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第一章 シマシマな日常
カーン
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うどんやさんを後にしたシーマ14世殿下一行は、リストに記載された場所を巡り、着実に調査を進めていった。そうしているうちに、太陽は赤い空の真上まで登っていた。
シーマはフカフカの手にペンを握り、ハーゲンティから受け取った調査先のリストに印を付けて、片耳をピコピコと動かした。
「よし……残すところ、後一件か。意外と、早く終わりそうだな」
シーマが呟くと、蘭子がペコリとお辞儀をした。
「ありがとうございます。殿下と森山様がご協力してくださったおかげで、予定よりずっと早く終わりそうです」
蘭子の言葉に、はつ江がカラカラと笑いかける。
「わはははは!蘭子ちゃんも頑張ってたから、上手くいったんだぁよ!」
「そうだな。はつ江の言うとおり、緑川さんがしっかりとチェックをしてくれたから、滞りなく作業が進められたよ」
シーマもはつ江に同意して、耳と尻尾をピンと立てながら目を細めて笑った。すると、蘭子は頬を赤らめて、再びペコリと頭を下げた。
「あ、ありがとうございます」
はつ江は照れる蘭子の頭を皿に気を付けながら、ポフポフと撫でた。シーマはニッコリしながら、その様子を見つめていた。しかし、その時不意にシーマから、くぅ、とお腹の鳴る音が聞こえてきた。はつ江と蘭子が顔を向けると、シーマは耳を伏せて顔を洗うしてから、コホンと咳払いをした。
「あー……皆、そろそろお昼ご飯にしないか?」
シーマが片耳をピコピコと動かしながら提案すると、はつ江はカラカラと笑いながらシーマの背中をポフポフと撫でた。
「そうだねぇ!私もお腹が空いちまったから、そう言ってくれると助かるだぁよ!」
「そ、そうですね!私も、朝から動き通しなので、お腹がペコペコです!」
はつ江は笑顔で、蘭子は慌てた様子で、シーマの提案に同意した。シーマはピンクの鼻と肉球をほんのりと赤らめながら、ありがとう、と呟きフカフカの頬を掻いた。そして、再びコホンと咳払いをすると、ムニャムニャと呪文を唱え、魔法の扉を作り上げた。
魔法の扉をくぐり抜けた一行がたどりついた先は、中央に噴水がある、石畳の広場だった。
広場には正午を告げる鐘の音がカーンカーンと鳴り響き、水しぶきを上げる噴水の周りに、飲食物を売る屋台が数件並んでいる。その屋台には、角の生えた人、鱗のある人、羽の生えた人など様々な人々が、キチンと列を作って楽しげな表情を浮かべながら並んでいた。屋台に並ぶ人の他にも、散歩をしている人や、公園のスケッチを描いている人なども目に入る。皆、思い思いに楽しんでいる様子だ。
はつ江は感心した表情で辺りを見渡すと、ほう、と声を漏らした。
「一昨日も来たけど、ここは賑やかな場所だねぇ」
はつ江がしみじみとそう言うと、シーマが得意げな顔でフフンと鼻を鳴らした。
「ああ!ここは皆の憩いの場所だからな!お昼には近くに住んでいる人や、勤めている人で賑わうんだ!」
「眺めも綺麗ですし、街の中心地にありますからね。休憩や食事をするために、人が集まるんですよ」
シーマの言葉に蘭子が続くと、はつ江は、ほうほう、と呟きながら頷いた。
「じゃあ、もっと混む前に、お弁当を食べる場所を探さないとねぇ」
はつ江がニッコリと笑ってそう言うと、シーマはコクリと頷いた。
「そうだな。ところで、ボク達はお弁当を持ってきてるけど……緑川さんは?」
「あ、今日はお弁当ではないので、屋台でサンドイッチを買ってきます!」
「じゃあ、私達が席を探しとくから、蘭子ちゃんはお買い物に行ってきな」
はつ江がそう言ってニッコリと笑いかけると、蘭子はペコリと頭を下げた。
「はい!では、行ってまいりますね!」
そう言うと、蘭子は屋台の方に小走りで向かっていった。シーマとはつ江は、蘭子の後ろ姿を見送ると、顔を見合わせた。
