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烏ノ森マネージャーから連絡を受けて、真木花に急行することになったんだけど……
「ご無沙汰しております。烏ノ森マネージャー」
「いえいえ、こちらこそ。日神課長」
真木花の応接室で、日神君と京子が社交的な笑みを浮かべて向かい合う、という予定外の事態が巻き起こってしまっているね。なんて、感心している場合じゃないか。
日神君と京子が直接対峙するのは、今までの因縁を考えるとリスクが大きいから、できる限り避けたかったんだけどね……
「突然、予定が変更になってしまい、申し訳ございません」
ひとまず、ことを荒立たせないように頭を下げると、京子は笑顔を浮かべながら首を横に振った。
「いえいえ、滅相もございませんわ。弊社も社員の不手際で、御社の葉河瀨部長にご迷惑をおかけしてしまいましたから」
そう言うと、京子は軽く頭を下げた。
こちらに向かう道中、葉河瀨部長から、一条さんが倒れたので対応します、という短いメールが届いた。昨日、無理なスピードで走っていたのが、原因なのかもしれない。気分転換になればと思って誘ったけど、むしろ悪いことをしてしまったな……大事になってないといいんだけど……
「ところで」
一条さんのことを心配していると、機嫌の良さそうな京子の声が耳に入った。
「日神課長がお越しくださったということは、また弊社の担当をしていただけるということでしょうか?」
……京子は、まだ諦めていなかったのか。自分の不利益になる相手に対して、日神君を利用して危害を加えるということを。
「烏ノ森マネージャー。申し訳ございませんが、御社との取引を終了する、という方針に変わりはありませんよ?」
苦笑を浮かべて京子を牽制すると、日神君もにこやかな笑みを浮かべた。
「はい。月見野の申し上げたよううに、御社との取引が終了するということで、ご挨拶に参った次第です」
京子は僕達の言葉を受けても、笑顔を崩さずに、そうですか、と呟いた。
「それは、残念です。ところで、月見野部長がいらっしゃる場で、このようなお話をするのも失礼だとは存じておりますが……」
京子はそう言うと、深く息を吸い込んだ。
……僕がいると失礼になる話?
疑問に思っていると、日神君の眉が微かにピクリと動いた。その反応に、京子は笑みを深めた。
「日神課長が休職なさっていた頃にご連絡いたしました、技術者としての弊社への転職については、前向きに考えていただけましたでしょうか?」
「え……転職!?日神君、その話、本当なの?」
思わず声を上げて、日神君の顔を覗き込んでしまった。日神君は、大丈夫ですよ、と言いたげに苦笑を浮かべた。
うん、転職する気はないんだろうと思うけど、そんな話は一言も聞いてなかったから、凄く驚いたよ……
驚きが治まらない僕を尻目に、日神君は京子に笑顔を向けて首を傾げた。
「ああ、申し訳ございません。まだ正式にお断りをしておりませんでしたね。ただ、その件につきましては……」
日神君はそこで言葉を止めて、息を軽く吸い込んだ。
「夏に私を始末し損ねた際に、諦めていただけたとばかり思っておりましたのですけれども?」
日神君がそう言って首を傾げると、京子の顔から笑みが消えた。
それにしても……始末?
