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正念場
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社長の言う第一フェーズが完了してから、一夜が明けた。
昨日は夜遅くまで何度も京子に連絡したけど、返事はもらえずじまいだった。真木花の近くの商業施設と喫茶店で原因不明の爆発事故が起きた以外は、大きな事故や事件のニュースはなかったけど……京子も、一条さんも無事だろうか……
不安に思っていると、暗闇の中に京子の後ろ姿が浮かび上がった。京子は足を止めると、こちらに軽く振り返り、淋しげな微笑みを浮かべた。そして、また暗闇の中に進んでいこうとする。それを止めたいのに、体が動かせないばかりか、声すら出ない。
なんとかして、京子の手を取りたいのに、後ろ姿がどんどん遠ざかって……
「はーい。じゃあ、第二フェーズ・一条ちゃんとキョンキョンを助け出そう作戦の会議を始めるよー!」
不意に、上機嫌な川瀬社長の声が耳に入った。慌てて目を開き辺りを見渡すと、今回の件に参加するメンバーが揃っていた。
そうだ、今日も朝一からこの「鬼退治」についての、打ち合わせだったね。参加者は、川瀬社長、信田部長、山口課長、三輪さん、葉河瀨部長、日神君、早川君、僕を含めて、全員で八人。吉田は他の仕事があるから外出、製品開発部の二人は社長から依頼された仕事が佳境だから不参加になっている。だから、前回よりも人数は少ないけど、やっぱり役員会議室が少し狭く感じるね。
圧迫感があるな、なんて考えていると、欠伸が一つ漏れてしまった。役員会議室の椅子は座り心地がいいから、油断すると眠りたくなくて眠くなってしまって困るね。今日みたいに、寝不足の日は特に。
「まず、手元の資料に目を通してねー」
再びこみ上げてきた欠伸を堪えていると、川瀬社長が配布した資料に目を通すよう促した。ページを捲ってみると、第二フェーズの参加予定者とその役割が記載されていた。
陰陽師……日神正義
儺人……早川健
方相氏……葉河瀨明
後始末……月見野和順
後方支援……部長、課長、三輪ちゃん、吉田ちゃん、助手コンビ
スペシャルサンクス……たまよちゃん、繭子ちゃん
社長……川瀬祭
……うん。
僕の役割までは、なんというか真剣さが伝わってくる。でも、後方支援以降の書きぶりが、なんというか脱力感が満載な気がするね。わざわざ、可愛らしい文字フォントで記載されているし……
「社長!質問いいっすか?」
脱力していると、早川君が勢いよく挙手をした。
「大丈夫だよ!気になったことは、何でも聞いてね!」
「えーと、この、なじん?ってのは、何をすれば良いんすか?」
「えーとね、悪いモノを追い払うために、大きな音が出る矢を射ってもらうの!」
社長がざっくりと説明すると、早川君は小首をかしげた。
「分かりましたけど、一体何のために……」
「早川、個別の質問をする前に、計画の全体像について説明を聞いたらどうだ?」
質問を追加しようとした早川君の言葉にかぶせるように、日神君が声をかけた。早川君は、しまった、と言いたげな表情を浮かべたあと、しょげた表情を浮かべて川瀬社長に一礼をした。
「社長、失礼しました」
早川君が頭を下げると、川瀬社長は笑顔を浮かべて首を横に振った。
「いいよ!気にしないで!」
川瀬社長は上機嫌にそう言ってから、小さく咳払いをした。
「まず、つきみん、ハカセ、ひがみん、早川ちゃんには、現地に向かってもらいます。現地には一条ちゃんたちを封印する結界が張ってあるから、ひがみんにその結界を一部解いてもらいます」
川瀬社長はそこで言葉を止めると、日神君に視線を送った。すると、日神君は無言で頷き、川瀬社長も笑顔で頷いた。
「それで、結界の中に入ったら、多少のマシになってると思うけど、多分立っていられないくらいの瘴気が漂っていると思うから、早川ちゃんに魔除けの矢を射ってもらって、瘴気を祓ってもらいます」
川瀬社長の言葉に、今度は早川君が頷いた。
「それからは、ハカセに一条ちゃんを傷つけず鬼の部分だけに攻撃をしてもらいながら、ひがみんに鬼を祓うための祭文を読んでもらいます」
川瀬社長はそこで言葉を止めると、葉河瀨部長に視線を送った。葉河瀨部長は表情を変えずに、右手でページを捲りながら資料に目を通していた。昨日、かなりショックなことがあったはずなのに、表情はとても冷静そうに見える。でも、左手の指で忙しなく机を叩いているところを見ると、焦燥感を抱いているのは間違いなさそうだ。
川瀬社長は葉河瀨部長の様子を見て満足げな表情を浮かべてから、僕に顔を向けた。
昨日、山口課長から、命をかけられるか、と質問された。だから、危険なことを任されるのだと、予想がつく。でも、一体どんなことを任されるんだろう?
