2 / 3
命の終わりとはじまり
☆自殺前夜
しおりを挟む「あの真ん中の青白い星を見てごらん。あれはねレヴリアって言うんだ」
白衣の彼は、ポケットにしまってない方の手で、科学室の窓の向こう側を指を差した。
私は天体望遠鏡を覗いた。もの寂しい真っ暗闇の中、一際輝く星が一つ夜空に浮かんでいる。
「レヴリア……」
「ああ。僕が名前をつけた」
「夜白先生が?」
「うん」
「そうなんですね」
望遠鏡から目を離すと、先生は、深く青みがかった黒い瞳で私のことをじっと見つめていた。その表情は、いつ教壇に立つ先生の顔とはどれも違っていて、それ以上見つめ返すのが怖いくらいに大人びていた。
「ねえ遠坂さん。星も死ぬんだよ」
温かな声、それでいて穏やかな声で彼は言った。ひょっとしたら聞く人にとっては冷たい声かもしれないけど、私にとっては十二分に穏やかだった。
「星はすでに死んでるんじゃないんですか?だってこの前授業で……」
「うん、死んでるよ。つまり、以前は生きてたって事だ。星は一つの生命体かもしれない。誰も宇宙の隅々の全ての星を調べきった訳じゃない。この宇宙は人間の脳派の構造によく似てるらしいね。もしも宇宙自体が生命体なら……僕らの存在はなんだろう」
「餌かも」
私の返答を聞いて、唇の横の白い肌に堀を作った。今年で四十歳の誕生日を迎える彼は、他の四十代男性と比べて若く見える。スペインと日本のハーフで、目鼻立ちが良く、クラスの女子からバレンタインにチョコレートを貰っていたのを見た事がある。
そんな先生が何故私と一緒にいてくれるのか不思議でしかない。彼の細く骨ばった左の薬指を見た。銀色の輪に飾られた小粒のダイヤモンドがきらりと私を睨んでいる。
「そろそろ帰るかい、遠坂さん。話せて嬉しかった」
「は、はい……」
家には帰りたくない。私は喉に力を込めた。ううん、あの場所は家なんかじゃない。私には帰る場所なんてどこにもない。
だから先生と星を見る時間が好きだった。孤独の暗闇の中に浮かぶ星々。唯一私が帰れる場所だった。私は天井の、無機質な蛍光灯を見上げた。結局、ここもただの箱なんだ。私の居場所は、きっとどこにもない。
「寂しい?」
「い、いえ」
私は焦りながら、先生の方へ顔を向け、手を素早く横に振った。その時冷たい手のひらが右頬を包んだ。先生の唇が近づいてくると、唇同士が癒着した。私の目頭が熱くなって、奥歯を噛み締めた。頭の中に、途方もない宇宙空間が広がった。狂おしいほどの恐怖と、孤独が……。
その日、帰ったのは夜の七時半だった。帰ったあとも夜空を見た。思い浮かぶのは先生の顔だった。自分の勉強机に座り、日記を書く。
そして翌日の朝。いつものように制服に着替えた私は、朝食を食べ終えた後、外に出た。外はむしむししてて、茹だるような暑さの中、蝉は鼓膜を殺すように五月蝿く叫んでいた。
カンカンカン。黄色と黒の遮断機はゴールのテープに見えた。
死にたい……死にたい……死にたい……死にたい……死にたい……死にたい……死にたい……死にたい……。
私は頭をかがめて、遮断機をくぐった。
瞬間。全身を震わす衝撃音と、体中がバラバラに引きちぎられる感覚。それは一瞬で激しく散らばり、私と体が離れ離れになって、脳はシャットアウトした。真っ暗闇に……。
あ、星だ。私は微かに、昨日見た宇宙を確かめた気がした。
――星子。
――え?なに?誰?その声は……。
――星子。起きて。
――どうして?私はもう死にたいの。
――星子、まだ君には役目がある。死んじゃダメだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜
あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。
そんな世界に唯一現れた白髪の少年。
その少年とは神様に転生させられた日本人だった。
その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。
⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。
⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる