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疲れてます

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 放課後の教室。
 私とミカはスマートフォンで、コスプレイベントの検索をしていた。

「サキ、見て見て! これ、近所の駅ビルの五階だって!」

 ミカはそう言うと、スマートフォンの画面を向けた。そこには、私たちの家にほど近い駅名で開催されるコスプレイベントのサイトが表示されていた。
 たしかに、近い場所で開催されるのはありがたいけれど……

「ただ、あんまり家に近いところでコスプレをして近所の人に見つかったりしたら、ちょっと気恥ずかしいかも……」

 私の言葉に、ミカはシュンとした表情を浮かべた。

「ああ、それもあるね……まあ、サキの元帥さんなら、完璧だから誰からも文句は出ないと思うけど」

「それを言うなら、ミカの光の聖女だって、文句の出ようがないと思うよ」

「またまたー、褒めても何も出なくってよ、オホホホホ」

「いえいえ、正直に申し上げたまでですわよ、オホホホホ」

 二人してわけの分からないキャラクターになりながら、私たちはコスプレイベントの会場探しを続けた。
 そして、ようやく自宅からほどよく離れた駅で開催されるイベントを見つけた。これで、あわよくば人気の高いスチルを再現したツーショット写真を撮ることにして、ミカを抱き寄せて……



「元帥。お目覚めの時間です」



 懐かしい夢に微睡んでいると、ヒスイの声が耳に入った。
 目を開けると、ヒスイが深々と頭を下げていた。

「ああ、分かった。いつも世話をかけるな、ヒスイ」

「ありがたきお言葉」

 ヒスイはそう言うと、いつものように顔を上げてニコリと微笑んだ。

「それでは、午後の予定を読み上げますね」
 
 そして、いつものようにヒスイが午後の予定を読み上げ、私がそれを聞くわけだが……

「ふぁぁ」

 今日は大きな欠伸をしてしまった。その途端に、予定を読み上げるヒスイの声が止まり、訝しげな表情が私に向けられる。話の途中で欠伸をされたら、嫌な気分にもなるか……

「すまない、ヒスイ」

「いえいえいえ! 滅相もございません! どうか頭をお上げになってください!」

 頭を下げて謝ると、頭上から慌てた様子のヒスイの声が聞こえた。顔を上げると、ヒスイは不安げな表情を浮かべながら、午後の予定が記されたノートを胸に抱えていた。

「元帥、お疲れの様子ですが、いかがなさいましたか?」

 そして、表情に違わず不安げな声で、そんなことを尋ねてきた。
 疲れている、か……
 たしかに、最近ここに来る直前のことを連日夢に見ているから、深く眠れていない気がする。それと、もう一つ心当たりのある原因は……

「あまりお加減がよろしくないのであれば、光の聖女殿に連絡をして、治癒魔法を使っていただくことにいたしましょうか?」

 ……たった今、ヒスイが口にしてくれた。

「遠慮する」

 私の言葉に、ヒスイは目を見開いた。

「なぜですか!? 光の聖女殿の治癒魔法は当代一だと、巷でうわさですよ!!」

「治癒魔法の腕が確かでも、疲労の原因になっている奴に会いにいくバカがどこにいる?」

 ため息を漏らしながら答えると、ヒスイは意外そうな表情を浮かべた。

「光の聖女殿が、疲労の原因?」

 わけがわからないよ、とでも言い出しそうな表情を浮かべながら、ヒスイは首を傾げた。少しだけイラッとしたが、悪気はなく心底不思議に思っているようだ……

「大体、急に押しかけてベタベタしてくるわ、扉を壊すわ、仰々しいレリーフの新しい扉を持って来るわ、これで疲れるなという方がどうかしている」

「しかしながら、元帥、それは全て光の聖女どのが、元帥を愛しているからこその行動ですよ」

「こんな相手の都合を考えない愛があってたまるか!」

 思わず語気を強めてしまうと、ヒスイは怯えた表情を浮かべて肩を震わせた。これでは、ただの八つ当たりだな……

「大声を出して、すまなかった」

「いえ、滅相もございません!」

 謝ると、ヒスイは勢いよく首を横に振った。ヒスイは首を振り終えると、再び首を傾げた。

「元帥……貴女は光の聖女殿が嫌いでいらっしゃるのですか?」

「それは……」

 悲しげに問いかけるヒスイの言葉に対して、返事が浮かばなかった。

 たしかに、今でこそ私は元帥になってはいるが、もともとはただのゲーム好きな女子高生だ。
 しかも、このゲームには、かなり特別な思い入れがある。
 だから、光の聖女に対しても、怨嗟を抱いてはいない。
 むしろ、ゲームをプレイしていた頃から、光の聖女はビジュアルも、選択肢からにじみ出る性格も、好きなキャラクターだった。