夏頃に日神君と、元々うちの社員だった浦元君との間に大きめのイザコザがあった。
場合によっては、僕も対応に出ようと思っていたから、話の大筋は知っているけど……
「……烏ノ森マネージャー。始末、とは一体?」
僕が問いかけると、京子は煩わしそうな表情を浮かべて、深いため息を吐いた。
「日神課長、何か勘違いをなさっていらっしゃるのでは?休職なさったとうかがった際に、偶然弊社に中途入社していた社員が日神課長の元上長だったと知ったので、勧誘を任せていただけですわよ?」
……それって、確実に浦元君のことだよね。
引き継いでから初めて訪問したときに、この近くで浦元君に会ったことがあったけど……まさか、真木花の社員になっていたとは思わなかったよ……
「……まあ、確かに、勧誘の方法と勧誘に頷いていただけなかった際の対応については、その社員達に一任しておりましたが。ひょっとして、何か失礼があったのでしょうか?」
意外な事実に驚いていると、京子が嘲笑を浮かべて僕達に目を向けた。
一任した、ということは、浦元君が日神君達に危害を加えたことも黙認していた、ということだよね。
「ええ。おかげさまで、不審人物に借りができるわ、全治二週間程度の怪我を負うわで、なかなか貴重な体験をすることができましたよ」
日神君はそう言いながら、京子を挑発するように笑みを返した。
「そうですか。それですと、弊社としても浦元には正式に処分を下したいところですね。ただ、肝心の本人が八月の末に、メールで退職の旨をよこしたまま、音信不通になっていまいましてね」
京子も笑みを崩さずに、日神君に言葉を返した。
「浦元の部下にあたる人間も何人かおりましたので、社内が混乱して大変でしたのよ。ですから、日神課長もご用心なさってくださいね?急に音信不通になられたら、皆様が混乱なさるでしょうから。まあ、取引が終了となる弊社が、心配することではないのかもしれませんが」
……京子の口ぶりだと、会社としての取引がなくなったとしても、「始末」については諦めていないようだ。
できれば、穏便に取引を終了させて、真木花……いや、京子との全面対決は避けたかったところだったんだけど、そうも言っていられないのか……
悲嘆に暮れていると、日神君の足下からカサリという音が聞こえてきた。驚いて顔を向けると、日神君の表情から、いつの間にか笑みが消えていた。
「言われなくても、そのつもりですよ。まあ、呪い事に関わっていた以上、私の身に何か起こるのは仕方がないことだと思っていましたけれどもね。ただ……」
言葉を止めた日神君が、殺気だった目つきで京子を睨みつけた。
これは、止めないとまずい。
「私だけでなく、恩人や部下達、一歩間違えば妻までを巻き込むような相手には、容赦はできな……」
「日神君!」
大声で名前を呼んだけど、日神君は怯むことなくこちらに鋭い視線を向けた。
「月見野部長……烏ノ森マネージャーとのご関係は存じ上げておりますが、今回ばかりは放っておくわけにはまいりません」
「……部下を危ない目に遭わされて、憤る気持ちは分かるよ。でも、まだ確たる証拠があるわけでもないのだから、こちらから手を出すのは、控えて欲しい」
こちらも怯むことなく目を見つめると、日神君は目つきをやや和らげ、そうですね、と小さく呟いた。少しホッとしながら京子に目を向けると、訝しげな表情を浮かべている。
「……部下を……巻き込む……?」
自問するように京子が呟くと、日神君が再び鋭い視線を向けた。
「ええ。しかも、丑の刻参りなどという、古典的かつ危険な手段を使っていらっしゃったではないですか?」
吐き捨てるような日神君の問いかけに、京子が目を見開いた。でも、それは一瞬のことで、京子はすぐに蔑むような表情を僕達に向けた。
「何があったのは存じ上げませんが、こちらの技術者にそのような呪いを使う者はおりませんわよ?それに、恐れ入りますが、貴方がた程度が相手ならば、丑の刻参りのような反動の大きい呪いを使わずとも、いくらでも対処できますから」
京子はそう言うと、再び嘲笑を浮かべた。
丑の刻参りの件については真偽が分からないけど、こちらと対立する意志があることだけは確かなようだね……
「……京子、できれば君と争うようなことは避けたかった。でも、こちらに危害を加えることを厭わないと言うのならば、僕も容赦はできない」
目を見つめながら告げると、京子は一瞬だけ目を伏せた。でも、すぐに蔑むような笑みを浮かべて、視線を僕に向けた。
「あら?和順さん。まるで、今まで私の肩を持ってくれていたような口ぶりね」
京子はそこで言葉を止め、笑みを消して僕を睨みつけた。
「貴方が私の味方だったことなんて、一度もなかったじゃない」
その言葉と視線には、ありったけの憎悪が込められているようだった。
きっと、胸を抉られるというのはこういう気持ちを言うのだろうね。
京子の口ぶりと表情に、日神君も流石に怯んでいる。
でも、悲観に暮れたり黙り込んだりしている場合ではないか。
「……君の言葉に、弁解をするつもりはないよ。ひとまず、今日は元々取引の終了と、導入したシステムの詳細版マニュアルをわたすことが目的だったから、これを」
話を戻すようにマニュアルと取引終了についての覚書が入ったファイルを差し出すと、京子は表情をやや和らげて受け取った。
「……そうね。覚書は社内の承認が取れ次第、そちらに郵送いたしますので」
「では、僕達はこれで失礼するから。日神君、行こうか」
立ち上がって声をかけると、日神君は不服そうな表情をしながらも軽く頷いた。
「……かしこまりました。失礼いたします」
日神君もそう言って立ち上がると、京子に向かって軽く頭を下げた。京子も座ったまま無言で頭を下げる。
できれば、もっと穏やかにこの会議室を出て行きたかったんだけどね……
重苦しい空気の会議室を出て、あちらこちらから視線を感じるエレベーターホールを抜け、真木花の社屋を後にした。社屋を出た後も、時折刺すような視線を感じる。
これは、今回の件に関係してる全員に事情を説明しないといけないかな。あと、社長にも報告しないとな……
「……先ほどは感情的になってしまい、申し訳ございませんでした」
今後の対応について考えていると、日神君が目を伏せながらぽつりと呟いた。
「うん。こちらから手を出そうとしてしまったのは、ちょっとマズかったね。でも、京子の態度を見るに、全面対決は避けられなかったみたいだから、君が責任を感じることはないよ」
宥めるようにそう言うと、日神君は悲しそうな声で、しかし、と呟いた。
「今回の件、私が真木花からの提案を飲んでいれば、もっと穏やかに着地ができたんですよね……」
「……まあ、全面対決にはならなかったかもしれないね」
そう答えると、日神君は悲しそうな声のまま言葉を続けた。
「それに、月見野部長が烏ノ森マネージャーから、必要以上に責められることもなかったんですよね……?」
「……それは、どうだろうね。でも、君は真木花の技術者として、人の呪いを請け負いながら生きていきたかったの?」
そう問いかけると、日神君は目を伏せて無言で首を横に振った。
「なら。これで良かったんだよ。誰か一人が嫌な思いをして、めでたしめでたし、っていうのは、僕はあまり好きじゃないからね」
そう言って笑いかけると、日神君は、すみません、と呟いた。
「それに、僕だけじゃ第三課の子達のフォローしつつ、葉河瀨君のご乱心を制御して、社長の思いつきに苦言を呈するのは難しいから、日神君がいないとね」
おどけた口調でそう言ってみると、日神君は視線を上げてキョトンとした表情を浮かべた。そして、ようやく笑顔を見せてくれた。
「……そうですね。ありがとうございます。でも、その件については、たまには協力してくださいよ」
「あははは。そうだね、善処するよ」
苦笑しながらそう告げると、お願いしますよ、という言葉とともに苦笑が返ってきた。
それにしても、真木花と全面対決か……
一条さんと葉河瀨部長の関係に、悪影響が出ないと良いけど……それは楽天的すぎる願いだよね……
「ご無沙汰しております。烏ノ森マネージャー」
「いえいえ、こちらこそ。日神課長」
真木花の応接室で、日神君と京子が社交的な笑みを浮かべて向かい合う、という予定外の事態が巻き起こってしまっているね。なんて、感心している場合じゃないか。
日神君と京子が直接対峙するのは、今までの因縁を考えるとリスクが大きいから、できる限り避けたかったんだけどね……
「突然、予定が変更になってしまい、申し訳ございません」
ひとまず、ことを荒立たせないように頭を下げると、京子は笑顔を浮かべながら首を横に振った。
「いえいえ、滅相もございませんわ。弊社も社員の不手際で、御社の葉河瀨部長にご迷惑をおかけしてしまいましたから」
そう言うと、京子は軽く頭を下げた。
こちらに向かう道中、葉河瀨部長から、一条さんが倒れたので対応します、という短いメールが届いた。昨日、無理なスピードで走っていたのが、原因なのかもしれない。気分転換になればと思って誘ったけど、むしろ悪いことをしてしまったな……大事になってないといいんだけど……
「ところで」
一条さんのことを心配していると、機嫌の良さそうな京子の声が耳に入った。
「日神課長がお越しくださったということは、また弊社の担当をしていただけるということでしょうか?」
……京子は、まだ諦めていなかったのか。自分の不利益になる相手に対して、日神君を利用して危害を加えるということを。
「烏ノ森マネージャー。申し訳ございませんが、御社との取引を終了する、という方針に変わりはありませんよ?」
苦笑を浮かべて京子を牽制すると、日神君もにこやかな笑みを浮かべた。
「はい。月見野の申し上げたよううに、御社との取引が終了するということで、ご挨拶に参った次第です」
京子は僕達の言葉を受けても、笑顔を崩さずに、そうですか、と呟いた。
「それは、残念です。ところで、月見野部長がいらっしゃる場で、このようなお話をするのも失礼だとは存じておりますが……」
京子はそう言うと、深く息を吸い込んだ。
……僕がいると失礼になる話?
