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24 魔の手
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リーチェは王立学園のカフェテラスで論文を読み返しながら、紅茶を飲んでいた。
隣に座っているのはハーベルとダン、ララ、そしてリューだ。
リューは本来部外者なのだが、あの事件以来、懐かれてしまい、どこにでもリーチェの後ろをついてくるようになってしまったのだ。
幸い、学園長が竜族の研究の権威であったため、彼の論文に竜族が協力することを条件に、リューは学園に自由に出入りをすることを許された。
『ねぇ、リーチェ。まだ終わらないの? 遊ぼうよ~』
「ごめんね、リュー。もうちょっと待っていて」
『ちえっ、じゃあ仕方ないからダンで良いや。遊んで』
「仕方ないから俺って、どういうことだよ!? こいつめ、ちょっと待ってろ」
ダンに小突かれ、リューは唇を尖らせながらも構ってもらえて嬉しそうだ。
論文の山は超え、今は四人で修正と読み合わせをしていた。
一週間後に、学園の講堂で論文を発表する予定だ。
「それにしても、すごいわよね。竜族と親交を持てるようになるなんて……」
文章を目で追うのに疲れたのか、ララがそう雑談を振ってくる。
ダンはうなずいて同意した。
「確かに国内の竜族の脅威を追い払うことができた功績は大きいな」
「リーチェはまた別の爵位を授与されちゃうかもね」
そうからかってくるララに、リーチェは苦笑しながら「まさか」と首を振った。
実際のところ、すでにリーチェの元には次の爵位授与の話が国王から届いていた。しかし、これ以上の賛辞は身に余ると断っている。
それに竜族と友好関係が結べるようになったのは四人全員の力があってこそだ。称号を受け取るなら、皆で、が良い。
「皆がいてくれたおかげだよ」
リーチェがそう言った時、食堂の窓にものすごい風が吹きつけてきた。
驚いてそちらを見ると、黒竜の群れが食堂内を覗き込んでいた。ほとんど空が見えない状態になっている。
「りっ、竜!?」
「すげぇえ!! 俺、初めて見た!!」
「まだ見たことなかったの? 俺は二回目!」
食堂にいた生徒達が騒いでいた。
「ああ~、またかぁ」
ダンが苦笑いしている。
竜族達は自分達の王子を心配して、たびたび様子を見にきていた。
リーチェはハーベルと目をあわせてうなずきあう。
竜族が安全に降りられる場所は練兵場だろう。そこへ案内するしかない。
「仕方ない。行くか」
ハーベルはそう言って、楽しげに目を輝かせているリューの頭をくしゃりと撫でた。
黒竜達は練兵場に降り立つなり、人間に姿を変えてリューに抱きついてきた。
『リュー様ぁ! お会いしとうございました!』
『無事!? 怪我はしていませんか!? お腹は減っていませんか!?』
『早く里に帰りましょうよ~! 王も王妃も、里の皆が王子の帰りを待っているんですからぁ……!』
そう言い募る大人達を前にして、見た目五歳児のリューは困ったように眉尻を下げる。
『でも、ぼく……まだかえりたくないよ』
『しかし、離れていると私達は心配です……!』
『う~ん……じゃあ、みんながこっちにくれば良いじゃないかな?』
リューは何でもないことのように、そう言った。
「おいおい、またリューのワガママが炸裂してるぞ」
そう言って、ダンはリューの頭を小突いた。それで竜族が一斉に殺意を向けてきたのだが、ダンも慣れてきたのか飄々とした態度を崩さない。
(確かにリューのワガママは困ったものだけれど……)
幼児だから仕方ないとはいえ、リューは時折、相手の都合など考えていないような言い分をすることがあるのだ。
だが、竜族達はリューに注意しづらいのか、『それはですねぇ……』『しかし、住みたくても我々の住める場所が……』などと、口をモゴモゴさせる。
リーチェはリューと同じように竜族をロジェスチーヌ伯爵家で預かろうかと思考を巡らせていると、ハーベルと視線が合う。
ハーベルは顎に手を当てて思案するように言った。
