117 / 191
第二章 フカフカな日々
仔猫と、はつ江さん・その二
しおりを挟む
日の傾いた空。
橙色に染まる入道雲。
軒を連ねるレトロな木造建築。
微かに漂う潮の香り。
ここは海の近い大きな街。
そんな街のとある通りを二人の少女が歩いていた。
「んー! 今日も楽しかったー!」
そう言いながら、三つ編みを揺らして伸びをするのは、深川はつ江。
天真爛漫、元気溌剌な十四歳の女学生だ。
「ふふふ。はっちゃん、また、工場長さん笑わせてたね」
そう笑いながら、ふわりとした巻き毛の先を揺らすのは、村田ミツ。
温柔敦厚、清楚可憐な同じく十四歳の女学生だ。
「あんなに厳しい工場長さんと仲良しになれるなんて、はっちゃんはすごいなぁ」
ミツがそう言うと、はつ江はカラカラと笑いだした。
「わはははは! すごくなんてないよ! それに、皆怖がってるけど、工場長さんすごく優しいよ!」
「え? そうなの?」
ミツが尋ねると、はつ江はコクリと頷いた。
「そうそう! この間なんて、工場の外で、ニコニコしながら猫ちゃんなでてたし」
「へー、そうなんだ。ちょっと、意外だな」
「そうだねー、工場の中ではいっつも、こーんな顔してるもんね」
はつ江はそう言いながら、思い切り顔をしかめた。すると、ミツはぷっと吹き出した。
「あはははは! はっちゃん、すごく似てる!」
「わはははは! そっくりでしょ!?」
「うん、そっくり! ひょっとして、そのときに仲良くなったの?」
「うん! うちも最近猫ちゃんを飼いはじめたんですよ、って話をしたら仲良くなったんだ!」
「そうだったんだね」
「お話ししてみるとすごく楽しい人だから、今度行くとき……えーと、来週か、来週はみっちゃんも一緒にお話ししようよ!」
「来週……」
ミツはそう呟くと、不意に淋しそうな表情を浮かべた。その表情を見て、はつ江は不安げに首を傾げた。
「みっちゃん、どうしたの?」
「あ、うん、ごめん。実はさ、来週から、田舎のおばあちゃんの家に行くかもしれないんだ」
ミツの言葉に、はつ江は円らな目を大きく見開いた。それから、淋しそうに微笑んだ。
「そっか」
「……うん。この間、嶺南の伯父ちゃんの家が焼けちゃったから……、おばあちゃん、心配になったみたいで」
「そっか……」
「本当は、はっちゃんとお別れするのは、嫌なんだけどな……」
いつの間にか、ミツの目には涙がにじんでいた。はつ江はその様子を見て、目をギュッとつぶった。それから、ニッコリと笑い、ミツの肩をポンポンと叩いた。
「わはははは! 大丈夫だよみっちゃん!」
はつ江の大声に、ミツは肩をビクッと震わせた。
「きっと、すぐに帰ってこられるから!」
「そう、かな……?」
「そうそう! そんで、みっちゃんが帰ってきたら、二人でうーんとおしゃれして映画を観にいって、帰りにかき氷をいっぱい食べよう!」
はつ江がおどけた調子でそう言うと、ミツはニコリと微笑んで目を拭った。
「あははは! はっちゃん、かき氷いっぱい食べたら、お腹壊しちゃうよ」
「あ、そうだった! えーと、じゃあ、大福にしよう!」
「うん、そうしよう! はっちゃん、喉に詰まらせないように気をつけてよ!」
「もー、みっちゃんてば、そんなことしないよ!」
二人はそう言って笑い合いながら、夕焼けに染まった通りに長い影を伸ばして歩いていった。
それから、はつ江はミツと別れて、自分の家へ帰った。
「ただいまー」
「にー!」
はつ江が扉を開けるとともに、廊下の奥からサバトラ猫の縞が、尻尾を縦ながらトコトコと走りよった。それから、ピョインと玄関を降りて、はつ江の脚にくっついた。
「にー! にー!」
「あははは! もう、縞ちゃんってば、くすぐったいよ!」
はつ江はそう笑いながら、縞を顔の高さまで抱え上げた。抱え上げられた縞は、不意に鳴くのをやめて、はつ江の顔をジッと見つめた。それから、鼻をフスフスと動かした。
「ん? 縞ちゃん、どうしたんだい?」
「んにー、にー!」
はつ江が尋ねると、縞は手の中でジタバタと動きだした。
「わ!? 縞ちゃん、危ないよ!」
「んにっ!」
慌てるはつ江の手から、縞はヌルリと逃げ出して、廊下に着地した。それから、縞はごろんと寝転がり、白くてフカフカのお腹をはつ江に見せた。
その姿を見て、はつ江はニコリと笑った。
「……よーし! そういうことするなら、お腹をフカフカしちゃうぞー!」
そう言うやいなや、はつ江は縞のお腹をフカフカとなでだした。
ジリリリリリリリリ!
突然鳴り響いたベルの音に、はつ江はぴょんと跳び起きた。辺りを見渡すと、ふわりとしたベッドの天蓋と、けたたましい音をたてる目覚まし時計が目に入った。
はつ江は穏やかに微笑んで、目覚まし時計のベルを止めた。
「なんだか、また懐かしい夢を見てた気がするねぇ」
はつ江はそう言うと、うーん、と声を漏らしながら伸びをした。すると、トントンとドアをノックする音が聞こえた。はつ江は天蓋を開いてベッドから降りると、ゆっくりと扉まで足を進めた。
「はいはい、どちら様ですかね」
そう言いながら扉を開けると、襟と袖にフリルのついたシャツとバミューダパンツをはいたシーマが立っていた。
シーマの姿を見たはつ江は、ニッコリと微笑んだ。
「シマちゃんや、おはよう!」
「ああ、おはよう、はつ江!」
「今日は、早起きさんだねぇ、シマちゃん」
「ああ、なんだか、さっきスッキリ目が覚めちゃったんだ」
シーマはそう言うと、得意げな表情を浮かべた。
「だから、今日は朝ご飯の支度をお手伝いするぞ!」
「あれまぁよ! それは、助かるねぇ!」
はつ江は大げさな仕草で喜ぶと、膝を屈めてシーマの頭をポフポフとなでた。
「ありがとうね、シマちゃん」
「ふ、ふん! 従業員に過重労働なんてさせたら、魔王一派の沽券に関わるからな!」
シーマはそう言って、耳と尻尾をピンと立てながらそっぽを向いた。
「そうかいそうかい、そんじゃあ、今から着替えてくるから、台所で待ってておくれ」
「ああ! 分かった! じゃあ、キッチンで待ってるから、焦って転んだりするなよ!」
シーマはそう言うと、耳と尻尾をピンと立てながらトコトコと去っていった。その後ろ姿を見たはつ江は、穏やかな微笑みを浮かべた。それから、うーん、と声を漏らしながら、屈めていた膝を伸ばした。
「さぁて、今日も一日がんばるだぁよ!」
そう言って、はつ江は着替えのためにクローゼットへ向かった。
そんなこんなで、本日も仔猫殿下と、はつ江ばあさんの一日が始まるのだった。
橙色に染まる入道雲。
軒を連ねるレトロな木造建築。
微かに漂う潮の香り。
ここは海の近い大きな街。
そんな街のとある通りを二人の少女が歩いていた。
「んー! 今日も楽しかったー!」
そう言いながら、三つ編みを揺らして伸びをするのは、深川はつ江。
天真爛漫、元気溌剌な十四歳の女学生だ。
「ふふふ。はっちゃん、また、工場長さん笑わせてたね」
そう笑いながら、ふわりとした巻き毛の先を揺らすのは、村田ミツ。
温柔敦厚、清楚可憐な同じく十四歳の女学生だ。
「あんなに厳しい工場長さんと仲良しになれるなんて、はっちゃんはすごいなぁ」
ミツがそう言うと、はつ江はカラカラと笑いだした。
「わはははは! すごくなんてないよ! それに、皆怖がってるけど、工場長さんすごく優しいよ!」
「え? そうなの?」
ミツが尋ねると、はつ江はコクリと頷いた。
「そうそう! この間なんて、工場の外で、ニコニコしながら猫ちゃんなでてたし」
「へー、そうなんだ。ちょっと、意外だな」
「そうだねー、工場の中ではいっつも、こーんな顔してるもんね」
はつ江はそう言いながら、思い切り顔をしかめた。すると、ミツはぷっと吹き出した。
「あはははは! はっちゃん、すごく似てる!」
「わはははは! そっくりでしょ!?」
「うん、そっくり! ひょっとして、そのときに仲良くなったの?」
「うん! うちも最近猫ちゃんを飼いはじめたんですよ、って話をしたら仲良くなったんだ!」
「そうだったんだね」
「お話ししてみるとすごく楽しい人だから、今度行くとき……えーと、来週か、来週はみっちゃんも一緒にお話ししようよ!」
「来週……」
ミツはそう呟くと、不意に淋しそうな表情を浮かべた。その表情を見て、はつ江は不安げに首を傾げた。
「みっちゃん、どうしたの?」
「あ、うん、ごめん。実はさ、来週から、田舎のおばあちゃんの家に行くかもしれないんだ」
ミツの言葉に、はつ江は円らな目を大きく見開いた。それから、淋しそうに微笑んだ。
「そっか」
「……うん。この間、嶺南の伯父ちゃんの家が焼けちゃったから……、おばあちゃん、心配になったみたいで」
「そっか……」
「本当は、はっちゃんとお別れするのは、嫌なんだけどな……」
