君に★首ったけ!

鯨井イルカ

文字の大きさ
上 下
3 / 12

しょうもない★

しおりを挟む
 例え休日の朝だとしても、寝て過ごすのは勿体無い。朝の内に溜まった洗濯と掃除を済ませてしまえば、それからは悠々自適に過ごせる。それに、掃除の最中にそこそこの量の抜け毛を見つけたとしても、散歩でもして帰ってくれば、流石に眠る頃には忘れてるだろうし……
 そんなこんなで、二駅先の大きめなショッピングモールに来てみた。まだ開店直後ということもあって、酷い混雑ではないが、それでも家族連れや、学生の友だちグループや、海外からの観光客で賑わっている。特にこれといって見るものは決めていなかったが、部長から常々、少し業務についての勉強をしておくと良い、と言われているから本屋にでも行ってみよう。
 本屋に着き、会計と労務に関する本を何冊か見繕いレジへ向かうと、雑誌コーナーが目に入った。そこには、ゴルフ関係の雑誌が所狭しと並んでいる。そう言えば、前は休日にゴルフに行くことも度々あったが、最近はクラブを手に取ることすらしていなかった。たまには、練習場にでも行ってみるかな。
 必要な本も買い終わり、雑貨店をウロウロしていると、ふと彼女の言葉を思い出した。
「しいて言うなら、ヒヨコが好きだった気がします」
 昨日は別れ際に寂しそうな顔をしていたし、何かヒヨコの雑貨でもプレゼントしてみようか。ただ、彼女にプレゼントをした場合、どうなるのだろう?
 口にヒヨコのぬいぐるみを咥えた彼女を想像して、あまりのシュールさに脱力してしまった。プレゼントは、今のところ無しだな。そうなると、どうしたものか……
 考えているうちに妙案を思いついて、パーティーグッズのコーナーへ向かうことにした。これで、きっと喜んでもらえるだろう。

 夕方に自宅に戻り、簡単な食事を済ませた後、冷蔵庫の前でスマートフォンをいじりながら待機していたが、陽が落ちても一向に結露が発生する気配は無い。流石に、3日連続で現れることはないか……
 諦めて風呂にでも入ろうとした瞬間、俄かに部屋の空気が湿気っぽくなった。冷蔵庫には、徐々に結露が発生してきている。急いで扉を開けると、彼女がやって来ていた。
「こんばんは」
「こんばんは……」
 彼女は俺を見るなり、困惑した表情になった。
「……あの……その格好は一体?」
「ヒヨコちゃんです」
 本日用意したヒヨコの被り物を着込んで、得意気な表情をしたところ……
「すみません、それ多分アヒルだと思います……」
「……本当ですか?」
「はい……残念ながら……」
 図らずしも、昨夜と同じ様な会話になってしまった。
「何か、すみません」
「いえ、それは大丈夫なんですけど、何で急に被り物を?」
「急に冷蔵庫から生首の状態で出でくる人に、言われたくあーりーまーせーんー!」
「あー!そんな言い方しなくても良いじゃないですかー!」
 ふざけて言い合いをしたところ、どちらとも無く吹き出した。
「いや、すみません。ヒヨコが好きだって聞いたから、楽しんでもらえるかなって思って」
 いつの間にか、口調が砕けた調子になってきた。
「ありがとうございます。ちょっと違いましたけど、何だか元気になりました」
 彼女もですます口調ではあるけれど、語気が柔らかくなった気がする。
「ところで、何か思い出してきた?昨日の話だと、君は生きてる可能性があるんだよね?」
 昨日から、ずっと引っかかっていたことを聞いてみた。もしもどこかで生きているなら、会って話をしてみたい。ただ、話ができる状態なのかどうかは、分からないが。
「いえ、ヒヨコが大好きだったのは覚えているんですが……」
「生きているって思った根拠とか、理由みたいのは何かあるの?」
 そう聞くと、彼女は少しの間考え込んでから答えた。
「はい……昼間に……凄くぼんやりと、自分の家をウロウロしている記憶があるんです。普通に生活はしていて、家族らしき人も話しかけてくれたりするんですが……言葉がうまく理解出来なくて、結局食事とかお風呂とか以外は、自分の部屋のベッドの上に横になって、そのまま眠って、という感じですね」
「意外だ……てっきり、寝たきりで意識不明とかかと……」
「……でも、きっと周りから見たら、同じようなことなのかもしれないですね……周りからの言葉に一切反応出来ていないし、私からなにか話しかけることも出来ないし……。ともかく、そんな感じで一昨日も、眠たくなったな、思って目を閉じていたんですが、急に辺りが明るくなって……早川さんに寒くないか聞かれました」
 何かその時の心情とかが、色々と省略されている気もするが、まあ気にしないでおこう。
「大体の状況は分かったけど、一つ気になった事がある」
「はい、なんでしょうか?」
「なんで、自分の名前すら覚えてないのに、昼間にウロウロしている場所が、自分の家だと分かったの?」
「ヒヨコのグッズで溢れ返っていましたから」
 うん、そうだろうとは思ってたが、そこまで自信と信念に満ち溢れた表情で言われるとは思わなかった。
「本当にヒヨコが好きなんだね」
「はい!そこだけは絶対忘れたくない信念ですから!」
「じゃあ、色々思い出したら、手土産にヒヨコグッズを持って挨拶に行くよ」
「あ、いえ、すみません、あまりお気になさらずに……あ」
 ヒヨコ熱から少し冷静になった彼女が、急にハッとした表情になった。
「どうした?」
「ええと、何というか、特技……のような物を思い出しました」
「おお!?それはどんな!?」
「いえ、物凄く下らないんですが、もしも明日もここへ来られたら、披露しても良いですか?」
「分かった。楽しみにしてる。じゃあ、明日も来てくれるんだね?」
「はい、じゃあまた明日。今日はありがとうございました。アヒルさん、可愛かったです」
 そう言われて、今まで終始アヒルの格好だったことを思い出し、少し恥ずかしくなったが、和んでもらえたなら良しとしよう。
「それなら良かった。じゃあ、お休みなさい」
「はい、お休みなさい」
 誰かにお休みを言える生活も、悪くはないと思いながら、冷蔵庫のドアを閉じた。

