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1 乙女ゲームの世界に転生!?
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「さよなら、リーチェ。使えない奴だったが、最後に役に立ってくれて良かったよ。ありがとう。きみの功績は忘れないからね」
そう愛をささやくように笑って、恋人のマルクは彼女を剣で突き刺した。
◇◆◇
ふいに、目の前に友人のララが現れて、彼女は飛び跳ねるように立ち上がった。その拍子に自身が座っていた椅子が大きな音をたてて後ろに倒れてしまう。
「リーチェ!? どっ、どうしたの? 急に……」
そう目を丸くして聞いてきたのは、目の前に座っている親友のララ・ヒューストンだ。赤い巻き毛を背中に流したゴージャスな美少女である。
周りを見回せば、そこは王立学園のティールームだった。放課後だからか人はまばらだったが、近くに座っていた生徒がリーチェの行動に驚き、目を剥いている。
「リーチェってば! 目立っているわよ!」
ララにそう注意され、リーチェは慌てて席につく。
(……この世界は、私が前世でプレイした乙女ゲームの世界だ。そして、目の前にいるのが主人公のララだ。間違いない)
リーチェ・ロジェスチーヌ伯爵令嬢。
それが十八年間、この世界で生きてきた彼女の名前だった。何がきっかけで思い出したのか分からないが、急に記憶がよみがえってしまった。彼女は前世では、この『きみと金色の世界で』というR18の乙女ゲームが大好きだったのだ。
(でも、よりによって転生したのがリーチェだなんて……)
リーチェ・ロジェスチーヌの人生を一言で表すならば、『悲惨』である。
彼女は王立学園の六年生だ。実力はあるものの、とある事情によって攻撃魔法が使えないため、魔法科で落ちこぼれ扱いされている。
四人の攻略対象のハッピーエンドルートではラスボスとなって散り、バッドエンドルートではモブ死する珍しいタイプの悪役令嬢だ。
(このままだと、どのルートでも私は死んでしまう……!?)
「もう! リーチェったら! 聞いているの!?」
そうララに怒られてしまい、リーチェは慌てて表情を取り繕った。
「あ、ごめんごめん。え~と、何の話をしていたっけ?」
「もう! ファンクラブの話でしょう」
ララは頬をふくらませながら続ける。
「ハーベル様もマルク様も婚約者がまだいらっしゃらないから、ファンクラブの勢いがすごいのよね~って話。特にマルク様は誰に対しても優しいから人気があるの」
夢見るような表情で、そうしゃべるララ。
「そう……だったわね。ところで、ララはファンクラブのある四人なら、誰が好きなの?」
リーチェはそう友人に尋ねた。
ララが誰のルートを攻略しようとしているのか調べようとしたのだ。
「えっ、そうね……。どなたも素敵だけど、マルク様は物腰やわらかくて良いなと思うわ。じつは入学したばかりの頃に、転びそうになった時に彼に助けてもらったことことがあってね……」
ララは恥ずかしげに、そう答える。
それはマルクルートの最初の出会いシーンだ。リーチェもスチルを思い出した。マルクが花びらの舞い落ちる中でヒロインを抱きしめていたのを覚えている。
(ってことは、これはマルクルートのバッドエンドだわ……! 最悪ー!!)
リーチェは内心頭を抱えた。
どのルートでも彼女が死ぬのは変わらないが、マルクのバッドエンドでは、ほぼ全員が不幸になるのである。何しろマルクはヤンデレだから。
(ララにマルクに近づかないように説得したいけど……それは難しいわよね)
どうしてマルクに接近してはならないのかララに問われたら答えられないし、逆に彼をもっと意識させてしまう可能性もある。
ララには『好きな人や恋人ができたらすぐに教えてね』と伝えておくしかないだろう。
マルクに近づきそうな空気を感じたたら、事前に阻止していくしかない。
「で、リーチェは誰が好きなの?」
「え?」
思ってもいなかった問いかけをされて、リーチェの口から間抜けな声が漏れてしまった。ララは頬をふくらませてムッとした顔をしている。
「私も言ったんだから、リーチェも教えてよね! ファンクラブのある四人なら、誰が好きなの?」
「……私は、ハーベル様」
前世の彼女にとって、ヤンデレキャラばかりのこのゲームで、ハーベル王子は唯一の癒やしだった。
顔が極端に怖いが、不器用で優しい青年。
ちょっと昔の少女漫画にいそうなベタなキャラ設定であるが、そこが逆に良い。
「そうなの!? 良かったぁ~!」
ララは心底安堵したような笑みを浮かべた。
「良かった? どうして?」
「だって、もしかしたらリーチェはマルク様のことが好きなんじゃないかって、思っていたから……」
リーチェはギクリとした。ララの勘の良さに舌を巻く。
そう、確かにララの推察どおり、リーチェはマルクに恋心を抱いていた。前世の記憶を取り戻す、ほんの数分前までは。
(マルクの本性を知っている今では、まったくそんな気にはなれないけど……)
リーチェはマルクルートのバッドエンドでは、彼に騙されて殺されてしまうからだ。もはや彼への好感度はゼロどころか、氷点下にまで下がっている。
「じゃあ、明日のパーティではハーベル王子にも会えるだろうし、とびっきりおめかししないとね」
ララは楽しげに、そう言う。リーチェは言葉に詰まった。
「でっ、でも、私がオシャレしたって……」
「何を言っているのよ! あなた素材は良いんだから、ちゃんと自分に似合う格好をしたら化けるわよ」
ララは両手を組んで歌うように言う。
「ああ……伯爵令嬢なのにオシャレにも無頓着で引きこもりだったあなたにもようやく春が……! よぉし! 任せておきなさい! とびきりの美少女にしてあげるからねっ。行きましょ!」
「えっ、どこへ!?」
「仕立て屋よ!」
そう言って、ララはリーチェの手を握って歩いて行こうとした。
リーチェはあることに気付いてララの体を自身の方に引き寄せた。
「えっ……」
ララの困惑した声。
彼女の背後すれすれをガタイの良い男子生徒達がすれ違う。向こうも前を見ておらず、あやうくララにぶつかるところだった。
「……え? あ、リーチェ、助けてくれたの? ありがとう」
ララは驚いていたが、ようやく理解してそう言った。
「うん。無事で良かった……」
パーティの前日、ララは食堂で男子生徒にぶつかって足を滑らせて転び、足をひねってしまうシーンを思い出したのだ。その騒動を聞きつけたマルクが現れ、彼に助けてもらうというイベントがあったはず。
けれどリーチェの行動で回避できた。
(……まだゲームが始まったばかりの今なら、ララとハーベル様の破滅を阻止できるかもしれない)
この調子でマルクを避けていけば、二人があんな悲惨なルートは迎えずに済むはずだ。
そう愛をささやくように笑って、恋人のマルクは彼女を剣で突き刺した。
◇◆◇
ふいに、目の前に友人のララが現れて、彼女は飛び跳ねるように立ち上がった。その拍子に自身が座っていた椅子が大きな音をたてて後ろに倒れてしまう。
「リーチェ!? どっ、どうしたの? 急に……」
そう目を丸くして聞いてきたのは、目の前に座っている親友のララ・ヒューストンだ。赤い巻き毛を背中に流したゴージャスな美少女である。
周りを見回せば、そこは王立学園のティールームだった。放課後だからか人はまばらだったが、近くに座っていた生徒がリーチェの行動に驚き、目を剥いている。
「リーチェってば! 目立っているわよ!」
ララにそう注意され、リーチェは慌てて席につく。
(……この世界は、私が前世でプレイした乙女ゲームの世界だ。そして、目の前にいるのが主人公のララだ。間違いない)
リーチェ・ロジェスチーヌ伯爵令嬢。
それが十八年間、この世界で生きてきた彼女の名前だった。何がきっかけで思い出したのか分からないが、急に記憶がよみがえってしまった。彼女は前世では、この『きみと金色の世界で』というR18の乙女ゲームが大好きだったのだ。
(でも、よりによって転生したのがリーチェだなんて……)
リーチェ・ロジェスチーヌの人生を一言で表すならば、『悲惨』である。
彼女は王立学園の六年生だ。実力はあるものの、とある事情によって攻撃魔法が使えないため、魔法科で落ちこぼれ扱いされている。
四人の攻略対象のハッピーエンドルートではラスボスとなって散り、バッドエンドルートではモブ死する珍しいタイプの悪役令嬢だ。
(このままだと、どのルートでも私は死んでしまう……!?)
