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宴の場・その一

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 途中で葉河瀨部長と合流し、山口課長の家に到着した。
 玄関には大きなカメラがついた最新式のインターホンと、警備会社の真新しいステッカーが取り付けられていた。古民家風の外観とのギャップに驚いたけど、まだ小学生のお子さんがいるのだから当然か。そんなことを考えながらインターホンのボタンを押すと、スピーカーからノイズの後にプツッという音がした。

「はーい。ウルトラミラクルエキサイティングな課長なりよ★」

 続いて、山口課長の上機嫌な声が聞こえて来た。

「お疲れ様です。月見野です、さっき葉河瀨部長と合流したので、二人で参りました」

「どうも」

 インターホンに向かってお辞儀をすると、葉河瀨部長もなぜかインターホンと逆方向に頭を下げた。一体、何をしているんだろう?

「了解なり!じゃあ、今から行くからちょっとそこで待っててほしいなり★」

「はい、かしこまりました」

 再びインターホンに向かって頭を下げると、スピーカーからプツッという音が聞こえ、通話が終了した。

「月見野さん。さっきから、なぜそんな方向に頭を下げてるんですか?」

 頭を上げると、葉河瀨部長が怪訝そうに首を傾げたいた。

「え、だってこのインターホンカメラがついているから、頭を下げたほうがいいと思って」

 僕が答えると、葉河瀨部長は、ああ、と言いながら、納得したように頷いた。

「月見野さん。それ、フェイクですよ」

「……え!?これ、偽物なの!?」

 驚いて大声を上げてしまうと、葉河瀨部長はコクリと頷いた。

「ええ。本物は、アレです」

 葉河瀨部長はそう言って、ひさしの辺りを指さした。そこには、小型のカメラが、テープのような物で貼り付けられていた。言われるまで、全く気がつかなかった……

「すごいね、葉河瀨君。なんで分かったの?」

「割と、色々と見える人間なんで」

「そうだったんだ」

「ええ」

 僕が相槌をうつと、葉河瀨部長は欠伸をしながら答えた。明日の作戦で一条さんから鬼を切り離すという難しい担当を任されたのは、その色々と見える、というところを買われたからなのか……

「まあ、色々と見える代わり、右目は義眼なんですけどね」

「そうなん……え!?」

 葉河瀨部長は、平然と衝撃的なことを言ってのけた。
 え、義眼ってことは、右目は完全失明してるってことだよね?十年と少し同じ会社に勤めて関わる機会も多いのに、全く気がつかなかった……
 意外な事実に戸惑っていると、玄関の引き戸がカラカラと静かに開いた。

「いらっしゃいませ、月見野部長、葉河瀨部長。お待ちしておりました」

 そして、割烹着を着た女の子が現れた。この子は、山口課長のお子さんだったね。たしか、養子だって話を聞いてたけど……いや、今は二人の関係を気にしている場合じゃないか。

「こんばんは、繭子ちゃん」

「どうも」

 僕と葉河瀨部長が頭を下げると、繭子ちゃんは再び深々と頭を下げた。

「本日はご足労いただき、まことにありがとうございました。どうぞ、こちらへ」

「相変わらず、しっかりしているね」

 感心しながらそう言うと、繭子ちゃんは顔を赤くして勢いよく顔を横に振った。

「そ、そんな滅相もございません!小生など、まだまだであります!」
 
「いや、多分、山口課長よりも、ずっとしっかりしてると思いますよ」

 謙遜する繭子ちゃんに対して、葉河瀬部長が欠伸をしながらそう言った。そういえば、以前、山口課長の身の回りのお世話はこの子がしている、と聞いたことがある。あの山口課長の身の回りの世話となると、すごく大変そうだね……
 若干失礼なことを考えていると、繭子ちゃんは苦笑を浮かべた。

