9 / 12
ようこそ残飯食堂へ
九 最期の愛情定食
しおりを挟む俺は反射的に男から目をそらした。
「はあ、はあ、なんだここは?」
疲れた声が背中に届く。
「ここは残飯食堂です」
「残……飯?」
「いらっしゃいませ。どうぞお好きな席にお座りください」
新たな客は少しの間戸惑うよう沈黙したあと、俺のすぐ隣の椅子を、不器用に引きずった。俺は顔が見られないようにうつむく。男は緊張しているのか何も喋らなかった。浅い呼吸だけが聞こえた。人かどうかも怪しいメイドの少女はクローシュを、藤田の前にコトンと置いた。俺は最悪さっきの男の一部でも入ってるんじゃないかと思い、心臓が速まった。気分が悪いから、見ないでおこうとテーブルの木目を見つめる。無意味な現実逃避は彼の悲鳴と、椅子から飛び退く音で終わった。
「ああ、あ……ち、ちぃ」
後ろで震える声に、俺は出来ることならこのまま真っ暗闇と一緒に溶けたいくらいだった。でも結局見ずにはいられなかった。
「っはあ!」
目の前の光景に仰天して息を吐きだす。冷めた魚定食の白ごはんや、おかずの上には鮮血が飛び散っている。隣の男は小さな細い声で繰り返し呟いた。「神様、お願いします助けてください……お願いします」
「どうかしましたか?藤田様、食べないのですか?あなたは今とてもお腹が空いているはずです。どうぞ席に座ってごゆっくりお召し上がりください」
俺は我慢の限界がきて椅子から勢いよく立ち上がった。
「こんなの食べられるわけないだろう!?あんた鬼畜か!?」
「食べ物を粗末にしてはいけませんよ。藤田様、お母様もよくそうおっしゃいませんでしたか?」
藤田はハッと顔を上げた。だが、その途端テーブルに縋り付くように急いで立って、料理を床に投げつけた。残飯は余計に無惨な形になった。
「ああっああっ早く早くここから出せえええっ」
藤田は広い小鼻から激しく息を吹いて、自分のベトベトな髪の毛を抜きそうなくらい強く引っ張り掻きむしり、狂ったように泣き叫んだ。俺はぞくりとした。凍りつくように藤田を見下ろす彼女の顔に。
「今、食べ物を粗末にしましたね」
すると、メイドは銃の先端を藤田のこめかみに当てた。そして、
「食え!食え!」と物凄い形相で、藤田の髪を掴んで床に落っこちた残飯に向かって這いつくばらせるよう引っ張った。
恐怖感からか涎を垂らして泣きじゃくる藤田の顔を、容赦なく残飯に擦り付けた。藤田はえづいて、あばばと声を出した。
そしてようやく、拷問の末に彼は息を求めるように口をモゾモゾと動かした。俺は気分が悪くなりながらも唾を飲んで見守った。
「ああ……。あああ……」
うめく声を漏らしたあと、残飯まみれの顔を上げた両目には、涙が垂れていた。恐怖感からか、と俺は思った。が、藤田は肩を震わせながら無言で、血のついたご飯や焼き魚を手で掴んで口の中にかき込んだ。残飯は一気に彼の胃袋の中に収まって、皿の上は空になった。彼は、満足そうに涙を浮かべて呟いた。
「ごちそう、さまでした」
流石に俺は耳と目を疑った。
「これは、どうやって?」
と藤田は問いかける。顔からはもうさっきの恐怖心は消えていた。
「それは秘密です。ですが喜んでいただいて何よりです」
「おいしかった。ああ……」
まただ。彼はあの金城と同じ、残飯を食べてから人が変わったようになった。一体その料理にどんなカラクリがしかけられているんだ?しかし彼は金城と違って自殺はしなかった。その代わり、メイドに案内をされるまま暗闇へと消え去っていった。
彼は無事に帰れたのか?しばらくしてメイドの女だけ戻ってきて、皿を片付け始めた。
「あの、ここはなんですか?」
疲れ切った声がそう尋ねてきた。俺は声を出すのも億劫で無視をした。知るか、こっちだって知りたい。だけど少しだけ希望が湧いた。料理には毒は入ってないことと、さっきの藤田を見て店から出られるかもという希望だ。
「はあ、なんてことだ。なんてツイてないんだ」
男はため息と一緒に、泣きそうな声で吐き出した。俺の腹もため息をついている。
片付けを終えたメイドが定位置について、男に事務的に問いかけた。
「村沢様、進藤様、ご注文はいかがになさいましょう?」
俺はコップを投げつけたくなった。
「なんで、彼らは泣いてたんだ」
空っぽの薄いガラスを握りしめながら、メイドに聞く。
「あのお客様がたは世界で一番美味しい料理を召し上がったので」
「あの料理、残飯に何が入ってる?変な薬か?」
「申し訳ございませんが、レシピは秘密とさせていただいております」
淡々とした口調に俺は苛立ちを隠せず、貧乏ゆすりをした。
「ですが……」
彼女は続けた。