「もう! リーチェったら! 聞いているの!?」
そうララに怒られてしまい、リーチェは慌てて表情を取り繕った。
「あ、ごめんごめん。え~と、何の話をしていたっけ?」
「もう! ファンクラブの話でしょう」
ララは頬をふくらませながら続ける。
「ハーベル様もマルク様も婚約者がまだいらっしゃらないから、ファンクラブの勢いがすごいのよね~って話。特にマルク様は誰に対しても優しいから人気があるの」
夢見るような表情で、そうしゃべるララ。
「そう……だったわね。ところで、ララはファンクラブのある四人なら、誰が好きなの?」
リーチェはそう友人に尋ねた。
ララが誰のルートを攻略しようとしているのか調べようとしたのだ。
「えっ、そうね……。どなたも素敵だけど、マルク様は物腰やわらかくて良いなと思うわ。じつは入学したばかりの頃に、転びそうになった時に彼に助けてもらったことことがあってね……」
ララは恥ずかしげに、そう答える。
それはマルクルートの最初の出会いシーンだ。リーチェもスチルを思い出した。マルクが花びらの舞い落ちる中でヒロインを抱きしめていたのを覚えている。
(ってことは、これはマルクルートのバッドエンドだわ……! 最悪ー!!)
リーチェは内心頭を抱えた。
どのルートでも彼女が死ぬのは変わらないが、マルクのバッドエンドでは、ほぼ全員が不幸になるのである。何しろマルクはヤンデレだから。
(ララにマルクに近づかないように説得したいけど……それは難しいわよね)
どうしてマルクに接近してはならないのかララに問われたら答えられないし、逆に彼をもっと意識させてしまう可能性もある。
ララには『好きな人や恋人ができたらすぐに教えてね』と伝えておくしかないだろう。
マルクに近づきそうな空気を感じたたら、事前に阻止していくしかない。
「で、リーチェは誰が好きなの?」
「え?」
思ってもいなかった問いかけをされて、リーチェの口から間抜けな声が漏れてしまった。ララは頬をふくらませてムッとした顔をしている。
「私も言ったんだから、リーチェも教えてよね! ファンクラブのある四人なら、誰が好きなの?」
「……私は、ハーベル様」
前世の彼女にとって、ヤンデレキャラばかりのこのゲームで、ハーベル王子は唯一の癒やしだった。
顔が極端に怖いが、不器用で優しい青年。
ちょっと昔の少女漫画にいそうなベタなキャラ設定であるが、そこが逆に良い。
「そうなの!? 良かったぁ~!」
ララは心底安堵したような笑みを浮かべた。
「良かった? どうして?」
「だって、もしかしたらリーチェはマルク様のことが好きなんじゃないかって、思っていたから……」
リーチェはギクリとした。ララの勘の良さに舌を巻く。
そう、確かにララの推察どおり、リーチェはマルクに恋心を抱いていた。前世の記憶を取り戻す、ほんの数分前までは。
(マルクの本性を知っている今では、まったくそんな気にはなれないけど……)
リーチェはマルクルートのバッドエンドでは、彼に騙されて殺されてしまうからだ。もはや彼への好感度はゼロどころか、氷点下にまで下がっている。
「じゃあ、明日のパーティではハーベル王子にも会えるだろうし、とびっきりおめかししないとね」
ララは楽しげに、そう言う。リーチェは言葉に詰まった。
「でっ、でも、私がオシャレしたって……」
「何を言っているのよ! あなた素材は良いんだから、ちゃんと自分に似合う格好をしたら化けるわよ」
ララは両手を組んで歌うように言う。
「ああ……伯爵令嬢なのにオシャレにも無頓着で引きこもりだったあなたにもようやく春が……! よぉし! 任せておきなさい! とびきりの美少女にしてあげるからねっ。行きましょ!」
「えっ、どこへ!?」
「仕立て屋よ!」
そう言って、ララはリーチェの手を握って歩いて行こうとした。
リーチェはあることに気付いてララの体を自身の方に引き寄せた。
「えっ……」
ララの困惑した声。
彼女の背後すれすれをガタイの良い男子生徒達がすれ違う。向こうも前を見ておらず、あやうくララにぶつかるところだった。
「……え? あ、リーチェ、助けてくれたの? ありがとう」
ララは驚いていたが、ようやく理解してそう言った。
「うん。無事で良かった……」
パーティの前日、ララは食堂で男子生徒にぶつかって足を滑らせて転び、足をひねってしまうシーンを思い出したのだ。その騒動を聞きつけたマルクが現れ、彼に助けてもらうというイベントがあったはず。
けれどリーチェの行動で回避できた。
(……まだゲームが始まったばかりの今なら、ララとハーベル様の破滅を阻止できるかもしれない)
この調子でマルクを避けていけば、二人があんな悲惨なルートは迎えずに済むはずだ。
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