「じゃあ、ボク達は席を探しに行こうか!」
「分かっただぁよ!」
二人はそう言って頷き合うと、お弁当を食べる場所を探しに歩き出した。
シーマとはつ江は広場の南側に、噴水を眺めながら三人が並んで座ることのできる大きさのベンチを見つけて腰掛けた。はつ江がポシェットから弁当を取り出していると、紙袋を手に持った蘭子も合流した。三人はそれぞれ弁当箱の蓋と紙袋を開けると声を揃えて、いただきます、と口にしてから食事を始めた。
しばらくは三人とも黙々と食事をしていたが、不意に、蘭子がキュウリが大量に挟まったサンドイッチを食べる手を止めた。そして、ふぅ、と小さくため息を吐いた。
「蘭子ちゃん。どうしたんだい?」
ため息を聞いたはつ江は、カブの炒め物を食べる箸を止めて心配そうに首を傾げた。
「……体調が悪くなったのか?」
シーマも目を固く閉じながらピーマンとジャコの和え物を飲み込むと、心配そうな表情で蘭子を見つめた。二人に心配された蘭子は、しまった、と言いたげな表情を浮かべてから、首を激しく降った。
「いえいえいえ!体調は大丈夫です!ただ……」
蘭子はそこまで口にすると、再び小さくため息を吐いた。
「……午前中に伺った調査先からは、やはり厳しいご意見も多かったなと思いまして」
蘭子がそう言って肩を落とすと、シーマは苦笑いを浮かべながら片耳をピコピコと動かした。
「まあ、厳しいと言っても、緑川さんが前回の謝罪をして、調査結果の説明も丁寧にしてたから、『次からは気を付けろよ!』とか、『毎回この位しっかり調査しろよ!』とか、励ましも含んでたじゃないか」
シーマがフォローを入れると、はつ江も蘭子に向かってニッコリと笑いかけた。
「そうだぁよ。ちょっとイザコザしたとしても、その後にしっかり謝って誠意を見せれば、なんとかなるもんだぁよ」
二人の言葉に、蘭子は目を潤ませて、ありがとうございます、と小声で呟きながら頭を下げた。その様子を見て、シーマとはつ江はニッコリと微笑んだ。
「まあ、それで駄目だったとしても、そん時はそん時で、何かしらがどうにかなるもんだぁよ!」
「はつ江……随分アバウトなアドバイス発言だな……」
カラカラと笑うはつ江の言葉に、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らしながらそう呟いた。そんな二人を見て、蘭子は目を細めて楽しそうにニコッと笑った。
そうしているうちに、三人は昼食を終えた。
三人は後片付けを終えると、同時に背伸びをしながら深呼吸をした。
「よし!次で、最後だから頑張るとするか!」
「皆、頑張ろうね!」
「はい!頑張りましょう!」
三人が決意を新たにしていると、どこからともなくトコトコという足音が近づいて来た。
「あー!殿下ー!はつ江おばあちゃーん!」
三人が足音と声の方向に顔を向けると、一匹の茶トラの仔猫が小走りに近づいて来ている。
現れたのは、若草色のチュニックに、左膝にバッタのアップリケが付いた黒い長ズボン、先端が丸みを帯びた飾り毛つきの小さな耳、ボタンのように丸い小さな緑色の目……魔界随一のバッタの申し子、モロコシだった。
モロコシはリンゴがたくさん入ったカゴを抱えながら、三人の元に駆け寄った。
「殿下、はつ江おばあちゃん、えーと……カッパさん、こんにちはー!」
モロコシは元気よく挨拶すると、リンゴのカゴを抱えながらペコリとお辞儀をした。
「モロコシちゃん。こんにちは!」
「こ、こんにちは」
はつ江がカラカラと笑いながら挨拶し、蘭子も戸惑いながらペコリとお辞儀をした。
「やあ、モロコシ……!」
シーマも耳と尻尾をピンと立てて挨拶をしたが、すぐさまコホンと咳払いをして、尻尾の先をクニャリと曲げた。
「……モロコシ、今日は学校じゃなかったのか?」
「うん!今日は給食の時間までだったよー。だから、お父さんとお母さんのお手伝いで、リンゴを樫村さんの家まで、おどどけにいくの!」
モロコシがニッコリと笑いながら答えると、蘭子が目を見開いた。