「味覚というのは、記憶に影響します。進藤様が金城様の料理を食べたところで、何も感動はしないでしょう」
「……というと?」
「彼はあの料理を食べたことがある」
村沢と呼ばれた隣の男が、亡霊のような声色で呟いた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
彼女が愛した彼は
朝飛
ミステリー
美しく妖艶な妻の朱海(あけみ)と幸せな結婚生活を送るはずだった真也(しんや)だが、ある時を堺に朱海が精神を病んでしまい、苦痛に満ちた結婚生活へと変わってしまった。
朱海が病んでしまった理由は何なのか。真相に迫ろうとする度に謎が深まり、、、。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/mystery.png?id=41ccf9169edbe4e853c8)
放課後は、喫茶店で謎解きを 〜佐世保ジャズカフェの事件目録(ディスコグラフィ)〜
邑上主水
ミステリー
かつて「ジャズの聖地」と呼ばれた長崎県佐世保市の商店街にひっそりと店を構えるジャズ・カフェ「ビハインド・ザ・ビート」──
ひょんなことから、このカフェで働くジャズ好きの少女・有栖川ちひろと出会った主人公・住吉は、彼女とともに舞い込むジャズレコードにまつわる謎を解き明かしていく。
だがそんな中、有栖川には秘められた過去があることがわかり──。
これは、かつてジャズの聖地と言われた佐世保に今もひっそりと流れ続けている、ジャズ・ミュージックにまつわる切なくもあたたかい「想い」の物語。
死者からのロミオメール
青の雀
ミステリー
公爵令嬢ロアンヌには、昔から将来を言い交した幼馴染の婚約者ロバートがいたが、半年前に事故でなくなってしまった。悲しみに暮れるロアンヌを慰め、励ましたのが、同い年で学園の同級生でもある王太子殿下のリチャード
彼にも幼馴染の婚約者クリスティーヌがいるにも関わらず、何かとロアンヌの世話を焼きたがる困りもの
クリスティーヌは、ロアンヌとリチャードの仲を誤解し、やがて軋轢が生じる
ロアンヌを貶めるような発言や行動を繰り返し、次第にリチャードの心は離れていく
クリスティーヌが嫉妬に狂えば、狂うほど、今までクリスティーヌに向けてきた感情をロアンヌに注いでしまう結果となる
ロアンヌは、そんな二人の様子に心を痛めていると、なぜか死んだはずの婚約者からロミオメールが届きだす
さらに玉の輿を狙う男爵家の庶子が転校してくるなど、波乱の学園生活が幕開けする
タイトルはすぐ思い浮かんだけど、書けるかどうか不安でしかない
ミステリーぽいタイトルだけど、自信がないので、恋愛で書きます
舞姫【中編】
友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。
三人の運命を変えた過去の事故と事件。
そこには、三人を繋ぐ思いもかけない縁(えにし)が隠れていた。
剣崎星児
29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。
兵藤保
28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。
津田みちる
20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われた。ストリップダンサーとしてのデビューを控える。
桑名麗子
保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。
亀岡
みちるの両親が亡くなった事故の事を調べている刑事。
津田(郡司)武
星児と保が追う謎多き男。
切り札にするつもりで拾った少女は、彼らにとっての急所となる。
大人になった少女の背中には、羽根が生える。
与り知らないところで生まれた禍根の渦に三人は巻き込まれていく。
彼らの行く手に待つものは。
マクデブルクの半球
ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。
高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。
電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう───
「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」
自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる