仔猫殿下と、はつ江ばあさん

鯨井イルカ

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第三章 仔猫殿下と、はつ江ばあさん

仔猫殿下と、はつ江ばあさん・その三十一

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 赤く染まった空。

 絶えず響く叫喚に似た鳥達の鳴き声。

 奇怪な枝ぶりの木々が生い茂る森。

 血の川が流れる大地。

 ここは魔界。
 
 魔のモノ達が住まう世界。

 その一角に聳える岩山の山頂に築き上げられた城のバルコニーで……

「今日も楽しい一日中だったねぇ」

 ……薄緑色のブラウスを着て黒いスラックスをはいた老女が、ニコニコしながら景色を眺めていた。

 彼女の名は、森山はつ江。

 パーマをかけた白髪頭とつぶらな瞳がチャーミングな、御歳米寿のハツラツばあさんだ。

 そんなはつ江の隣では……

「なんか、悪かったな……、最後までドタバタしちゃって……」

 ……白いブラウスを着て灰色のバミューダパンツをはいた仔猫が、バスケットを手に脱力していた。

 彼の名は、シーマ十四世殿下。

 ツヤツヤだけどフカフカなサバトラ模様の毛並みや、小さなピンク色の鼻や、白くフカフカ手、その他諸々のキュートさいっぱいの、マジカルな仔猫ちゃんだ。

 十日ちょっと一緒に過ごした二人だったが、今日がその最終日だ。


「気にすることねぇだぁよ! シマちゃんも無事だったし、ゴロちゃんやバービーさんたちにも挨拶できたからね!」

「そう言ってくれると助かるよ……、なんか毎日バタバタしてたからな」

「いつもは一人で暮らしてるから、賑やかなくらいがちょうどよかっただぁよ!」

「縁日に行ったり、お城の地下で遊んだり、シマちゃんのお仕事をお手伝いしたり、毎日たのしかったねぇ」

「もうちょっと遊びに使える時間があればよかったかな?」

「そんなことねぇだぁよ! ……縞ちゃんと一緒にいられただけで、幸せだったよ」

「うん……、ボクもはつ江と一緒に過ごせて、本当によかった」

「……」

「……」

 しんみりとした空気が漂うバルコニーに、二人分の足音が近づいてきた。

「森山様! 転移魔法の準備が整いましたぞ!」

「……というわけなんだが、二人とも大丈夫か?」

 姿を現したのは、リッチーと魔王だった。

「大丈夫だぁよ!」

 はつ江は元気よく返事をすると、シーマに向かってニコリと微笑んだ。

「縞ちゃん、元気でね」

「ああ、はつ江もな。あと、これ」

 シーマは抱えていたバスケットをはつ江に差し出した。

「モロコシとミミと一緒に作ったリンゴのホットケーキと、ユキさんからもらったアップルパイだ。これで、お腹が空いて誰かとケンカになることもないだろ?」

 そう言うと、シーマもニコリと微笑んだ。

「……そうだぁね! 戻ったら娘たちも遊びにくるし、とっても助かるだぁよ!」

 はつ江はバスケットを受け取ると、シーマをギュッと抱きしめた。

「ありがとうね」

「うん……」

「……さてと! じゃあ、帰るとするだぁよ! シマちゃん、またね!」

「ああ! またな、はつ江!」

 再会の約束を交わす二人の頭上には、転移用の魔法陣が輝いていた。



 そして、魔法陣の輝きが収まると……

「むにゃ……、はっ!?」

 ……はつ江は、自宅の茶の間で目を覚ました。

「あれまぁよ……、いつのまにか寝ちゃってたみたいだねぇ……、いたたた……」

 痛む膝をさすりながら、はつ江はゆっくりと起き上がった。

「なんだか、すごく長い夢を見てた気がするねぇ……、ん?」

 あたりを見渡すと、ちゃぶ台の上にバスケットが置かれていた。それを見たはつ江は、ニコリと微笑んだ。

「……さてさて、お茶を入れて、おやつにしようかねぇ」

 そう言いうと、はつ江はヨタヨタと台所に向かった。



 それから、数日経ったある日のあ 朝。

「じいさんや、娘たちも帰っちゃったし、静かになったねぇ」

 はつ江は仏壇に向かって手を合わせていた。

「そんじゃあ、今日も一日みまもってておくれ……、いたたたた……」

 膝をさすりながら、はつ江はゆっくりと立ちあがった。

 まさにとのとき!


