仔猫殿下と、はつ江ばあさん

鯨井イルカ

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第一章 シマシマな日常

ドスン

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 バッタの申し子モロコシが加わったシーマ十四世殿下一行は、ミズタマシロガネクイバッタから『月刊ヌー特別号』についての話を聞こうとしていた。
 しかし……

「だから、悪かったって言ってるだろ!」

 オーレルがミズタマシロガネクイバッタを大声で怒鳴りつけ……

「ふん!俺はデリケートなんだよ!軽く謝られたくらいで、深く刻まれた心の傷が癒えるかってんだ!」

 モロコシが、ミズタマシロガネクイバッタの言葉を通訳して困惑した表情を浮かべる、という事態が続いている。

「うーん……ミズタマシロガネクイバッタさん、かなり怒っちゃってるみたいだね」

 モロコシは耳を伏せながら、残念そうにそう呟いた。すると、尻尾をダラリと垂らしたシーマが、力なくため息を漏らした。

「ボクとしては、はやく『月刊ヌー特別号』の話を聞いて、モロコシにいつもの口調に戻って欲しいところなんだけど……」

「バッタさんや、どうすれば気分が晴れるのかね?」

 シーマの言葉に続いて、はつ江が首を傾げながら問いかけた。すると、ミズタマシロガネクイバッタは、モロコシの手の上で、カクカクと首を左右に動かした。

「そうだな、オリハルコンを腹いっぱい食えば、少しは気が紛れるかもしれないな」

「ほうほう、そうなのかね」

 モロコシの通訳を聞き、はつ江はコクコクと頷いた。しかし、オーレルは、顔を真っ赤にしながら、肩をワナワナと震わせた。そして、ドスンと大きな音を立てて床を踏みならすと、怒りに満ちた表情をミズタマシロガネクイバッタに向けた。

「やっぱり、『月刊ヌー特別号』を食っちまおうとしてるんじゃねぇか!」

 オーレルに怒鳴りつけられたミズタマシロガネクイバッタは、モロコシの手の上でピョコンと跳びはねた。

「ま、まだ食ってねーよ!だから、そんなに怒鳴るなよおっさん……だって、オーレルさん、ちょっとだけ落ち着いて。ね?」

 モロコシは耳をペタンと伏せながらミズタマシロガネクイバッタの言葉を通訳し、オーレルを宥めるように上目遣いで首を傾げた。すると、オーレルは腕を組み、ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
 オーレルとミズタマシロガネクイバッタのやり取りを見たバービーは、不意にハッとした表情を浮かべた。

「あ、ねーねー。ミズタマは、オリハルコンしか食べないの?」

 バービーが問いかけると、ミズタマシロガネクイバッタは翅をパサリと動かした。

「あー、いや。オリハルコンが好物ってだけで、他の金属も食えるぞ。特に、合金なんかはオリハルコンに負けないくらい好きだ」

 モロコシの通訳を聞いたバービーは、ニッコリと微笑んだ。

「ならさ、しばらく私の家に居なよ!アクセサーリー作りで出た金属の端材があるから、お腹いっぱいご馳走するよ!」

「みーみー!」

 バービーの言葉に続き、ミミがコクコクと頷きながらミズタマシロガネクイバッタに声をかけた。すると、ミズタマシロガネクイバッタは、ピョコンと跳びはねた。

「トカゲのねーちゃん!それ、本当か!?」

 モロコシの通訳を受けて、バービーはパチリとウィンクをした。

「本当だよ♪ただ、その代わりに、『月刊ヌー特別号』を探すのを手伝ってもらえる?」

「みぃー?」

 バービーとミミが首を傾げながら尋ねると、ミズタマシロガネクイバッタは翅をパサリと動かした。

「任せろ!俺の力があれば、そのくらい朝飯前だ!……だって!これで、本がある場所が分かるよ!」

 モロコシはミズタマシロガネクイバッタの言葉を通約すると、嬉しそうにピョコピョコと跳びはねた。続いて、シーマも軽くため息を吐くと、安心したように微笑んだ。

「そうか。モロコシが来てくれて、助かったよ」

「ありがとうね、モロコシちゃん」

 シーマに続いて、はつ江もモロコシにニコリと微笑みかけた。モロコシは尻尾をピンと立てると、嬉しそうに、えへへー、と声を漏らした。その様子を見たオーレルは、ふん、と鼻を鳴らして、ミズタマシロガネクイバッタをギロリと睨みつけた。

「じゃあ、さっさと『月刊ヌー特別号』がある場所まで、案内してもらおうか」

 オーレルが不機嫌そうにそう言うと、ミズタマシロガネクイバッタはパサリと翅を動かした。

「ほら、おっちゃん。場所を教えてもらうんだから、そんなにミズタマを脅かさないの!」

「みー、みー」

 バービーとミミが宥めるように声をかけると、オーレルは再びそっぽを向いて、ふん、と鼻を鳴らした。

 そうこうしながら、一行はミズタマシロガネクイバッタを手に載せたモロコシを先頭にして、『月刊ヌー特別号』がある場所へ向かっていった。
 そして、辿り着いた場所というのが……