「……では、竜族の皆さんが騎士団に協力してくれるなら、その対価として王室が衣食住を提供するというのはどうだろうか?」
『騎士団に協力……ですか?』
『どういうことです?』
そう問うてくる竜達に、ハーベルは悪いことを考えていない悪人顔で笑う。
「ああ。騎士団員と共に働いて頂きたい」
その提案は竜族にも、騎士団からも賛成多数で採用された。
かくして、王立学園の騎士団に竜が加わることになったのだ。
竜族はワイバーンを従えることもできるため、先鋭の隊員達はワイバーンに乗って戦う訓練もはじめた。彼らは自分達を竜騎士と名乗り、竜を従える騎士団の評判は国外まで届き、他国への大きな牽制にもなった。
国王はこの事態を歓迎し、夕食会に招かれた時に、ハーベルやリーチェ達の功績を褒めたたえた。
「本当に素晴らしいよ。そなたは私の誇りだ」
そう笑顔で国王はハーベルの肩を叩く。
マルクが苦い顔で、その場を立ち去ろうと立ち上がった。食事の大半を残したままだ。
(陛下より早く席を立つなんて無礼なことなのに……)
しかし、マルクの行動を国王は注意しない。もはや見放しているかのような雰囲気に、マルクはきつく唇を引き結んで、食堂を出ていく。
「……良い顔していられるのも今のうちだ」
リーチェは耳をすましていたから、マルクがそう独白する声が耳に届いた。
胸騒ぎがして、リーチェは遠ざかるマルクの背をじっと見つめてしまった。
◇◆◇
「ハーベルが発表する前に、論文を廃棄してくれないか?」
マルクはララと密会している時に、彼女の耳元でそうささやいた。
ララは目を丸くしている。青ざめた唇が「……なぜ?」と震えた。
「竜族と人間は相容れない。今はそのリューという子竜もきみ達に懐いているかもしれないけれど、彼らは本来は凶暴な生き物だ。竜の存在は、将来この国に災厄を引き起こすだろう」
「……そう、でしょうか」
ララには、とてもそうは思えなかった。
「竜族がこれまでどれほど人間達の生活に危害を加えてきたか、ララも知っているだろう?」
マルクはそう言う。もちろん、本音ではそんなことを思っていない。ララを説得するための方便だ。
(これ以上、ハーベルに功績を作らせるわけにはいかない……!)
マルクはただ、憎らしいハーベルの足を引っ張りたいだけだった。
ハーベル達の論文のテーマは『魔鉱石を加工した際の影響力』だ。
その中で竜族の力を借りて発掘したことや、加工して『魔法石』にして使用した際の魔法効果の差などを記している。
それが発表されれば、『魔法石』の存在や竜族の安全性について広く知れ渡ってしまうだろう。ハーベルの称賛に繋がってしまう。
マルクには勝算があった。
国王や騎士団員はリューを歓迎しているが、未だに貴族の中には竜の脅威を懸念する声もあるのだ。
(まずはララに論文を破棄させる。その後に、あのリューとか言う子竜を始末すれば、竜族も怒り狂うだろう。そして邪竜を使って竜族を滅ぼしてやれば……僕は英雄になれる。ハーベルは国内を混乱に陥れたとして王位を剥奪されるだろう。戦闘のどさくさに紛れて殺しても良い)
マルクはそう目論んでいた。まずは、目の前にいる女を利用してやろうと思い、優しい声を出す。
「大丈夫。今回論文を提出しなくても、優秀なきみなら卒業できるだけの単位はもらえる。もし不安なら、僕のチームが作っている論文にきみも参加したという扱いにしても良い」
(無茶な言い分だろうが……彼女は僕の『お願い』を断れない)
事前に、ララの父親に違法ギャンブルをさせるよう追い込み、破産寸前まで借金をさせた。
その借用書はマルクの手下が持っている。太って脂っこい、嫌な噂ばかりある年老いた下級貴族の男とララを結婚させることを条件に、借金を帳消しにする取引をヒューストン子爵家としている最中だ。
(──これも全てララを言いなりにさせるために)
マルクの手下の脂男と結婚したくなければ、ララは恋人であるマルクの手を取るしかない。逃げ道などないのだ。
「論文は細かく引き裂いて捨ててくれ。頼むよ、ララ。」
「……マルク様、私は……っ」
