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第3章 王子と皇女
27.午後の歌会
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午後、私は歌会の支度をした。
私は陛下が用意してくれたドレスをまとい、金髪を高く結った。ドレスの色は鮮やかな赤だ。戸外での歌会に相応しい鮮やかな色合いだ。
支度が出来て寝室を出るとレオンと皇女様が待っていた。
「きれいだ、ギル」
レオンが目を細めて私を見つめる。そんなに見つめられたら照れるじゃない。
「ところで、君に聞いておきたいのだが」
「はい?」
「君はあの時の悲鳴をもう一度、上げられるか? ファニを倒した時の」
え?? 何故、そんな事を? エリステさんも同じ事を聞いた……。
「あの、わかりません。だけど、上げられないと思います。あの悲鳴は偶然でした。悲鳴って上げようと思って上げたりできないと思います」
「そうか、それならいいんだ。君がもし、自由自在に悲鳴を上げられたら、竜達を皆殺しに出来るんだ。歌会を聞きに来ている竜の前で、悲鳴を上げ、竜達の鱗を総て吹き飛ばす。竜が悶え苦しんでいる間に剣で殺せばいい」
「そんな! こんなに親切にしてくれた竜達に?! 恩をあだで返すような真似は出来ません。仮に悲鳴を上げられたとしても! どうしてそんな事、言うんです?!」
目に涙がにじむ。
「陛下が同じ事を考えるでしょうから」
「その通りです、ミレーヌ殿。ギル、君は竜の国にとって脅威になるんだ。もし、悲鳴を上げられたら」
「ということは?」
「いつ、殺されてもおかしくない」
私は背筋が寒くなった。
「でも、でも、それなら、どうして陛下は私の喉を治して下さったんです。そんなのおかしいです」
「どこか他所で治されて、君の喉の調子がどんなものかわからないより、目の前で治して、もう一度悲鳴をあげられるか確かめた方が安心出来るからな。それに、何よりも君の歌声だろう。ファニのルビーを再生して竜達は君の歌声を知った。君の歌がどんなに素晴らしいか知ってしまったんだ。陛下も言っていた、生で聞きたいと」
「あの、エリステさんから同じ事を聞かれました。悲鳴を上げられるかって」
「なんだって! それで、君はなんと答えた?」
「あの、あの、あたし、わからないって、あの時は必死だったからって! そしたらエリステさんが、どんな音か覚えてるかって……、私は、あの音は少なくとも音楽じゃないって、言いました」
「つまり、君は悲鳴がどんな音か覚えていて、だけど、音楽じゃないと言ったわけだ」
殿下がミレーヌ様と目を見交わした。二人共難しい顔になっている。
「まずいですね、殿下」
「ああ……、ミレーヌ殿、陛下に」
ミレーヌ様がまるで得意科目を褒められたような顔をした。
「さりげなく、ギルは二度と悲鳴を上げられないと言うのですね。その上で、エリステ殿から悲鳴を上げられるか聞かれたと話すのですね。おまかせ下さい、殿下。ほほ、腕がなりますわ。
ギル、安心しなさい。私達が決してあなたを竜達に殺させたりしませんから」
ミレーヌ様が私を安心させるように手を握って下さった。私はちっとも不安を感じなかった。レオンと皇女様がいればどんな難題も解決出来るような気がした。
湖の岸辺で歌会を開く時間になった。
岸辺には板が敷かれ簡易の舞台が造られている。ガリタヤが楽器を用意して待っていた。
私は舞台の中央に立った。
竜達は舞台を囲むように、ぐるりと崖にとまっている。湖にはラフサイのおばば様。水から頭を出している。
確かにこの状況で、私があの悲鳴を上げたら……。
私はぞっとした。私の声が竜殺しの兵器になるなんて!
そしてもし、私が悲鳴を上げたら、ガリタヤが即座に私を殺すか、口を塞ぐのだろう。
陛下が、皇女様を伴われて人の姿のまま、洞窟から出て来られた。陛下の為に設けられた席に座る。レオンは洞窟の入り口付近に控えている。
私は、竜達と陛下に向って深々と一礼した。
「皆様、昨夜に引き続き、お集まりいただきありがとうございます。
私は皆様にとても感謝しています。何より、私の喉を治して下さって、本当にありがとうございました」
私は、ラフサイのおばば様と、竜医師のベツヘレさんに軽く頭を下げた。
「それでは、始めます。今日の歌は、私の故郷、ベルハの歌です。『白薔薇よ、永遠なれ』」
レオンがはっとしたように身を起したのが、目の隅に映った。
レオン、覚えてる? いつかあなたの為に歌うって約束した歌。喉が治ったら一番にあなたに聞かせたかった歌。そして……。
「ギルベルタさん、その曲、弾けません」
ガリタヤがひそひそと言う。
「いいんです、伴奏なしで」
私は歌った。竜の平原で歌った歌。黄金竜ファニが最初に聞いた私の歌。おそらくこの歌も竜に関係がある。私は試したかった。この曲が竜達にどんな影響を与えるのか。黄金竜ファニが私をさらおうとしたのは、私が金髪だからだと思っていた。だけど、歌も関係しているのかもしれない。この曲にも、高音部がある。「風よ届けて」ほど高くはないが。私は危険な賭けをしているのかもしれない。もし、この曲が竜達全員の気を引いたら……。私は少なくとも、殺されないだろう。彼らは私を生かして、歌わせる方を選ぶだろう。竜殺しの悲鳴を上げる少女としてではなく、類稀な歌を聞かせてくれる歌姫として私を生かしておく方を選ぶだろう。
そして閉じ込めるかもしれない、黄金竜ファニがしたように。
私は竜達に向って歌った。竜達が聞き入っているのがわかる。
やはり、そうだ、竜達がファニと同じように首を降っている。
そして、高音部。
やっぱり! この音域が竜達に至福の時を与えるんだ。
竜達の満足そうなうなり声が辺に満ちる。
まるで猫が喉を慣らしているみたいだわ。
私が歌い終わると、竜達の咆哮が響き渡った。拍手のかわりなのだろう。
しばらく待って、私はガリタヤに合図をした。次の曲が始まると竜達が一斉に鳴き止んだ。
幾つか昨日と違う歌を歌って、最後に「風よ届けて」を歌った。
竜達は目を細めて聞き入った。曲に合わせて気持ち良さそうに首を揺らす。高音部にかかると、ファニと同じように竜達の全身がピリピリと震えた。鱗が、ビーーーンと震え、さざ波のような光が全身に走る。まるでこの一瞬を味わいつくすように竜達は目を閉じた。
歌が終わると、静けさがあたりを包んだ。次の瞬間、竜達が一斉に咆哮を上げた。湖全体に竜の咆哮が響き渡る。
陛下が拍手をしながら立ち上がった。竜の咆哮がやむ。私はお辞儀をして待った。
「ギルベルタ、素晴らしい歌声であった」
「ありがとうございます、陛下」
「皆の者、竜体を解け!」
竜達は陛下の言葉に一斉に人の姿になった。同時に拍手が沸き起こる。水竜のラフサイさんも湖から上がって、おばば様の姿になった。拍手をしている。私は何度もお辞儀をして、感謝の言葉を述べた。
私は手応えを感じていた。竜達は決して私を殺さないだろう。私の歌は竜達を魅了した筈だ。
陛下が手をふった。一斉に拍手が止む。
「ギルベルタ、そなたに聞きたい。そなたの歌を賞讃する我らをどう思っている?」
「それは、もちろん、陛下。大変ありがたく光栄に思っています」
「そうか、では、決して我らに対し悲鳴は上げぬと誓えるな」
「はい、身の危険を感じなければ」
「そなた!」
(陛下におもねってはいけない)ミレーヌ様の言葉が蘇る。これは駆け引きだ。
「では、私も約束しよう。我ら竜人族は決してあなたに危害を加えぬと」
「陛下、私だけでは嫌です。どうかこれから永久に、決して我ら三人に危害を加えぬと誓って下さい。そしたら私も、生涯あなた方に悲鳴は上げません。それどころか、陛下が私を招いて下されば、私はここに来て皆様の為に歌いましょう」
「ふむ、いいだろう。そなたらが生きているのは高々五十年ほど。大した時間ではない。我ら竜人族は今後決してそなた達三人に危害を加えぬと誓おう」
「ありがとうございます。陛下」
こうして歌会は散会となった。総ての竜人達の前で陛下が誓われたのだ。私達は安全だ。
陛下の側に立っていたミレーヌ様が私にそっと耳打ちした。
「ギル、よくやりました」
私とミレーヌ様は目を合わせて笑った。
竜医師のベツヘレさんが私に言った。
「あなたは二度とあのような悲鳴を上げない方がいいでしょう。今度、喉がさけたら、元にもどるかわかりませんからね」
「もう、あんな悲鳴は上げません。陛下が私達に危害を加えないと誓ってくれましたから」
「我々ではなく、他の、例えば人に襲われたとしてもですよ」
「はい、気をつけます」
ベツヘレさんが、陛下に言った。
「陛下、今の歌ですが、高音部が我々竜の中枢神経を刺激して、独特の幸福感をもたらすようです」
「麻薬のようにか?」
「そうですね、麻薬というと語弊があります。習慣性はありませんので」
「そうか……。ギル、そなたは、やはり、早くここを発った方がいいだろう。さもないと、死ぬまで我々の為に歌い続けるはめになるぞ」
陛下が笑いを含んだ調子で私に言った。陛下が冗談にまぎれて警告しているのだと私はすぐに悟った。
「ベツヘレ、その話、もう少し詳しく聞きたい」
陛下はミレーヌ様を伴って竜医師のベツヘレさんと行ってしまった。
入れ違いにラフサイのおばば様が水を滴らせてやってきた。
「嬢ちゃん、素晴らしい歌だったよ。冥土の土産に良い物を聞かせてもらった」
「おばば様!」
私はおばば様を抱きしめた。
「また、背中に乗せてやるからの、いつでもおいで、一緒に遊ぼう」
「はい、おばば様」
「ギル、いつ背中に乗せてもらったんだ?」
いつのまにかレオンが後ろに立っていた。
「レオン! いつ来たの?」
「さっきから、君の後ろにいたじゃないか。それで、いつ乗せて貰ったんだ?」
「えーっと、夜中に温泉で……」
「? あの狭い温泉でか?」
「何、わしらの温泉じゃよ、広い方の」
レオンの表情が見る見る変わる。
「ギル、まさか、まさか君、は……」
私は夢中でレオンの口を塞いだ。レオンがモガモガと「はだか……」と言う。
「あーーー!!!、だめだめ、言っちゃだめ、考えてもだめーーーー!!!」
「ふぉっふぉっふぉっふぉっ、仲がええのー。お若いの、あんたも儂の背中に乗って遊ぶかね。いつでもおいで、ふぉっふぉっふぉっふぉっ」
うー、顔が熱い。レオンが口を塞いだ私の手首を握った。
「くくくく、可愛いギル。なんて可愛いいんだ」
きゃあ、レオンが、レオンがーーー!
私はレオンに抱きすくめられていた。
私は陛下が用意してくれたドレスをまとい、金髪を高く結った。ドレスの色は鮮やかな赤だ。戸外での歌会に相応しい鮮やかな色合いだ。
支度が出来て寝室を出るとレオンと皇女様が待っていた。
「きれいだ、ギル」
レオンが目を細めて私を見つめる。そんなに見つめられたら照れるじゃない。
「ところで、君に聞いておきたいのだが」
「はい?」
「君はあの時の悲鳴をもう一度、上げられるか? ファニを倒した時の」
え?? 何故、そんな事を? エリステさんも同じ事を聞いた……。
「あの、わかりません。だけど、上げられないと思います。あの悲鳴は偶然でした。悲鳴って上げようと思って上げたりできないと思います」
「そうか、それならいいんだ。君がもし、自由自在に悲鳴を上げられたら、竜達を皆殺しに出来るんだ。歌会を聞きに来ている竜の前で、悲鳴を上げ、竜達の鱗を総て吹き飛ばす。竜が悶え苦しんでいる間に剣で殺せばいい」
「そんな! こんなに親切にしてくれた竜達に?! 恩をあだで返すような真似は出来ません。仮に悲鳴を上げられたとしても! どうしてそんな事、言うんです?!」
目に涙がにじむ。
「陛下が同じ事を考えるでしょうから」
「その通りです、ミレーヌ殿。ギル、君は竜の国にとって脅威になるんだ。もし、悲鳴を上げられたら」
「ということは?」
「いつ、殺されてもおかしくない」
私は背筋が寒くなった。
「でも、でも、それなら、どうして陛下は私の喉を治して下さったんです。そんなのおかしいです」
「どこか他所で治されて、君の喉の調子がどんなものかわからないより、目の前で治して、もう一度悲鳴をあげられるか確かめた方が安心出来るからな。それに、何よりも君の歌声だろう。ファニのルビーを再生して竜達は君の歌声を知った。君の歌がどんなに素晴らしいか知ってしまったんだ。陛下も言っていた、生で聞きたいと」
