仔猫殿下と、はつ江ばあさん

鯨井イルカ

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第一章 シマシマな日常

バチン

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 シーマ十四世殿下一行は、幽霊を説得するために森の奥にある屋敷にやってきていた。しかし、玄関の扉がひとりでに閉まり、屋敷の中に閉じ込められてしまった。

「シマちゃんや、落ち着いたかね?」

「ああ。取り乱して、悪かったな」

 パニックになったシーマだったが、はつ江に背中をなでられて、なんとか冷静さを取り戻していた。
 シーマはコホンと咳払いをすると、バービーから受け取ったマスクをつけて深呼吸をする。

「ひとまず、暗いから明かりをつけようか」

 シーマはそう言うと、ムニャムニャと呪文を唱えながら、胸の前に手を突き出した。すると、シーマの前に、橙色に輝く光の球が現れた。光の球はシーマの頭の上にフワフワと浮かび上がり、辺りをぼんやりと照らし出す。それを見たバービーは、マスクの下で唇をすぼめ、ひゅう、と口笛を吹いた。

「殿下、やるじゃん!さっすが、魔王城のキューティーマジカル仔猫ちゃん!」

「シマちゃんの魔法は、いつ見てもすごいだぁね!」

「みー!」

 バービーに続き、はつ江とミミもパチパチと拍手をしながら、シーマを称賛する。すると、シーマは耳と尻尾をピンと立てながら、ふいっとそっぽを向いた。

「べ、別に、これくらい大した魔法じゃないんだからな!」

 分かりやすく照れ隠しをするシーマを見て、他の三人はニッコリと微笑んだ。

「さてと、じゃあ私も、殿下に負けてらんないわね」

 バービーはそう言うと、脚にしがみついていたミミの頭をそっとなでた。

「み?」

 ミミがキョトンとした表情で首を傾げると、バービーは不敵な笑みを浮かべた。

「ミミちゃん。危ないから、ちょっと離れててね」

「み!」

 バービーの言葉に、ミミは手を挙げて元気よく返事をした。そして、バービーの側からトコトコと離れ、シーマとはつ江のそばに移動した。ミミの足取りはしっかりしていたが、表情には若干の不安の色が浮かんでいた。

「ミミ、怖いなら手を繋ごうか?」

 ミミが不安そうに耳を伏せていると、シーマがフカフカの手を差し出して首を傾げた。すると、ミミは耳を伏せながらも、シーマにジトッとした視線を向けた。

「みみー?」

「だ、だから、ボクは別に怖がってないって言ったろ!」

 首を傾げるミミに対して、シーマはいつもより毛羽立った尻尾をパシパシと振りながら抗議した。二人のやり取りを見ていたはつ江は、不意にカラカラと笑い出した。

「わはははは!二人とも、お化け屋敷が怖くないなんて、すごいだぁね!」

 はつ江がそう言うと、シーマは尻尾を毛羽立たせながらも、得意げな表情でフフンと鼻を鳴らした。

「あ、当たり前だ!さっきはちょっとビックリしたけど、このくらい全然大したことないぞ!」

「み、みみー!」

 シーマに続いて、ミミも耳を伏せながらも、得意げな表情で鼻をピスピスと鳴らした。二人の表情を見て、はつ江は、うんうん、と頷くと、ニッコリと微笑んだ。

「そうかい、そうかい。なら、私はちょっと怖いから、二人とも手を繋いでておくれ」

 はつ江はそう言いながら、シーマとミミにそっと両手を差し伸べた。

「ふ、ふん!はつ江は仕方がないな!それなら、手を繋いでおこう。な、ミミ!」

「みー!」

 シーマとミミは目を輝かせながらそう言うと、はつ江の手をギュッと掴んだ。はつ江は二人の手をギュッと握り返すと、カラカラと笑い出した。

「わはははは!これで、百人力だぁよ!」

「ああ、任せておけ!」

「みみー!」

 楽しそうにする三人を見て、バービーはにこりと微笑んで、満足げに頷いた。そして、玄関の扉に向き直ると、膝を軽く脚を曲げ伸ばしした。それから、凜々しい表情で玄関の扉を睨みつけ……

