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第2章 黄金竜
9.竜の洞窟
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気がつくと、見知らぬ女の人が私を覗き込んでいた。
思わず飛び起きる。
「ここはどこ? あなたは?」
「竜の洞窟ですよ。私はセイラ。ここに来た人の世話をしています。あなたはファニに掴まったの」
「ファニ?」
「竜の名前よ」
女の人は、年の頃は三十前後くらいだろうか? 落ち着いた穏やかな雰囲気の人だ。黒髪を三つ編みにして頭の周りに巻いている。私は部屋を見回した。小さな部屋だ。ドアがあった。ベッドから飛び出して突進。どこかわからなくてもいい。ここから逃げなきゃ。
「待って、だめよ! そこから出ても戻れない!」
ドアには鍵がかかっていた。がちゃがちゃとドアノブを回す。
「開けて! 出して! お願い!」
私はドアを叩いた。女の人は私を宥めるように言った。
「この部屋から出ても帰れないの。説明するから。ね、ベッドに戻って。怖くないから」
「私、どうなるの?」
女の人は私の肩を抱いて、ベッドへと誘う。
「あとで説明するわ。それより、どこか、怪我をしてない? 痛い所とかない?」
私は自分の体を見た。舞台衣装のドレスはいつのまにか脱がされて、寝間着を着せられている。腕をさすってみたが、どこも痛くなかった。
「あ、はい、大丈夫です」
私は仕方なくベッドに潜り込んだ。
「さ、これを飲んで、落ち着いて私の話を聞いて」
セイラさんは、私に暖かいスープの乗ったお盆を渡してくれた。
一体、ここに連れて来られてからどれほどの時間が経ったのだろう。
「あの、今は夜ですか? 朝ですか?」
「朝よ。いいから、スープを飲んで、体が暖まるわ」
私は仕方なくスープを飲んだ。おいしい。
「あのね、あなたは恐らく、あなたの歌声が素敵だから連れて来られたのだと思う。普段、ファニは夜は飛ばないのよ。それが、この頃、夜になってもファニが落ち着かなくて……、『ウタガキコエル』って、ファニの声が頭の中に響いて……」
「じゃあ、私は、私の声のせいで、ここに?」
「声というより、歌声ね。私、ここで生まれたの。長くファニと暮らしていたせいか、時々、ファニの声が聞こえるようになったの。この曲、あなたの歌ではなくて?」
セイラさんが口ずさんた歌。それは、野外劇場で歌った歌、「風よ届けて」
「それ、その歌、私が野外劇場で歌った歌です。えー、うそ! ここまで届いたの?」
「あの、私達には聞こえなかったの。でも、ファニには聞こえたみたいよ。ファニは、あなたに歌うように命じるでしょうね」
「そんな! ね、歌わなかったら殺されるの? 私、帰りたい!」
「大丈夫、ここでは誰も殺されないわ、ファニに逆らわない限り。だからあなたも、歌えと言われたら素直に歌って。ここで暮すには、それが一番なのよ」
私は仕方なくうなずいた。目から涙が溢れそうになった。
セイラさんの話によると、洞窟には三人の金髪の姫君、その侍女や侍従など、全員で十二人が囚われているのだそうだ。セイラさん自身は、母親が妊娠中にさらわれ、ここで生まれたのだという。
「じゃあ、あなたもどこかの姫君の娘さんなの?」
「いいえ、私の母は侍女だったの、ある姫君にお仕えする」
「今もここに?」
「母さんは、随分前に病気で死んだわ。母さんが仕えていたお姫様も」
「あの、じゃあ、お父さんとは会った事がないの? 一度も?」
セイラさんは頷いた。
