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第一章 シマシマな日常
ペコリ
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シーマ十四世殿下一行は、パステルカラーの絵が飾られた展示室の中で、迷子の三毛猫の対応にあたっていた。
「……はい。おっしゃる通り迷子のようでござるが、何か事情があるようなのでござる……はい!まことにありがとうございますでござる!」
五郎左衛門はそう言うと手にしていた手鏡をパタリとたたんで、シーマ達にニッコリとした笑顔を向けた。
「みなさま!館長に事情をせつめいしたところ、すぐに来て下さるとのことでござる!」
嬉しそうな五郎左衛門を見て、シーマとはつ江はホッとした表情を浮かべた。
「ありがとう、五郎左衛門。助かったよ」
「ナベさんを呼んでくれてありがとね!ゴロちゃん!」
「みー」
シーマとはつ江が五郎左衛門にお礼を言うと、三毛猫もペコリと頭を下げた。
「いえいえ!このくらい何のそのでござるよ!それにしても……」
五郎左衛門はそこで言葉を止めて、気まずそうな表情をしながらフサフサの頬を掻いた。
「三毛殿は迷子センターに行くのを嫌がっていたようでござるし、いかがしたものか……」
五郎左衛門の言葉に、シーマとはつ江も困惑した表情を浮かべながら首を傾げた。
「うーん……親御さんを探すにしても、この博物館はかなり広いからな……」
「それに、親御さんがミケちゃんを探してるって放送もなかったしねぇ……」
「みー……」
シーマとはつ江に続いて、三毛猫も耳を伏せながら首を傾げた。困惑する一行だったが、そのときどこからともなくカツカツという足音が聞こえた。
「おーい!五郎左衛門!迷子な迷子な仔猫ちゃんがいるんだって?」
「こら!シャロップシュ!何を楽しそうにしているのだ!」
「そうですよ、シャロップシュ。迷子になってしまったお子さんは、とても心細いものなのですから」
そして、若干イザコザしながらナベリウス一同が姿を現した。咄嗟に、五郎左衛門が制帽を取ってペコリと頭を下げる。
「館長!ご足労いただき、まことにありがとうございますでござる!」
「うむ。気にするな、柴崎……それで」
五郎左衛門の言葉にアハトがコクリと頷いて、ギョロリとした目を三毛猫に向けた。
「そちらの少女が、件の迷子なのだな?」
声をかけられた三毛猫は、ナベリウス一同にトコトコと駆け寄った。
「みー!みみー!みー!」
そして、ピョコピョコと飛び跳ねながら、何かを訴えるように、みーみー、と声を上げた。しかし、ナベリウス一同にも三毛猫の伝えたいことが分からなかったらしく、三つの頭が同時に首を傾げた。
「うーん、流石に何て言ってるか分からないや」
「これは困りましたね……」
シャロップシュとシュタインが困惑していると、アハトが、うーむ、と唸ってから口を開いた。
「殿下、森山様、依頼内容が少々変更となってしまいますが、その少女の対応をお願いしてもよろしいですかな?」
アハトが尋ねると、シーマとはつ江はコクリと頷いた。
「ええ。全く問題無いですよ、ナベリウス館長」
「任せるだぁよ!あっ君!」
二人が快諾すると、ナベリウス一同は三つの頭を同時に深々と下げた。
「お二人とも、まことにありがとうございます」
シュタインはそう言うと、五郎左衛門に目を向けた。
「柴崎、お二人のサポートをお願いしますね」
声をかけられた五郎左衛門は、姿勢を正して敬礼した。
「はい!かしこまりましたでござる!……あ」
意気揚々と返事をした五郎左衛門だったが、すぐさま何かに気づいて困惑した表情で首を傾げた。