「樫村様!?というと、あの炭焼き職人のですか!?」
蘭子が急に大きな声を出したため、シーマとモロコシは毛を逆立てて黒目を大きくしながら飛び跳ねた。蘭子は二人の様子を見て、しまった、と言いたげな表情を浮かべてから、ペコリと頭を下げた。
「お、大声を出してしまい、大変失礼いたしました。私、魔界水道局中央本部水源管理科の緑川蘭子と申します」
蘭子が謝ると、モロコシはニッコリと笑って、大丈夫だよー、と答えた。
「ぼくは、モロコシだよー!蘭子さんも、樫村さんを知ってるの?」
モロコシがキョトンとした表情で首を傾げると、蘭子はコクリと頷いた。
「はい。私達も、これから井戸の水質調査で、樫村様のお宅に伺うところなんです」
蘭子がそう言うと、シーマははつ江からポシェットを借りて、調査先リストを取り出した。そして、リストをフカフカの指でなぞると、うん、と言いながらコクリと頷いた。
「調査先リストの住所もここからそこまで離れてないし、職業欄にも炭焼き職人って書いてあるから、モロコシが会おうとしてる樫村さんと同一人物だな」
「そうなんだー!じゃあ、ぼくも一緒にいっていい?」
モロコシが小首を傾げて尋ねると、シーマは、えーと、と口ごもり、はつ江と蘭子に顔を向けた。二人はシーマを見つめると、ニッコリと笑った。
「当局としては、全く構いませんよ!」
「モロコシちゃんが一緒だと、私も嬉しいだぁよ!」
二人がそう言うと、シーマは耳と尻尾を立ててニッコリと笑って、そうか、と呟いた。
「よし!じゃあ、モロコシも一緒に行こう!」
シーマがが声を掛けると、モロコシも耳と尻尾をピンと立ててニッコリと笑いながら、ピョコンと飛び跳ねた。
「わーい!殿下、はつ江おばあちゃん、蘭子さん、今日はよろしくね!」
モロコシが楽しそうにそう言うと、シーマ、はつ江、蘭子もニッコリと笑った。
「ああ、よろしくな!」
「ヨロシクだぁよ!」
「宜しくお願いいたします」
モロコシが加わったことにより、一行の猫度は大幅に上昇した。
こうして一行は、最後の水質調査先および、お父さんとお母さんのお手伝い先の、炭焼き職人樫村さんのお宅に訪問することとなった。
シーマはフカフカの手にペンを握り、ハーゲンティから受け取った調査先のリストに印を付けて、片耳をピコピコと動かした。
「よし……残すところ、後一件か。意外と、早く終わりそうだな」
シーマが呟くと、蘭子がペコリとお辞儀をした。
「ありがとうございます。殿下と森山様がご協力してくださったおかげで、予定よりずっと早く終わりそうです」
蘭子の言葉に、はつ江がカラカラと笑いかける。
「わはははは!蘭子ちゃんも頑張ってたから、上手くいったんだぁよ!」
「そうだな。はつ江の言うとおり、緑川さんがしっかりとチェックをしてくれたから、滞りなく作業が進められたよ」
シーマもはつ江に同意して、耳と尻尾をピンと立てながら目を細めて笑った。すると、蘭子は頬を赤らめて、再びペコリと頭を下げた。
「あ、ありがとうございます」
はつ江は照れる蘭子の頭を皿に気を付けながら、ポフポフと撫でた。シーマはニッコリしながら、その様子を見つめていた。しかし、その時不意にシーマから、くぅ、とお腹の鳴る音が聞こえてきた。はつ江と蘭子が顔を向けると、シーマは耳を伏せて顔を洗うしてから、コホンと咳払いをした。
「あー……皆、そろそろお昼ご飯にしないか?」
シーマが片耳をピコピコと動かしながら提案すると、はつ江はカラカラと笑いながらシーマの背中をポフポフと撫でた。
「そうだねぇ!私もお腹が空いちまったから、そう言ってくれると助かるだぁよ!」
「そ、そうですね!私も、朝から動き通しなので、お腹がペコペコです!」
はつ江は笑顔で、蘭子は慌てた様子で、シーマの提案に同意した。シーマはピンクの鼻と肉球をほんのりと赤らめながら、ありがとう、と呟きフカフカの頬を掻いた。そして、再びコホンと咳払いをすると、ムニャムニャと呪文を唱え、魔法の扉を作り上げた。
