鯨井イルカ

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常夜灯が灯る部屋で

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 常夜灯のオレンジ色をした光が、あたりを包んでいる。
 
 深く息を吸い込むと、ラベンダーの香りが鼻腔に広がる。
 
 ベッドのスプリングは、硬すぎも柔らかすぎもしない。

 掛け布団は、心地良い温度と湿度で体を包んでいる。

 針の音を立てる時計もない。

 まさに、眠るにはもってこいの環境だ。

 現に目蓋は重く、手足にも力が入らない。

 目の前には、ただ真っ黒な闇が広がっている。

 この体の重みと静かな暗闇に身を任せれば、すぐに眠りに落ちることができるのだろう。

 そう、眠ることはできるのだ。
 眠ることだけは。
 だからといって、心身が休まるわけではないが。

 それでも、一時期は不眠に悩まされていたから、今は眠ることができるだけ幾分かマシなのかもしれない。

 そんなことを考えていると、ざわざわとした不快な音が遠くから聞こえてきた。

 この部屋には、そんな音を立てる物は一切置いていないというのに。

 音が聞こえた途端、目の前に浮かぶ暗い紫色をした模様が、収縮を始める。

 音は徐々にこちらに近づいてくる。

 それに合わせ、紫色の収縮が活性化する。

 次第に、あたりは収縮する紫色の模様と、ざわざわとした雑音に包まれる。

 
 ああ、今日もなのか。


 このまま、何もせずにいれば、深い眠りにつくことはできる。

 いや、深い眠りというと語弊があるのかもしれない。
 深い眠りならば、夢すら見ないはずだ。
 しかし、意識を手放せば、必ず夢を見る羽目になる。


 耐えがたい悪夢を。


 あるときは、厭わしいものが、目の前に現れる。
 あるときは、愛しいものが、目の前から消え失せる。

 ときには、死にたくないのに、死ぬことになる。
 ときには、死にたいと思うのに、死ぬことすらできなくなる。

 また、殺したくない相手を、殺すこともある。
 また、殺したい相手を、殺せないこともある。

 そんな悪夢が、もう数年間は続いている。
 耐えることなく、毎晩、ずっと。
 この紫色の収縮と不快な音が、私の元に悪夢を連れてくるのだ。

 悪夢を見始めた頃は、状況を打破しようとも思っていた。
 少しでも深い眠りにつこうと、寝具を買い換えるなど、寝室の環境を整えた。
 睡眠外来のあるクリニックにも、通い続けている。
 しかし、何をしても紫色の収縮と不快な音は、私に悪夢を運び続けてきた。
 
 眼前で渦を巻く紫色の収縮と不快な音は、また悪夢を連れてきたのだろう。
 きっと、今日も。

 しかし、起き上がって逃げるほどの気力も体力も、この体には残っていない。
 それに、起き上がって悪夢から逃れたところで、今度は睡眠不足に苛まれるだけだ。

 
 ならば、せめて祈ることにしよう。


 これから見る悪夢を楽しめますように、と。
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