 昨日の約束では、今日は特技を披露してもらえるということなので、日曜日の夜だというのに、気分が少し晴れやかだった。早めに風呂を済ませてのんびりしていると、冷蔵庫が結露して来たので、ドアを開けた。
「こんばんは」
 あれ?昨日までより声がガラガラしているよな……
「ボォク、ド」
 言い終わる前に、慌ててドアを閉めた。思わずドアを閉めてしまったため、確認のためにもう一度ドアを開けてみると、そこには野菜ジュースが入っているだけだった。本当にしょうもない特技だったが、あの声でモノマネをするということは、年齢は20歳を超えている。
 彼女について少し手がかりが掴めて良かった、ということにしておこう。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【NL】花姫様を司る。※R-15

コウサカチヅル
キャラ文芸
 神社の跡取りとして生まれた美しい青年と、その地を護る愛らしい女神の、許されざる物語。 ✿✿✿✿✿  シリアスときどきギャグの現代ファンタジー短編作品です。基本的に愛が重すぎる男性主人公の視点でお話は展開してゆきます。少しでもお楽しみいただけましたら幸いです(*´ω`)💖 ✿✿✿✿✿ ※こちらの作品は『カクヨム』様にも投稿させていただいております。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

やめてよ、お姉ちゃん!

日和崎よしな
キャラ文芸
―あらすじ― 姉・染紅華絵は才色兼備で誰からも憧憬の的の女子高生。 だが実は、弟にだけはとんでもない傍若無人を働く怪物的存在だった。 彼女がキレる頭脳を駆使して弟に非道の限りを尽くす!? そんな日常を描いた物語。 ―作品について― 全32話、約12万字。

人形の中の人の憂鬱

ジャン・幸田
キャラ文芸
 等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。 【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。 【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?

【掛け合いセリフ集】珠姫言霊産魂(たまひめことだまむすび)

珠姫
キャラ文芸
セリフ初心者の、珠姫が書いた掛け合いセリフばっかり載せております。 一人称・語尾改変(ごびかいへん)は大丈夫です。 少しであればアドリブ改変なども大丈夫ですが、世界観が崩れるような大まかなセリフ改変は、しないで下さい。 著作権(ちょさくけん)フリーですが、自作しました!!などの扱いは厳禁(げんきん)です!!! あくまで珠姫が書いたものを、配信や個人的にセリフ練習などで使ってほしい為です。 配信でご使用される場合は、もしよろしければ【Twitter@tamahime_1124】に、ご一報ください。 覗きに行かせて頂きたいと思っております。 特に規約(きやく)はあるようで無いものですが、例えば劇の公演で使いたいだったり高額の収益(配信者にリアルマネー5000円くらいのバック)が出た場合は、少しご相談いただけますと幸いです。

孤独な少年の心を癒した神社のあやかし達

フェア
キャラ文芸
小学校でいじめに遭って不登校になったショウが、中学入学後に両親が交通事故に遭ったことをきっかけに山奥の神社に預けられる。心優しい神主のタカヒロと奇妙奇天烈な妖怪達との交流で少しずつ心の傷を癒やしていく、ハートフルな物語。

心に白い曼珠沙華

夜鳥すぱり
キャラ文芸
柔和な顔つきにひょろりとした体躯で、良くも悪くもあまり目立たない子供、藤原鷹雪(ふじわらのたかゆき)は十二になったばかり。 平安の都、長月半ばの早朝、都では大きな祭りが取り行われようとしていた。 鷹雪は遠くから聞こえる笛の音に誘われるように、六条の屋敷を抜けだし、お供も付けずに、徒歩で都の大通りへと向かった。あっちこっちと、もの珍しいものに足を止めては、キョロキョロ物色しながらゆっくりと大通りを歩いていると、路地裏でなにやら揉め事が。鷹雪と同い年くらいの、美しい可憐な少女が争いに巻き込まれている。助け逃げたは良いが、鷹雪は倒れてしまって……。 ◆完結しました、思いの外BL色が濃くなってしまって、あれれという感じでしたが、ジャンル弾かれてない?ので、見過ごしていただいてるかな。かなり昔に他で書いてた話で手直ししつつ5万文字でした。自分でも何を書いたかすっかり忘れていた話で、読み返すのが楽しかったです。

処理中です...