「それで、鬼を無事に祓えたあと、ハカセ、ひがみん、早川ちゃんは一条ちゃんを連れて結界から離脱します。そしたら、キョンキョンが吸い取ってた分の瘴気をつきみんに向かって放ちます。そのままにしたら、キョンキョンが危ないからね。多分、かなり危険なことが起こると思うけど……それをつきみんが切り抜けてキョンキョンが引き受けていた瘴気がなくなったら、今回のお仕事は完了です!みんなでお家にかえりましょう!」
川瀬社長から告げられたのは、予想通り危険な役割だった。でも、これで全てにけりがつくなら、喜んで引き受けよう。ただ……
「社長、一つよろしいですか?」
気がかりさを感じていると、葉河瀨部長が小さく挙手した。
「うん!どうしたの?」
川瀬社長が問いかけると、葉河瀨部長は資料から顔を上げて川瀬社長を見つめた。
「今のお話だと、月見野さんと俺だけではなく、日神や早川もかなり危険な目に遭うのではないでしょうか?ならば、強制参加させるのはどうかと思います」
そして、僕も懸念していたことを口にした。
葉河瀨部長の言うとおり、二人が力を貸し得てくれるのならすごくありがたい。でも、今回はかなり危険だから、無理に巻き込んでしまうのは忍びない。もしも、二人が乗り気じゃないなら……
「何言ってるんすか、葉河瀨部長!葉河瀨部長だって、日神課長を懲らしめるときに、忙しい中、小型カメラの設置とか監視用のソフトをインストールするのに協力してくれたじゃないっすか!そのお礼みたいなもんです!」
「早川、懲らしめる、という言い方は、もうちょっとどうにかならないのか……ともかく、俺も夏に、どこかの製品開発部長が、無茶して新製品の開発スケジュールを前倒しにしてくれたおかげで、命拾いしたからな。その借りを返しておきたいだけだ」
早川君と日神君が答えると、葉河瀨部長は二人から軽く目を反らした。
「……そうか」
それから、とても小さな声でそう呟いた。その声は、どこか嬉しそうに聞こえた。
……なんだかんだで、やっぱり、あの三人には信頼関係が築かれているのだろう。こういうときに、ちゃんと連携できるというのは、とても心強い。
感心していると、早川君がキョトンとした表情を日神君に向けた。
「ところで、日神課長って陰陽師だったんすか?」
「ん?ああ、まあ、陰陽師というわけではないけれども……蟲を使役する呪術は陰陽道が元になっているものが多いから、基本的な知識くらいはあるぞ」
「へー……俺、てっきり、何か愛情的なもので、蟲に言うことを聞かせてるのかと思ってました……あの、ほら、子供の頃にあった、眼鏡で白髪のおじさんが動物を可愛がる番組みたいな感じで」
日神君の答えを聞いて、早川君はなんとも気の抜ける感想を口にした。すると、それまで無表情だった葉河瀨部長が、急に吹き出し、俯いて肩を震わせ出した。
「ひ……日神と愉快な仲間たち的な……やばい……想像すると、ツボに入る……」
……葉河瀨部長の発言のおかげで、とてもにこやかな笑顔を浮かべて生態の説明をしながら、ムカデの頭を撫でる日神君の姿が思い浮かんでしまった。たしかに、想像すると、ちょっと微笑ましいかも……
「葉河瀨、早川、トビズムカデというのは、ゴキブリ等の害虫を捕食する益虫という側面もあるのだけれども……一度戯れてみるか?」
失礼な想像をしていると、爽やかな笑みを浮かべた日神君が、葉河瀨部長と早川君に顔を向けてムカデの性質を簡単に説明していた。
「す、すんません!間に合ってます!」
「わ、悪い……今、笑いを止めるから、勘弁……してくれ」
青ざめた表情の早川君と、笑いを堪える葉河瀨部長が謝ると、日神君は眉間にシワを寄せてため息を吐いた。
「まったく。今、話題を脱線させている場合じゃないだろ……」
日神君がそう呟くと、山口課長が悪巧みを思い着いたような表情を浮かべた。
「でも、ひがみんは、ダンゴムに対しては、あふれんばかりの愛情を持って接してるなりよ★」
「慧……折角、イザコザが落ち着きそうだったんだから、それ以上蒸し返すんじゃないの」