「たぁー!」

 ……助走をつけながら、扉に向かってドロップキックを繰り出した。

「おお!」

「あれまぁよ!」

「みー!」

 シーマ達は、バービーに向かって歓声を送った。
 しかし、鋭い爪が扉に届く前に、バービーの蹴りはバチンと音を立ててはじき返されてしまった。

「きゃっ!?」

 蹴りをはじき返されたバービーはバランスを崩し、玄関に尻餅をついてしまう。その途端、ミミがはつ江の手を放して、パタパタとバービーに駆け寄った。

「ままー!」

「バービーさん!大丈夫か!?」

「怪我はしてないかね!?」

 シーマとはつ江も心配そうな表情を浮かべて、バービーに駆け寄った。すると、バービーは苦笑いを浮かべて、腰をさすりながら立ち上がった。

「平気、平気。ちょっと、尻餅ついちゃっただけだから、それよりも……」

 バービーはそこで言葉を止めると、困惑した表情で玄関の扉を見つめた。

「私の蹴りが効かないとなると、この扉を開けるのは無理そうね」

「みー……」

 バービーが残念そうに呟くと、ミミも落胆した表情を浮かべた。二人の様子を見たシーマは、片手でバミューダパンツのポケットから、折りたたみ式の手鏡を取り出した。そして、手鏡を開くと、ムニャムニャと呪文を唱えて、外部への連絡をこころみた。 
 しかし、手鏡には不安げなシーマの顔が写る他は、何の反応もない。

「外への通信もできないみたいだな……」

 シーマは耳を伏せながらため息を吐いて、手鏡を折りたたんだ。手鏡をポケットにしまうシーマの隣で、はつ江は、うーん、と唸りながら首を軽く傾げた。

「そんなら、お外に出るには、お化けさんにお願いして出してもらうしかないみたいだぁね」

 はつ江がそう言うと、シーマは再び小さくため息を吐いた。

「そうだな。それに元々、幽霊を説得するのが今回の目的だし……」

 シーマは片耳をパタパタと動かしながら、更にため息を吐いた。
 そのとき、廊下の奥から、ドン、と床を踏みならすような音が聞こえてきた。


「誰だ!玄関でうるさくしているヤツは!」


 続いて、怒りに満ちた大声が、玄関に響いた。

「うわぁ!?」

「みぃー!?」

 その声に驚いたシーマとミミは、尻尾の毛を逆立てて、ピョンと跳び上がった。

「あれまぁよ!?シマちゃんや、落ち着いておくれ」

「ミミちゃん!私がいるから、大丈夫だよ!」

 はつ江とバービーが、それぞれシーマとミミを宥めていると、ドカドカという不機嫌そうな足音が近づいて来た。一行は緊張しながら、足音の方向に顔を向ける。そこに現れたのは……

「俺の図書館を荒らしに来たのか!?」

 怒りに満ちた表情を浮かべ、青白い色をした男性だった。

 ボサボサに伸びた黒い髪。

 ギョロリとした目付き。

 ぼうぼうに生えた顎髭と口からこぼれる鋭い牙。

 ずんぐりとした筋肉質の体型には、なめし革で作った茶色い服をまとっている。

「オ、オーガの幽霊?」

 シーマは耳を伏せて尻尾を毛羽立てながら、意外そうに声を漏らした。その声を聞いたオーガの幽霊は、シーマをギロリと睨みつける。

「何だ?小僧。文句があるなら、食っちまうぞ!」

 オーガの幽霊が脅しつけると、シーマは目をギュッと閉じてはつ江の手にしがみついた。その様子を見たオーガは、ハッとした表情を浮かべると、気まずそうに顎髭をボリボリと掻いた。