「……しかし、お言葉ですが館長、そうするとこの展示室を警備する者が、誰もいなくなってしまうのでは?」
五郎左衛門が問いかけると、アハトが、うむ、と呟きながら頷いた。
「そうであるな。ならば、我々がこの場所の警備を担当しよう」
アハトが答えると、五郎左衛門だけでなくシーマとはつ江も目を丸くして驚いた。
「館長!ウスベニクジャクバッタの自動人形の警備に、ご参加なさらなくてよろしいのでござるか!?」
「そうですよ。ナベリウス館長がいらっしゃらないと、警備が手薄になってしまうのでは?」
「大丈夫なのかい?」
五郎左衛門に続いて、シーマとはつ江も心配そうに尋ねた。すると、シュタインがニコリと微笑んでから口を開いた。
「心配ございませんよ。もとより、私どもは警備に直接は参加しない予定でしたから」
シュタインがそう言うと、シャロップシュがうんうんと頷いてから口を開いた。
「そうだよ!だって、今回の作戦は生け捕りが目的だから!オレ達が参加したら、相手は大怪我だけじゃ済まないかもしれないし!」
シャロップシュがそう口にした途端、三毛猫が金色の目をカッと見開き、全身の毛を逆立てた。
「みみー!みー!みみみー!」
そして、再びピョコピョコと飛び跳ねながら、みーみー、と大声を上げた。
「あれまぁよ!?ミケちゃん、どうしたんだね?」
「何があったのでござるか!?」
はつ江と五郎左衛門が慌てて声をかけたが、三毛猫は相変わらず、みーみー、と声を上げている。しかも、その目には薄らと涙が滲んでいた。
その様子を見たシーマは、片耳をパタパタと動かしながら尻尾の先をクニャリと曲げた。
「ひょっとして、その子……怪盗の関係者なんじゃ?」
シーマの呟きに、アハトがギョロリとした目を見開いた。
「まさか!?」
アハトが驚きの声を上げると、シュタインが困惑した表情で首を傾げた。
「しかし、殿下。お言葉ではございますが、今まで報告があった目撃情報には、ケット・シー族をはじめとしたネコ科に似ていた、というものはございませんでしたよ?」
シュタインがそう言うと、シャロップシュも困惑した表情で、うーん、と唸った。
「でも、怪盗の話題が出た途端に、ピョコピョコしだしたしなー」
一同は、ひょっとしたら三毛猫が怪盗の関係者じゃないか、という疑念を抱き始めた。
まさにそのとき!
ぐぅー!
大きな腹の音が、展示室の中に響いた。
音の中心地では、はつ江が申し訳なさそうに笑いながら、白髪頭を掻いている。
「……悪かっただぁよ。お腹が空いちまって」
はつ江がほんのりと頬を赤らめながらそう言うと、三毛猫もピョコピョコ跳ねるのをやめて、フカフカの手で胃の辺りを押さえた。
「みー……」
二人の様子を見たシーマは、ヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。
「ま、まあ。さっき、そろそろお昼に行こうって話もしてたからな……」
脱力しながらもシーマがフォローを入れると、五郎左衛門も苦笑を浮かべた。
「そうでござるな。それに、腹が減っては戦ができぬ、なのでござるよ」
五郎左衛門はそう言いながら、はつ江の肩と三毛猫の頭をタシタシとなでた。
「……というわけでナベリウス館長、この子を連れてお昼に行ってきてもいいですか?」
シーマは苦笑を浮かべながら尻尾の先をピコピコと動かして、ナベリウス一同に尋ねた。すると、ナベリウス一同は、三つの頭で同時にコクリと頷いた。
「うむ。構いませんぞ、殿下!」
「どうぞ、行ってらっしゃいませ」
「今日のオススメ定食は、ハムカツ定食だったよー!」
ナベリウス一同がそう言うと、シーマはペコリと頭を下げた。
「では、お言葉に甘えて、行ってきますね」
「行ってくるだぁよ!」
「行ってまいりますでござる!」
「みぃー!」