楽しげな山口課長の発言に、信田部長がため息を吐きながら釘を刺した。たしかに、これ以上愉快な仲間たちの話題に引っ張られると、話が進まなくなってしまいそうだからね。
「はい。じゃあ、ひがみんと愉快な仲間たちの話題が落ち着いたところで、確認事項にうつるよー」
社長が若干話を蒸し返しながらも話題を元に戻すと、日神君が鋭い視線を向けた。社長は一瞬だけ怯えた表情を浮かべたけど、すぐに咳払いをして笑顔に戻った。
「そんなわけで、かなり危険な目に遭うかもしれないけど、ひがみんと早川ちゃんは参加してくれるんだね?」
「はい」
「もちろんっす!」
二人が声を合わせて返事をすると、社長は頷いた。
「つきみんについては、昨日覚悟を聞いたからいいとして……最後、葉河瀨!」
川瀬社長はそう言うと、いつの間にか真顔に戻っていた葉河瀨部長を指さした。
「昨日、どんなに危険な目に遭おうとも、全面的に協力すると回答したはずですが?」
葉河瀨部長が問い返すと、川瀬社長はコクリと頷いた。
「うん。それは、聞いたけど、葉河瀨に確認したいことはもう一つあってね」
川瀬社長はそこで言葉を止めると、息を吸い込んだ。
「一条ちゃんには、丑の刻参りを始めた日以降のことを忘れてもらうことになるけど、それでもいいかな?」
そして、大人びた表情でそんな質問を口にした。
「……」
対して葉河瀨部長は、無表情のまま視線を泳がせている。
一条さんが丑の刻参りを始めた日以降のこと全てを忘れてしまうとなると……葉河瀨部長と親しくなり始めた頃からの記憶が全てなくなってしまう、ということだよね。
昨日、川瀬社長が話していた、落とし前、というのは、このことだったのか……
昨日は夜遅くまで何度も京子に連絡したけど、返事はもらえずじまいだった。真木花の近くの商業施設と喫茶店で原因不明の爆発事故が起きた以外は、大きな事故や事件のニュースはなかったけど……京子も、一条さんも無事だろうか……
不安に思っていると、暗闇の中に京子の後ろ姿が浮かび上がった。京子は足を止めると、こちらに軽く振り返り、淋しげな微笑みを浮かべた。そして、また暗闇の中に進んでいこうとする。それを止めたいのに、体が動かせないばかりか、声すら出ない。
なんとかして、京子の手を取りたいのに、後ろ姿がどんどん遠ざかって……
「はーい。じゃあ、第二フェーズ・一条ちゃんとキョンキョンを助け出そう作戦の会議を始めるよー!」
不意に、上機嫌な川瀬社長の声が耳に入った。慌てて目を開き辺りを見渡すと、今回の件に参加するメンバーが揃っていた。
そうだ、今日も朝一からこの「鬼退治」についての、打ち合わせだったね。参加者は、川瀬社長、信田部長、山口課長、三輪さん、葉河瀨部長、日神君、早川君、僕を含めて、全員で八人。吉田は他の仕事があるから外出、製品開発部の二人は社長から依頼された仕事が佳境だから不参加になっている。だから、前回よりも人数は少ないけど、やっぱり役員会議室が少し狭く感じるね。
圧迫感があるな、なんて考えていると、欠伸が一つ漏れてしまった。役員会議室の椅子は座り心地がいいから、油断すると眠りたくなくて眠くなってしまって困るね。今日みたいに、寝不足の日は特に。
「まず、手元の資料に目を通してねー」
再びこみ上げてきた欠伸を堪えていると、川瀬社長が配布した資料に目を通すよう促した。ページを捲ってみると、第二フェーズの参加予定者とその役割が記載されていた。
陰陽師……日神正義
儺人……早川健
方相氏……葉河瀨明
後始末……月見野和順
後方支援……部長、課長、三輪ちゃん、吉田ちゃん、助手コンビ
スペシャルサンクス……たまよちゃん、繭子ちゃん
社長……川瀬祭
……うん。
僕の役割までは、なんというか真剣さが伝わってくる。でも、後方支援以降の書きぶりが、なんというか脱力感が満載な気がするね。わざわざ、可愛らしい文字フォントで記載されているし……
「社長!質問いいっすか?」
脱力していると、早川君が勢いよく挙手をした。
「大丈夫だよ!気になったことは、何でも聞いてね!」