「別に、特段嫌悪感を抱いているわけではない」

「それならば、なぜ!?」

 私が答えると、ヒスイは語気を若干強めて問い返した。

「それは……」


 ……おそらく、今の私は光の聖女をミカの代用品としてみてしまうから。
 それは好意を持ってくれている相手に対して、あまりにも失礼だ。
 それに、あの光の聖女は私と同じように、この世界を乙女ゲームだと認識する世界から来ている。
 万が一、交際して、元の世界に戻ることになって、意外にご近所さんだったりして、ミカの存在がバレて、私がまだミカに未練を持っているなんてしられたら……

 うん、光の聖女をひどく傷つけるうえに、下手すれば私も刺されたり、首を絞められたりするやつだな。

「あ、あの、元帥? お顔色がすぐれませんが……」

 修羅場を想像して冷や汗をかいていると、ヒスイが再び心配そうな表情を浮かべた。

「すまない、気にしないでくれ。ともかく、私はこんななりをしてはいるが、別に女色家というわけではないのだから、貴奴の気持ちには答えられない」

 という嘘をついて、ヒスイを納得させることにした。
 親友に恋をしていたくせに、何を言っているのだろうか……まあ、失恋したわけだしミカ以外の女性に恋心を抱いたことはまだないから、あながち嘘ではないはずだ。

「そうですか……」

 言い訳がましいことを考えていると、ヒスイは悲しげに相槌を打った。そして、なぜか意を決したような表情を浮かべた。

「元帥、光の聖女殿が疲れの原因かどうかは、ひとまず置いておいて」

「いや、置いておくな。貴奴が原因なのは分かりきっているだろ」

「元帥がお疲れなのは、確かなようです。ならば、気分転換に街へお散歩にいかれたらいかがでしょうか?」

 私のツッコミを気にすることなく、ヒスイはそう続けた。
 気分転換に散歩か……それも良いのかもしれない。この世界に来てから、することといえば軍議や訓練、外出するときも戦場の視察や指揮がほとんどだった。たまには、街に遊びに出かけても、バチは当たらないだろう。

「そうだ……ん?」

 そうだな、と言いかけて、かすかな違和感に気付いた。
 あれ?
 元帥わたしが街に出かける、ということは……

「お任せください、元帥! 一見すると町娘のように見えますがそこはかとなく元帥っぽさを残した、可憐なコーディネートをご用意いたしますので! もちろん、光の聖女殿のような可憐な女性の危機には、すぐにいつものお召し物に戻る便利機能つきです!」

 ……うん、そうだな。
 これは、元帥と光の聖女が、街でばったり出会うイベントへの布石だよな。

「……ヒスイ、申し出はありがたいが、私っぽさというのが、微塵も残らないコーディネートにしてくれ」

 私の言葉に、ヒスイはショックを受けた表情を浮かべた。

「な、なぜですか!?」

「あー……あれだ、ほら、嫌な予感がしたから、みたいな感じの奴だ」

 ものすごく曖昧に答えると、ヒスイは不服そうな表情を浮かべた。

「元帥がそうおっしゃるのならば……」

 しかし、意外にも素直に私の言葉に従ってくれた。これなら、一安心だ。

「では、こちらのお召し物など、いかがでしょうか?」

 ヒスイはそういうと、指をパチリと鳴らした。すると、テーブルの上に現れたのは……


 ラメでキラキラするピンク色のアフロのカツラ

 同じくラメでキラキラするピンク色の星形をしたサングラス

 スパンコールが大量に散りばめられたエメラルドグリーンのタンクトップ

 これでもかと言うほど丈が短いデニムのショートパンツ

 底の厚すぎるパッションピンクのスニーカー

 ……前言撤回、安心した私がバカだった。

「いやぁ、元帥の特徴を隠すとなると、これくらい奇抜にしないといけないと思いますが……いかがなさいますか?」

 ヒスイは勝ち誇ったように笑みながら、わざとらしく首を傾げた。この野郎、いくらなんでもこれは選ばないだろう、とたかを括っているのが見え見えだ。しかし、文句を言ったら、嬉々として街中遭遇イベント用の衣装を持ち出すに違いない。
 ならば……