四人はそう言うと、パステルカラーの絵が飾られた展示室を後にして、職員食堂へと向かっていった。
食堂にたどり着いた四人は、料理を注文して同じテーブルに着いていた。
「それにしても、職員食堂なのに、ちゃんとお子様メニューがあるんだな」
不意に、焼き魚定食を食べていたシーマが、向かいの席に座った三毛猫の方に目を向けて感心したように呟いた。
シーマの言葉通り、子供用の椅子に腰掛けた三毛猫の前にある皿には……
小さく盛られたチキンライス
小さなハンバーグ
ニンジンのグラッセ
コーンとほうれん草のお浸し
輪切りのバナナ三きれが盛られていた。
ちなみに、チキンライスの上には、魔王の紋章が描かれた小さな旗が立てられている。
「そうなのでござる!この博物館は職員の子供が見学に来ることもあるゆえ、食堂にはお子様メニューもバッチリそろっているのでござる!」
シーマの隣で、五郎左衛門が得意げな表情をしながら胸を張った。すると、五郎左衛門の向かいに座ったはつ江が、三毛猫に向かってニッコリと微笑んだ。
「ミケちゃんや、美味しそうなご飯があってよかったね」
「みー!」
三毛猫ははつ江の言葉に返事をすると、スプーンを握りしめながら嬉しそうに笑った。三毛猫の様子を見た五郎左衛門は感慨深そうに目を閉じて、クルンと巻いた尻尾をパタパタと振った。
「懐かしいでござるなぁ……拙者も父上の仕事を見学しにきたときは、よくこのお子様メニューを食べさせてもらっていたでござる」
五郎左衛門はそう言うと、ハムカツを箸でつまんで一口囓った。すると、はつ江がカツ丼を食べる手を止めて目を見開いた。
「あれまぁよ!ゴロちゃんのお父さんも、ここに務めてたのかい?」
はつ江に尋ねられた五郎左衛門は、ハムカツを飲み込むとコクリと頷いた。
「そうでござるよ!父上も長年、この博物館の警備をしていたのでござる!小さいお子様にもご高齢の方にも分け隔てなく丁寧に接する姿は、拙者の憧れだったのでござる」
五郎左衛門がシミジミとそう言うと、シーマは味噌汁をすすってから、ふーん、と声を漏らした。
「そうだったんだ。お父さんは、もう引退されてるのか?」
シーマが尋ねると、五郎左衛門はビクッと身を震わせた。そして、苦笑を浮かべると、ポリポリと頬を掻いた。
「……それが、昨年の末になくなってしまって」
五郎左衛門の言葉に、今度はシーマがビクッと身を震わせた。
「……ごめん、五郎左衛門」
シーマが耳をぺたりと伏せながら頭を下げると、五郎左衛門は慌てて首をブンブンと横に振った。
「で、殿下!滅相もないでござるよ!末っ子の拙者が生まれたときには、もう中年期も終盤だったので、寿命で大往生だったのでござる!」
五郎左衛門がアタフタしていると、はつ江はニッコリとした笑顔を浮かべた。
「ゴロちゃんみたいに、優しくてしっかりした子がいるからねぇ。お父さんもきっと、心残りは何もなかっただぁよ」
はつ江が優しく声をかけると、五郎左衛門は苦笑を浮かべながら、再び首をブンブンと横に振った。
「いやいやいや!拙者なんてまだまだでござるよ!」
謙遜する五郎左衛門だったが、尻尾は勢いよくブンブンとフラれていた。
三人のやり取りを見ていた三毛猫は、不意にチキンライスをすくう手を止めて目を伏せた。
「みー……」
三毛猫が淋しげに呟くと、五郎左衛門が困惑した表情を浮かべて口を開いた。
「拙者の父上の話は置いておいて……なんとかして三毛殿の親御さんを見つけないと、でござるな」
五郎左衛門の言葉に、シーマも真剣な表情で頷いた。
「そうだな。ひょっとしたら、怪盗の関係者かもしれないっていう可能性も出てきちゃったし……」
シーマがそう言うと、はつ江はキョトンとした表情を浮かべ、再びカツ丼を食べる手を止めた。そして、不意に梅干しを食べてしまったような表情を浮かべて、うーん、と唸った。その表情に、シーマのヒゲと耳がピクリと動いた。