「えーと、この、なじん?ってのは、何をすれば良いんすか?」
「えーとね、悪いモノを追い払うために、大きな音が出る矢を射ってもらうの!」
社長がざっくりと説明すると、早川君は小首をかしげた。
「分かりましたけど、一体何のために……」
「早川、個別の質問をする前に、計画の全体像について説明を聞いたらどうだ?」
質問を追加しようとした早川君の言葉にかぶせるように、日神君が声をかけた。早川君は、しまった、と言いたげな表情を浮かべたあと、しょげた表情を浮かべて川瀬社長に一礼をした。
「社長、失礼しました」
早川君が頭を下げると、川瀬社長は笑顔を浮かべて首を横に振った。
「いいよ!気にしないで!」
川瀬社長は上機嫌にそう言ってから、小さく咳払いをした。
「まず、つきみん、ハカセ、ひがみん、早川ちゃんには、現地に向かってもらいます。現地には一条ちゃんたちを封印する結界が張ってあるから、ひがみんにその結界を一部解いてもらいます」
川瀬社長はそこで言葉を止めると、日神君に視線を送った。すると、日神君は無言で頷き、川瀬社長も笑顔で頷いた。
「それで、結界の中に入ったら、多少のマシになってると思うけど、多分立っていられないくらいの瘴気が漂っていると思うから、早川ちゃんに魔除けの矢を射ってもらって、瘴気を祓ってもらいます」
川瀬社長の言葉に、今度は早川君が頷いた。
「それからは、ハカセに一条ちゃんを傷つけず鬼の部分だけに攻撃をしてもらいながら、ひがみんに鬼を祓うための祭文を読んでもらいます」
川瀬社長はそこで言葉を止めると、葉河瀨部長に視線を送った。葉河瀨部長は表情を変えずに、右手でページを捲りながら資料に目を通していた。昨日、かなりショックなことがあったはずなのに、表情はとても冷静そうに見える。でも、左手の指で忙しなく机を叩いているところを見ると、焦燥感を抱いているのは間違いなさそうだ。
川瀬社長は葉河瀨部長の様子を見て満足げな表情を浮かべてから、僕に顔を向けた。
昨日、山口課長から、命をかけられるか、と質問された。だから、危険なことを任されるのだと、予想がつく。でも、一体どんなことを任されるんだろう?
「それで、鬼を無事に祓えたあと、ハカセ、ひがみん、早川ちゃんは一条ちゃんを連れて結界から離脱します。そしたら、キョンキョンが吸い取ってた分の瘴気をつきみんに向かって放ちます。そのままにしたら、キョンキョンが危ないからね。多分、かなり危険なことが起こると思うけど……それをつきみんが切り抜けてキョンキョンが引き受けていた瘴気がなくなったら、今回のお仕事は完了です!みんなでお家にかえりましょう!」
川瀬社長から告げられたのは、予想通り危険な役割だった。でも、これで全てにけりがつくなら、喜んで引き受けよう。ただ……
「社長、一つよろしいですか?」
気がかりさを感じていると、葉河瀨部長が小さく挙手した。
「うん!どうしたの?」
川瀬社長が問いかけると、葉河瀨部長は資料から顔を上げて川瀬社長を見つめた。
「今のお話だと、月見野さんと俺だけではなく、日神や早川もかなり危険な目に遭うのではないでしょうか?ならば、強制参加させるのはどうかと思います」
そして、僕も懸念していたことを口にした。
葉河瀨部長の言うとおり、二人が力を貸し得てくれるのならすごくありがたい。でも、今回はかなり危険だから、無理に巻き込んでしまうのは忍びない。もしも、二人が乗り気じゃないなら……
「何言ってるんすか、葉河瀨部長!葉河瀨部長だって、日神課長を懲らしめるときに、忙しい中、小型カメラの設置とか監視用のソフトをインストールするのに協力してくれたじゃないっすか!そのお礼みたいなもんです!」
「早川、懲らしめる、という言い方は、もうちょっとどうにかならないのか……ともかく、俺も夏に、どこかの製品開発部長が、無茶して新製品の開発スケジュールを前倒しにしてくれたおかげで、命拾いしたからな。その借りを返しておきたいだけだ」
