仔猫殿下と、はつ江ばあさん

鯨井イルカ

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第一章 シマシマな日常

ペコッ

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 シーマ十四世殿下一行は、無事にウェネトと、ついでにローブの二人組を発見した。そして、シーマはドアの魔法を使い、一同と共に魔王城へ帰還した。
 城に到着した一行は、謁見の間に向かった。そして……

「毎回、毎回、玉座の後ろに隠れるなよ! この、人見知り兄貴!」

「だって……知らない人が三人も増えたんだもん……」

「ローブの二人はともかく、ウェネトさんは最初から連れてくる予定だったろ!」

 ……玉座の後ろに隠れた魔王をシーマが叱りつけることになった。
 二人のやり取りを見たウェネトは、不安げな表情を浮かべた。そして、はつ江の袖を軽く引いた。

「ねえ、おばあちゃん」

「なんだい? ゑねとちゃん」

「魔王さま、急にお邪魔しちゃったから怒ってるの?」

 ウェネトが恐る恐る問いかけると、はつ江はニッコリと微笑んだ。そして、ウェネトの頭をポフポフとなでた。

「大丈夫だぁよ! ヤギさんはちょっと緊張してるだけだから」
 
 はつ江が答えると、マロが苦笑を浮かべながら軽く頷いた。

「そうですよ、ウェネトさん。僕とレディが謁見したときも、緊張されていましたから」

 二人の言葉に、ウェネトは微笑み、そっか、と声を漏らした。すると、黒ローブがバツの悪そうな表情を浮かべて、首筋を掻いた。

「でも、『超・魔導機・改』の件については、叱られるよね、きっと」

 黒ローブの言葉を受けて、ウェネトがビクッと肩を震わせた。その姿を横目で見て、灰色ローブが深くため息を吐いた。

「まあ、その件でなにがしかの罰則を受けるのは、俺たちだけだろうけどな。ウェネトは、俺たちに勧められて、何も分からず、自分の願い事を口にしただけだから」

「それもそうだねー」

 灰色ローブの言葉に、黒ローブは呑気な声で相槌をうった。その様子を見て、ウェネトは安心したように小さくため息を吐いた。
 そうしていると、魔王がようやく玉座の後ろから、一同の前に姿を現した。魔王が玉座に腰掛けると、シーマはトコトコとはつ江の隣に戻っていった。それから、魔王はコホンと咳払いをして、一同を見渡した。

「えーと……まずは、全員無事に戻って来てくれて、良かった。それで、そこの二人もバステトさんにかかった魔術を解く手伝いをしてくれるんだな?」

 魔王は顔を赤らめながら、状況を確認した。すると、黒ローブと灰色ローブは同時にコクリと頷いた。

「うん。今の改造方法だと、『超・魔導機・改』のお願いをなかったことにするのは難しいみたいだから、別の方法で魔術を解除することになったんだ! だから、その手伝いをするよ」

「ひとまず、状態異常を解除するための薬を作ることになっている」

 黒ローブと灰色ローブが状況を説明すると、魔王は脱力した表情を浮かべた。

「ああ、あのトビズイッカンムカデはそういうことだったのか……」

 魔王が脱力していると、シーマとウェネトが得意げな表情を浮かべた。

「ああ、そうだ! マロさんが一撃で仕留めてくれたんだぞ! 薬の材料になるから、転送したんだ!」

「マロの剣術の腕はすごいんですよ!」

 シーマとウェネトが胸を張っていると、マロが照れくさそうに微笑みながら後頭部を掻いた。

「いえいえ、僕の腕なんてまだまだですよ」

 三人の様子を見て、魔王は視線を泳がしながら頬を掻いた。

「あー、えーと、うん。そうだな、薬の材料を手に入れてくれてありがとう」

 そして、魔王は再び脱力した表情を浮かべ、小さくため息を吐いた。

「うむ、おかげで材料を集めに行く手間は、少し減ったな。ただな、シーマ……いきなり大きなムカデが降ってくると、お兄ちゃんビックリしちゃうから、今度からは転送する前に連絡を入れてくれ」