「はつ江!何か思い着いたのか!?」
シーマがテーブルから身を乗り出しながら尋ねると、はつ江はカラカラと笑った。
「わはははは、大したことじゃねぇんだけどよ。ゴロちゃんや」
はつ江に声をかけられた五郎左衛門は、箸を置いて姿勢を正した。
「何でござるか!?」
五郎左衛門が尋ねると、はつ江はニッコリと笑いながら首を傾げた。
「私が住んでるとこだと、建物のには中の様子を記録する機械があるんだけどよ、こっちにはそういうのはあるかい?」
はつ江の問いかけに、五郎左衛門はハッとした表情を浮かべた。そして、すぐに得意げな表情をして、胸の辺りをポンと叩いた。
「もちろんでござる!お手洗い以外の全ての場所に、防犯用の映像記録装置が設置されているでござるよ!」
五郎左衛門がそう答えると、シーマは尻尾と耳をピンと立てた。
「そうか!じゃあ、その映像をこの子にみせれば、親御さんが誰か分かるかもしれないな!」
「み?」
シーマの言葉に、三毛猫はキョトンとした表情で首を傾げた。すると、はつ江がニッコリと笑いながら、三毛猫の頭をポフポフとなでた。
「ミケちゃんのお父さんかお母さんが、見つかるかもしれねぇだあよ」
はつ江がゆっくりとした声で話しかけると、三毛猫は耳をピンと立てて目を輝かせた。
「みー!」
「うんうん、よかっただぁね」
「みみー!」
はつ江がニコニコしながら相槌を打つと、三毛猫もニッコリと笑った。
「今度は、適切な相槌だったみたいだな」
「そのようでござるな」
二人の様子を見たシーマと五郎左衛門も、安堵の笑みを浮かべて、うんうん、と頷き合った。
こうして、シーマ十四世殿下一行による迷子な仔猫ちゃんへの対応は、ちょっとだけ前進したのだった。
「……はい。おっしゃる通り迷子のようでござるが、何か事情があるようなのでござる……はい!まことにありがとうございますでござる!」
五郎左衛門はそう言うと手にしていた手鏡をパタリとたたんで、シーマ達にニッコリとした笑顔を向けた。
「みなさま!館長に事情をせつめいしたところ、すぐに来て下さるとのことでござる!」
嬉しそうな五郎左衛門を見て、シーマとはつ江はホッとした表情を浮かべた。
「ありがとう、五郎左衛門。助かったよ」
「ナベさんを呼んでくれてありがとね!ゴロちゃん!」
「みー」
シーマとはつ江が五郎左衛門にお礼を言うと、三毛猫もペコリと頭を下げた。
「いえいえ!このくらい何のそのでござるよ!それにしても……」
五郎左衛門はそこで言葉を止めて、気まずそうな表情をしながらフサフサの頬を掻いた。
「三毛殿は迷子センターに行くのを嫌がっていたようでござるし、いかがしたものか……」
五郎左衛門の言葉に、シーマとはつ江も困惑した表情を浮かべながら首を傾げた。
「うーん……親御さんを探すにしても、この博物館はかなり広いからな……」
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「みー……」
シーマとはつ江に続いて、三毛猫も耳を伏せながら首を傾げた。困惑する一行だったが、そのときどこからともなくカツカツという足音が聞こえた。
「おーい!五郎左衛門!迷子な迷子な仔猫ちゃんがいるんだって?」
「こら!シャロップシュ!何を楽しそうにしているのだ!」
「そうですよ、シャロップシュ。迷子になってしまったお子さんは、とても心細いものなのですから」
そして、若干イザコザしながらナベリウス一同が姿を現した。咄嗟に、五郎左衛門が制帽を取ってペコリと頭を下げる。
「館長!ご足労いただき、まことにありがとうございますでござる!」
