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13 疑い

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 話し合いが終わって皆が解散しても、リーチェはハーベルの元に残っていた。
 天幕の外からは煮込み料理の良い香りが漂ってきている。食料班が食事を作っているのだろう。
 今は他の隊員達も夕食までのわずかな休憩時間を楽しんでいるのか、テントの布越しに和やかな話し声が聞こえてくる。

「リーチェ、会議や馬での移動で疲れただろう。己の天幕で休んだらどうだ」

 ハーベルは気を遣ってそう言ってくれたが、リーチェは首を振る。
 連日騎士団の訓練に参加していたというのに、結局誰がマルクの密偵か分からなかった。
 ロジェスチーヌ家の伝手を使って隊員達の素性も調べてみたが、特に怪しむような人物も見当たらず。
 密かにマルクの周囲を調べたが、敵も警戒しているようで騎士団の誰と連絡を取っているかなどの有力な情報は得られなかった。

(哀れな羊役の私はいないから、もうそんなことは起こらないかもしれないけれど……)

 けれど、もしもハーベルが危険にさらされたら……と思うと、リーチェは心穏やかではいられなかった。

(私の代わりに、他の人がマルクに利用されて殺されてしまうかもしれないし……)

 万が一のことを考え、リーチェは学園から出立した日からハーベルに張り付き、彼を──正しくは彼の剣──を監視していた。
 ようは目を離さなければ盗まれる心配はないのだ。可哀想な被害者が出ることもないだろう。

「もう少しおそばにいてはいけませんか? もし良ければ、一緒に食事を取りたいのですが……」

「もちろん構わないが……」

 ハーベルは当惑ぎみに、了承してくれた。
 野営なので王宮やロジェスチーヌ邸での豪華な食事とは比べられないが、食料班の作った素朴な煮込み料理は美味しい。ささやかだが、硬パンと果実もついてくる。

(……いつ犯人は接触してくるつもりだろう?)

 そう思うと緊張して、リーチェはハーベルの腰の剣をまたチラリと見てしまう。
 ハーベルはぎこちなく咳払いをして席を立つ。

「少し小用に行ってくる」

 つまり、お手洗いに行ってくるということだ。

「あっ、はい……では、こちらで待っていますね」

「えっ、あ、あぁ……」

 ハーベルはモゴモゴとしながらもうなずき、天幕から出て行った。その後ろ姿をリーチェは未練がましく目で追ってしまう。

(でも、さすがにお手洗いにまで付いて行くわけにはいかないし……)

 しかし、その間にもしものことがあったら……と想像すると、リーチェは落ち着かなくなる。
 それからしばらくしてハーベルは戻ってきたが、彼の顔は赤くなっていた。

「……何かあったのですか?」

 リーチェが尋ねると、ハーベルは不自然に視線を泳がせながら言う。

「その……リーチェ、なんだか今朝から様子がおかしくないか?」

「えっ、そんなことはありませんよ……っ!?」

(しまった。怪しまれてる!?)

 いつも以上にハーベルにべったりくっついて行動していたから、不審に怪しまれているのかもしれない。

「あっ、も、もしかしたら、明日が討伐だから緊張しているのかもしれませんね……!」

 リーチェはそう言って誤魔化し笑いをする。

「そうか……。いつもより一緒にいられるのは嬉しいが、休まねば疲れも解消できない。今日はもう休むといい。俺も風呂に入るよ」

 さすがにそこまで言われてしまっては、引き下がるしかない。
 だが、ふと、先ほど目を離した隙に剣が偽物と変わってしまっているのではないか? という疑いを持ってしまった。

(見た目は変わらないけれど……もしかしたら偽物の可能性がある?)

 一度それを考え始めてしまうと、どうにかしてハーベルの剣が本物なのか確認したくなってくる。

(私では違いは分からないかもしれないけど……ハーベル様なら細かい差異があれば気付いてくれるかも? 注意を引いてみよう)

「では天幕に戻りますが……その前に、不躾で恐縮なのですが、その……ハーベル様のお腰の剣を見せて頂けませんか?」

 大事な剣だ。たとえ一時でも誰かに預けるのは嫌がるかもしれない。そう思い、リーチェは断られるのを覚悟で尋ねた。
 ハーベルは何かが喉につっかえたのか、ゴホゴホとむせてしまう。

「だっ、大丈夫ですか!?」

「あ、あぁ……」

 ハーベルの顔は先ほどより赤く染まっていた。

(熱でもあるのかしら? 先ほどの咳も体調を崩してのものなのかも……。それなら早めに解放して休ませてあげなきゃ……)

 そうリーチェが思案していると、ハーベルが突然彼女の両肩をつかんだ。

「まだ、駄目だ……。時期が早すぎる。俺達には、もう少し時間が必要だ」

「えっ? は、はい……」

 何か違和感を覚えたが、いや、とリーチェは思い直した。

(国王から賜った大事な剣だもの。当然よね)

 婚約者であろうと、たやすく触れさせる訳がない。もう少し時間が必要というのは、そういう意味だろう。
 勝手にハーベルと近付けた気になっていたが、まだ心から信頼はされていなかったのかもしれない。
 そう思い、少し落ち込みながらも、リーチェは別れの挨拶をしてから天幕を離れた。



 リーチェはトボトボと己の天幕に戻り、簡易椅子に腰掛けて頭を抱えた。
 ハーベルはいつも剣を身につけている。盗む隙なんてない。ゲームの中でマルクはどうやって剣を手に入れたのか……。

(……もし可能性があるとしたら、野営地での湯殿に入る時か、寝る時くらいじゃないかしら?)

 リーチェは顎に手をあてて悩んでしまう。ハーベルのそばにいたくても、さすがにお風呂や就寝時まで一緒にいることはできない。

(そうだ、【姿隠しの魔法】があった!)

 ロジェスチーヌ伯爵家に伝わる秘術だ。祖父がいなくなってこらは、この世界で扱える者はリーチェだけになっている。
 その魔法で、こっそりハーベルの周辺を見張れば良いのだ。
 リーチェはさっそく【姿隠しの魔法】を自身にかけて、ハーベルの天幕におもむく。
 タイミングよく、ハーベルは着替えと剣を持って湯殿のある天幕に向かおうとしているところだった。
 リーチェはハーベルのすぐ後ろに付いて天幕に入り、彼が剣を籠に置くのを確認する。
 そして、彼が衣装を脱ぎ始めてしまったので、リーチェは慌てて天幕から出た。

(ごめんなさい! わざとじゃないんですっ!)

 リーチェは顔面から火が出そうだった。さすがに覗きのような真似はできない。

(でも、ハーベル様は背中もたくましい……。って、何考えてるのよ私! バカバカッ)

 剣を監視するためとはいえ、やっていることは客観的に見ると、ただの変態行為である。リーチェは自己嫌悪と羞恥心に震えながら、天幕から少し離れた木を背に座り込んだ。
 その位置から侵入者がこないか見張ることにした。
 天幕の入り口は隊員が一人で見張りをしているし、怪しむところはないように思える。
 だが、間もなく新米の団員らしき少年が天幕に近づいてきた。彼が見張りの隊員に声をかけると、そこにいた青年が片手を上げて去っていく。どうやら交代の時間のようだ。
 リーチェはその少年の顔に見覚えがあった。

(あれ? 彼って確か……)

 練兵場で剣の訓練をしていた少年、ルーカスだ。リーチェが騎士団で最初に付与魔法をかけた相手。
 ルーカスは一人きりになると挙動不審に周囲を見回し、そっと天幕の中に入って行く。
 リーチェはその動きに不信感を持って、急いでルーカスの後に続いた。
 脱衣場と湯殿はカーテンで仕切られており、ハーベルの姿は湯気越しにしか見えない。
 ルーカスがそっと籠に置かれた剣をつかんで入り口から出ようとした瞬間、リーチェは彼の手首をつかんだ。

「何をしているの!?」
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