魔法の扉をくぐり抜けた一行がたどりついた先は、中央に噴水がある、石畳の広場だった。
広場には正午を告げる鐘の音がカーンカーンと鳴り響き、水しぶきを上げる噴水の周りに、飲食物を売る屋台が数件並んでいる。その屋台には、角の生えた人、鱗のある人、羽の生えた人など様々な人々が、キチンと列を作って楽しげな表情を浮かべながら並んでいた。屋台に並ぶ人の他にも、散歩をしている人や、公園のスケッチを描いている人なども目に入る。皆、思い思いに楽しんでいる様子だ。
はつ江は感心した表情で辺りを見渡すと、ほう、と声を漏らした。
「一昨日も来たけど、ここは賑やかな場所だねぇ」
はつ江がしみじみとそう言うと、シーマが得意げな顔でフフンと鼻を鳴らした。
「ああ!ここは皆の憩いの場所だからな!お昼には近くに住んでいる人や、勤めている人で賑わうんだ!」
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シーマの言葉に蘭子が続くと、はつ江は、ほうほう、と呟きながら頷いた。
「じゃあ、もっと混む前に、お弁当を食べる場所を探さないとねぇ」
はつ江がニッコリと笑ってそう言うと、シーマはコクリと頷いた。
「そうだな。ところで、ボク達はお弁当を持ってきてるけど……緑川さんは?」
「あ、今日はお弁当ではないので、屋台でサンドイッチを買ってきます!」
「じゃあ、私達が席を探しとくから、蘭子ちゃんはお買い物に行ってきな」
はつ江がそう言ってニッコリと笑いかけると、蘭子はペコリと頭を下げた。
「はい!では、行ってまいりますね!」
そう言うと、蘭子は屋台の方に小走りで向かっていった。シーマとはつ江は、蘭子の後ろ姿を見送ると、顔を見合わせた。
「じゃあ、ボク達は席を探しに行こうか!」
「分かっただぁよ!」
二人はそう言って頷き合うと、お弁当を食べる場所を探しに歩き出した。
シーマとはつ江は広場の南側に、噴水を眺めながら三人が並んで座ることのできる大きさのベンチを見つけて腰掛けた。はつ江がポシェットから弁当を取り出していると、紙袋を手に持った蘭子も合流した。三人はそれぞれ弁当箱の蓋と紙袋を開けると声を揃えて、いただきます、と口にしてから食事を始めた。
しばらくは三人とも黙々と食事をしていたが、不意に、蘭子がキュウリが大量に挟まったサンドイッチを食べる手を止めた。そして、ふぅ、と小さくため息を吐いた。
「蘭子ちゃん。どうしたんだい?」
ため息を聞いたはつ江は、カブの炒め物を食べる箸を止めて心配そうに首を傾げた。
「……体調が悪くなったのか?」
シーマも目を固く閉じながらピーマンとジャコの和え物を飲み込むと、心配そうな表情で蘭子を見つめた。二人に心配された蘭子は、しまった、と言いたげな表情を浮かべてから、首を激しく降った。
「いえいえいえ!体調は大丈夫です!ただ……」
蘭子はそこまで口にすると、再び小さくため息を吐いた。
「……午前中に伺った調査先からは、やはり厳しいご意見も多かったなと思いまして」
蘭子がそう言って肩を落とすと、シーマは苦笑いを浮かべながら片耳をピコピコと動かした。
「まあ、厳しいと言っても、緑川さんが前回の謝罪をして、調査結果の説明も丁寧にしてたから、『次からは気を付けろよ!』とか、『毎回この位しっかり調査しろよ!』とか、励ましも含んでたじゃないか」
シーマがフォローを入れると、はつ江も蘭子に向かってニッコリと笑いかけた。
「そうだぁよ。ちょっとイザコザしたとしても、その後にしっかり謝って誠意を見せれば、なんとかなるもんだぁよ」
二人の言葉に、蘭子は目を潤ませて、ありがとうございます、と小声で呟きながら頭を下げた。その様子を見て、シーマとはつ江はニッコリと微笑んだ。
「まあ、それで駄目だったとしても、そん時はそん時で、何かしらがどうにかなるもんだぁよ!」
「はつ江……随分アバウトなアドバイス発言だな……」
