえたなら良かった」

「今度はうちに遊びにきてよ! シューティングゲームはあんまりないけど……音ゲーとか、対戦パズルとか二人で楽しめるゲームもいっぱいあるから!」

「うん、ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 そんな感じで、私たちは打ち解けて、一緒に遊ぶようになった。実は当時いわゆる乙女ゲームには興味がなかったため、無理に勧められたらどうしようと思っていた。しかし、ミカは私が話題に出さない限り乙女ゲームの話題を出すことも勧めてくることもなく、二人で楽しめるタイプのゲームの話題で盛り上がることがほとんどだった。
 私はミカとつるむようになって普段良識を守っているなら、何が好きでも別に構わないか、と思うようになっていった。

 それでも、他のクラスメイトはそうではなかった。

 乙女ゲームは年齢制限がかかるものも多いためか、ミカのことを軽い女と陰口を叩くやつがちらほらといた。男子の中には、あからさまにデリカシーのない言葉で、ミカに声をかけてくるやつまでいた。ものすごく腹が立ち、ときには暴言を吐く相手へ殴りかかりたくもなった。それでも、ミカは心ない言葉をいつも軽く受け流し、気にしなくていいよ、とふんわりと笑っていた。私は歯痒い思いをしながらも、本人が気にするなと言った手前、なにも手出しができなかった。

 そんなことが続いたある日、昼休みにミカと話していると、一人の男子生徒が近づいてきた。男子生徒はニヤニヤとしながら、ミカに向かって酷い言葉を投げかけていた。それでも、ミカは気にすることなく、はいはい、と受け流していた。相手にされていないと分かった男子生徒は、軽く舌打ちをしてから私に目を向けた。

「じゃあ、羽村でいいや。お前も野々山とつるんでるんだから、同じように……」

 同じように何なのか、という言葉は聞き取ることはできなかった。と、いうよりも、そんなことを気にする余裕はなかった。

 ミカが笑顔で男子生徒のネクタイを引き、机に顔面を叩きつけていたから。

 私を含めた教室の全員が唖然とする中、ミカは笑顔で男子生徒の髪を掴み、何度も机に叩きつけた。

「ねえ、私のことはなんて言っても気にしないでいてあげるけど、サキのことを悪く言うようなら、容赦はしてあげられないよ?」

 ミカは鼻血の海に顔を沈める男子生徒に向かって、笑顔かつとても優しげな声でそう言った。今思えば、男子生徒に対してだけでなく、教室にいた全員に向かって宣言していたのかもしれない。


 という長い回想で、現実逃避をしていたわけだが……


「オウギョク、元帥さんに対しての暴言は、見逃してあげられないよ?」

「申、し、訳ご、ざ……いまっ……せん、光の聖女……様」

 
 ……目の前に広がる光景は、あのときに匹敵するぐらい衝撃的かもしれない。
 鼻と口から血を垂らしてうずくまるオウギョクの頭を、光の聖女が踏みつけているのだから。しかも、オウギョクはどこか恍惚とした表情を浮かべているし……

「オウギョク、素直に謝れるのはいいことだけど……謝る相手が、違うよね?」

「は、はいっ! も、申し訳、ございません!」

 茫然としていると、オウギョクは蹲ったまま、光の聖女の足をどけることもなく、体をこちらに向けた。

「この度は、無礼な口をきいてしまい、まことに申し訳ございませんでした」

「あ、ああ。そうか……」

 戸惑いながら言葉を返すと、光の聖女は笑顔のまま、オウギョクの頭をさらに踏みにじった。

「ほら、オウギョク、もっと頭を下げないと、元帥さん戸惑っちゃってるでしょ? ちゃんと誠意をみせないと」

「いや、充分誠意は伝わったから! そのくらいにしてやれ!」

 慌てて声をかけると、光の聖女はようやくオウギョクの頭から足を下ろした。

「まあ、元帥さんはなんて優しいんでしょう! オウギョク、こんな優しい元帥さんに酷いことを言ったんだから、しばらくその体勢で反省してなさいね」

 光の聖女が諭すように声をかけると、オウギョクの口から返事のような呻き声のような声がこぼれた。敵対勢力とはいえ、さすがに気の毒になってくるな……

「えーと、光の聖女……そいつは、大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ、元帥さん! 今から治癒魔法をかけますから!」

 光の聖女はそう言うと、オウギョクに向かって掌をかざした。まあ、治癒魔法の腕は確かということだから、酷い怪我をしていたとしても、これで治るだろう。

「それに、オウギョクは私が与えたものなら、飴の包み紙から攻撃魔法までなんでも喜んでうけとめるので、気にしないであげてください!」

「……本当に、そいつは大丈夫なのか? 色々な意味で」

 思わず、同じような質問をしてしまった。すると、光の聖女は、大丈夫です、と笑顔で答えた。試しにオウギョクに目を向けてみると、頭を地面に擦り付けながらも、どこか幸せそうな表情を浮かべている。
 ……うん。
 人の趣味趣向について、あれこれ口出しするのは良くないから、ひとまず放っておこう。

「それで、元帥さん、今日はなぜこちらに?」

 オウギョクには深く関わらないことを心に決めていると、光の聖女はふわりとした微笑みとともに首を傾げた。この笑顔だけ見ると、先ほどまでバイオレンスな光景を繰り広げていた人物とは思えないな……

「元帥さん?」

「え、あ、はい。気晴らしに、散歩に来ていただけです」

 凄惨な光景を思い出し、思わず敬語になってしまった。すると、光の聖女はキョトンとした表情を浮かべた。

「元帥さん、急に改まってどうしたんですか?」 

「いや……少し、というか、かなりお前のことが恐ろしくなってな……」

「大丈夫ですよ、元帥さん! 光の聖女は圧倒的なまでの力を有していますが大好きな元帥さんを傷つけるなんてぜったいにしませんからね!」

「だから、WEB小説のタイトルみたいな台詞をくちばしりながら、抱きつくな!」

 全力でしがみついてくる光の聖女を引き離していると、周囲にかなりの人だかりができていることに気がついた。周囲は光の聖女の物珍しさにざわついているようだが……

  うわ、光の聖女だ……

  男を何人もたぶらかす毒婦よ……

  あんなやつが救世主だなんて……

  よそ者のくせに偉そうに……


 ……中には、光の聖女に対しての暴言も混じっていた。
 たしかに、光の聖女の性格に色々と難はある。それでも、ヒスイが語っていた光の勢力の動向では、伝染病の隔離病棟にいる患者をまとめて治癒したり、災害で甚大な被害を受けた村に向かって復興を手伝ったりと、ゲームにはなかった活躍もしていると聞いていた。それなのに……

「言わせておけば、いいんですよ、元帥さん」

 憤りを感じていると、光の聖女はふわりとした笑顔を浮かべて、そんなことを口にした。まるで、中学のころのミカのように……


「世を乱す偽りの聖女め!」


 またしても昔を思い出していると、殺気のこもった怒声が耳を貫いた。
 驚いて顔を向けると、聖職者らしき服装の男性が、こちらに向かって杖を構えていた。装飾品や服の色から、そこそこ高位の人物のようだが……

