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ようこそ残飯食堂へ
八 藤田
しおりを挟む彼は、重たい瞼に覆いかぶされてほとんど見えない黒目をきょろきょろとしきりに動かしている。ライオンに睨まれた小動物のように震えながら。
「残飯?ええと、こ、これはイタズラじゃないんですか?か、カカメラは?お腹が空いて死にそうだぁ!」
膨らんだ腹を手で擦りながら、彼はびくびくとしながら俺の座っている席を一つ空け、端っこの席に腰をかけた。
「本日の藤田様のメニューは“最期の愛情定食”でございます」
「ほほうっなるほど。そ、そそういうコンカフェですか。とところで、なんで僕の名前を?」
メイドは答えなかった。藤田という男は、空腹のせいかそれとも現実逃避か、この状況を真剣に捉えてはいなかった。
俺はつい先週行った、あの三ツ星レストランの料理が相当に恋しくなっていた。フォアグラが甘く舌の上で溶け、ベリーのソースの酸味が爽やかに味を整えて、胃袋だけでなく脳を満たされた。今でも匂いを思い出せる。脳を満たす料理は、時間が経ってもその時の五感を再現してくれる。
たしかに彼女の生い立ちは可哀想だ。けれど、誰が美味い料理を食べながら、アフリカの貧困層の事を思い浮かべるだろう。
飯を残すときにいちいち、そんな事を考えていたらキリがない。
美味いものを美味いものとして、その刹那の体験として頂く。それが生きるという事だ。腹いっぱいになって、美味くもないのに無理矢理胃袋に詰め込む方が、生命に対して返って失礼じゃないのか?
ましてや残飯を出す料理店なんて、もってのほかだ。客をバカにしている。ここを出たら絶対にこのメイドも、この店も破滅に追い込んで……。
「あっあのお」
藤田は視線をオドオド左右させて。
「すすすみません。ネット、つ、繋げられませんよねえ?」
「いや、こっちも圏外ですよ」
「あぁっ、ルルちゃんに会えないなんて。お腹も空いたし、なんで僕ばっかこんな目にぃ」
また自分の世界に閉じこもって、独り言を吐き出している。藤田の胃袋が緊張感もなく音を立てる。すると、ついに藤田は声を上げた。
「ああっ!ダメだ限界だぁ!しっ死ぬぅ!なんでもいいからごごっご飯をください!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
「はあ、はあ。一体なんで、早くうちに帰りたい……」
泣きそうになりながら藤田は、何度もスマホの画面を指で叩く意味のない行為を繰り返していた。時折、あああっと奇声を零している。
今度は一体、どんな残飯が出てくるのだろう。俺は水を噛むように飲み込んだ。
彼女が向こう側の闇に溶けていく。また、後ろからコソコソと物音がした。俺はすぐさま振り向いた。まだ誰かいるのか?頬の痩せこけた、疲れきって濁った目をしている四十代半ばの男は、背を丸めながら動揺した顔をしてこちらを見ていた。
俺はこの男の顔を、どこかで見たことがある。
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