「いえいえ、師匠はあれでも、しっかりしているときはしっかりしているので」

 そして、山口課長に対してフォローの言葉を口にした。すると、繭子ちゃんの後ろから引き戸が動く音が聞こえた。


「繭子ー、ひがみんと部長がいじめるから、二人を連れて早く帰ってきて欲しいなりー」

「いじめではなく、食生活の指導をしているのですけれども?」

「そうよ。刺身醤油に、砂糖を大さじで追加しようとしていたから、注意したんでしょ」

「ふ、二人とも、その話は内緒にしてほしいなり!」

 
 山口課長、日神君、信田部長の声を聞くと、繭子ちゃんは脱力した表情を浮かべた。それから、軽く咳払いをして、再び苦笑を浮かべた。

「……失礼いたしました。ともかく、お二人ともどうぞ中へ」

「あ、うん。ありがとうね」

「ご丁寧にどうも」

 僕と葉河瀨部長は繭子ちゃんに軽く頭を下げ、玄関の中に入った。
 玄関を上がり、繭子ちゃんに案内されながら廊下を進むと、松が描かれた襖の前に辿り着いた。

「師匠、月見野部長と葉河瀨部長をお連れいたしました」

「はーい!繭子、お疲れ様なり★皆、早く中に入るなり!」

「かしこまりました。ただいま、仰せのとおりに」

 繭子ちゃんは真剣な表情で返事をすると、廊下に正座をした。それから、三回に分けて襖を開けた。やっぱり、繭子ちゃんはかなりしっかりしてるね……

「ささ、どうぞこちらへ」

 感心していると、繭子ちゃんは僕と葉河瀨部長に入室を促した。

「うん、ありがとう」

「どうも」

 部屋に入ると、中は八畳の和室になっていた。そして、今朝の会議に参加したメンバーが、刺身や焼き物などの宴会料理が並んだ大きなテーブルを囲んでいた。

「月見野部長、お疲れ様です」

「お疲れ様っす!」

「お疲れ様です」

 日神君、早川君、吉田の営業部第三課の面々が姿勢を正してから、僕に深々と頭を下げた。

「うん、お疲れ様。皆、」

「かしこまりました」
「了解っす!」
「分かりました」

 僕が声をかけると、三人は足を崩して座り直した。

「葉河瀨部長も、お疲れ様です」

「お疲れ様、ハカセ」

「ハカセ、お疲れ様なり★」

 続いて、三輪さん、信田部長、山口課長が葉河瀨部長に声をかける。

「お疲れ様です」

 葉河瀨部長も挨拶を返して、三人に軽く会釈をする。

「お二人とも、外套をこちらへ」

「こーとをお預かりいたしますよー」

 挨拶をしていると、背後から繭子ちゃんの声と、別の女性の声が聞こえた。不意のことに驚き、葉河瀨部長とほぼ同時に後ろを振り返った。すると、繭子ちゃんの後ろに灰色の着物を着た日神君の奥さん……たまよさんが微笑みを浮かべて立っていた。足音にも気配にも全く気がつかないまま、背後をとられてしまった……穏やかなたたずまいだけど、たまよさんってただ者ではないのかな?

「繭子もたまよちゃんも、野郎共のコートなんてその辺に置いとけば良いから、早くこっちにくるなり!」

 戸惑っていると、山口課長が不服そうに唇を尖らせながら、畳をペシペシと叩いた。若干、失礼な言われような気がするけど、あまり気を遣わせてしまっても悪いよね。

「うん。山口課長の言うとおり、部屋の隅にあるハンガーラックを使わせてもらうから、繭子ちゃんとたまよさんはゆっくりしていて」

「そうですね、どうぞ、お気遣いなく」

 僕と葉河瀨部長が声をかけると、繭子ちゃんとたまよさんはペコリと頭を下げた。

「ありがとうございます!」

「ありがとうございますー」

 二人がそう言うと、山口課長が笑顔で自分の膝をペシペシと叩いた。

「繭子!早くこっちにくるなり!」

「師匠!先ほども申し上げましたが、小生はもう小学三年生なので、抱っこをしていただくほど幼子ではありませぬ!」

 途端に、繭子ちゃんが頬を膨らませて、山口課長に抗議する。すると、山口課長は淋しそうな表情を浮かべて、はーい、と呟いた。うん、山口課長にとって、繭子ちゃんはいつまでも小さな子供なんだろうね……

「正義さん、正義さん」

 なんとなくしんみりした気持ちになっていると、たまよさんが日神君を呼ぶ声が耳に入った。

「うん?たまよ、どうした?」

 日神君が穏やかな声で聞き返すと、たまよさんはキョトンとした表情で首を傾げた。
 そして……


「私も、正義さんのお膝に乗ったほうが、よろしいでしょうか?」

 
 ……なんとも大胆な質問を口にした。途端に、営業部第三課の二人と三輪さんと葉河瀨部長の視線が日神君に集まり、日神君の頬がどんどんと赤く染まっていく。

「……今は、遠慮、しておこう」

「はい。分かりましたー」

 日神君が途切れ途切れに返事をすると、たまよさんは鷹揚に返事をした。
 うん、たまよさんは相変わらず、ちょっと変わったところがあるみたいだね。ビックリしたけど、日神君も恥ずかしがっているし、これ以上この件には触れないように……

「へー、今がダメなら、いつならいいなりかー?」

「日程を変更するときは、具体的な日程をしめしたほうがいいと思いまーす」

 ……したほうが良いと思うんだけどね、僕は。それでも、山口課長はおどけた声、葉河瀨部長は抑揚のない声をしながら、日神君の発言を蒸し返した。当然、日神君が赤面したまま無言で、二人を鋭く睨みつける。

「二人とも、茶化すんじゃありません!」

 そして、間髪入れず信田部長が山口課長と葉河瀨部長を叱りつける。
 うん、まだ社長は来ていないけど、何というかものすごくいつも通りな感じだね。
 ちょっと脱力するけど、明日のことを考えると、今日はこのくらいの空気のほうがいいのかもしれない。
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