「あの、エリステさんから同じ事を聞かれました。悲鳴を上げられるかって」
「なんだって! それで、君はなんと答えた?」
「あの、あの、あたし、わからないって、あの時は必死だったからって! そしたらエリステさんが、どんな音か覚えてるかって……、私は、あの音は少なくとも音楽じゃないって、言いました」
「つまり、君は悲鳴がどんな音か覚えていて、だけど、音楽じゃないと言ったわけだ」
殿下がミレーヌ様と目を見交わした。二人共難しい顔になっている。
「まずいですね、殿下」
「ああ……、ミレーヌ殿、陛下に」
ミレーヌ様がまるで得意科目を褒められたような顔をした。
「さりげなく、ギルは二度と悲鳴を上げられないと言うのですね。その上で、エリステ殿から悲鳴を上げられるか聞かれたと話すのですね。おまかせ下さい、殿下。ほほ、腕がなりますわ。
ギル、安心しなさい。私達が決してあなたを竜達に殺させたりしませんから」
ミレーヌ様が私を安心させるように手を握って下さった。私はちっとも不安を感じなかった。レオンと皇女様がいればどんな難題も解決出来るような気がした。
湖の岸辺で歌会を開く時間になった。
岸辺には板が敷かれ簡易の舞台が造られている。ガリタヤが楽器を用意して待っていた。
私は舞台の中央に立った。
竜達は舞台を囲むように、ぐるりと崖にとまっている。湖にはラフサイのおばば様。水から頭を出している。
確かにこの状況で、私があの悲鳴を上げたら……。
私はぞっとした。私の声が竜殺しの兵器になるなんて!
そしてもし、私が悲鳴を上げたら、ガリタヤが即座に私を殺すか、口を塞ぐのだろう。
陛下が、皇女様を伴われて人の姿のまま、洞窟から出て来られた。陛下の為に設けられた席に座る。レオンは洞窟の入り口付近に控えている。
私は、竜達と陛下に向って深々と一礼した。
「皆様、昨夜に引き続き、お集まりいただきありがとうございます。
私は皆様にとても感謝しています。何より、私の喉を治して下さって、本当にありがとうございました」
私は、ラフサイのおばば様と、竜医師のベツヘレさんに軽く頭を下げた。
「それでは、始めます。今日の歌は、私の故郷、ベルハの歌です。『白薔薇よ、永遠なれ』」
レオンがはっとしたように身を起したのが、目の隅に映った。
レオン、覚えてる? いつかあなたの為に歌うって約束した歌。喉が治ったら一番にあなたに聞かせたかった歌。そして……。
「ギルベルタさん、その曲、弾けません」
ガリタヤがひそひそと言う。
「いいんです、伴奏なしで」
私は歌った。竜の平原で歌った歌。黄金竜ファニが最初に聞いた私の歌。おそらくこの歌も竜に関係がある。私は試したかった。この曲が竜達にどんな影響を与えるのか。黄金竜ファニが私をさらおうとしたのは、私が金髪だからだと思っていた。だけど、歌も関係しているのかもしれない。この曲にも、高音部がある。「風よ届けて」ほど高くはないが。私は危険な賭けをしているのかもしれない。もし、この曲が竜達全員の気を引いたら……。私は少なくとも、殺されないだろう。彼らは私を生かして、歌わせる方を選ぶだろう。竜殺しの悲鳴を上げる少女としてではなく、類稀な歌を聞かせてくれる歌姫として私を生かしておく方を選ぶだろう。
そして閉じ込めるかもしれない、黄金竜ファニがしたように。
私は竜達に向って歌った。竜達が聞き入っているのがわかる。
やはり、そうだ、竜達がファニと同じように首を降っている。
そして、高音部。
やっぱり! この音域が竜達に至福の時を与えるんだ。
竜達の満足そうなうなり声が辺に満ちる。
まるで猫が喉を慣らしているみたいだわ。
私が歌い終わると、竜達の咆哮が響き渡った。拍手のかわりなのだろう。
しばらく待って、私はガリタヤに合図をした。次の曲が始まると竜達が一斉に鳴き止んだ。
幾つか昨日と違う歌を歌って、最後に「風よ届けて」を歌った。
竜達は目を細めて聞き入った。曲に合わせて気持ち良さそうに首を揺らす。高音部にかかると、ファニと同じように竜達の全身がピリピリと震えた。鱗が、ビーーーンと震え、さざ波のような光が全身に走る。まるでこの一瞬を味わいつくすように竜達は目を閉じた。