「そんな、酷い! お父さんもあなた方を探しているでしょうに」
「そうかしら?」
「そうよ、きっと探しているわ」
セイラさんの顔が曇った。膝の上に置いた手に視線を落とす。
「いいの、例えどこかに父さんが生きているとしても、もう二度と会えないし。それより、ここでの生活よ。ファニとうまくやっていかないと」
セイラさんによると、ここは湖の側、断崖絶壁の高みにある洞窟で、翼のある者以外、誰も来られない、誰も帰れない場所なのだそうだ。ファニを殺そうと思った人達もいたけれど、ファニの固い鱗を突き通せる剣はなかった。結局、皆、ファニと共に暮らす方を選ぶのだという。
「ファニは何故か知らないけど、金髪が好きなのよ。金も好きだけど、金髪ほど執着しないの」
私は匙をおいた。暖かいスープを飲んだおかげで元気になった。
「食べたら、これに着替えてくれる? 洞窟を案内するわ。ファニは、今、洞窟にいないの。食事に出てるわ」
「竜は何を食べるの?」
「魚よ。目の前の湖に飛び込んで、たらふく食べているわ。食べ終わると、私たちの食べる分をとって、持って帰って来るのよ。ファニは私たちをちゃんと生かしておいてくれるわ。それに、この上、洞窟の上に開けた場所があるのよ。私たちはそこで小麦を作ったりしているわ。畑の向うは林になってて、その奥に別の洞窟があるの。そこに清水が沸いているし、岩塩がとれるのよ。昔、ここに人が住んでいたみたいで、織機やいろんな道具が残っているの。死んだ人達もいるけど、ただ、生きて行くだけなら問題ないわ」
「あの、死んだ人達ってみんな病気で死んだの?」
「いいえ、実はね。大抵、自分で死んで行くの。絶望して……。洞穴から飛び出して自殺するの。何人もいたわ。もしかしたら、湖に飛び込めるかもしれないって思うのね」
私はセイラさんの話を聞いて、さらに落ち込んだ。
セイラさんが洞窟の中を案内してくれた。部屋の目の前が竜の洞窟だった。右手に洞窟の入り口がある。入り口の先に見えるのは青い空と湖。彼方に森や野原が見える。遠い先に建物が見えるような気がするけど、あれは、どこだろう。ケルサの街かしら?
洞窟はすごく広くて、大きかった。私は通路の細い手摺に寄り掛かり下を見た。ここは二階らしい。通路からさらに張り出した場所に椅子が幾つか並んでいた。セイラさんが先に立って、張り出した所に向って歩いて行く。私も付いて行った。
「私達の立っている所、ここを私たちはバルコニーと呼んでいるわ。この椅子はね。ファニが帰って来ると、金髪の人達はここに座るの。後ろ向きに……。そして、金髪を垂らすの。ファニに金髪がよく見えるようにね。あなたも、ここに座るようにファニに命じられるわ」
「そんな、ひどい! じゃあ、私たちは竜のお人形なの?」
「お人形? まあ、お人形かしらね。座るのに疲れたら休んでいいのよ。でも、ファニがもっと見たいって思ったら、かぎ爪で掴まれて元に戻されるの」
私は竜に掴まれた時の感触を思い出して全身が粟立った。
「私、髪を切る! そんなのイヤ! 竜のお人形なんて! 絶対イヤ! 鋏はない? こんな所に座らされて竜の言う事を聞くなんて絶対イヤよ!」
セイラさんは気の毒そうな顔をした。
「髪を切りたいなら、鋏を貸してあげるけど……。あなたと同じように髪を切った人はたくさんいたのよ」
セイラさんが、バルコニーの手摺の外側を指差した。
そこにはたくさんの金髪がぶら下げられていた。
「ね、みんなの髪の毛よ。自分で切った人の。死んだ人から刈り取った髪もあるわ」
私は吐き気がした。死んだ人から髪を集めるなんて!
セイラさんは私が顔色を変えるのを見て、慰めるように言った。
「きれいな髪を切る事はないわ。切っても切らなくても、ここからは逃げ出せない。それなら、出来るだけ楽しくやって行きましょう。さ、洞窟の入り口から外を見せてあげるわ」
セイラさんと私は階段を降りて、洞窟の入り口に向った。
入り口の近くで、セイラさんは私の胴を縄でくくった。
「どうして?」
「落ちないようにする為よ」
セイラさんは入り口の側で私に下を見るように言った。
私は覗いて見た。
凄かった。
ほとんど、垂直? まっすぐな崖。はるか下に湖が見える。波が岩を洗って白く砕けるのが小さく見えた。目眩がしそうだった。私は恐ろしくて、しゃがみこんだ。ずるずると、そのまま後ろに下がる。
「ね、わかったでしょう。ここからは抜け出せない」
私はセイラさんの言葉を噛み締めた。
思わず飛び起きる。
「ここはどこ? あなたは?」
「竜の洞窟ですよ。私はセイラ。ここに来た人の世話をしています。あなたはファニに掴まったの」
「ファニ?」
「竜の名前よ」
女の人は、年の頃は三十前後くらいだろうか? 落ち着いた穏やかな雰囲気の人だ。黒髪を三つ編みにして頭の周りに巻いている。私は部屋を見回した。小さな部屋だ。ドアがあった。ベッドから飛び出して突進。どこかわからなくてもいい。ここから逃げなきゃ。
「待って、だめよ! そこから出ても戻れない!」
ドアには鍵がかかっていた。がちゃがちゃとドアノブを回す。
「開けて! 出して! お願い!」
私はドアを叩いた。女の人は私を宥めるように言った。
「この部屋から出ても帰れないの。説明するから。ね、ベッドに戻って。怖くないから」
「私、どうなるの?」
女の人は私の肩を抱いて、ベッドへと誘う。
「あとで説明するわ。それより、どこか、怪我をしてない? 痛い所とかない?」
私は自分の体を見た。舞台衣装のドレスはいつのまにか脱がされて、寝間着を着せられている。腕をさすってみたが、どこも痛くなかった。
「あ、はい、大丈夫です」
私は仕方なくベッドに潜り込んだ。
「さ、これを飲んで、落ち着いて私の話を聞いて」
セイラさんは、私に暖かいスープの乗ったお盆を渡してくれた。
一体、ここに連れて来られてからどれほどの時間が経ったのだろう。
「あの、今は夜ですか? 朝ですか?」
「朝よ。いいから、スープを飲んで、体が暖まるわ」
私は仕方なくスープを飲んだ。おいしい。
「あのね、あなたは恐らく、あなたの歌声が素敵だから連れて来られたのだと思う。普段、ファニは夜は飛ばないのよ。それが、この頃、夜になってもファニが落ち着かなくて……、『ウタガキコエル』って、ファニの声が頭の中に響いて……」
「じゃあ、私は、私の声のせいで、ここに?」
「声というより、歌声ね。私、ここで生まれたの。長くファニと暮らしていたせいか、時々、ファニの声が聞こえるようになったの。この曲、あなたの歌ではなくて?」
セイラさんが口ずさんた歌。それは、野外劇場で歌った歌、「風よ届けて」
「それ、その歌、私が野外劇場で歌った歌です。えー、うそ! ここまで届いたの?」
「あの、私達には聞こえなかったの。でも、ファニには聞こえたみたいよ。ファニは、あなたに歌うように命じるでしょうね」
「そんな! ね、歌わなかったら殺されるの? 私、帰りたい!」
「大丈夫、ここでは誰も殺されないわ、ファニに逆らわない限り。だからあなたも、歌えと言われたら素直に歌って。ここで暮すには、それが一番なのよ」
私は仕方なくうなずいた。目から涙が溢れそうになった。
セイラさんの話によると、洞窟には三人の金髪の姫君、その侍女や侍従など、全員で十二人が囚われているのだそうだ。セイラさん自身は、母親が妊娠中にさらわれ、ここで生まれたのだという。
「じゃあ、あなたもどこかの姫君の娘さんなの?」
「いいえ、私の母は侍女だったの、ある姫君にお仕えする」
「今もここに?」
「母さんは、随分前に病気で死んだわ。母さんが仕えていたお姫様も」
「あの、じゃあ、お父さんとは会った事がないの? 一度も?」
セイラさんは頷いた。
「そんな、酷い! お父さんもあなた方を探しているでしょうに」
「そうかしら?」
「そうよ、きっと探しているわ」
セイラさんの顔が曇った。膝の上に置いた手に視線を落とす。
