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命の終わりとはじまり

☆自殺前夜

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   「あの真ん中の青白い星を見てごらん。あれはねレヴリアって言うんだ」
 白衣の彼は、ポケットにしまってない方の手で、科学室の窓の向こう側を指を差した。
 私は天体望遠鏡を覗いた。もの寂しい真っ暗闇の中、一際輝く星が一つ夜空に浮かんでいる。
「レヴリア……」
「ああ。僕が名前をつけた」
「夜白先生が?」
「うん」
「そうなんですね」
望遠鏡から目を離すと、先生は、深く青みがかった黒い瞳で私のことをじっと見つめていた。その表情は、いつ教壇に立つ先生の顔とはどれも違っていて、それ以上見つめ返すのが怖いくらいに大人びていた。
「ねえ遠坂さん。星も死ぬんだよ」
 温かな声、それでいて穏やかな声で彼は言った。ひょっとしたら聞く人にとっては冷たい声かもしれないけど、私にとっては十二分に穏やかだった。

「星はすでに死んでるんじゃないんですか?だってこの前授業で……」
「うん、死んでるよ。つまり、以前は生きてたって事だ。星は一つの生命体かもしれない。誰も宇宙の隅々の全ての星を調べきった訳じゃない。この宇宙は人間の脳派の構造によく似てるらしいね。もしも宇宙自体が生命体なら……僕らの存在はなんだろう」
「餌かも」
私の返答を聞いて、唇の横の白い肌に堀を作った。今年で四十歳の誕生日を迎える彼は、他の四十代男性と比べて若く見える。スペインと日本のハーフで、目鼻立ちが良く、クラスの女子からバレンタインにチョコレートを貰っていたのを見た事がある。
そんな先生が何故私と一緒にいてくれるのか不思議でしかない。彼の細く骨ばった左の薬指を見た。銀色の輪に飾られた小粒のダイヤモンドがきらりと私を睨んでいる。

「そろそろ帰るかい、遠坂さん。話せて嬉しかった」
「は、はい……」
家には帰りたくない。私は喉に力を込めた。ううん、あの場所は家なんかじゃない。私には帰る場所なんてどこにもない。
 だから先生と星を見る時間が好きだった。孤独の暗闇の中に浮かぶ星々。唯一私が帰れる場所だった。私は天井の、無機質な蛍光灯を見上げた。結局、ここもただの箱なんだ。私の居場所は、きっとどこにもない。
「寂しい?」
「い、いえ」
私は焦りながら、先生の方へ顔を向け、手を素早く横に振った。その時冷たい手のひらが右頬を包んだ。先生の唇が近づいてくると、唇同士が癒着した。私の目頭が熱くなって、奥歯を噛み締めた。頭の中に、途方もない宇宙空間が広がった。狂おしいほどの恐怖と、孤独が……。

その日、帰ったのは夜の七時半だった。帰ったあとも夜空を見た。思い浮かぶのは先生の顔だった。自分の勉強机に座り、日記を書く。


 そして翌日の朝。いつものように制服に着替えた私は、朝食を食べ終えた後、外に出た。外はむしむししてて、茹だるような暑さの中、蝉は鼓膜を殺すように五月蝿く叫んでいた。
カンカンカン。黄色と黒の遮断機はゴールのテープに見えた。


死にたい……死にたい……死にたい……死にたい……死にたい……死にたい……死にたい……死にたい……。

 私は頭をかがめて、遮断機をくぐった。

 瞬間。全身を震わす衝撃音と、体中がバラバラに引きちぎられる感覚。それは一瞬で激しく散らばり、私と体が離れ離れになって、脳はシャットアウトした。真っ暗闇に……。
あ、星だ。私は微かに、昨日見た宇宙を確かめた気がした。


――星子。
――え?なに?誰?その声は……。
――星子。起きて。
――どうして?私はもう死にたいの。
――星子、まだ君には役目がある。死んじゃダメだ。
 
  
 
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