疑問に思っていると、日神君の眉が微かにピクリと動いた。その反応に、京子は笑みを深めた。
「日神課長が休職なさっていた頃にご連絡いたしました、技術者としての弊社への転職については、前向きに考えていただけましたでしょうか?」
「え……転職!?日神君、その話、本当なの?」
思わず声を上げて、日神君の顔を覗き込んでしまった。日神君は、大丈夫ですよ、と言いたげに苦笑を浮かべた。
うん、転職する気はないんだろうと思うけど、そんな話は一言も聞いてなかったから、凄く驚いたよ……
驚きが治まらない僕を尻目に、日神君は京子に笑顔を向けて首を傾げた。
「ああ、申し訳ございません。まだ正式にお断りをしておりませんでしたね。ただ、その件につきましては……」
日神君はそこで言葉を止めて、息を軽く吸い込んだ。
「夏に私を始末し損ねた際に、諦めていただけたとばかり思っておりましたのですけれども?」
日神君がそう言って首を傾げると、京子の顔から笑みが消えた。
それにしても……始末?
夏頃に日神君と、元々うちの社員だった浦元君との間に大きめのイザコザがあった。
場合によっては、僕も対応に出ようと思っていたから、話の大筋は知っているけど……
「……烏ノ森マネージャー。始末、とは一体?」
僕が問いかけると、京子は煩わしそうな表情を浮かべて、深いため息を吐いた。
「日神課長、何か勘違いをなさっていらっしゃるのでは?休職なさったとうかがった際に、偶然弊社に中途入社していた社員が日神課長の元上長だったと知ったので、勧誘を任せていただけですわよ?」
……それって、確実に浦元君のことだよね。
引き継いでから初めて訪問したときに、この近くで浦元君に会ったことがあったけど……まさか、真木花の社員になっていたとは思わなかったよ……
「……まあ、確かに、勧誘の方法と勧誘に頷いていただけなかった際の対応については、その社員達に一任しておりましたが。ひょっとして、何か失礼があったのでしょうか?」
意外な事実に驚いていると、京子が嘲笑を浮かべて僕達に目を向けた。
一任した、ということは、浦元君が日神君達に危害を加えたことも黙認していた、ということだよね。
「ええ。おかげさまで、不審人物に借りができるわ、全治二週間程度の怪我を負うわで、なかなか貴重な体験をすることができましたよ」
日神君はそう言いながら、京子を挑発するように笑みを返した。
「そうですか。それですと、弊社としても浦元には正式に処分を下したいところですね。ただ、肝心の本人が八月の末に、メールで退職の旨をよこしたまま、音信不通になっていまいましてね」
京子も笑みを崩さずに、日神君に言葉を返した。
「浦元の部下にあたる人間も何人かおりましたので、社内が混乱して大変でしたのよ。ですから、日神課長もご用心なさってくださいね?急に音信不通になられたら、皆様が混乱なさるでしょうから。まあ、取引が終了となる弊社が、心配することではないのかもしれませんが」
……京子の口ぶりだと、会社としての取引がなくなったとしても、「始末」については諦めていないようだ。
できれば、穏便に取引を終了させて、真木花……いや、京子との全面対決は避けたかったところだったんだけど、そうも言っていられないのか……
悲嘆に暮れていると、日神君の足下からカサリという音が聞こえてきた。驚いて顔を向けると、日神君の表情から、いつの間にか笑みが消えていた。
「言われなくても、そのつもりですよ。まあ、呪い事に関わっていた以上、私の身に何か起こるのは仕方がないことだと思っていましたけれどもね。ただ……」
言葉を止めた日神君が、殺気だった目つきで京子を睨みつけた。
これは、止めないとまずい。
「私だけでなく、恩人や部下達、一歩間違えば妻までを巻き込むような相手には、容赦はできな……」
「日神君!」
大声で名前を呼んだけど、日神君は怯むことなくこちらに鋭い視線を向けた。
「月見野部長……烏ノ森マネージャーとのご関係は存じ上げておりますが、今回ばかりは放っておくわけにはまいりません」
「……部下を危ない目に遭わされて、憤る気持ちは分かるよ。でも、まだ確たる証拠があるわけでもないのだから、こちらから手を出すのは、控えて欲しい」
こちらも怯むことなく目を見つめると、日神君は目つきをやや和らげ、そうですね、と小さく呟いた。少しホッとしながら京子に目を向けると、訝しげな表情を浮かべている。
「……部下を……巻き込む……?」
自問するように京子が呟くと、日神君が再び鋭い視線を向けた。
