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早苗の両親
しおりを挟む幼い頃から、彼女には他の人には見えないものが見えていた。
それは彼女の人生にとっては好都合で、彼女の周りにとっては不都合だった。
正確には、彼女自信にとって好都合だが、彼女の母親にとっては不都合だったのだ。
物心ついたころから、高原寺早苗には霊が見えていた。
成長するにつれてその力はどんどん強くなり、霊以外のものーー例えば妖怪と云われるものや、怪異の一種さえも見えるようになっていった。
幼い頃は、生きている人間と霊の区別がつかなかった。
よくあることだ、と、後に知ったが、それで何度も気味悪がられて、小学校にあがる頃には友達といえる人はいなかった。
それでも、寂しいとは思わなかった。
寝ても覚めても彼女の側には霊が居て、彼女を害する人を追い払ってくれた。
笑いかければ話をしてくれるし、落ち込んだときは励ましてくれた。
彼女にとっては霊が友達だった。
そんな早苗を、早苗の母親は許さなかった。
高原寺家は代々、イタコを生業として生きてきた。
早苗の母親はそんな高原寺家に嫁いできた外の者。家業には理解がなかった。
高原寺家の人間である父親もイタコの仕事には興味がなく、そんなふたりが駆け落ちをして、早苗が生まれた。
皮肉なことに、そうして生まれた早苗はイタコになるのに十分な素質を持っていた。
独学で交霊術を極め、父親の高原寺という姓から、家業のことを知った。
「イタコになりたい」
娘の口からその言葉を聞いた両親は、狂ったように怒りだした。
非科学的で非現実的なことを信じない母親と、実家のことを忘れたい父親は、矢継ぎ早に家を否定し、霊を否定し、早苗を否定した。
「霊なんていないのよ!」
「そんなものを信じているなんて気味が悪い!」
居る。
霊は、居る。
その瞬間、早苗は周りの風景が、ぐらぐらと揺れている気がした。
地震?目眩?
足元はしっかりしているけれど、景色が全くと言っていいほど認識できない。
目の前にいる両親の、口元だけが動いているのがわかる。
「…………うるさい」
小さな、絞り出すような声だった。
聞きたくない、と、それだけの思いだった。
決して、自分の全てを否定する声を遮断するためのものではなかった。
なかったのに。
「ぎゃあああっ!!」
「な、なによこれ、なんなのよ……っ!」
何が起こったのかはわからない。
自分が悪かったのか、誰の仕業なのか。
なにひとつ、覚えていない。
尋常ではない両親の悲鳴に、近所の誰かが通報したのだろう。
駆けつけた警察は、部屋の隅で放心する早苗を見、目を見開いたまま失神する両親を見、その異様さに凄惨な事件を誰もが想像した。
外面はいい、と、後に誰かが言った。
早苗の両親のことだ。
そうかもしれない、と、早苗は呟いた。
未だに彼女の両親は、どこかの住宅街でひっそり静かに過ごし、“何か”あれば数日後にはそそくさと引っ越してしまうらしい。
しかしそのくせ、昔から欠かさずしていた、近隣住民への挨拶は、しっかりしているようで。
まるで生きている人間とそうでない人間を見分けるかのように、挨拶にくると、じっくりとその人の顔を見るのだという。
end
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