誰かもわからない婚約者を名乗る男に暴力を振るわれましたが、拷問を生業とする婚約者(私のこと好きすぎ)がいますので倍返しでやり返します。

無名 -ムメイ-

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1話

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 とある日の昼下がりのこと。

 私は顔を真っ赤にして怒ってるように見える男の人に肩を掴まれて、意味がわからないことを言われた。

「お前がエリスか。余計なことをしやがって。
 俺はお前との婚約など認めない。いいか? 次、俺の気分を損ねるようなことをしたら――」

 そう言葉を続けながら、私は頬を引っ叩かれる。

「――ただでは済まないからな」

「え……?」

 本当になにもわからない私は、ただただ呆けることしかできなかった。
 だって、私はこの人を知らない。婚約者だって、この人よりよっぽど素敵な人がいるもの。

 一体、この人は誰と勘違いしているのか。

 確かに私はエリスという名前だけど、目の前にいる男性とは釣り合わない一般庶民。
 だから、貴族であろうこの人に盾をつくこともできなかった。



 ――だからと言って、無事に生きて帰れるとは思わないことです。

 なにせ、私の婚約者は拷問を生業とする異端審問官。
 今思えば、どうして平凡な私が、貴族ともご厚意にされている彼とこのような仲になったのかはわかりませんが、もの凄く愛されています。

 後、彼と同じ家に住み始めてから動物と触れ合う機会が何百倍にも増えました。
 というのも、彼は仕事柄『癒し』というものを求めているようで、動物を一日おきぐらいに拾ってきます。

 とはいえ、拾って帰られてもお世話することはとてもじゃないですが不可能で、私は拾ってこないよう言っていますが、悲しい顔をしてしまうので強くは言えません。

 恐らくですが、人を拷問するというのは、ストレスが半端なものではないのだと思います。
 今は少しマシになってきましたが、出会った当初の彼は目の下に隈を作っていましたし、痩せ細っていました。

 眠っているときも、必ずうなされていましたし、とても大変なお仕事なのだと容易に理解できました。
 だからこそ、『癒し』が必要で、彼にとって最も『癒し』になっているのは私で。

 その私が暴力を振るわれたと知れば、彼はなにも言わずに家を出て行ってしまいました。

 きっと、拷問をしに出かけられたのだと思います。



 それから、しばらく時間が経過して――来客を知らせるベルが鳴り響いた。

 私は「今出ます」と言って、玄関を開ける。

 そこには私の頬を引っ叩いた男性が立っていて、深々と頭を下げてきました。
 てっきり謝りに来ないのかと思っていましたが、どうやら早まった考えだったみたいです。

 それにしても、また手酷くやったのですね、彼は。
 
 未だに頭を下げ続けている男性の手には包帯が巻かれていて、血が滲んでいるのがわかった。
 恐らく、爪を剥がされたのだと思う。
 ここまでやらなくてもいいのに……と思った私は、家の奥からポーションを持ってきた。

「このポーションを差し上げます。効果は保証できないですけど……」

「い、いただけません!」

「いえ、貰ってください。このままなにもせずに帰らせると、私の良心が痛みますし……。
 ですが、あなたの本当の婚約者であるエリスさんには、酷いことをしてはいけませんよ」

「はい……。このようなことは二度としません」

「でしたら、もう帰っていいですよ」

 そう言うと、男の人はようやく顔を上げた……かと思いきや、顔面を蒼白にして固まった。
 
「どうかしましたか?」

「ひっ、ひぃぃぃ」

「失礼ですね。心配していますのに、そんなガタガタ震えて……私、そんなに怖いですか?」

「ち、違っ……。う、うし、後ろ……っ」

「後ろ……?」

 振り返ると、そこには婚約者が立っていた。

 あぁ、なるほど。私を怖がっていたわけじゃなくて、彼を怖がっていたのか。

「大丈夫ですから、帰ってもいいですよ」

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!」

「もうっ! 怯えさせないでください」

「……二度と俺のエリスに近づくな、このゴミが!」

「ひ、ひぃぃぃぃぃっっっ! ごめんなさいぃぃぃいいいぃぃぃぃぃ!」

 そう言って、男性は悲鳴を上げながら足早にこの場から消え去るのだった。


「……ノイン。少しやり過ぎですよ」

「ぐっ……すまない」

「でも、それだけ私が好きってことですよね?」

「あ、あぁ。もちろんだ」

「だったら、これからは24時間ずっといてください。そうすれば、こんなことにはなりませんから」

 というのは口実で、単純に私が一緒にいたいだけ。
 
 でも、それは実質的に不可能。

 だから、私はせめて二人でいられる時間をより、幸せにするために抱きついて――キスをした。

 まだ、これより先のことはできないけれど、いつかその日が来ることを願って――……。
 











 


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