上 下
29 / 31

29 サポート役として

しおりを挟む
 リーチェとエノーラが建物から離れた直後、神殿が倒壊し始めた。
 卵の殻が割れるように聖殿を砕きながら、邪竜の黒い巨体が現れる。そして数歩進んだ後、砂埃を巻き上げて夜空へと舞い上がった。
 突風がリーチェ達に襲いかかる。

(ど、どうして……!? 邪竜はどこへ行くの!? ここに契約者のエノーラがいるのに!)

 邪竜はエノーラの存在に気付かない様子だ。そのまま夜の海の上をすべるように飛んで、王都のある方角へ向かって行こうとしていた。

「まっ、待ちなさいっ!!」

 リーチェは叫んだが、邪竜は彼女達に見向きもしない。
 地面に尻餅をついて放心しているエノーラの肩をリーチェはつかんだ。

「エノーラ! 邪竜に言うことを聞かせて! そのペンダントで邪竜と話せるから!」

「えっ、そんな……、でっ、できないわよ……! やったこともないのに!!」

「……ッ」

 リーチェはグッと唇を噛む。
 邪竜がもしエノーラを契約者だと認めなければ、このまま暴走し町を破壊しつくしてしまうだろう。
 リーチェはまずは自身の気持ちを落ち着かせるために深呼吸してから、エノーラを励ますために笑みを浮かべた。

「あのね……エノーラ、よく聞いて。できれば代わってあげたいけど、それは私にはできないの。最初にペンダントに血を流した人にしか、邪竜は契約できない」

 エノーラは目を剥いた。
 リーチェは決然とした表情で続ける。

「恐ろしいでしょう? 気持ちは分かるわ。邪竜なんかとは契約したくないよね? でも、この事態を収拾できるのはエノーラしかいないの。このまま放っておけば、邪竜は好き勝手に暴れて街を破壊してしまう。多くの人が犠牲になってしまうの。もし、あなたが邪竜を説き伏せることができたら……助かる命があるの」
 
 エノーラはあまりの重荷に、ガタガタと身を震わせていた。

「わ、わたしは……っ」

「邪竜に戻るよう命じてみて」

 エノーラはリーチェに言われるがまま、ペンダントを握りしめる。
きつく目を閉じて、祈るように邪竜と対話しようとした。しかし、いくら待っても何も起こらない。その間にも、邪竜はどんどん神殿から遠のいて行く。

「……何も返事がない! 応えてくれない! 私には、できないわよッ! だって天才じゃないもの! あなたと違って!!」

 エノーラはそう叫び、泣きわめきながら拳を地面に叩きつける。いつもは綺麗に手入れされていた爪も、今は土と血で汚れてしまっている。
 リーチェはエノーラの手に、そっと触れた。

「エノーラ、あなたならできるわ」

「リーチェ……?」

「──私もララも、全てを犠牲にしてまで彼を愛することはできなかった。でも、あなたは違う。家族や生まれ故郷を捨てても、彼が罪人だと知ってもなお、彼と共に生きて行こうと決意したあなたなら……誰より想いの強いあなたなら、必ず、できるわ。私はそう信じているの。きっと、エノーラ以外に誰もこの役目は、なしえない」

 リーチェの言葉に、エノーラの瞳が大きく見開かれる。その端から涙がこぼれ落ちた。
 その時、遠くの空で爆破音と小さく光が瞬くのが見えた。
 リーチェが立ち上がりそちらを凝視すると、夜空の果てで邪竜と戦うワイバーン達の群れを目視することができた。

「まさか……ハーベル様達が!?」

 よく見れば、ワイバーンの背中には黒く小さな人影が乗っている。
 ということは、ロジェスチーヌ伯爵がハーベルに連絡したのだろう。そうでなければ、これほど早く助けに来られるはずがない。
 しかし、やってきたのは騎士団だけではないことにリーチェは気付いた。槍や弓以外で戦っている者がいる。それは、爆破魔法や火炎魔法のたぐいに見えた。

「もしかして、魔法士団の皆が……?」

 魔法弾を打てるのは魔法士しかいない。
 かつての仲間達が、リーチェやエノーラが窮地に助けに来てくれたのだ。

「みんな……」

 エノーラは夜空を見上げて呆然とつぶやいた。そして、覚悟を決めた表情で涙をぬぐい、リーチェに向かって言う。

「……やってみるわ」

「……ッ! ええ!」

 リーチェは破顔して、うなずいた。
 エノーラが腹をくくった以上、リーチェがここでできることはない。エノーラが邪竜を制御できれば一番良いが、万が一の時はハーベル達が邪竜を討たねばならないだろう。そのために、リーチェはハーベル達に加勢したかった。

(でも、ここからじゃ距離がありすぎる……!)

 遠距離から魔法攻撃を仕掛けることは不可能ではないが、敵の周囲のいたるところに味方が散らばっているので、もっと近づかないと援護ができそうにない。
 どうしたものかと悩んでいた時、ワイバーンの群れの一頭がリーチェ達の方に近付いてきた。
 地面に降り立ったワイバーンの背に乗っていたのは、会いたかった人だ。

「ハーベル様ッ!」

 リーチェはそう叫んだ。ハーベルは彼女を抱き寄せる。

「……遅くなってすまない」

 安堵のあまり、リーチェは膝から崩れ落ちそうになった。気丈に振る舞っていたが、やはり、かなり無理をしていたのだろう。
 リーチェは目の端ににじんだ涙を指でぬぐう。

「いいえ。迎えにきてくださって、ありがとうございます」

 リーチェがそう言うと、ハーベルは優しく笑う。とても自然な笑顔で。

「きみの力を借りたい。一緒に来てくれるか?」

 その親愛のこもった問いかけに、リーチェは笑みを深めて仰々しく一礼した。

「もちろん。騎士団のサポート役として、存分に力を振るわせて頂きます!」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

あなたの妻はもう辞めます

hana
恋愛
感情希薄な公爵令嬢レイは、同じ公爵家であるアーサーと結婚をした。しかしアーサーは男爵令嬢ロザーナを家に連れ込み、堂々と不倫をする。

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

処理中です...