「うむ。気にするな、柴崎……それで」
五郎左衛門の言葉にアハトがコクリと頷いて、ギョロリとした目を三毛猫に向けた。
「そちらの少女が、件の迷子なのだな?」
声をかけられた三毛猫は、ナベリウス一同にトコトコと駆け寄った。
「みー!みみー!みー!」
そして、ピョコピョコと飛び跳ねながら、何かを訴えるように、みーみー、と声を上げた。しかし、ナベリウス一同にも三毛猫の伝えたいことが分からなかったらしく、三つの頭が同時に首を傾げた。
「うーん、流石に何て言ってるか分からないや」
「これは困りましたね……」
シャロップシュとシュタインが困惑していると、アハトが、うーむ、と唸ってから口を開いた。
「殿下、森山様、依頼内容が少々変更となってしまいますが、その少女の対応をお願いしてもよろしいですかな?」
アハトが尋ねると、シーマとはつ江はコクリと頷いた。
「ええ。全く問題無いですよ、ナベリウス館長」
「任せるだぁよ!あっ君!」
二人が快諾すると、ナベリウス一同は三つの頭を同時に深々と下げた。
「お二人とも、まことにありがとうございます」
シュタインはそう言うと、五郎左衛門に目を向けた。
「柴崎、お二人のサポートをお願いしますね」
声をかけられた五郎左衛門は、姿勢を正して敬礼した。
「はい!かしこまりましたでござる!……あ」
意気揚々と返事をした五郎左衛門だったが、すぐさま何かに気づいて困惑した表情で首を傾げた。
「……しかし、お言葉ですが館長、そうするとこの展示室を警備する者が、誰もいなくなってしまうのでは?」
五郎左衛門が問いかけると、アハトが、うむ、と呟きながら頷いた。
「そうであるな。ならば、我々がこの場所の警備を担当しよう」
アハトが答えると、五郎左衛門だけでなくシーマとはつ江も目を丸くして驚いた。
「館長!ウスベニクジャクバッタの自動人形の警備に、ご参加なさらなくてよろしいのでござるか!?」
「そうですよ。ナベリウス館長がいらっしゃらないと、警備が手薄になってしまうのでは?」
「大丈夫なのかい?」
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「心配ございませんよ。もとより、私どもは警備に直接は参加しない予定でしたから」
シュタインがそう言うと、シャロップシュがうんうんと頷いてから口を開いた。
「そうだよ!だって、今回の作戦は生け捕りが目的だから!オレ達が参加したら、相手は大怪我だけじゃ済まないかもしれないし!」
シャロップシュがそう口にした途端、三毛猫が金色の目をカッと見開き、全身の毛を逆立てた。
「みみー!みー!みみみー!」
そして、再びピョコピョコと飛び跳ねながら、みーみー、と大声を上げた。
「あれまぁよ!?ミケちゃん、どうしたんだね?」
「何があったのでござるか!?」
はつ江と五郎左衛門が慌てて声をかけたが、三毛猫は相変わらず、みーみー、と声を上げている。しかも、その目には薄らと涙が滲んでいた。
その様子を見たシーマは、片耳をパタパタと動かしながら尻尾の先をクニャリと曲げた。
「ひょっとして、その子……怪盗の関係者なんじゃ?」
シーマの呟きに、アハトがギョロリとした目を見開いた。
「まさか!?」
アハトが驚きの声を上げると、シュタインが困惑した表情で首を傾げた。
「しかし、殿下。お言葉ではございますが、今まで報告があった目撃情報には、ケット・シー族をはじめとしたネコ科に似ていた、というものはございませんでしたよ?」
シュタインがそう言うと、シャロップシュも困惑した表情で、うーん、と唸った。
「でも、怪盗の話題が出た途端に、ピョコピョコしだしたしなー」
一同は、ひょっとしたら三毛猫が怪盗の関係者じゃないか、という疑念を抱き始めた。
まさにそのとき!
ぐぅー!
大きな腹の音が、展示室の中に響いた。
音の中心地では、はつ江が申し訳なさそうに笑いながら、白髪頭を掻いている。
「……悪かっただぁよ。お腹が空いちまって」
はつ江がほんのりと頬を赤らめながらそう言うと、三毛猫もピョコピョコ跳ねるのをやめて、フカフカの手で胃の辺りを押さえた。
「みー……」
二人の様子を見たシーマは、ヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。
「ま、まあ。さっき、そろそろお昼に行こうって話もしてたからな……」
脱力しながらもシーマがフォローを入れると、五郎左衛門も苦笑を浮かべた。
「そうでござるな。それに、腹が減っては戦ができぬ、なのでござるよ」
五郎左衛門はそう言いながら、はつ江の肩と三毛猫の頭をタシタシとなでた。
「……というわけでナベリウス館長、この子を連れてお昼に行ってきてもいいですか?」
シーマは苦笑を浮かべながら尻尾の先をピコピコと動かして、ナベリウス一同に尋ねた。すると、ナベリウス一同は、三つの頭で同時にコクリと頷いた。
「うむ。構いませんぞ、殿下!」
「どうぞ、行ってらっしゃいませ」
「今日のオススメ定食は、ハムカツ定食だったよー!」
ナベリウス一同がそう言うと、シーマはペコリと頭を下げた。
「では、お言葉に甘えて、行ってきますね」
「行ってくるだぁよ!」
「行ってまいりますでござる!」
「みぃー!」
四人はそう言うと、パステルカラーの絵が飾られた展示室を後にして、職員食堂へと向かっていった。
食堂にたどり着いた四人は、料理を注文して同じテーブルに着いていた。
「それにしても、職員食堂なのに、ちゃんとお子様メニューがあるんだな」
不意に、焼き魚定食を食べていたシーマが、向かいの席に座った三毛猫の方に目を向けて感心したように呟いた。
シーマの言葉通り、子供用の椅子に腰掛けた三毛猫の前にある皿には……
小さく盛られたチキンライス
小さなハンバーグ
ニンジンのグラッセ
コーンとほうれん草のお浸し
輪切りのバナナ三きれが盛られていた。
ちなみに、チキンライスの上には、魔王の紋章が描かれた小さな旗が立てられている。
「そうなのでござる!この博物館は職員の子供が見学に来ることもあるゆえ、食堂にはお子様メニューもバッチリそろっているのでござる!」
シーマの隣で、五郎左衛門が得意げな表情をしながら胸を張った。すると、五郎左衛門の向かいに座ったはつ江が、三毛猫に向かってニッコリと微笑んだ。
「ミケちゃんや、美味しそうなご飯があってよかったね」
「みー!」
三毛猫ははつ江の言葉に返事をすると、スプーンを握りしめながら嬉しそうに笑った。三毛猫の様子を見た五郎左衛門は感慨深そうに目を閉じて、クルンと巻いた尻尾をパタパタと振った。
「懐かしいでござるなぁ……拙者も父上の仕事を見学しにきたときは、よくこのお子様メニューを食べさせてもらっていたでござる」
五郎左衛門はそう言うと、ハムカツを箸でつまんで一口囓った。すると、はつ江がカツ丼を食べる手を止めて目を見開いた。
「あれまぁよ!ゴロちゃんのお父さんも、ここに務めてたのかい?」
はつ江に尋ねられた五郎左衛門は、ハムカツを飲み込むとコクリと頷いた。
「そうでござるよ!父上も長年、この博物館の警備をしていたのでござる!小さいお子様にもご高齢の方にも分け隔てなく丁寧に接する姿は、拙者の憧れだったのでござる」
五郎左衛門がシミジミとそう言うと、シーマは味噌汁をすすってから、ふーん、と声を漏らした。
「そうだったんだ。お父さんは、もう引退されてるのか?」
