仔猫殿下と、はつ江ばあさん

鯨井イルカ

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第二章 フカフカな日々

ビックリな一日・その十三

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 色々とありながらも、シーマ14世殿下とはつ江ばあさんは、ライオンさん夫婦(予定)のフォローに向かったのだが……


「もう、ダメなのだ……、今度こそ完璧に愛想をつかされたのだ……」

「ぷるそんさんや、そんなことねぇだぁよ」

「気休めなんていらないのだ……」


 西館のバルコニーの隅では、プルソンが膝を抱え……


「やはり、プルソン様には私なんかより、もっと可憐な方がふさわしいのですね……」

「いや、そんなことはないと思いますよ」

「ふふふ、殿下はお優しいのですね……、でも、気を使っていただかなくても大丈夫ですよ……」


 ……東館のバルコニーの手すりでは、セクメトが虚ろな微笑みを浮かべて寄りかかっていた。

 つまるところ、二人ともわりと難航していたのだった。

 そんなこんなで、まずは東館の様子から。


「どうせセクメトも、親に決められた婚約だから、いやいや我が輩に付き合ってくれてただけなのだ……」

 プルソンが膝に顔をうずめて力なくつぶやくと、はつ江はきょとんとした表情で首をかしげた。

「せくめとさんがいやいや付き合ってる?」

「そうなのだ……、だから情けない我が輩へのあてつけで、フィジカル魔界一とかになっちゃったのだ……」

「あれまぁよ! ぷるそんさんは、そんな勘違いをしてたのかい!」

 はつ江が驚くと、プルソンは耳を後ろに反らして膝から顔を上げた。

「なんで勘違いとか言いきれるのだ!?」

 若干涙目になったプルソンを見て、初枝はにっこりと微笑んだ。

「なんでって、さっきせくめとさんに、お話を聞いたからだぁよ!」

「……え? セクメトに、話?」

「そうだぁよ! 国のみんなを守るために一人で大勢に立ち向かったぷるそんさんのことを、勇気があるって言ってただぁよ! すっごく、キラキラした目をしてね!」

「キラキラした目……」

「それで、そんなぷるそんさんみたいに、強くなりたいから頑張ってきたんだって!」

「我が輩のように、強く……」

 プルソンははつ江の言葉を繰り返すと、不安げな表情を浮かべてしっぽの先をくにゃりと曲げた。

「それは、嫌みを言っていたのでは……?」

 プルソンが問いかけると、はつ江はブンブンと首を横に振った。

「とんでもねぇだぁよ! むしろ、すっごく幸せそうな表情だっただぁよ!」

「そうか……、そこまで慕ってくれていた相手に、ずいぶんと酷いことを言ってしまったのだな……」

 ばつの悪そうな表情を浮かべるプルソンを見て、はつ江はまたニコリと微笑んだ。

「悪いことをしたって思ったんなら、ちゃんとごめんなさいを言いにいかなきゃだぁよ」

「うむ、そうなのだが……、許してもらえるだろうか……?」

 不安げなプルソンに向かって、はつ江は大きく首を縦に振った。

 そして、両手を広げ――

「心配ないさ!」 
 
 ――高らかにそう言い放った。

「そうか……、なら、ちゃんと謝りにいかないとな……、よしっ!」

 プルソンはとくにツッコミを入れることなく、両手で頬を叩いて勢いよく立ち上がった。

「今から、セクメトのところに謝りにいくのだ!」

「そうそう、その意気だぁよ!」

 はつ江もツッコミがないことにションボリすることなく、プルソンを励ました。


 一方そのころ、東館のバルコニーではというと――

「えーと、ほら、男という生き物は……というか、性別は関係ないかもしれませんが……、ともかく好意をもった相手に対して、なんというか、その、弱みを見せたくなかったり、カッコよく見られたかったりで、ツンケンしてしまうタイプの人もいるものでして……」

 ――シーマツンデレ仔猫ちゃんがしどろもどろになりながら、ツンデレについての解説をしていた。

「とくに、プルソン王は、人に弱みを見せたくないという気持ちが強いようですし……、だからと言ってセクメトさんのことを嫌いなわけではなく、先ほどもいた通りすごく好意をもっているからこそ、ですね……」

 シーマが必死に説明を続けると、セクメトは苦笑を浮かべた顔を向けた。

「ふふふ、殿下がそうおっしゃると、なんだか説得力がありますね」

 セクメトがそう言うと、シーマはまずるを膨らませて、しっぽの先をピコピコと動かした。

「……ちょっと、バカにしてますか?」

「いえいえ、そんなことありませんよ」

 セクメトは穏やかにそう言うと、再び手すりにもたれて遠くの空を見つめた。

「でも、たしかに、ネコ科は弱みを見せることを嫌う人が、特に多いですからね。強くなってあの方の役に立ちたいなんて考えて、武の道を究めんとしている私も、その一人なのかもしれませんが……」

「まあ、ボクも似たようなものですよ……」

 シーマも相槌を打ち、手すりにもたれて遠くの空を見つめた。すると、シーマの頭の中には、ぼんやりとした映像が浮かんできた。


 入道雲の浮かぶ青い空。

 瓦礫に囲まれた道。

 遠くから聞こえる蝉の声と波の音。

 潮の香と焦げ臭さが混じった匂い。

 優しく微笑む少女の面影。


(……え? 今のは、いったい?)

 
 シーマが戸惑っていると、セクメトが心配そうな表情でしっぽの先をくにゃりと曲げた。

「殿下? いかがなさいましたか?」

「あ、いや……、別になんでも……」

 シーマは「別になんでもない」と答えようとした。

 まさにその!


  ゴゴゴゴゴゴゴ!

「おーっほっほっほ!」


 
 地鳴りのような音とともに、女性の高笑いがあたりに響いた!



「な、なんなんだ今のは!?」

「で、殿下! 念のため、手すりからお下がりください!」

 当然、シーマとセクメトは焦りだし……

「シマちゃんや、大丈夫かね!?」

「セクメト、無事であるか!?」

 ちょうどバルコニーに到着したはつ江とプルソンは、慌てて二人に駆け寄り……

「おーっほっほっほっほ! 私は、バッタ仮面の宿敵、レディー・ダークスカーレットざます!」

 バルコニーから見える中庭の空中には、三人組の悪党の女性リーダーがつけそうな仮面をした赤ローブが現れて名乗りを上げ……

「……バッタ、仮面、です、か?」

「バッタ仮面の宿敵だと!? そんな設定があるなんて、聞いたことないのだ!」

 ライオンさん夫婦(予定)が、若干ベクトルが違う気がする戸惑いの声を上げ……

「ほうほう、バッタ仮面さんには、らいばるさんがいたんだねぇ」

 はつ江が、わりとこともなげに、事態に順応し……

「いや、まあ、兄貴も一緒だし、ある程度は予想していたけれども……」

 シーマがヒゲとしっぽをダラリと垂らして脱力する中……


「良いこのみんな、待たせたな! 正義の使者バッタ仮面、推・参!」


 ……赤いマフラーと赤銅色の挑発をなびかせて、魔王……もとい、正義の使者バッタ仮面が、虚空から中庭へと降り立ったのだった。



 かくして、前回に比べてわりと早いスパンでバッタ仮面が再登場しつつも、宝石博物館でのしっちゃかめっちゃかが始まってしまったのだった。 
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