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 夢の続きならば

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 気がつくと、両脇に灯のついた燭台が並んだ石畳の道に立っていました。
 きっと、また夢を見ているのでしょう。ならば、このまま歩いていけば、きっと目が覚めますよね。
 前回は道を進む度に、過去の記憶が映し出されましたが、今回はそんなことも起こりません。
 ただ、ぼんやりと照らされた道が続くだけ。
 代わり映えのない景色が続き、夢の中だというのに、あくびが出てしまいそうですね……

 退屈さを感じながら歩いていると、前方に誰かの後ろ姿が見えました。
 スーツを着た、背の高い男性の姿。
 男性は私の足音に気づいたのか、ゆっくりと振り返りました。
 そして、私の姿を見ると、軽く目を見開きました。
 それから、男性は微笑みを浮かべ、こちらに向かって歩き出しました。
 
 優しげな、薄い微笑み。
 今日は寝癖も眼鏡も無精ヒゲもないみたいですが、誰かはすぐに分かりました。
 あれは、間違い無く葉河瀨さんですね。
 そういえば、私を助けて下さったときもこんな格好でしたっけ。
 
 あのときは、優しい方だと思ったのですが……
 その次の日も、泣き出してしまったのに、呆れることなく側にいてくれましたし……
 一昨昨日は、倒れた私にずっと付き添ってくれて……
 一昨日は、こんな私を好きだと言ってくれました。
 
 そして、昨日は、私に幸せでいて欲しい、という言葉も下さいました。
 まあ、これは夢だったのかもしれませんが……

 そんなことを思い出しているうちに、葉河瀨さんは私のすぐ近くまでやってきました。

「……会えて、良かったです」

 葉河瀨さんは、微笑みながらそう言いました。
 でも、微笑みがどこか悲しげに見えます。
 
 ……何故、貴方が悲しんでいるのですか?
 悲しいのは、私のはずでしょう?
 
 恋路を観察され、陰で嘲笑われ、自分から思いを告げる機会さえ踏みにじられたのですから。

 思い返すだけで、怒りがふつふつと湧いてきました。
 それと同時に、全身が焼けるように熱くなっていくのを感じます。
 不意に、握りしめた手に軽い痛みを感じました。
 目を向けてみると、焼けただれたように赤い皮膚と、いつもより骨張った指……

 そして、くすんだ金色をした長い爪が目に入りました。

 ……前回の夢の続きならば、目の色もこの色に変わって、角まで生えているのでしょうね。
 それに、全身の皮膚も、手と同じような状態になっているのでしょう。

 きっと私は、ヒトとかけ離れてしまった姿をしながら、怒りにまかせて睨みつけているのでしょう。

 それなのに、何故、貴方は悲しそうなままなのですか?
 何故、恐ろしい、と悲鳴を上げ、逃げ惑わないのですか?

 疑問に思っていると、葉河瀨さんは目を伏せて首を横に振りました。

「それでも、俺は貴女のことが……」

 ……それ以上、聞きたくありません。
 どうせ、私のことを嘲笑うための嘘なのですから。

 貴方のような嘘吐きには、報いを受けさせなくてはいけません。
 それなのに、どうしても、体が動いてくれません。
 
 まだ、貴方の嘘を信じたい、などという気持ちが、残っているのでしょうか……

 悩んでいるうちに、いつの間にか当たりが明るくなっていました。
 体を起こして見渡すと、見慣れた自室の景色が目に入りました。
 さっきまでのことは、やはり夢だったようですね。
 あまり、良い夢ではありませんでしたが、気にしないことにしましょう。
 今日は、昨日までの不調が嘘のように、体調が良いのですから。
 頭痛も、呼吸の苦しさも、体の節々にあった鈍痛も、全てがスッカリとなくなっています。
 気持ちも、今までに感じたことがないくらいに晴れやかです。
 ただ、少しフラフラする感覚もありますが……
 でも、このくらいであれば、今日は出社しても問題はなさそうです。
 
 伸びをしながら目覚まし時計を確認すると、午前8時半になっていました。
 昨日、アラームをかけ忘れてしまっていたみたいですね……
 今から急いで支度をすれば十分程度の遅刻で済みそうです。
 それでも、事前連絡を、と思いスマートフォンに手を伸ばしました。

 その途端、スマートフォンがガタガタと震え始めました。
 画面には、真木花の電話番号が表示されています。

「おはようございます!一条です」

「おはようございます。烏ノ森です」

 慌てて電話に出ると、スピーカーから烏ノ森マネージャーの落ち着いた声が聞こえました。

「一条さん、今日の体調はどうなのかしら?」

「あ、はい。おかげさまで、今日は大丈夫です」

 私が答えると、スピーカーから、そう、というため息まじりの声が聞こえました。
 どこか、安心しているように聞こえるのは、気のせいでしょうか?

