ようこそ残飯食堂へ

黒宮海夢

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ようこそ残飯食堂へ

一 入店

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  鼻頭をひくつかせた。この匂いは芳醇なクランベリーの香りか。それともスモーキーなチーズの香りか、コンビニで買ったおでんの香り。いや実家のビーフシチューの匂いもする。とにかくなんとも言い難い不思議な匂いが鼻腔を擽る。

 束の間に夢を見た。それは幼い頃の記憶だった。緑の芝生に、晴れ渡った青い空。空中に浮かんだエビフライ。小さな膝小僧は擦りむいて、夕日と同じ色をしていた。泣いていたのはあの子だったろうか?

 そんな夢のおかげで、今こうしている状態もまだ夢なのだと思った。

  

    突然、腹の虫がぐうううと大きな音を立てて、それで初めて瞼を開けた。真っ暗闇だ。何も見えない。それに何故か椅子に座らされている。頬が冷たくて少し痺れると思ったら、どうやらずっとテーブルの上に突っ伏して眠っていたらしかった。段々と目が冴えはじめていき、じわじわと頭から汗が滲み出てきた。
「な、なんだ。ここは……?どうなってる?」
 辺りを見渡して、暗闇の中をおそるおそる手を伸ばしながら探った。すると、天井の灯りがぱっと点いた。カンテラ照明の心許ない灯りが、奇妙にこっちを照らしている。その光が気味が悪く、胃のあたりが気持ち悪くなり片手で腹を抑えた。
「はぁ、はぁ。何なんだよ」
まさか誘拐?もう一度周りを、注意深く見渡した。薄暗いものの、ここは洋風食堂だということが分かった。自分が座っているのはカウンターテーブルの、真ん中の席だった。

  後ろを振り向いてみると四席テーブルがあった。赤い壁には不思議の国のアリスの油絵が飾られている。俺の目の前で、白兎が皿に乗った七面鳥を前にして、ナイフとフォークを両手に真っ白な歯をニヤリと覗かせている。他に飾られている絵も、物語のキャラクター達が食べ物と共に描かれている。そういえば俺が座っている席はハートの形の背もたれだ。どうも気味が悪い。




「ひっ!」
 思わず椅子から落っこちそうになった。床に人間が転がっている!まさか……死体。思わず酸っぱい唾液を飲み込んで、詰まる息を必至で吐き出した。ツヤツヤで先の尖った黒い革靴を履き、白いスーツに、金色の時計やネックレスをしている銀縁メガネの男だった。
  慌ててスーツのズボンのポケットを探った。しかし、いつも手に馴染みのある機械の感触はどこにも見当たらない。鞄もない。さっきまではあったのに。そうだ、思い出した。ついさっきまで、俺は確かに中華屋にいたはずだ。営業の昼休みに、たまたま見かけた古い中華店に俺は入った。客は一人もいなかった。狭くてボロくて……それで、それで――。

「誰か、誰かいるのか!?」

 俺はカウンターの向こう側に向かって大声で呼んだ。しかし返答はない。俺を誘拐する人間に心当たりは、正直ありすぎる。だとしてもこんな真似をするだなんて、人としてどうかしている。

チリンチリン。どこからか小さな鈴の音が聞こえてきた。薄暗い中で、俺は耳をそばだてた。チリンチリン。金属の転がるような音は、カウンターテーブルの向こうから聴こえてくる。

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