鯨井イルカ

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遠ざかっていく水色の空の下で

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 眩しい朝の陽射し。
 
 頬をなでる風の感触。

 微かに聞こえる鳥の囀り。 

 人通りの少ない街。

 雲一つ無い空。

 あなたが考えているより、世界はもっと美しい。
 そんなフレーズのコマーシャルソングがあった気がする。
 そんなことを思いながら、窓の外を眺めている。
 
 昨夜は数年ぶりに、一睡もできなかった。
 それでも、今日は休日なので絶望的な気分にはならなかった。
 それに、眠ったところで悪夢しか見ないのだから。
 しかし、一晩中部屋に閉じこもっていたため、気分が少し滅入った。
 だから、外の空気を吸いたくなり、換気のために窓を開いたのだった。


 開いた窓の先には、当たり前な住宅街の朝の景色が広がっている。

 一睡もできなかったとしても、朝は来るものだな。 
 そんな当たり前なことを考えながら、私は窓辺に寄りかかり上半身を窓の外に出した。
 目の前には、水色一色の空が広がっている。
 睡眠不足のためか、まるで宙に浮いているような浮遊感がある。

 私はしばらくの間、その浮遊感に身を任せることにした。


 それにしても、雲一つ無い綺麗な色をした空だ。
 まるで恐ろしい物など、全く存在していないと思えてくる。
 ウジ色をした気色の悪いモノも。
 顔に穴を開けられることになった少女も。
 吊された下顎とその持ち主達も。
 ドクミツバチと血管の塊と瀕死の子供も。
 私を非難する紫色の顔も。
 これから訪れるだろうまだ見ぬ恐ろしい光景も。 


 最近の悪夢を思い出してしまい、口から深いため息が漏れた。 
 たしかに、それらは現実には存在していない。
 しかし、私にとっては現実の一部になっている。

 
「私が、何をしたというのか?」


 そんな言葉が、ため息に混じりながら口をついて出た。
 しかし、誰かが答えてくれるはずもない。
 私の声は水色一色の空に紛れるように消えていく。
 虚しい、とは思った。
 それでも、そんな言葉をこぼさずにはいられなかった。 
  
 毎晩訪れ、私を責める悪夢。
 しかし、責めさいなまれる理由など、私にあるのだろうか?
 たしかに、私は全ての人から褒め称えられるような、完璧な人間ではない。
 それでも、品行方正には、生きてきたつもりだ。

 血の繋がった家族を見捨てずにいること。
 限界が来る直前の人間に手を貸すこと。
 不条理な圧力に憤ること。
 壊れてしまった者の責務を引き取ること。
 ただ、日常を過ごすこと。 

「それが、責められるべきことだというのか?」

 再び、ため息と共に言葉がこぼれた。
 しかし、当然のことながら、答えは返ってこない。
 ただ、空が水色をしながら広がっているだけだ。

 
 私はそのまま、空を眺め続けた。



 どのくらいの時間が経ったのかは分からない。
 不意に、疑問に対する答えが頭に浮かんだ。


 そうだ、私はきっと罪を犯す前に、罰を受けていたに違いない。 


 繰り返し訪れる陰惨な光景も、私をなじる紫色の顔も、罰の先払いに過ぎなかったのだろう。
 あるいは、品行方正な生活すらも、罰だったのかもしれない。
 ああ、それならば、納得がいく。
 
 
 だとすれば、私はこれから罪を犯さないといけない。
 

 先払いした罰に見合うだけの罪を。
 全部お前のせいだ、という言葉に違わないような罪を。



 眠気で朦朧とする頭で、そんな子供じみた屁理屈を考えていた。
 遠ざかっていく水色の空を眺めながら。







 それから、私が悪夢を見ることはなくなった。
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