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ようこそ残飯食堂へ
九 最期の愛情定食
しおりを挟む俺は反射的に男から目をそらした。
「はあ、はあ、なんだここは?」
疲れた声が背中に届く。
「ここは残飯食堂です」
「残……飯?」
「いらっしゃいませ。どうぞお好きな席にお座りください」
新たな客は少しの間戸惑うよう沈黙したあと、俺のすぐ隣の椅子を、不器用に引きずった。俺は顔が見られないようにうつむく。男は緊張しているのか何も喋らなかった。浅い呼吸だけが聞こえた。人かどうかも怪しいメイドの少女はクローシュを、藤田の前にコトンと置いた。俺は最悪さっきの男の一部でも入ってるんじゃないかと思い、心臓が速まった。気分が悪いから、見ないでおこうとテーブルの木目を見つめる。無意味な現実逃避は彼の悲鳴と、椅子から飛び退く音で終わった。
「ああ、あ……ち、ちぃ」
後ろで震える声に、俺は出来ることならこのまま真っ暗闇と一緒に溶けたいくらいだった。でも結局見ずにはいられなかった。
「っはあ!」
目の前の光景に仰天して息を吐きだす。冷めた魚定食の白ごはんや、おかずの上には鮮血が飛び散っている。隣の男は小さな細い声で繰り返し呟いた。「神様、お願いします助けてください……お願いします」
「どうかしましたか?藤田様、食べないのですか?あなたは今とてもお腹が空いているはずです。どうぞ席に座ってごゆっくりお召し上がりください」
俺は我慢の限界がきて椅子から勢いよく立ち上がった。
「こんなの食べられるわけないだろう!?あんた鬼畜か!?」
「食べ物を粗末にしてはいけませんよ。藤田様、お母様もよくそうおっしゃいませんでしたか?」
藤田はハッと顔を上げた。だが、その途端テーブルに縋り付くように急いで立って、料理を床に投げつけた。残飯は余計に無惨な形になった。
「ああっああっ早く早くここから出せえええっ」
藤田は広い小鼻から激しく息を吹いて、自分のベトベトな髪の毛を抜きそうなくらい強く引っ張り掻きむしり、狂ったように泣き叫んだ。俺はぞくりとした。凍りつくように藤田を見下ろす彼女の顔に。
「今、食べ物を粗末にしましたね」
すると、メイドは銃の先端を藤田のこめかみに当てた。そして、
「食え!食え!」と物凄い形相で、藤田の髪を掴んで床に落っこちた残飯に向かって這いつくばらせるよう引っ張った。
恐怖感からか涎を垂らして泣きじゃくる藤田の顔を、容赦なく残飯に擦り付けた。藤田はえづいて、あばばと声を出した。
そしてようやく、拷問の末に彼は息を求めるように口をモゾモゾと動かした。俺は気分が悪くなりながらも唾を飲んで見守った。
「ああ……。あああ……」
うめく声を漏らしたあと、残飯まみれの顔を上げた両目には、涙が垂れていた。恐怖感からか、と俺は思った。が、藤田は肩を震わせながら無言で、血のついたご飯や焼き魚を手で掴んで口の中にかき込んだ。残飯は一気に彼の胃袋の中に収まって、皿の上は空になった。彼は、満足そうに涙を浮かべて呟いた。
「ごちそう、さまでした」
流石に俺は耳と目を疑った。
「これは、どうやって?」
と藤田は問いかける。顔からはもうさっきの恐怖心は消えていた。
「それは秘密です。ですが喜んでいただいて何よりです」
「おいしかった。ああ……」
まただ。彼はあの金城と同じ、残飯を食べてから人が変わったようになった。一体その料理にどんなカラクリがしかけられているんだ?しかし彼は金城と違って自殺はしなかった。その代わり、メイドに案内をされるまま暗闇へと消え去っていった。
彼は無事に帰れたのか?しばらくしてメイドの女だけ戻ってきて、皿を片付け始めた。
「あの、ここはなんですか?」
疲れ切った声がそう尋ねてきた。俺は声を出すのも億劫で無視をした。知るか、こっちだって知りたい。だけど少しだけ希望が湧いた。料理には毒は入ってないことと、さっきの藤田を見て店から出られるかもという希望だ。
「はあ、なんてことだ。なんてツイてないんだ」
男はため息と一緒に、泣きそうな声で吐き出した。俺の腹もため息をついている。
片付けを終えたメイドが定位置について、男に事務的に問いかけた。
「村沢様、進藤様、ご注文はいかがになさいましょう?」
俺はコップを投げつけたくなった。
「なんで、彼らは泣いてたんだ」
空っぽの薄いガラスを握りしめながら、メイドに聞く。
「あのお客様がたは世界で一番美味しい料理を召し上がったので」
「あの料理、残飯に何が入ってる?変な薬か?」
「申し訳ございませんが、レシピは秘密とさせていただいております」
淡々とした口調に俺は苛立ちを隠せず、貧乏ゆすりをした。
「ですが……」
彼女は続けた。
「味覚というのは、記憶に影響します。進藤様が金城様の料理を食べたところで、何も感動はしないでしょう」
「……というと?」
「彼はあの料理を食べたことがある」
村沢と呼ばれた隣の男が、亡霊のような声色で呟いた。
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