いつの間にか、ミツの目には涙がにじんでいた。はつ江はその様子を見て、目をギュッとつぶった。それから、ニッコリと笑い、ミツの肩をポンポンと叩いた。
「わはははは! 大丈夫だよみっちゃん!」
はつ江の大声に、ミツは肩をビクッと震わせた。
「きっと、すぐに帰ってこられるから!」
「そう、かな……?」
「そうそう! そんで、みっちゃんが帰ってきたら、二人でうーんとおしゃれして映画を観にいって、帰りにかき氷をいっぱい食べよう!」
はつ江がおどけた調子でそう言うと、ミツはニコリと微笑んで目を拭った。
「あははは! はっちゃん、かき氷いっぱい食べたら、お腹壊しちゃうよ」
「あ、そうだった! えーと、じゃあ、大福にしよう!」
「うん、そうしよう! はっちゃん、喉に詰まらせないように気をつけてよ!」
「もー、みっちゃんてば、そんなことしないよ!」
二人はそう言って笑い合いながら、夕焼けに染まった通りに長い影を伸ばして歩いていった。
それから、はつ江はミツと別れて、自分の家へ帰った。
「ただいまー」
「にー!」
はつ江が扉を開けるとともに、廊下の奥からサバトラ猫の縞が、尻尾を縦ながらトコトコと走りよった。それから、ピョインと玄関を降りて、はつ江の脚にくっついた。
「にー! にー!」
「あははは! もう、縞ちゃんってば、くすぐったいよ!」
はつ江はそう笑いながら、縞を顔の高さまで抱え上げた。抱え上げられた縞は、不意に鳴くのをやめて、はつ江の顔をジッと見つめた。それから、鼻をフスフスと動かした。
「ん? 縞ちゃん、どうしたんだい?」
「んにー、にー!」
はつ江が尋ねると、縞は手の中でジタバタと動きだした。
「わ!? 縞ちゃん、危ないよ!」
「んにっ!」
慌てるはつ江の手から、縞はヌルリと逃げ出して、廊下に着地した。それから、縞はごろんと寝転がり、白くてフカフカのお腹をはつ江に見せた。
その姿を見て、はつ江はニコリと笑った。
「……よーし! そういうことするなら、お腹をフカフカしちゃうぞー!」
そう言うやいなや、はつ江は縞のお腹をフカフカとなでだした。
ジリリリリリリリリ!
突然鳴り響いたベルの音に、はつ江はぴょんと跳び起きた。辺りを見渡すと、ふわりとしたベッドの天蓋と、けたたましい音をたてる目覚まし時計が目に入った。
はつ江は穏やかに微笑んで、目覚まし時計のベルを止めた。
「なんだか、また懐かしい夢を見てた気がするねぇ」
はつ江はそう言うと、うーん、と声を漏らしながら伸びをした。すると、トントンとドアをノックする音が聞こえた。はつ江は天蓋を開いてベッドから降りると、ゆっくりと扉まで足を進めた。
「はいはい、どちら様ですかね」
そう言いながら扉を開けると、襟と袖にフリルのついたシャツとバミューダパンツをはいたシーマが立っていた。
シーマの姿を見たはつ江は、ニッコリと微笑んだ。
「シマちゃんや、おはよう!」
「ああ、おはよう、はつ江!」
「今日は、早起きさんだねぇ、シマちゃん」
「ああ、なんだか、さっきスッキリ目が覚めちゃったんだ」
シーマはそう言うと、得意げな表情を浮かべた。
「だから、今日は朝ご飯の支度をお手伝いするぞ!」
「あれまぁよ! それは、助かるねぇ!」
はつ江は大げさな仕草で喜ぶと、膝を屈めてシーマの頭をポフポフとなでた。
「ありがとうね、シマちゃん」
「ふ、ふん! 従業員に過重労働なんてさせたら、魔王一派の沽券に関わるからな!」
シーマはそう言って、耳と尻尾をピンと立てながらそっぽを向いた。
「そうかいそうかい、そんじゃあ、今から着替えてくるから、台所で待ってておくれ」
「ああ! 分かった! じゃあ、キッチンで待ってるから、焦って転んだりするなよ!」
シーマはそう言うと、耳と尻尾をピンと立てながらトコトコと去っていった。その後ろ姿を見たはつ江は、穏やかな微笑みを浮かべた。それから、うーん、と声を漏らしながら、屈めていた膝を伸ばした。
「さぁて、今日も一日がんばるだぁよ!」
そう言って、はつ江は着替えのためにクローゼットへ向かった。
そんなこんなで、本日も仔猫殿下と、はつ江ばあさんの一日が始まるのだった。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる