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広場

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 一条さんからのメールに返信をして、川瀬社長と信田部長と一緒に動物園を回ることになったんだけど……

「やだやだ!モルモット抱っこしたい!」
「だからあれは、十二才未満のお子様限定のイベントだって言っているでしょ!」

 ……こんな感じで、入園早々にイザコザしているね。
 
 川瀬社長がモルモットを膝に乗せることができるイベントに参加したがり、信田部長が年齢制限を守るように注意している。
「ねーねー、つきみん。私なら、小学生です、って元気よく言えば通用するよね?」
 川瀬社長はそう言いながら、こちらに向かって首を傾げてきた。確かに、川瀬社長なら、年齢を偽ることはできそうなんだけどね。
「そうですね……川瀬社長はいつも若々しので、参加しても怪しまれたりしないと思います」
 そう答えると、川瀬社長は信田部長の方を向いて勝ち誇ったような笑みを浮かべた。対する信田部長は、眉間に軽くしわを寄せて、ムッとした表情を浮かべている。
「しかし、川瀬社長がご参加なさった事によって、モルモットを抱っこすることを楽しみにやってきた子供の一人がイベントに参加できなくなってしまうかもしれません。おみせやさんの代表取締という責任ある御役職である川瀬社長ならば、その可能性を考えてご参加を思いとどまって下さる、とも思いますね」
 笑顔でそう答えてみると、川瀬社長はシュンした表情を浮かべた。
「そっかー……社長なら未来の社員になるかもしれない子供達の楽しみを盗っちゃだめだよね……」
 どうやら、ご納得いただけたようだね。川瀬社長には申し訳ないけど、万が一年齢が発覚してしまったときのイザコザ具合の事を考えると、ご辞退していただくにこしたことは無いからね。
「分かって下されば良いのですよ」
 肩を落とす川瀬部長の頭を、信田部長がそう言いながらポンポンと撫でた。そして、感心した表情をこちらに向ける。
「それにしても、月見野君も社長の扱い方が上手くなったわよね」
「そうですね、二十年以上勤めているので流石に色々と慣れてきましたよ」
 苦笑混じりに答えると、川瀬社長が不服そうに頬を膨らませた。
「むー!つきみんの言い方だと、私がまるでトラブルメーカーみたいに聞こえるじゃない!」
「それは事実でしょ」
 抗議する川瀬社長の額を指ではじきながら、信田部長がピシャリと言い放った。
「ま、まあ……色々な経験をさせていただけているので……大変勉強になっておりますよ?」
 言葉に詰まりながらもフォローを入れると、川瀬社長は額をさすりながら得意げな表情を浮かべた。
「うん!これからもきっと色々面白いことをしようと思っているから、楽しみにしててね!」
 ……積極的に色々と何かをしていただくのは、ちょっと恐ろしいかな。
 そんな消極的なことを考えていると、信田部長が悲しげな表情でこちらを向き、静かに首を横に振った。きっと、諦めてくれ、と言いたいんだろうね……
「それよりも、二人とも早く行こうよー」
 信田部長と無言で頷きあっていると、川瀬社長が信田部長の袖を引きながら、不服そうな声を漏らした。
「……そもそも、社長が、モルモットを抱っこしたい、と駄々をこねたのが発端でしょうに……まあ、良いわ。ともかく、先に進みましょう」
 信田部長はため息を吐いてからそう言うと、社長の手を引いて歩き始めた。
 二人の後を追って歩き始めようとすると、コートのポケットにしまった携帯電話が震えていることに気がついた。多分、一条さんからの連絡かな?
「つきみーん!早くしないと置いて行っちゃうよー!?」
 思わず脚をとめていると、数メートル先で川瀬社長が口元に手を添えながら、大声で僕を呼んでいた。この人混みの中ではぐれてしまったら、見つけるのは難しそうだね。
「失礼いたしました。ただいま参ります」
 ひとまず川瀬社長達について行って、メールはどこかで休憩するときにでも確認させてもらおう。

 それから、川瀬社長を先頭にして、信田部長と並んで歩きながら園内を進んでいった。
 パンダ舎の混雑具合が以前来たときよりも激しくはなかったことに時の流れを感じたり、カワウソの前で川瀬社長が何故か淋しそうな表情を浮かべたり、檻の前を通った際に信田部長が鶴に威嚇されたりしながら進み、現在はマレーグマを眺めている。
「あのクマさんになら、つきみん勝てそうだよね」
 そして、代表取締役直々に過大な評価をいただいてしまった。
「ははは、無茶を仰らないで下さいよ。若い頃ならばともかく、今では無理ですよ。それに、闘う必要性もありませんし」
 そう答えると、川瀬社長は、そっかー、と言いながらボールで遊んでいるマレーグマに目を戻した。
「……若い頃なら、倒せたかもしれないのね」
「まあ、一応は武術を生業としてた家の者からね」
 感心した様子の信田部長の呟きに苦笑混じりで答えると、しまった、という表情が返ってきた。
「……ごめんなさい。私としたことが、不用意だったわね」
 信田部長は悲しげな表情でそう言うと、肩を落とした。
 僕の家が古流武術を継承していたことも、その家と絶縁したことも、そのきっかけとなったことについても、信田部長はご存知だから、色々と思い出させてしまったと思ったのだろう。でも、悪意があった訳ではないのだから、そんなに悲しげな表情になると、こちらも悲しくなってしまうかな。
「いえ、お気になさらないで下さい。もう随分と昔のことですから」
「そうね……」
 信田部長はそう言うと、赤いアイラインが引かれた目を伏せて口を結んだ。
 気まずい沈黙が訪れてしまい、どうしようかと悩んでいると、川瀬部長が信田部長と僕の顔を交互に見比べた。
「部長!私お腹すいたー!」
 川瀬社長の急な叫び声に、信田部長は驚いてビクッと身を震わせた。
「……公園に来たときに、売店でソフトクリームを召し上がってましたよね?」
「でもお腹すいたの!だから早く行こう!ほら、つきみんも!」
 川瀬社長はそう言うと、軽快な足取りで走り去っていった。
「あ、こら!人混みの中で走らない!危ないでしょ!?」
 信田部長がそう言いながら、慌てて川瀬社長を追いかける。川瀬社長なりに気をつかって下さったみたいだね。なんてことを考えていると、二人を見失ってしまいそうだから僕も早く追いかけないと。

 その後、川瀬社長を捕まえた信田部長が、人混みの中で急に走り出したことをお説教し、僕がそれを宥めたりしながら園内をさらに進んだ。そうしているうちに、動物園の西側の広場にある大きな池を見渡すことができるカフェにたどり着いた。夏の朝頃に来ることができれば、無数の蓮の花が咲く風景を眺めることができるけど、残念ながら今は枯葉ばかりになってしまっている。でも、川瀬社長が一緒にいると、淋しい感じはしないかな。
「見て見て部長!このおでん、かまぼこにパンダさんが描いてあるよ!良いでしょー?」
「分かったから。冷めないうちに食べちゃいなさい」
 川瀬社長は購入したおでんに入っていたかまぼこを箸でつまみ上げ、疲れた顔でホットミルクを飲む信田部長に見せびらかせている。今のうちに、さっきの連絡を確認させてもらおうかな。
 ポケットから携帯電話を取りだして確認すると、一条さんからのメールが二通届いていた。

  月見野様
  お世話になっております。一条です。
  お弁当の件、ご確認いただきありがとうございました。
  つきましては、ご用意いたしますのでよろしくお願いいたします。

  月見野様
  お世話になっております。一条です。
  明日のランニングについてですが、御社の葉河瀨様もご一緒なさってもよろしいでしょうか?
  度々ご連絡をしてしまい申し訳ございませんが、ご確認のほどよろしくお願いいたします。

 お弁当の件は予想していたけど、二通目の内容は予想外だった。一条さんからの連絡に、葉河瀨部長の名前が出るとは思わなかったな。
 今日、偶然どこかで会ったのかな?でもそれにしたって、急に葉河瀨部長を誘ったのはどうしてだろう……そう言えば、一昨日のお昼に三人で食事をしたときに、葉河瀨部長が一条さんのことを気遣っていたし、一条さんも少し赤い顔をしていたような……そうか!
 これは、一条さんの恋路を是非とも応援しないといけないよね。
「月見野君、嬉しそうな顔しているけどどうしたの?」
 メールの内容に思わず表情が緩んでいたらしく、信田部長がキョトンとした表情で首を傾げた。
「失礼しました。取引先に、いつも思い詰めた表情をしているので心配していた子がいるのですが、どうもその子にいい人ができそうなみたいなんですよ」
「えー!?なになに恋バナ!?私にも聞かせて聞かせて!」
 川瀬社長がテーブルに手をついて身を乗り出すと、信田部長が、お行儀が悪い!、と言いながら額を指ではじいてたしなめた。
「うー、部長の意地悪ー……」
「意地悪ではありません。でも、月見野君も最近張り詰めていたから、明るい話題に触れられたのなら良かったわ」
 信田部長は川瀬社長に冷ややかな視線を向けた後、こちらに向かって安堵したように微笑んだ。ここのところ、信田部長には、部下共々ご心配をお掛けしてしまっていたからね……あと少しで、決着が付けられそうだから頑張らないと。
「それで、つきみん。誰と誰の恋バナなの?私も知ってる人!?」
 決意を新たにしていると、川瀬社長が興味津々と言った表情でこちらの顔をのぞき込んできた。
 えーと……少なくとも葉河瀨部長は知っている人、と言うよりも弊社の社員だけど……ここで、川瀬社長に話をしてしまうと、結果的に一条さんの恋路を邪魔してしまうことになってしまわないかな……
 対応に悩んでいると、信田部長が何かを察して下さったらしく、こちらに目配せをして軽く頷いた。
「ところで社長、先ほどのカフェにパンダの形をした肉まんがありましたが、購入なさらなくてもよろしいのですか?」
「えー!?本当!?何で先に言ってくれないの!?」
「両方買って量が多かったときに、食べきれないー、と泣かれたら困るからです」
 信田部長が冷静な口調でそう言うと、川瀬社長はムッとした表情で頬を膨らませた。
「そんなことで泣かないもん!こうなったら、領収書もらってきて経費で落としてやる!」
 そして、川瀬社長は小銭入れを握りしめながら立ち上がり、注文カウンターに向かって走り去っていった。
「ちょ!?祭、待ちなさい!」
 その後を、顔面蒼白になった信田部長が慌てて追いかけていく。
 ひとまず話は無事に誤魔化せたようだけど、信田部長に余計な体力をつかわせてしまったね……
 帰り際に、部下達へのお土産と併せて、お詫びの品を何か用意することにしよう。
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