カラカラと笑うはつ江の言葉に、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らしながらそう呟いた。そんな二人を見て、蘭子は目を細めて楽しそうにニコッと笑った。
そうしているうちに、三人は昼食を終えた。
三人は後片付けを終えると、同時に背伸びをしながら深呼吸をした。
「よし!次で、最後だから頑張るとするか!」
「皆、頑張ろうね!」
「はい!頑張りましょう!」
三人が決意を新たにしていると、どこからともなくトコトコという足音が近づいて来た。
「あー!殿下ー!はつ江おばあちゃーん!」
三人が足音と声の方向に顔を向けると、一匹の茶トラの仔猫が小走りに近づいて来ている。
現れたのは、若草色のチュニックに、左膝にバッタのアップリケが付いた黒い長ズボン、先端が丸みを帯びた飾り毛つきの小さな耳、ボタンのように丸い小さな緑色の目……魔界随一のバッタの申し子、モロコシだった。
モロコシはリンゴがたくさん入ったカゴを抱えながら、三人の元に駆け寄った。
「殿下、はつ江おばあちゃん、えーと……カッパさん、こんにちはー!」
モロコシは元気よく挨拶すると、リンゴのカゴを抱えながらペコリとお辞儀をした。
「モロコシちゃん。こんにちは!」
「こ、こんにちは」
はつ江がカラカラと笑いながら挨拶し、蘭子も戸惑いながらペコリとお辞儀をした。
「やあ、モロコシ……!」
シーマも耳と尻尾をピンと立てて挨拶をしたが、すぐさまコホンと咳払いをして、尻尾の先をクニャリと曲げた。
「……モロコシ、今日は学校じゃなかったのか?」
「うん!今日は給食の時間までだったよー。だから、お父さんとお母さんのお手伝いで、リンゴを樫村さんの家まで、おどどけにいくの!」
モロコシがニッコリと笑いながら答えると、蘭子が目を見開いた。
「樫村様!?というと、あの炭焼き職人のですか!?」
蘭子が急に大きな声を出したため、シーマとモロコシは毛を逆立てて黒目を大きくしながら飛び跳ねた。蘭子は二人の様子を見て、しまった、と言いたげな表情を浮かべてから、ペコリと頭を下げた。
「お、大声を出してしまい、大変失礼いたしました。私、魔界水道局中央本部水源管理科の緑川蘭子と申します」
蘭子が謝ると、モロコシはニッコリと笑って、大丈夫だよー、と答えた。
「ぼくは、モロコシだよー!蘭子さんも、樫村さんを知ってるの?」
モロコシがキョトンとした表情で首を傾げると、蘭子はコクリと頷いた。
「はい。私達も、これから井戸の水質調査で、樫村様のお宅に伺うところなんです」
蘭子がそう言うと、シーマははつ江からポシェットを借りて、調査先リストを取り出した。そして、リストをフカフカの指でなぞると、うん、と言いながらコクリと頷いた。
「調査先リストの住所もここからそこまで離れてないし、職業欄にも炭焼き職人って書いてあるから、モロコシが会おうとしてる樫村さんと同一人物だな」
「そうなんだー!じゃあ、ぼくも一緒にいっていい?」
モロコシが小首を傾げて尋ねると、シーマは、えーと、と口ごもり、はつ江と蘭子に顔を向けた。二人はシーマを見つめると、ニッコリと笑った。
「当局としては、全く構いませんよ!」
「モロコシちゃんが一緒だと、私も嬉しいだぁよ!」
二人がそう言うと、シーマは耳と尻尾を立ててニッコリと笑って、そうか、と呟いた。
「よし!じゃあ、モロコシも一緒に行こう!」
シーマがが声を掛けると、モロコシも耳と尻尾をピンと立ててニッコリと笑いながら、ピョコンと飛び跳ねた。
「わーい!殿下、はつ江おばあちゃん、蘭子さん、今日はよろしくね!」
モロコシが楽しそうにそう言うと、シーマ、はつ江、蘭子もニッコリと笑った。
「ああ、よろしくな!」
「ヨロシクだぁよ!」
「宜しくお願いいたします」
モロコシが加わったことにより、一行の猫度は大幅に上昇した。
こうして一行は、最後の水質調査先および、お父さんとお母さんのお手伝い先の、炭焼き職人樫村さんのお宅に訪問することとなった。
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