「えーと……ここって、ユニットバス……だよな?」

「ほうほう、お風呂とお手洗いが一緒になってるなんてハイカラだねぇ」

 ……シーマとはつ江の言葉通り、居住スペースにあるユニットバスだった。困惑するシーマと感心するはつ江の側で、バービーが、うーん、と声を漏らしながら首を傾げた。

「モロコシ、本当にここで合ってるの?」

「みみぃー?」

 バービーに続いてミミも首を傾げると、モロコシは困惑した表情を浮かべながらもコクリと頷いた。

「うん……ミズタマシロガネクイバッタさんは、絶対にここだ!って言ってるよ……」

 モロコシが答えると、ミズタマシロガネクイバッタはピョンピョンと小さく跳びはねた。
 一度が困惑する中、ただ一人、オーレルだけが、そうか、と声を漏らしながらコクコクと頷いた。

「そういや、件の怪しい客が腹を押さえながら切羽詰まった声で、客用の手洗いが混んでるから他の手洗いを貸してくれ、って言ってきたな……」

 オーレルの言葉を受けて、はつ江は、ほうほう、と声を漏らした。

「そのお客さんは、お腹をこわしちゃったんだねぇ」

 心配そうにはつ江が呟くと、シーマが尻尾をダラリと垂らしながら深いため息を吐いた。

「はつ江、たしかに本当にお腹をこわしちゃったのかもしれないけど……多分、服の下にでも本を隠して、ここに持ってきたんだと思うぞ」

 シーマがそう言うと、バービーはキョロキョロあたりを見渡したあと、首を傾げた。

「でも殿下、ぱっと見た感じ、『月刊ヌー特別号』っぽい本なんて、どこにもないじゃん?」

「みー……」

 バービーの言葉に続き、ミミも残念そうに耳を伏せてコクコクと頷いた。

「でも、ミズタマシロガネクイバッタさんは金属を見つけるのが得意だから、ここにあると思うんだけどな……」

 モロコシは尻尾の先をクニャリと曲げながら、困惑した声でそう言った。そして、キョロキョロとあたりを見渡すと……

「あ!?みんな、アレを見て!!」

 ……目を見開いて、耳と尻尾をピンと立てながら、天井を指さした。一同がモロコシのが指さした先に目を向けると、そこには浴室用の換気扇があった。
 そして、格子状の換気扇カバーの隙間から、「ヌー」という白い線で縁取られた赤い文字が覗いていた。

「あのフォントは、間違い無く『月刊ヌー』だ!」

「あれまぁよ!見つかったのかい!」

 シーマとはつ江は、目を見開いて驚き……

「おっちゃん!よかったじゃん♪」

 バービーは、楽しげにオーレルの肩をポンポンと叩き……

「みー!みー!」

 ミミは、嬉しそうにピョコピョコと跳びはね……

「オーレルさん!本が見つかってよかったね!」

 モロコシは、オーレルに向かってニッコリと笑いかけた。
 すると、オーレルは、ああ、と、曖昧に返事をした。そして、困惑した表情を浮かべながら、あごひげをボリボリと掻いた。

「でも、なんであんなところに隠したんだ?」

 オーレルに続いて、シーマも困惑した表情を浮かべて、尻尾の先をクニャリと曲げた。

「うーん……事情はよく分かりませんが、ひとまず『月刊ヌー特別号』を調べてみましょうか」

 シーマはそう言うと、換気扇に向かってフカフカの手をかざし、ムニャムニャと呪文を唱えだした。すると、換気扇カバーがパカリと外れ、『月刊ヌー特別号』がフワフワと一同の元に舞い落ちた。
 オーレルは訝しげ表情を浮かべながら『月刊ヌー特別号』を手に取ると、首を傾げながら表紙と裏表紙を確認した。

「うん、間違い無い。これがなくなった『月刊ヌー特別号』だ。ちょっとほこりが付いちまったが、表紙に異常はないし、裏表紙に貼った防犯用のシールも剥がされてないな……」

 オーレルはそう呟きながら『月刊ヌー特別号』の表紙を開き、ページをペラペラと捲りだした。

「中身にも異常はな……」

 異常はない、そう言いかけたオーレルだった。しかし、とあるページにさしかかった途端、目を見開いて手を止めてしまった。

「こ……これは!?」

 オーレルは顔を真っ青にしながらそう呟き、ワナワナと肩を震わせた。

「オーレルさん!どうしたんですか!?」
「おおれるさんや、顔が真っ青じゃないかい!何があったんだい!?」
「ちょっと、おっちゃん!?大丈夫!?」
「みみー!?」
「オーレルさん、どうしたの!?」

 五人は慌てながら、オーレルに声をかけた。しかし、オーレルは五人の言葉に反応せずに、ただ『月刊ヌー』を見つめて肩を震わせていた。

「そんな……大事な本だったのに……」

 オーレルはうわごとのように、そう呟いた。

「おっちゃん!?しっかりしなって!本がどうしたってのさ!?」

 バービーはそう言うと、オーレルの肩をガクガクと揺り動かしながら、『月刊ヌー特別号』に目を落とした。そして、問題のページを目にしたバービーは、目をカッと見開いた。

「うそ!?ページが切り取られてる!?」

 バービーが驚きの声を上げると、シーマ、はつ江、モロコシ、ミミも目を見開いた。

「なんだって!?」
「あれまぁよ!?」
「えー!?」
「みぃー!?」

 五人が驚愕する中、オーレルは相変わらず真っ青な顔で『月刊ヌー特別号』を見つめていた。

「こんなことをするなんて……酷すぎるじゃねぇか……」

 ユニットバスの中には、オーレルの弱々しい声が響いた。
 こうして、一行は『月刊ヌー特別号』を発見することができた。
 しかし、また新たな問題が発生してしまったのだった。
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