「じゃあ、今日は出社できそうなのね?」

「あ、はい。ただ、少しだけフラフラするので」

「フラフラする?」

 遅刻の言い訳を先にしてみたところ、スピーカーの声は怪訝なものに変わりました。
 これは、叱られてしまう、気がしますね。

「……体調が万全でないなら、無理に出社することもないわよ」

 予想に反して、スピーカーから聞こえる声は、私の身を案じるようなものでした。
 それとも、見限られてしまった、ということなのでしょうか?
 ……いえ、どちらでも構いませんよね。
 烏ノ森マネージャーも、月見野様と同じで、私ではなく亡くなったお子さんの影を見ているのですから。

「いえ。少し遅刻してしまいそうですが、出社はいたします」

「そう。なら、構わないわ。ただ、くれぐれも無理して出社するようなことは、しないようにね」

「はい。ありがとうございます。それでは、失礼いたします」

 通話を着ると同時に、ため息がこぼれました。
 
 今更、こちらの身を案じるくらいなら、最初から厳しすぎる態度なんてとらなければ良かったのに。
 
 どこか他人事のようにそんなことを考えていると、スマートフォンが再び震え始めました。
 画面に目を向けると、葉河瀨さんの電話番号が表示されました。
 
 ……昨夜のお詣りは、上手くいかなかったのでしょうか?
 ともかく、出てみることにしましょうか。

「はい。一条です」

「あ、えーと……おはようございます。葉河瀨です」

 思わず不機嫌な声を出してしまうと、スピーカーから戸惑ったような声が聞こえました。
 なんだ……

「ご無事、だったのですね……」

「え?あ、はい。おかげさまで、こちらは何事もありませんでしたよ」

 落胆していると、スピーカーから穏やかな声が聞こえました。
 別に、身を案じていたわけではないのですが……

「ところで、今日は体調の方は大丈夫ですか?」

「あ、はい。おかげさまで、昨日までの不調が嘘のようなくらい、体調は良いですよ」

 社交辞令的な笑みを浮かべながら答えると、まるで安堵したようなため息が聞こえました。

「それなら、良かった……」

 
 ……何故、そんなに嬉しそうな声なのでしょうか?


「少しだけ、気にかかることがあったので、心配したのですが……」


 私が無事だったことで、葉河瀨さんに何かメリットがあるのでしょうか?
 まさか、本当に、ただ私の身を心配しているとか……

 
「無事だったのなら、本当に良かった」

 
 ……ああ、そうか。
 私が無事でいないと、今日の約束で、私のことを嘲笑うことができませんから、そのための確認ですね。
 危うく、勘違いしてしまうところでした。


「……一条さん?大丈夫、ですか?」

「あ、はい。大丈夫です。今日の約束も、時間通りに向かう予定ですから、ご安心下さい」

 私が答えると、そうですか、という嬉しそうな声が聞こえました。

「それなら、楽しみにしています」

 ……お詣りが失敗したとしても、気にすることなんてありませんでしたね。

「ええ、私もです」
 
 ……せいぜい、ほくそ笑んでいれば良いのです。

「じゃあ、俺はこれで。また、夕方に」

 ……今日は、直接お会いできるのですから。

「はい。また、後ほど」

 
 そのときに、直接、貴方に報いを受けさせましょう。
 ああ、今から日が暮れるのが楽しみで仕方ありません!


 ……でも、その前に、ちゃんと出社して、二日も止めてしまった業務を片付けなくては。
 少し不安はありますが、大きな問題はないでしょう。
 体も心もこんなに軽やかなのですから、全てが上手くいくはずです。
 きっと、何があったとしても。
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