ララは大粒の涙を目に浮かべていた。
「これが終われば、きみと正式に婚約したい。きみの両親に求婚状を送るよ。僕ときみの未来のために……ララには幸せな選択をしてほしい」
そうマルクが手を握って言うと、ララは力なく、うなだれた。
隣に座っているのはハーベルとダン、ララ、そしてリューだ。
リューは本来部外者なのだが、あの事件以来、懐かれてしまい、どこにでもリーチェの後ろをついてくるようになってしまったのだ。
幸い、学園長が竜族の研究の権威であったため、彼の論文に竜族が協力することを条件に、リューは学園に自由に出入りをすることを許された。
『ねぇ、リーチェ。まだ終わらないの? 遊ぼうよ~』
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文章を目で追うのに疲れたのか、ララがそう雑談を振ってくる。
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「確かに国内の竜族の脅威を追い払うことができた功績は大きいな」
「リーチェはまた別の爵位を授与されちゃうかもね」
そうからかってくるララに、リーチェは苦笑しながら「まさか」と首を振った。
実際のところ、すでにリーチェの元には次の爵位授与の話が国王から届いていた。しかし、これ以上の賛辞は身に余ると断っている。
それに竜族と友好関係が結べるようになったのは四人全員の力があってこそだ。称号を受け取るなら、皆で、が良い。
「皆がいてくれたおかげだよ」
リーチェがそう言った時、食堂の窓にものすごい風が吹きつけてきた。
驚いてそちらを見ると、黒竜の群れが食堂内を覗き込んでいた。ほとんど空が見えない状態になっている。
「りっ、竜!?」
「すげぇえ!! 俺、初めて見た!!」
「まだ見たことなかったの? 俺は二回目!」
食堂にいた生徒達が騒いでいた。
「ああ~、またかぁ」
ダンが苦笑いしている。
竜族達は自分達の王子を心配して、たびたび様子を見にきていた。
リーチェはハーベルと目をあわせてうなずきあう。
竜族が安全に降りられる場所は練兵場だろう。そこへ案内するしかない。
「仕方ない。行くか」
ハーベルはそう言って、楽しげに目を輝かせているリューの頭をくしゃりと撫でた。
黒竜達は練兵場に降り立つなり、人間に姿を変えてリューに抱きついてきた。
『リュー様ぁ! お会いしとうございました!』
『無事!? 怪我はしていませんか!? お腹は減っていませんか!?』
『早く里に帰りましょうよ~! 王も王妃も、里の皆が王子の帰りを待っているんですからぁ……!』
そう言い募る大人達を前にして、見た目五歳児のリューは困ったように眉尻を下げる。
『でも、ぼく……まだかえりたくないよ』
『しかし、離れていると私達は心配です……!』
『う~ん……じゃあ、みんながこっちにくれば良いじゃないかな?』
リューは何でもないことのように、そう言った。
「おいおい、またリューのワガママが炸裂してるぞ」
そう言って、ダンはリューの頭を小突いた。それで竜族が一斉に殺意を向けてきたのだが、ダンも慣れてきたのか飄々とした態度を崩さない。
(確かにリューのワガママは困ったものだけれど……)
幼児だから仕方ないとはいえ、リューは時折、相手の都合など考えていないような言い分をすることがあるのだ。
だが、竜族達はリューに注意しづらいのか、『それはですねぇ……』『しかし、住みたくても我々の住める場所が……』などと、口をモゴモゴさせる。
リーチェはリューと同じように竜族をロジェスチーヌ伯爵家で預かろうかと思考を巡らせていると、ハーベルと視線が合う。
ハーベルは顎に手を当てて思案するように言った。
「……では、竜族の皆さんが騎士団に協力してくれるなら、その対価として王室が衣食住を提供するというのはどうだろうか?」
『騎士団に協力……ですか?』
『どういうことです?』
そう問うてくる竜達に、ハーベルは悪いことを考えていない悪人顔で笑う。
「ああ。騎士団員と共に働いて頂きたい」
その提案は竜族にも、騎士団からも賛成多数で採用された。