「これこれ、大賀おおがさんや、あんまりシマちゃんを脅かさないでおくれ」

 はつ江がニコニコとしながら話しかけると、オーガの幽霊はペコリと頭を下げた。

「ああ、悪かったな。玄関でバタバタされて気が立ってたから、つい脅かしちまった」

 オーガの幽霊はバツが悪そうにそう言うと、改めて四人を見渡した。そして、バービーの姿に気がつくと、お、と短く声を漏らした。

「バビ子じゃねぇか!久しぶりだな!」

「よ!オーレルのおっちゃん!久しぶり!元気してた?」

 バービーが笑顔で尋ねると、オーレルは豪快に笑い出した。

「がはははは!元気も何も、一ヶ月前に寿命でポックリよ!」

「あははは!それもそうだね!」

 バービーが笑顔で相槌を打つと、オーレルはシミジミとした表情を浮かべた。

「それにしても、久しぶりだなぁ。バビ子、お前いい加減彼氏はできたのか?」

「んー、彼氏はできなかったけど、この間のトビウオの夜にね、娘ができたんだ」

 バービーはそう言うと、ミミの背中をポンポンとなでた。

「ほら、ミミちゃん。おっちゃんにご挨拶して」

「み、みー……」

 バービーに促されて、ミミは耳を伏せながらもペコリと頭を下げた。

「そうか、そうか!バビ子と違って、礼儀正しい良い子じゃねぇか!」

「あー!その言い方、酷くない!?」

「がはははは!だって、事実じゃねぇか!なんたって、お前が始めてここに来たときなんか……」

 困惑するミミを余所に、二人は楽しげに思い出話を始めた。

 二人はそれから、しばらくの間、思い出話に花を咲かせていた。

「あの、ちょっといいですか?」

 しかし、しびれを切らしたシーマが、尻尾の毛を逆立てながら、おずおずと手を挙げた。シーマに声をかけられたオーレルは、ハッとした表情を浮かべた。

「ああ、小僧。さっきは、脅かして悪かったな。で、何の用だ?」

 オーレルはバツの悪そうな表情で、ボリボリと頭を掻きながら首を傾げた。すると、シーマは軽く会釈をしてから、口を開いた。

「はい。バービーさんは、論文の参考資料を探してここに来ました」

 シーマが答えると、オーレルは、ほうほう、と呟きながら頷いた。

「それで、ボク達はビフロン長官から、貴方が空に昇るよう説得をして欲しい、という依頼を受けて、ここまで来ました」

「おおれるさんは、なんで怒ってたんだい?」

 シーマの言葉に続いて、はつ江もキョトンとした表情で首を傾げた。二人の言葉を受けて、オーレルはピクリと眉を動かした。そして、眉間シワをよせると、シーマの顔をじっと覗き込んだ。シーマがはつ江の手を握りしめながら困惑していると、オーレルは悲しそうに目を伏せた。

「ビフロンの野郎、俺なんかのイザコザに、王族まで巻き込みやがって……」

 そして、深いため息を吐きながら、ガックリと肩を落とした。

「手間かけて悪かったな、こぞ……いや、殿下」

 オーレルはそう言うと、シーマに向かって深々と頭を下げた。

「い、いや。魔界の平穏を守るのが、ボクの務めですから」

 シーマは耳を伏せながらそう言うと、コホンと咳払いをした。

「それで、何故かたくなに空に昇るのを嫌がっているんですか?」

「そんなに、腹が立つことがあったのかね?」

「えー、でもおっちゃん短気だけど、そんなに怒りを引きずるタイプじゃなかったじゃん?」

「みみー?」

 四人が矢継ぎ早に尋ねると、オーレルは再び深いため息を吐いた。

「まあ、空に昇るのを嫌がるヤツらのご多分に漏れず、俺にも事情があるんだが……お前ら、聞いてくれるか?」

 オーレルが尋ねると、四人は同時にコクリと頷いた。
 かくして、シーマ十四世殿下一行は、オーレルのおっちゃんが何故空に昇りたくないのか、事情を聞くことになったのだった。
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