「ええ。しかも、丑の刻参りなどという、古典的かつ危険な手段を使っていらっしゃったではないですか?」
吐き捨てるような日神君の問いかけに、京子が目を見開いた。でも、それは一瞬のことで、京子はすぐに蔑むような表情を僕達に向けた。
「何があったのは存じ上げませんが、こちらの技術者にそのような呪いを使う者はおりませんわよ?それに、恐れ入りますが、貴方がた程度が相手ならば、丑の刻参りのような反動の大きい呪いを使わずとも、いくらでも対処できますから」
京子はそう言うと、再び嘲笑を浮かべた。
丑の刻参りの件については真偽が分からないけど、こちらと対立する意志があることだけは確かなようだね……
「……京子、できれば君と争うようなことは避けたかった。でも、こちらに危害を加えることを厭わないと言うのならば、僕も容赦はできない」
目を見つめながら告げると、京子は一瞬だけ目を伏せた。でも、すぐに蔑むような笑みを浮かべて、視線を僕に向けた。
「あら?和順さん。まるで、今まで私の肩を持ってくれていたような口ぶりね」
京子はそこで言葉を止め、笑みを消して僕を睨みつけた。
「貴方が私の味方だったことなんて、一度もなかったじゃない」
その言葉と視線には、ありったけの憎悪が込められているようだった。
きっと、胸を抉られるというのはこういう気持ちを言うのだろうね。
京子の口ぶりと表情に、日神君も流石に怯んでいる。
でも、悲観に暮れたり黙り込んだりしている場合ではないか。
「……君の言葉に、弁解をするつもりはないよ。ひとまず、今日は元々取引の終了と、導入したシステムの詳細版マニュアルをわたすことが目的だったから、これを」
話を戻すようにマニュアルと取引終了についての覚書が入ったファイルを差し出すと、京子は表情をやや和らげて受け取った。
「……そうね。覚書は社内の承認が取れ次第、そちらに郵送いたしますので」
「では、僕達はこれで失礼するから。日神君、行こうか」
立ち上がって声をかけると、日神君は不服そうな表情をしながらも軽く頷いた。
「……かしこまりました。失礼いたします」
日神君もそう言って立ち上がると、京子に向かって軽く頭を下げた。京子も座ったまま無言で頭を下げる。
できれば、もっと穏やかにこの会議室を出て行きたかったんだけどね……
重苦しい空気の会議室を出て、あちらこちらから視線を感じるエレベーターホールを抜け、真木花の社屋を後にした。社屋を出た後も、時折刺すような視線を感じる。
これは、今回の件に関係してる全員に事情を説明しないといけないかな。あと、社長にも報告しないとな……
「……先ほどは感情的になってしまい、申し訳ございませんでした」
今後の対応について考えていると、日神君が目を伏せながらぽつりと呟いた。
「うん。こちらから手を出そうとしてしまったのは、ちょっとマズかったね。でも、京子の態度を見るに、全面対決は避けられなかったみたいだから、君が責任を感じることはないよ」
宥めるようにそう言うと、日神君は悲しそうな声で、しかし、と呟いた。
「今回の件、私が真木花からの提案を飲んでいれば、もっと穏やかに着地ができたんですよね……」
「……まあ、全面対決にはならなかったかもしれないね」
そう答えると、日神君は悲しそうな声のまま言葉を続けた。
「それに、月見野部長が烏ノ森マネージャーから、必要以上に責められることもなかったんですよね……?」
「……それは、どうだろうね。でも、君は真木花の技術者として、人の呪いを請け負いながら生きていきたかったの?」
そう問いかけると、日神君は目を伏せて無言で首を横に振った。
「なら。これで良かったんだよ。誰か一人が嫌な思いをして、めでたしめでたし、っていうのは、僕はあまり好きじゃないからね」
そう言って笑いかけると、日神君は、すみません、と呟いた。
「それに、僕だけじゃ第三課の子達のフォローしつつ、葉河瀨君のご乱心を制御して、社長の思いつきに苦言を呈するのは難しいから、日神君がいないとね」
おどけた口調でそう言ってみると、日神君は視線を上げてキョトンとした表情を浮かべた。そして、ようやく笑顔を見せてくれた。
「……そうですね。ありがとうございます。でも、その件については、たまには協力してくださいよ」
「あははは。そうだね、善処するよ」
苦笑しながらそう告げると、お願いしますよ、という言葉とともに苦笑が返ってきた。
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