歌が終わると、静けさがあたりを包んだ。次の瞬間、竜達が一斉に咆哮を上げた。湖全体に竜の咆哮が響き渡る。
陛下が拍手をしながら立ち上がった。竜の咆哮がやむ。私はお辞儀をして待った。
「ギルベルタ、素晴らしい歌声であった」
「ありがとうございます、陛下」
「皆の者、竜体を解け!」
竜達は陛下の言葉に一斉に人の姿になった。同時に拍手が沸き起こる。水竜のラフサイさんも湖から上がって、おばば様の姿になった。拍手をしている。私は何度もお辞儀をして、感謝の言葉を述べた。
私は手応えを感じていた。竜達は決して私を殺さないだろう。私の歌は竜達を魅了した筈だ。
陛下が手をふった。一斉に拍手が止む。
「ギルベルタ、そなたに聞きたい。そなたの歌を賞讃する我らをどう思っている?」
「それは、もちろん、陛下。大変ありがたく光栄に思っています」
「そうか、では、決して我らに対し悲鳴は上げぬと誓えるな」
「はい、身の危険を感じなければ」
「そなた!」
(陛下におもねってはいけない)ミレーヌ様の言葉が蘇る。これは駆け引きだ。
「では、私も約束しよう。我ら竜人族は決してあなたに危害を加えぬと」
「陛下、私だけでは嫌です。どうかこれから永久に、決して我ら三人に危害を加えぬと誓って下さい。そしたら私も、生涯あなた方に悲鳴は上げません。それどころか、陛下が私を招いて下されば、私はここに来て皆様の為に歌いましょう」
「ふむ、いいだろう。そなたらが生きているのは高々五十年ほど。大した時間ではない。我ら竜人族は今後決してそなた達三人に危害を加えぬと誓おう」
「ありがとうございます。陛下」
こうして歌会は散会となった。総ての竜人達の前で陛下が誓われたのだ。私達は安全だ。
陛下の側に立っていたミレーヌ様が私にそっと耳打ちした。
「ギル、よくやりました」
私とミレーヌ様は目を合わせて笑った。
竜医師のベツヘレさんが私に言った。
「あなたは二度とあのような悲鳴を上げない方がいいでしょう。今度、喉がさけたら、元にもどるかわかりませんからね」
「もう、あんな悲鳴は上げません。陛下が私達に危害を加えないと誓ってくれましたから」
「我々ではなく、他の、例えば人に襲われたとしてもですよ」
「はい、気をつけます」
ベツヘレさんが、陛下に言った。
「陛下、今の歌ですが、高音部が我々竜の中枢神経を刺激して、独特の幸福感をもたらすようです」
「麻薬のようにか?」
「そうですね、麻薬というと語弊があります。習慣性はありませんので」
「そうか……。ギル、そなたは、やはり、早くここを発った方がいいだろう。さもないと、死ぬまで我々の為に歌い続けるはめになるぞ」
陛下が笑いを含んだ調子で私に言った。陛下が冗談にまぎれて警告しているのだと私はすぐに悟った。
「ベツヘレ、その話、もう少し詳しく聞きたい」
陛下はミレーヌ様を伴って竜医師のベツヘレさんと行ってしまった。
入れ違いにラフサイのおばば様が水を滴らせてやってきた。
「嬢ちゃん、素晴らしい歌だったよ。冥土の土産に良い物を聞かせてもらった」
「おばば様!」
私はおばば様を抱きしめた。
「また、背中に乗せてやるからの、いつでもおいで、一緒に遊ぼう」
「はい、おばば様」
「ギル、いつ背中に乗せてもらったんだ?」
いつのまにかレオンが後ろに立っていた。
「レオン! いつ来たの?」
「さっきから、君の後ろにいたじゃないか。それで、いつ乗せて貰ったんだ?」
「えーっと、夜中に温泉で……」
「? あの狭い温泉でか?」
「何、わしらの温泉じゃよ、広い方の」
レオンの表情が見る見る変わる。
「ギル、まさか、まさか君、は……」
私は夢中でレオンの口を塞いだ。レオンがモガモガと「はだか……」と言う。
「あーーー!!!、だめだめ、言っちゃだめ、考えてもだめーーーー!!!」
「ふぉっふぉっふぉっふぉっ、仲がええのー。お若いの、あんたも儂の背中に乗って遊ぶかね。いつでもおいで、ふぉっふぉっふぉっふぉっ」
うー、顔が熱い。レオンが口を塞いだ私の手首を握った。
「くくくく、可愛いギル。なんて可愛いいんだ」
きゃあ、レオンが、レオンがーーー!
私はレオンに抱きすくめられていた。
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