  ガタガタガタッ

「兄貴! なんなんだよ、この狭さは!?」

「ゴメン、シーマ……、お兄ちゃん、『不意に魔界へ転移しちゃったけど、元の世界に戻らずこっちで暮らしたい、でも、魔界に上手く馴染めてない人たちむけの学校的なやつ』関係の仕事で徹夜が続いてたから、ちょっと魔術の調子が悪くて……」

「な!? そんな状態なら、早く言えよ、このバカ兄貴! ボクだって手伝ったんだから!」

「殿下ー、そんなに怒らないでー」

「みー、みみみー」

「そうでござるよ、ここは穏便に……、お! 出口が見えてきたでござる!」


  ガタガタガタ

  ポンッ

「あれまぁよ!?」

 仏壇の前に魔法陣が浮かび上がり、シーマ、魔王、モロコシ、ミミ、五郎左衛門が飛び出してきた。

「いたたたた……、みんな、無事か……、ん?」

 尻餅をつきながら辺りを見渡していたシーマは、つぶらな目を見開いたはつ江を見つけた。そして、目をキラキラさせながら、耳と尻尾をピンと立てた。

「はつ江! 久しぶりだな!」

「久しぶり! シマちゃん!」

 ニッコリと笑って挨拶を返したはつ江だったが、すぐにキョトンとした表情で首をかしげた。

「みんなして、今日はどうしたんだい?」

 はつ江の問いに、シーマは得意げな表情で胸を張った。

「今日から魔界は、初夏の大型連休なんだ!」

「だからねー、みんなで遊びにきたの!」

「みっみみー!」

 ふふんと鼻を鳴らすシーマに続いて、モロコシとミミがピョコピョコ跳ねながら言葉を続けた。

「リッチーからは、次は陛下と殿下がバカンスに行くといいですぞ、と言われてな。レトロゲームの買い出……、じゃなくて、異界の勉強も兼ねて来てみたんだ」

「拙者は館長とバービー殿から皆様の護衛を頼まれて、お供したしだいでござる!」

 魔王と五郎左衛門も続くと、はつ江はニッコリと微笑んだ。

「そうかい、そうかい。また、みんなに会えて、嬉しいだぁよ」

「それならよかった。事前に連絡できなくて悪かった」

「そんなことねぇだぁよ、シマちゃん。そうだ、娘たちが昨日カステラをくれたから、みんなでお茶にしようね!」

 はつ江の言葉に、一同は目をキラキラと輝かせた。

「ありがとう、はつ江! ボクも用意を手伝うぞ!」

「ぼくもお手伝いするー!」

「みみみみー!」

「しからば、拙者は母上から皆さんにとらあずかった、銘菓魔界ようかんを切り分けるでござる!」

「ふぅむ、甘いものが二種類か……、なら、味のバランス取るために、お土産に持ってきた小魚煎餅も開けるかな」

 六畳の仏間には、楽しそうな声が響いた。


 そんなこんなで、仔猫殿下とはつ江ばあさんの日々は、これからも続いていくのだった。
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感想 6

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みんなの感想(6件)

淡雪
2022.06.15 淡雪

最終回だったのですね。完結おめでとうございます。番外編、楽しみにしています。応援しています。

2022.06.15 鯨井イルカ

ありがとうございます!
まだ、いつになるかは分かりませんが、気が向いたら読んでいただけると幸いです。

解除
淡雪
2022.06.12 淡雪

はつ江さんが帰ってしまって寂しいと思ったらみんながはつ江さんを訪ねて…!最終回かと思ってハラハラしました~。

2022.06.12 鯨井イルカ

最後までお読みいただき、ありがとうございました!
物語はここで一区切りですが、彼らのバタバタした日常はまだまだ続いていく感じなので、番外編とかを書くかもしれません。

解除
淡雪
2022.05.27 淡雪

はじめまして、先生。まだ二ページしか読んでないのですが、面白すぎます!!しまちゃんとお婆ちゃんどうなるのか楽しみで仕方ないです。応援しています。

2022.05.27 鯨井イルカ

はじめまして。お読みいただきありがとうございました!
勝手気ままに書いていたら長い話になってしまったので、気が向いたときや、何も考えたくないときなどに、読みに来ていただけると幸いです!

解除

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