「ああ! 分かった!」

 魔王の言葉に、シーマは素直に返事をした。魔王は、うむ、と呟くと、視線をローブの二人組へ向けた。

「それで、君たちは今回の件を手伝ったあと、魔王城で働くことを希望しているんだな?」

「はい! 僕たち、魔法を使えるから、きっと役に立つと思うよ!」

「それに、元の世界での知識や経験もあるから、力にならないはずがない」

 魔王からの問いかけに、ローブの二人組は自信に満ちた表情で答えた。魔王は二人の表情を見て、口元に指を当てながら、ふぅむ、と声を漏らした。

「ならば、二人にはまず万能薬の作成を手伝ってもらおうか……」

 魔王がそう呟くと、ローブの二人組は同時に頷いた。

「分かった!」

「では、力を貸そう」

 二人の返事を聞いて、魔王はコクリと頷いた。

「では、二人は私と共に実験室に来てくれ。他に必要な材料は、さっき注文したから、届くまでの間にトビズイッカンムカデから必要な成分を精製する作業をしよう」

「はーい!」

「任せておけ」

 二人の返事に、魔王は再びコクリと頷いた。それから、魔王はシーマに顔を向けた。

「では、シーマたちはバステトさんのところに顔を出しに行くといい」

 魔王が声をかけると、シーマが不安げな表情で尻尾の先をクニャリと曲げた。

「兄貴、バステトさんの容態は大丈夫なのか?」

「ああ。声が出ないこと以外、異常は出ていないから安心すると良い」

 魔王が答えると、シーマとマロがホッとした表情を浮かべた。

「それなら、良かった」

「では、僕たちは、レディの元に行きましょうか」

 シーマとマロは、安心したようにそう言った。すると、ウェネトが不安げな表情を浮かべて、再びはつ江の袖をキュッと握った。はつ江はニコリと微笑むと、ウェネトの頭をポフポフとなでた。

「大丈夫だぁよ、ゑねとちゃん。ちゃんと、ごめんなさいできれば、バスちゃんも許してくれさね」

 はつ江が穏やかな声でそう言うと、ウェネトはコクリと頷いた。

「……うん」

 二人のやり取りを見て、シーマはコクリと頷いてから、魔王に顔を向けた。

「じゃあ、兄貴、ボクたちは医務室へ行ってくるから。何か手伝うことがあったら、連絡してくれ」

「ああ、分かった。ありがとうシーマ」

 シーマの言葉に頷いてから、魔王は玉座から立ち上がり、ローブの二人組を連れて実験室に移動した。シーマたちも、謁見の間をあとにして医務室へと向かった。

 シーマたちが医務室の扉を開けると、バステトが別途の縁に腰掛け、退屈そうに足をパタパタと動かしていた。

「レディ、ただいま帰りました」

「バスちゃんや、だだいま」

 マロとはつ江が声をかけると、バステトは足を動かすのを止めて一同に顔を向けた。そして、その中にウェネトがいることに気づいた。その瞬間、バステトは眉間にシワを寄せ耳を思いっきり後ろに反らした。
 バステトの形相を見たウェネトは、怯えた表情を浮かべてはつ江の背後に隠れてしまった。はつ江は振り返ると、ウェネトに向かってニコリと微笑んだ。

「ゑねとちゃんや、気まずいのは分かるけど、ちゃんと謝らないとダメだぁよ」

 はつ江が穏やかな声で諭すと、ウェネトは無言でコクリと頷いた。そして、大きく深呼吸すると、意を決した表情を浮かべて、バステトの元に足を進めた。
 それから、ウェネトはバステトの側で足を止め……

「ごめんなさい……私、こんなことになるとは思わなくて……」

 ……その言葉と共に、ペコッと頭を下げた。
 バステトはその間、耳を後ろに反らしながらウェネトを睨みつけるように凝視していた。しかし、ウェネトがずっと頭を下げた姿勢でいるのを見て、耳を元に戻しながら深いため息を吐いた。それから、バステトはウェネトの頭をポフポフとなでた。
 ウェネトがゆっくりと顔を上げると、バステトは苦笑を浮かべながら、頭をなでていた手を下ろした。そして、着ていた服のポケットを探り、小さな鉛筆が付いた手帳を取り出した。バステトは手帳のメモ部分を開くと、鉛筆を走らせた。そらから、そのページを破り、ウェネトへ手渡した。
 ウェネトは戸惑いながら、そのページを受け取ると、書かれた内容に目を向けた。

「えーと……色々と言いたいことは沢山あるけど、まずは無事でいてくれて良かったわ。それと、帰ってきてくれて、ありがとう……?」

 メモの内容を口にしたウェネトは、顔を上げてバステトを見つめた。すると、バステトはウェネトに向かって、穏やかにニコリと微笑んだ。
 バステトの表情を見たウェネトは、円らな目に涙を浮かべ、口元を震わせた。

「バステト、ごめっんなさっい……!」

 ウェネトは再び謝罪の言葉を口にしながら、泣き出した。泣きじゃくるウェネトを見たバステトは、苦笑を浮かべながら、再びウェネトの頭をポフポフとなでた。
 そんな二人の姿を見て、シーマ、はつ江、マロは穏やかに微笑んだ。

「ひとまず、脱隊騒動のわだかまりは解けそうなだ」

 シーマがそう言ってコクリと頷くと、はつ江がコクコクと頷いた。 

「仲直りできたなら、よかっただぁよ!」

 二人に続き、マロもコクリと頷いた。

「ええ、本当に」

 それから、三人は泣きじゃくるウェネトとそれを宥めるバステトを見守った。
 こうして、歌姫の座をめぐるバステトとウェネトの確執は、終息に向かうことになったのだった。
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