悪役王子とラスボス少女(ただしバッドエンドではモブ死します)

高八木レイナ

文字の大きさ
上 下
21 / 31

21 暴れ竜

しおりを挟む
 ロタの町は王都ほどではないが賑わっている。温泉が湧いているため、貴族の療養地としても人気が高い。
 リーチェはララと一緒に宿屋の露天風呂に入りに来ていた。

「ぷはぁ~。生き返る」

 馬車に座っているだけとはいえ、ずっと揺れる場所に腰掛けているのは疲れるものだ。
 立ち湯で首まで浸かりながら、リーチェは横にいるララを見つめた。
 ララは赤い髪をバレッタで留めあげ、せっかく湯に浸かっているのに暗い瞳をしていた。

「ララ?」

「……あ、うん。ごめん、私は先にあがるね。マル……いえ、家族に手紙も書きたいし」

「う、うん。じゃあ後でね」

 リーチェはそう言って、離れていくララの背中を見届けた。
 間もなく四人組のふくよかな女性達がララと入れ違いでやってきて、リーチェの両隣に入ってしまった。
 全員生首状態で、リーチェを挟み、女性達の会話が弾む。
 ここで適当にうなずいていたら同じパーティの一員のようだ。リーチェは少々気まずさを覚えはじめた。

(仕方ない。のぼせてきたし、そろそろ出ましょう……)

 そう思って立ち湯から出て行こうとしたところで、左隣の女性の言葉に気を取られた。

「しっかし、暴れ竜が出るなんて災難だね~。商館もいっぱいで泊まれなかったし。これじゃあ南へ行けないじゃないか」
「仕方ないから大回りになるけど、東の街道から迂回して南国へ行くしかないかねぇ。西は魔の森だから進めないし」

 リーチェ達が向かおうとしているのは西だ。しかし南に暴れ竜が出ると知って、聞き流すことはできなかった。
 リーチェはなけなしの勇気を振り絞り、女性達に声をかける。

「暴れ竜が出ているんですか?」

 突如話しかけてきたリーチェに目を丸くしつつも、気の良さそうな女性が答えてくれる。

「ああ。もう七日くらい前からかねぇ。普段は西の森にいる竜が南に下りてきて暴れているらしいんだよ」

「落石で道も塞がれちゃってるから、流通も滞っててねぇ。うちの商隊も南の街道を通れなくて引き返してきたんだよ」

 商人は街道以外通れない決まりがあるし、規則をやぶって他の道を行こうとすると盗賊に襲われやすくなってしまう。

「街道が通れなくなっているんですか……それは困りますね……」

 リーチェは顎に手をあてて考え込んだ。
 
(このまま放っておけば、竜がこの町や他の町にやってきて人々に被害が出るかもしれない……)

 ロジェスチーヌ家の娘として看過できなかった。
 竜が人々に直接の危害を加えることはなかったとしても、間接的な悪影響はある。商隊が通れないとなると、いずれ小麦が足りなくなってしまうだろう。
 シューレンベルグ王国は小麦の生産が少ないため、周辺国からの輸入に頼っているのだ。
 ロジェスチーヌ伯爵領でもそれは同じで、小麦は輸入し、生産量の多いレモンや葡萄酒、オリーブ油などを輸出していた。

(ただでさえ国内で小麦は値上がりしているのに。周辺国から足元を見られて小麦の値段を上げられてしまうかもしれない……)

 そうなれば、民への影響は計り知れない。もちろん他の穀物で庶民の食卓はある程度は補えるだろうが、それを商いとする者にとっては死活問題だ。下手したら死人が出る。

「魔物がどうにかいなくなれば良いんだけど……」

 リーチェはぽつりとつぶやいた。
 もとより採石場にたどり着くためには竜や魔物をどうにかしなければならない問題があったのだ。

(ハーベル様と相談してみよう)

 お忍びだったため、ロタの町はあっさりと通り過ぎるつもりだったが、代官に会って対応状況を聞く必要があるかもしれない。

「それより、アンタもしかして、あのイケメン二人の連れかい?」

 そうニヤニヤしながら女性に問われて、リーチェは瞬きした。

(もしかして、ハーベル様とダン副長のことかな?)

「え、えぇ。まぁ……」

「二人とも、ここいらじゃ見ないくらいの美形だよねぇ」

「目の保養だよぉ」

「お嬢ちゃん、どっちかと付き合っているのかい?」

 根掘り葉掘り聞かれそうな空気を察し、リーチェは「ありがとうございました」と、お礼を言って湯船から出た。
 もし連れがハーベル王子一行で、リーチェは婚約者だと知られたら騒がれかねない。

「ふぅ~。のぼせちゃった……」

 タオルで髪を拭いながら廊下を歩いていると、遊戯室の扉が開いていてハーベルとダンの姿がかいま見えた。
 リーチェは先ほど女性達に言われたことを思い出した。

(そうよね。ハーベル様はファンクラブが作られるほど格好良いもの……)

 生来の強面だが、最近はリーチェと笑顔の練習をしているためか雰囲気も柔らかくなり、とっつきやすくなったと評判だ。

(私、そんな素敵な人とお付き合いしているんだ……)

 そう思うと途端に照れてきて、リーチェは湯上がりだけではない熱がある頬を押さえた。

「ん……?」

 ふと、廊下から外を眺めると、宿屋の玄関から出たララの姿が目に入る。
 ララは宿屋の外で見知らぬ男性に手紙らしき物を渡していた。夕明かりで辺りは暗くなってきていたが、わずかに見えるララの表情は険しい。

「ララ……?」

 手紙を送るには飛脚便を使うのが一般的だ。だが、ララが手紙を渡した男は黒ずくめで、そういう生業の者にはとても見えない。
 モヤモヤした感情を抱えたままリーチェが客室に帰ると、しばらくしてララが戻ってきた。

「ララ、手紙出してきたの?」

 そうリーチェが尋ねると、ララはぎこちない笑みを浮かべた。

「ええ。王都まで定期便があるみたいだから」

「……そう」

(宿に飛脚が手紙を受け取りにくる地域もあるし、おかしいことではない……はず、よね?)

 そう思い、リーチェは生まれた違和感に蓋をした。


◇◆◇


 庁舎に入ると大きなホールがあり、そこで代官が揉み手をしてリーチェ達を待ち構えていた。
 昨夜ハーベルと話し合い、会う手はずを整えたのだ。

「ようこそおいでくださいました、リーチェお嬢様。……いえ、今はヴィラ・ロレイン男爵でしたね。爵位授与のお祝いの言葉が遅くなってしまい、申し訳ありません」

 秀でた額に汗をかきながら代官は頭を下げた。
 お忍びで領主の娘と王子まで現れたのだから、彼が慌てるのも当然だ。
 リーチェ達は簡単に挨拶を終え、応接室に案内された。

「ええっと……私めにお尋ねになりたいことは南の街道の暴れ竜への対応について、でしたな」

 ハンカチで汗を拭きながら、代官は言う。
 聞けば、魔物が現れることは今までもあったが、竜は初めてのことで対応に困っているらしい。
 現在は物見塔から平原にいる竜を監視しているが、大きな動きはないという。
 
「ロジェスチーヌ伯爵には早馬を出して状況をお伝えしております。もし竜がこの町に進路を向けてきたら困りますから、防衛のために傭兵も集めています」

「そうですか……」

 リーチェは顎に手を当てる。

(代官も頑張ってくれているけど、寄せ集めの傭兵集団で何とかなるとは思えない……)

 それに下手に攻撃したら竜が逆上して襲いかかってくる可能性もある。
 かといって、リーチェの父親が治安部隊を送ってくるまで持たないかもしれない。
 この町が無事だったとしても他の町に被害が出る可能性もある。早急に対処しなければならない問題だ。

「攻撃しておびき寄せ、森に帰るよう誘導するしかないだろうな。その場合は少人数の方が動きやすい」

 ハーベルがリーチェの隣でそう言った。

「俺とダンで、その役目を引き受けよう。リーチェ達には後方支援を頼みたい」

 リーチェはハーベルの言葉に慌てて首を振る。

「しっ、しかし、ハーベル様にそのような囮行為はさせられません! するなら私が……!」

「構わない。我が国の民が困っていたら何とかしてやるのが王子の務めだ。俺は騎士団長だし、それほど弱くはない。ここは任せてくれ」

 そこまで言われたら、リーチェも引かざるを得なかった。同時にハーベルのロジェスチーヌの領民への気遣いに胸が熱くなる。

「……ありがとうございます、ハーベル様」

「ああ。さっそく準備を整えて出よう」

 ハーベルの言葉にダンとララも表情を引き締めて、うなずいた時──。
 突然、応接室に兵士がひとり入ってきた。

「何事だ!? 来客中だぞ!!」

 叱りつける代官だったが、兵士はただならぬ表情を崩さない。

「申し訳ありません! 至急、お伝えしなければならないことがありまして……っ! 暴れ竜が、この町に向かって来ています!!」

 その場の空気が変わる。
 すぐさま動いたのはハーベルだった。

「竜の位置は分かるか? あと、どれくらいで到着する?」

「は、はい……! 六時の方向です。あの速度だと、おそらく……この町には三時間ほどで、たどり着くと思われます!」

「……時間がないな」

 ダンが舌打ちした。
 ララは震えを押し殺すように己の腕を抱いて、リーチェのそばに寄る。

「町に緊急警報を発令せよ! 領民の避難を最優先だ」

 ハーベルがそう言うと、代官は青ざめつつ首を縦に振った。

「はっ、はいぃぃっ!!」

 代官はどちらかというとハーベルの形相に怯えている。

「避難所に人々を集めた後、城門を閉じろ! 城壁の上に傭兵部隊を待機させ、指示があるまでは動くな。俺達は外へ出て少し離れた場所で竜を迎え撃つ。……それで良いか、リーチェ」

 そうハーベルに問われて、リーチェは目を丸くしつつ首肯した。
 リーチェの領地のことだから彼女の意向を確認してくれたのだろう。
 しかしハーベルの指示はリーチェのやろうとしていたことと同じ──いや、それ以上に的確で完璧だった。
 代官が逃げるように部屋を駆け出て行く。竜のことを懸念してのことだろうが、よほどハーベルの顔も怖かったのだろう。
 それにまったく気付いている様子のないハーベルがリーチェ達に向かって言う。

「予定より早くなったが……皆、覚悟は良いな?」

「はいっ!!」

 一同は──青ざめているララ以外──大きくうなずいた。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

貧乏令嬢はお断りらしいので、豪商の愛人とよろしくやってください

今川幸乃
恋愛
貧乏令嬢のリッタ・アストリーにはバート・オレットという婚約者がいた。 しかしある日突然、バートは「こんな貧乏な家は我慢できない!」と一方的に婚約破棄を宣言する。 その裏には彼の領内の豪商シーモア商会と、そこの娘レベッカの姿があった。 どうやら彼はすでにレベッカと出来ていたと悟ったリッタは婚約破棄を受け入れる。 そしてバートはレベッカの言うがままに、彼女が「絶対儲かる」という先物投資に家財をつぎ込むが…… 一方のリッタはひょんなことから幼いころの知り合いであったクリフトンと再会する。 当時はただの子供だと思っていたクリフトンは実は大貴族の跡取りだった。

悪役令息の婚約者になりまして

どくりんご
恋愛
 婚約者に出逢って一秒。  前世の記憶を思い出した。それと同時にこの世界が小説の中だということに気づいた。  その中で、目の前のこの人は悪役、つまり悪役令息だということも同時にわかった。  彼がヒロインに恋をしてしまうことを知っていても思いは止められない。  この思い、どうすれば良いの?

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

処理中です...