「ありがとう、ヒスイ。この服で出かけることにしよう」
 
「えぇっ!?」

 私の答えに、ヒスイは某国民的アニメの夫のような声を漏らした。

「何を驚いている? お前が持ってきたものだろう?」

「え、いや、しかしながら、まさかこちらの服は選ばないと……」

「残念だったなヒスイ、今は光の聖女に見つからないことが最優先だ。この衣装、ありがたく使わせてもらおう」

 などとヒスイ相手に勝ち誇り、服を着替え、街に繰り出したわけだが……

「そこの不審者、止まりなさい!」

 転移魔法で移動した路地から大通りに出た途端、厳しい言葉をかけられてしまった。たしかに、剣と魔法のファンタジーな世界にこの格好は不審すぎる気もしていた……自動車を重窃盗するような世界なら、まだ大丈夫だったかもしれないが。
 そんなことを考えながら声のする方に顔を向けると、一人の男性がこちらに近づいてきていた。

 日の光を受けて輝く金色の髪

 凛々しい眼差しの碧い眼

 白を基調とした騎士服

 ……間違いなく、攻略対象キャラクターのオウギョクだ。これはまた、厄介な相手に見つかってしまった……
 落胆していると、オウギョクは足を止めて、私の姿をしげしげと見つめた。

「貴女、この辺りでは見ない顔ですね。一体、どこから来たのですか?」

 素直に立ち止まっていたためか、オウギョクはやや声を和らげて尋ねてきた。しかし、怪しんでいることに変わりはない。素直に正体を明かすわけにもいかないし……ここは、観光客のふりでもすることにしようか……

「アー、ワタシ、コノマチニカイモノニキタダ……」

「あー!? 元帥さん!!」

 私のわざとらしい片言は、背後から聞こえた少女の声によってかき消されてしまった。声の主が誰かは分かっているが、念のため振り返っておこう。ひょっとしたら、予想している人物とは違う人物の声かもしれないし……

「元帥さん、こんにちは! 今日はとっても個性的なファッションですね!」

 しかし、淡い期待とは裏腹に、そこにいたのは光の聖女だった。
 まあ、なんだかんだで、光の聖女に遭遇するはめになるような気はしていた。それでも、気になるのは……

「……なぜ、この格好で私だと分かった?」

「そんな簡単な変装、私の愛の前では目くらましにすらなりませんよ」

 落胆する私とは対照的に、光の聖女は得意げな表情で胸を張った。

「光の聖女にかかれば大好きな元帥さんの行動なんてすべてお見通しです!」

「だから、WEB小説のタイトルのようなセリフを吐きながら抱きつくな……ん?」

 胸にしがみついつきた光の聖女を振り払おうとすると、首筋にヒヤリとした感触が伝わった。視線を動かすと、突きつけられた刃が目に入った。

「動くな、毒婦め」

 そして、オウギョクの鋭い声が耳に入った。まあ、闇の勢力の有力者が光の聖女のすぐそばにいるのだから、警戒するのは当たり前か。しかし、近づいてきたのは、光の聖女の方からなのだが……今それを口に出すのはやめておこう。話の収拾が、つかなくなりそうだから。

「やれやれ、無抵抗な相手に剣を突きつけた挙げ句に毒婦呼ばわりとは、大した騎士団長様だな」

 挑発してみると、首筋に当てられた刃がさらに押し当てられた。

「黙れ! 今すぐに光の聖女様から離れろ!」

 オウギョクの声も、さらに怒りに満ちていく。うん、昨日のザクロの反応が特殊だっただけで、本来は敵意のある反応が普通だよな……しかし、首をはねられるわけにもいかないし、どうしたものかな……ひとまず、時間を稼ぐためにもう少し挑発しておくか。

「動くなと言ったり離れろと言ったり、言動に一貫性のない奴だ」

「うるさ……」

「ねえ、オウギョク」

 オウギョクの怒りに満ちた声は、光の聖女の声によって遮られた。

「はい! 光の聖女様、いかがなさいましたか!?」

 それから、先ほどと打って変わってウキウキしたオウギョクの声が響き……

「……口を慎め」

 ドスの利いた光の聖女の声と、ドゴゥッ、という轟音が響き……

「グェッ……」

 オウギョクの絞り出すような悲鳴が響くと共に、首筋から剣が吹き飛ぶように離れ……

「元帥さん! 邪魔者は消し飛ばしました! 安心してください!」

 ……目の前では、光の聖女が屈託のない笑みを浮かべた。


 状況がうまく飲み込めない……もとい、飲み込みたくもないが、今日も疲労を蓄積させるような事態が起こるということだけは把握できた。
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