「貴様の偽善で、多くの民がたぶらかされたではないか!」

 男性が言いがかりをつけると、光の聖女はニコリと笑った。

「たしかに、元帥さんに褒めて欲しくて、病に苦しんでいる方々に対しての慈善事業をはじめましたけど……」

 あ、そこはブレずに、私が動機になってたのか。

「それでも、信心が足りないからそうなる、なんて口にして、苦しむ沢山の人々を見殺しにしかけた貴方よりは、随分とましだと思いません?」

 ……光の聖女の言葉通り、彼女の行動に間違いはないと思う。まあ、動機がいささか不純な気もするが。

「うるさい! 貴様のおかげで、私は……折角この地位までたどり着いたのに……!」

 他人事のように考えていると、男性が向けていた杖の先に、炎が集まりだした。しかも、耳を済ませると、かなり威力が高い攻撃魔法の呪文を唱えている。

「あーあ、かなり怒ってますねー」

「かなり怒ってますねー、じゃないだろ!? 早く逃げるぞ!」

 呑気にしているところを叱りつけると、光の聖女はまたしてもふわりと笑った。そして、ゆっくりと首を横に振った。

「駄目ですよ元帥さん。あの人、私が逃げたら、腹いせに無関係な人にあの魔法を撃つくらいしますから」

「ならば、あちらが魔法を撃つ前に、攻撃魔法でも物理攻撃でもしかけて、詠唱をつぶさないと!」

 私の言葉に、光の聖女は再び首を横に振った。

「駄目ですよ、あんなのでも、私が守るべき光の民なんですから。手をあげるわけにはいきません」

 光の聖女はそこで言葉を止めると、ふわりと笑った。

「今回はここまでみたいです。でも、大好きな元帥さんと楽しくお話ができただけでも、すごく幸せでしたよ!」

 笑顔でそう言う光の聖女に、なぜかミカの顔が重なった。
 ああ、もう……


「偽りの聖女め! 清めの焔で灰燼に帰せ……な、なにっ!?」

「きゃっ!? げ、元帥さん!?」

 気がつけば、いつもの軍服姿に戻り、光の聖女の肩を抱き寄せて、男性が放った攻撃魔法を打ち消していた。

「きゃー! 闇の使いよー!」

「悪魔だ! 悪魔が来たぞ!」

「う、うわぁー!」

 私が正体を現した途端、往来の人々は逃げだし、辺りに私たち以外の人間はいなくなった。
 あー、そう言えば、ゲームのときはあまり出てこなかったけれどキャラ紹介に、人々から悪魔と呼ばれ恐れられている、なんて書いてあったなー。死に設定だとばかり思っていたが、そんなことなかったのかー。

「あ、悪魔……」

 他人事のような感想を抱いていると、へたり込んだ男性が杖の先を震わせながらこちらに向けていた。

「ふん。抵抗する気のない小娘に対して、あんな魔法を使うやつの方が、余程悪魔だと思うが?」

 挑発してみると、男性はへたり込んだまま、杖をめちゃくちゃに振り回しだした。

「う、うるさい! こ、こ、こちらによるな! この、この、け、汚らわしいバケモノめ!」

 男性は必死になって叫んでいるようだ。

「まったく、忙しいやつだ。虚勢を張るのか怯えるのか、どちらかにすればいいの……」

「今、元帥さんに暴言を吐きましたね?」

「……に?」

 男性の様子に呆れていると、いつのまにか光の聖女が私の腕から離れ……

「いつも闇光問わず民間人に被害が極力出ないように作戦を立てている優しい元帥さんに向かってそんなに毒づくなんて、きっと体の解毒機能が壊れているんですね……」

 怯える男性に近づき、見下ろしながら微笑み……


「なら、そんな壊れた臓器はつけていても仕方ないですし……取り出してしまいましょうか!」


 道を極めた方々も真っ青になりそうな脅し文句を言い放った。
 しかも、少し離れた場所にいても鳥肌が止まらないくらいの、殺気を放っている……

「ひ、ひぃぃぃぃ……」

 当然と言うかなんというか、男性は白目を剥いて泡を吹きながら失神し……

「嗚呼、光の聖女様……本日も、なんと神々しい……」

 オウギョクは土下座したまま、恍惚とした声で光の聖女を褒め称え……

「元帥さん! 見てください! 元帥さんに酷いことを言ったやつを懲らしめましたよ!」

 ……光の聖女は、無邪気な笑みを浮かべながら、こちらに手を振った。
 
 うん、薄々感づいてはいたが……ものすごくとんでもない相手から好かれてしまったようだな……
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