「いいの、例えどこかに父さんが生きているとしても、もう二度と会えないし。それより、ここでの生活よ。ファニとうまくやっていかないと」
セイラさんによると、ここは湖の側、断崖絶壁の高みにある洞窟で、翼のある者以外、誰も来られない、誰も帰れない場所なのだそうだ。ファニを殺そうと思った人達もいたけれど、ファニの固い鱗を突き通せる剣はなかった。結局、皆、ファニと共に暮らす方を選ぶのだという。
「ファニは何故か知らないけど、金髪が好きなのよ。金も好きだけど、金髪ほど執着しないの」
私は匙をおいた。暖かいスープを飲んだおかげで元気になった。
「食べたら、これに着替えてくれる? 洞窟を案内するわ。ファニは、今、洞窟にいないの。食事に出てるわ」
「竜は何を食べるの?」
「魚よ。目の前の湖に飛び込んで、たらふく食べているわ。食べ終わると、私たちの食べる分をとって、持って帰って来るのよ。ファニは私たちをちゃんと生かしておいてくれるわ。それに、この上、洞窟の上に開けた場所があるのよ。私たちはそこで小麦を作ったりしているわ。畑の向うは林になってて、その奥に別の洞窟があるの。そこに清水が沸いているし、岩塩がとれるのよ。昔、ここに人が住んでいたみたいで、織機やいろんな道具が残っているの。死んだ人達もいるけど、ただ、生きて行くだけなら問題ないわ」
「あの、死んだ人達ってみんな病気で死んだの?」
「いいえ、実はね。大抵、自分で死んで行くの。絶望して……。洞穴から飛び出して自殺するの。何人もいたわ。もしかしたら、湖に飛び込めるかもしれないって思うのね」
私はセイラさんの話を聞いて、さらに落ち込んだ。
セイラさんが洞窟の中を案内してくれた。部屋の目の前が竜の洞窟だった。右手に洞窟の入り口がある。入り口の先に見えるのは青い空と湖。彼方に森や野原が見える。遠い先に建物が見えるような気がするけど、あれは、どこだろう。ケルサの街かしら?
洞窟はすごく広くて、大きかった。私は通路の細い手摺に寄り掛かり下を見た。ここは二階らしい。通路からさらに張り出した場所に椅子が幾つか並んでいた。セイラさんが先に立って、張り出した所に向って歩いて行く。私も付いて行った。
「私達の立っている所、ここを私たちはバルコニーと呼んでいるわ。この椅子はね。ファニが帰って来ると、金髪の人達はここに座るの。後ろ向きに……。そして、金髪を垂らすの。ファニに金髪がよく見えるようにね。あなたも、ここに座るようにファニに命じられるわ」
「そんな、ひどい! じゃあ、私たちは竜のお人形なの?」
「お人形? まあ、お人形かしらね。座るのに疲れたら休んでいいのよ。でも、ファニがもっと見たいって思ったら、かぎ爪で掴まれて元に戻されるの」
私は竜に掴まれた時の感触を思い出して全身が粟立った。
「私、髪を切る! そんなのイヤ! 竜のお人形なんて! 絶対イヤ! 鋏はない? こんな所に座らされて竜の言う事を聞くなんて絶対イヤよ!」
セイラさんは気の毒そうな顔をした。
「髪を切りたいなら、鋏を貸してあげるけど……。あなたと同じように髪を切った人はたくさんいたのよ」
セイラさんが、バルコニーの手摺の外側を指差した。
そこにはたくさんの金髪がぶら下げられていた。
「ね、みんなの髪の毛よ。自分で切った人の。死んだ人から刈り取った髪もあるわ」
私は吐き気がした。死んだ人から髪を集めるなんて!
セイラさんは私が顔色を変えるのを見て、慰めるように言った。
「きれいな髪を切る事はないわ。切っても切らなくても、ここからは逃げ出せない。それなら、出来るだけ楽しくやって行きましょう。さ、洞窟の入り口から外を見せてあげるわ」
セイラさんと私は階段を降りて、洞窟の入り口に向った。
入り口の近くで、セイラさんは私の胴を縄でくくった。
「どうして?」
「落ちないようにする為よ」
セイラさんは入り口の側で私に下を見るように言った。
私は覗いて見た。
凄かった。
ほとんど、垂直? まっすぐな崖。はるか下に湖が見える。波が岩を洗って白く砕けるのが小さく見えた。目眩がしそうだった。私は恐ろしくて、しゃがみこんだ。ずるずると、そのまま後ろに下がる。
「ね、わかったでしょう。ここからは抜け出せない」
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