早川君と日神君が答えると、葉河瀨部長は二人から軽く目を反らした。
「……そうか」
それから、とても小さな声でそう呟いた。その声は、どこか嬉しそうに聞こえた。
……なんだかんだで、やっぱり、あの三人には信頼関係が築かれているのだろう。こういうときに、ちゃんと連携できるというのは、とても心強い。
感心していると、早川君がキョトンとした表情を日神君に向けた。
「ところで、日神課長って陰陽師だったんすか?」
「ん?ああ、まあ、陰陽師というわけではないけれども……蟲を使役する呪術は陰陽道が元になっているものが多いから、基本的な知識くらいはあるぞ」
「へー……俺、てっきり、何か愛情的なもので、蟲に言うことを聞かせてるのかと思ってました……あの、ほら、子供の頃にあった、眼鏡で白髪のおじさんが動物を可愛がる番組みたいな感じで」
日神君の答えを聞いて、早川君はなんとも気の抜ける感想を口にした。すると、それまで無表情だった葉河瀨部長が、急に吹き出し、俯いて肩を震わせ出した。
「ひ……日神と愉快な仲間たち的な……やばい……想像すると、ツボに入る……」
……葉河瀨部長の発言のおかげで、とてもにこやかな笑顔を浮かべて生態の説明をしながら、ムカデの頭を撫でる日神君の姿が思い浮かんでしまった。たしかに、想像すると、ちょっと微笑ましいかも……
「葉河瀨、早川、トビズムカデというのは、ゴキブリ等の害虫を捕食する益虫という側面もあるのだけれども……一度戯れてみるか?」
失礼な想像をしていると、爽やかな笑みを浮かべた日神君が、葉河瀨部長と早川君に顔を向けてムカデの性質を簡単に説明していた。
「す、すんません!間に合ってます!」
「わ、悪い……今、笑いを止めるから、勘弁……してくれ」
青ざめた表情の早川君と、笑いを堪える葉河瀨部長が謝ると、日神君は眉間にシワを寄せてため息を吐いた。
「まったく。今、話題を脱線させている場合じゃないだろ……」
日神君がそう呟くと、山口課長が悪巧みを思い着いたような表情を浮かべた。
「でも、ひがみんは、ダンゴムに対しては、あふれんばかりの愛情を持って接してるなりよ★」
「慧……折角、イザコザが落ち着きそうだったんだから、それ以上蒸し返すんじゃないの」
楽しげな山口課長の発言に、信田部長がため息を吐きながら釘を刺した。たしかに、これ以上愉快な仲間たちの話題に引っ張られると、話が進まなくなってしまいそうだからね。
「はい。じゃあ、ひがみんと愉快な仲間たちの話題が落ち着いたところで、確認事項にうつるよー」
社長が若干話を蒸し返しながらも話題を元に戻すと、日神君が鋭い視線を向けた。社長は一瞬だけ怯えた表情を浮かべたけど、すぐに咳払いをして笑顔に戻った。
「そんなわけで、かなり危険な目に遭うかもしれないけど、ひがみんと早川ちゃんは参加してくれるんだね?」
「はい」
「もちろんっす!」
二人が声を合わせて返事をすると、社長は頷いた。
「つきみんについては、昨日覚悟を聞いたからいいとして……最後、葉河瀨!」
川瀬社長はそう言うと、いつの間にか真顔に戻っていた葉河瀨部長を指さした。
「昨日、どんなに危険な目に遭おうとも、全面的に協力すると回答したはずですが?」
葉河瀨部長が問い返すと、川瀬社長はコクリと頷いた。
「うん。それは、聞いたけど、葉河瀨に確認したいことはもう一つあってね」
川瀬社長はそこで言葉を止めると、息を吸い込んだ。
「一条ちゃんには、丑の刻参りを始めた日以降のことを忘れてもらうことになるけど、それでもいいかな?」
そして、大人びた表情でそんな質問を口にした。
「……」
対して葉河瀨部長は、無表情のまま視線を泳がせている。
一条さんが丑の刻参りを始めた日以降のこと全てを忘れてしまうとなると……葉河瀨部長と親しくなり始めた頃からの記憶が全てなくなってしまう、ということだよね。
昨日、川瀬社長が話していた、落とし前、というのは、このことだったのか……
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