シーマが尋ねると、五郎左衛門はビクッと身を震わせた。そして、苦笑を浮かべると、ポリポリと頬を掻いた。
「……それが、昨年の末になくなってしまって」
五郎左衛門の言葉に、今度はシーマがビクッと身を震わせた。
「……ごめん、五郎左衛門」
シーマが耳をぺたりと伏せながら頭を下げると、五郎左衛門は慌てて首をブンブンと横に振った。
「で、殿下!滅相もないでござるよ!末っ子の拙者が生まれたときには、もう中年期も終盤だったので、寿命で大往生だったのでござる!」
五郎左衛門がアタフタしていると、はつ江はニッコリとした笑顔を浮かべた。
「ゴロちゃんみたいに、優しくてしっかりした子がいるからねぇ。お父さんもきっと、心残りは何もなかっただぁよ」
はつ江が優しく声をかけると、五郎左衛門は苦笑を浮かべながら、再び首をブンブンと横に振った。
「いやいやいや!拙者なんてまだまだでござるよ!」
謙遜する五郎左衛門だったが、尻尾は勢いよくブンブンとフラれていた。
三人のやり取りを見ていた三毛猫は、不意にチキンライスをすくう手を止めて目を伏せた。
「みー……」
三毛猫が淋しげに呟くと、五郎左衛門が困惑した表情を浮かべて口を開いた。
「拙者の父上の話は置いておいて……なんとかして三毛殿の親御さんを見つけないと、でござるな」
五郎左衛門の言葉に、シーマも真剣な表情で頷いた。
「そうだな。ひょっとしたら、怪盗の関係者かもしれないっていう可能性も出てきちゃったし……」
シーマがそう言うと、はつ江はキョトンとした表情を浮かべ、再びカツ丼を食べる手を止めた。そして、不意に梅干しを食べてしまったような表情を浮かべて、うーん、と唸った。その表情に、シーマのヒゲと耳がピクリと動いた。
「はつ江!何か思い着いたのか!?」
シーマがテーブルから身を乗り出しながら尋ねると、はつ江はカラカラと笑った。
「わはははは、大したことじゃねぇんだけどよ。ゴロちゃんや」
はつ江に声をかけられた五郎左衛門は、箸を置いて姿勢を正した。
「何でござるか!?」
五郎左衛門が尋ねると、はつ江はニッコリと笑いながら首を傾げた。
「私が住んでるとこだと、建物のには中の様子を記録する機械があるんだけどよ、こっちにはそういうのはあるかい?」
はつ江の問いかけに、五郎左衛門はハッとした表情を浮かべた。そして、すぐに得意げな表情をして、胸の辺りをポンと叩いた。
「もちろんでござる!お手洗い以外の全ての場所に、防犯用の映像記録装置が設置されているでござるよ!」
五郎左衛門がそう答えると、シーマは尻尾と耳をピンと立てた。
「そうか!じゃあ、その映像をこの子にみせれば、親御さんが誰か分かるかもしれないな!」
「み?」
シーマの言葉に、三毛猫はキョトンとした表情で首を傾げた。すると、はつ江がニッコリと笑いながら、三毛猫の頭をポフポフとなでた。
「ミケちゃんのお父さんかお母さんが、見つかるかもしれねぇだあよ」
はつ江がゆっくりとした声で話しかけると、三毛猫は耳をピンと立てて目を輝かせた。
「みー!」
「うんうん、よかっただぁね」
「みみー!」
はつ江がニコニコしながら相槌を打つと、三毛猫もニッコリと笑った。
「今度は、適切な相槌だったみたいだな」
「そのようでござるな」
二人の様子を見たシーマと五郎左衛門も、安堵の笑みを浮かべて、うんうん、と頷き合った。
こうして、シーマ十四世殿下一行による迷子な仔猫ちゃんへの対応は、ちょっとだけ前進したのだった。
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