かくして、王立学園の騎士団に竜が加わることになったのだ。
竜族はワイバーンを従えることもできるため、先鋭の隊員達はワイバーンに乗って戦う訓練もはじめた。彼らは自分達を竜騎士と名乗り、竜を従える騎士団の評判は国外まで届き、他国への大きな牽制にもなった。
国王はこの事態を歓迎し、夕食会に招かれた時に、ハーベルやリーチェ達の功績を褒めたたえた。
「本当に素晴らしいよ。そなたは私の誇りだ」
そう笑顔で国王はハーベルの肩を叩く。
マルクが苦い顔で、その場を立ち去ろうと立ち上がった。食事の大半を残したままだ。
(陛下より早く席を立つなんて無礼なことなのに……)
しかし、マルクの行動を国王は注意しない。もはや見放しているかのような雰囲気に、マルクはきつく唇を引き結んで、食堂を出ていく。
「……良い顔していられるのも今のうちだ」
リーチェは耳をすましていたから、マルクがそう独白する声が耳に届いた。
胸騒ぎがして、リーチェは遠ざかるマルクの背をじっと見つめてしまった。
◇◆◇
「ハーベルが発表する前に、論文を廃棄してくれないか?」
マルクはララと密会している時に、彼女の耳元でそうささやいた。
ララは目を丸くしている。青ざめた唇が「……なぜ?」と震えた。
「竜族と人間は相容れない。今はそのリューという子竜もきみ達に懐いているかもしれないけれど、彼らは本来は凶暴な生き物だ。竜の存在は、将来この国に災厄を引き起こすだろう」
「……そう、でしょうか」
ララには、とてもそうは思えなかった。
「竜族がこれまでどれほど人間達の生活に危害を加えてきたか、ララも知っているだろう?」
マルクはそう言う。もちろん、本音ではそんなことを思っていない。ララを説得するための方便だ。
(これ以上、ハーベルに功績を作らせるわけにはいかない……!)
マルクはただ、憎らしいハーベルの足を引っ張りたいだけだった。
ハーベル達の論文のテーマは『魔鉱石を加工した際の影響力』だ。
その中で竜族の力を借りて発掘したことや、加工して『魔法石』にして使用した際の魔法効果の差などを記している。
それが発表されれば、『魔法石』の存在や竜族の安全性について広く知れ渡ってしまうだろう。ハーベルの称賛に繋がってしまう。
マルクには勝算があった。
国王や騎士団員はリューを歓迎しているが、未だに貴族の中には竜の脅威を懸念する声もあるのだ。
(まずはララに論文を破棄させる。その後に、あのリューとか言う子竜を始末すれば、竜族も怒り狂うだろう。そして邪竜を使って竜族を滅ぼしてやれば……僕は英雄になれる。ハーベルは国内を混乱に陥れたとして王位を剥奪されるだろう。戦闘のどさくさに紛れて殺しても良い)
マルクはそう目論んでいた。まずは、目の前にいる女を利用してやろうと思い、優しい声を出す。
「大丈夫。今回論文を提出しなくても、優秀なきみなら卒業できるだけの単位はもらえる。もし不安なら、僕のチームが作っている論文にきみも参加したという扱いにしても良い」
(無茶な言い分だろうが……彼女は僕の『お願い』を断れない)
事前に、ララの父親に違法ギャンブルをさせるよう追い込み、破産寸前まで借金をさせた。
その借用書はマルクの手下が持っている。太って脂っこい、嫌な噂ばかりある年老いた下級貴族の男とララを結婚させることを条件に、借金を帳消しにする取引をヒューストン子爵家としている最中だ。
(──これも全てララを言いなりにさせるために)
マルクの手下の脂男と結婚したくなければ、ララは恋人であるマルクの手を取るしかない。逃げ道などないのだ。
「論文は細かく引き裂いて捨ててくれ。頼むよ、ララ。」
「……マルク様、私は……っ」
ララは大粒の涙を目に浮かべていた。
「これが終われば、きみと正式に婚約したい。きみの両親に求婚状を送るよ。僕ときみの未来のために……ララには幸せな選択をしてほしい」
そうマルクが手を握って言うと、ララは力なく、うなだれた。
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