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ようこそ残飯食堂へ
四 飢餓
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金城は後ずさりしながら、ささくれだった人差し指を震わせて、その奇妙な穴を指した。
「おっおまえ!そ、その目ぇどうした!?」
彼女はしばらくは唇を結んでじっと黙っていた。それから薄く口を開いた。
「あなた方は世界にどの位の残飯があるか、ご存知でしょうか?」
「ああん!?知るわきゃねえだろ」
「私も知りません。しかし、今この時、この一瞬の間にも世界の色々な場所で食べ物は破棄され続けてます。はい、言いたいことは分かります。空腹なら仕方ありません。ですが、現代では私欲を満たす為だけに食べ物を利用し、なんの迷いもなく捨てる。そんな行為がまかり通っているのです」
まっすぐ揃えられた毛先を下げ、彼女は眼帯を拾って左眼に付け直す。
「私は人生で一度もご飯を残したことがありません」
「はあ?だから何だってんだよ。良い子でちゅねえとでも褒めろってか?」
「この眼さえも、私の胃袋に入りました」
俺も、金城も耳を疑った。今、この女は自分の眼を食べたって言ったのか?
「私の母は、私が幼い頃に私の世話を放棄し、男と逃げたきり帰ってきませんでした。狭い畳の部屋に小さく座って、朝も昼もいつも食べ物のことばかり考えてました。ある日、朦朧とした私は無意識にフォークで自分の左眼を抉って口に入れていました。軟骨より少し硬く、歯で押し潰すとグレープフルーツのように汁が溢れてきました。私は倒れて天井を見上げながらそこにはいない母に言いました。ごちそうさまって」
黒い瞳は、少し幼い翳りを見せてどこか遠くへと泳いだ。それから現実に戻って俺達に向けた。
「あなた方は人生の残飯を食べるべきです」
「はっ……同情しろってか?」
金城は、背もたれに勢いよく凭れて座った。そしてずれた眼鏡の真ん中を指の関節で持ち上げた。
「同情?……ふっふふふ、っあはははは!」
少女は高く笑い声を響かせた。俺は目を見張って、異常な状況を見続けた。
「私はすごく嬉しかったんです。だって、私は母のお腹の中で育った最高の手料理ですから。私は、母の愛のこもった手料理を食べたんです。だから、だから……なんでもありません。それに、もう限界なのではありませんか?あなた方は、既にお腹が空いて仕方がないはずです」
狂ってる。俺は心の中で唱えた。しかし、彼女の言うとおり俺の腹はクウウと情けない音を発した。すでに背に腹がくっつきそうな勢いだった。
「すみません、お水を貰えませんか?」
「はい、もちろんです」
メイドは手際よく、水差しからコップへと水を注いで俺に手渡した。
「ありがとう」
水の中に毒が入っていないか、少し飲むのを躊躇する。
「気をつけろ、毒が入ってるかもしれねえぞ」
と、金城がこっちを見ている。俺は心配しながらも、腹を決めてぐっと水を一気に飲み干した。冷たい液体が喉を通り抜ける。味は問題ない。ただの無味無臭の水だ。普通の水だと分かって、安心して息を吐き出す。
「こんなに腹が減るのも、てめえの仕業か?」
この状況に慣れてきたのか、金城は少し冷静に尋ねた。
「お客様に一番美味しい状態で食事をして頂くために、この食堂の中では皆様空腹になるのです」
「あああっ、くそぉ!」
金城は突然額をテーブルに打ち付けた。そして、こめかみに青筋を伝わせながら、ゆっくりと顔を上げて細長い編み籠の中に入っていた銀色のスプーンを乱暴に手繰り寄せた。
「本当に、最後まで食えば出られるんだな?」
「はい」
「おっおまえ!そ、その目ぇどうした!?」
彼女はしばらくは唇を結んでじっと黙っていた。それから薄く口を開いた。
「あなた方は世界にどの位の残飯があるか、ご存知でしょうか?」
「ああん!?知るわきゃねえだろ」
「私も知りません。しかし、今この時、この一瞬の間にも世界の色々な場所で食べ物は破棄され続けてます。はい、言いたいことは分かります。空腹なら仕方ありません。ですが、現代では私欲を満たす為だけに食べ物を利用し、なんの迷いもなく捨てる。そんな行為がまかり通っているのです」
まっすぐ揃えられた毛先を下げ、彼女は眼帯を拾って左眼に付け直す。
「私は人生で一度もご飯を残したことがありません」
「はあ?だから何だってんだよ。良い子でちゅねえとでも褒めろってか?」
「この眼さえも、私の胃袋に入りました」
俺も、金城も耳を疑った。今、この女は自分の眼を食べたって言ったのか?
「私の母は、私が幼い頃に私の世話を放棄し、男と逃げたきり帰ってきませんでした。狭い畳の部屋に小さく座って、朝も昼もいつも食べ物のことばかり考えてました。ある日、朦朧とした私は無意識にフォークで自分の左眼を抉って口に入れていました。軟骨より少し硬く、歯で押し潰すとグレープフルーツのように汁が溢れてきました。私は倒れて天井を見上げながらそこにはいない母に言いました。ごちそうさまって」
黒い瞳は、少し幼い翳りを見せてどこか遠くへと泳いだ。それから現実に戻って俺達に向けた。
「あなた方は人生の残飯を食べるべきです」
「はっ……同情しろってか?」
金城は、背もたれに勢いよく凭れて座った。そしてずれた眼鏡の真ん中を指の関節で持ち上げた。
「同情?……ふっふふふ、っあはははは!」
少女は高く笑い声を響かせた。俺は目を見張って、異常な状況を見続けた。
「私はすごく嬉しかったんです。だって、私は母のお腹の中で育った最高の手料理ですから。私は、母の愛のこもった手料理を食べたんです。だから、だから……なんでもありません。それに、もう限界なのではありませんか?あなた方は、既にお腹が空いて仕方がないはずです」
狂ってる。俺は心の中で唱えた。しかし、彼女の言うとおり俺の腹はクウウと情けない音を発した。すでに背に腹がくっつきそうな勢いだった。
「すみません、お水を貰えませんか?」
「はい、もちろんです」
メイドは手際よく、水差しからコップへと水を注いで俺に手渡した。
「ありがとう」
水の中に毒が入っていないか、少し飲むのを躊躇する。
「気をつけろ、毒が入ってるかもしれねえぞ」
と、金城がこっちを見ている。俺は心配しながらも、腹を決めてぐっと水を一気に飲み干した。冷たい液体が喉を通り抜ける。味は問題ない。ただの無味無臭の水だ。普通の水だと分かって、安心して息を吐き出す。
「こんなに腹が減るのも、てめえの仕業か?」
この状況に慣れてきたのか、金城は少し冷静に尋ねた。
「お客様に一番美味しい状態で食事をして頂くために、この食堂の中では皆様空腹になるのです」
「あああっ、くそぉ!」
金城は突然額をテーブルに打ち付けた。そして、こめかみに青筋を伝わせながら、ゆっくりと顔を上げて細長い編み籠の中に入っていた銀色のスプーンを乱暴に手繰り寄せた。
「本当に、最後まで食えば出られるんだな?」
「はい」
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