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第二章
勝負の行方
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リアムの体がぐんっと沈む。エルベールは咄嗟に後ろに跳んだ。
剣が鋭い唸りを上げる。霞む銀色。下がった分を一瞬で詰められた。剣を合わせ、防いだ手がじんと痺れる。
下から掬い上げる斬撃を叩き落とした次の瞬間、眼前に膝が迫る。紙一重で躱すが、体勢が崩れて左手を地面についた。
「くっ」
胸ポケットから引き出したスクロール。先端をリアムに向けて炎を放つ。放射状に広がった炎は、火力は低いが牽制にはなる。
「っ、ははっ」
笑いながらリアムは飛び退った。火炎放射はまだ途切れない。スクロールを槍のように構えて突進する。
リアムはひらひらと踊るように炎を避け、魔力が切れた瞬間に突っ込んできた。スクロールを投げ捨て、エルベールも迎え撃つ。
小さな火花が幾度も散る。大上段から振り下ろされた一撃を受けて、右肘が嫌な軋みを上げた。一歩下がる。顔を狙った突きを逸らす。もう二歩下がる。
(隙がっ、無い!)
こちらの攻撃を挟み込む隙間が、無い。一撃が重い。こめかみを汗が伝う。
端に追い詰められる。明確に首を狙う切っ先を視認し、足に仕込んだスクロールを発動させた。
石畳が柔らかく波打ち、エルベールの体をすっぽりと飲み込む。地面に潜り、猛攻から逃れ、ようやく一息ついた。
(なんなんだ、あれは!)
辛気臭いただの従者だと思っていた、それなのに。
泳ぐようにして広場の中央付近まで移動し、地上の様子を伺う。
(化け物か!)
速度も、膂力も、まるで人並外れている。それでいて無駄が無い、と思う。エルベールの目では、リアムの動きを捉えきれなかった。
あんなのは、帝国軍にもいやしない。冗談じゃない。本当に戦争ともなれば、あれ一人で戦況をひっくり返すことすらありえる。
荒れる呼吸を押さえつけて、エルベールは唇を噛んだ。
(呑まれるな、次で逆転する! 短期決戦だ)
そろそろスクロールの魔力が切れる。頭上から響くリアムの足音を頼りに、エルベールは地面から躍り出た。
切っ先を上に、足元からの完璧な奇襲、獰猛に笑うリアムの顔。
エルベールの顔めがけて投げられたスクロールが、強烈な光を放った。
「がっ」
目潰し。耐え切れず腕で覆う。無防備になった腹に、衝撃が突き刺さった。剣の腹で殴られたのだと気づいたのは、吹っ飛ばされて転がった後だった。
息が吸えず苦悶するエルベールの喉に、冷たい刃先が押し当てられる。ちらとも揺れないその切っ先が、冷酷にエルベールの敗北を伝えていた。
「し……、勝者、リアム・バルフォア!」
調停役を務めるテティオの神官が、震える声で決着を告げた。
ヴィクトリアは戻って来たリアムを満面の笑みで迎え入れた。かすり傷すらなく、穏やかな顔には疲れも見えない。
「お疲れ様。楽しかった?」
「少し。最近はもう、兄上たちくらいしか相手をしてくださらないので」
ちょっと離れた場所で警護に当たっていたリアムの兄たちが口々に、勘弁してくれ、と嘆いているのは見なかったことにする。
リアムは小さい頃から、身体能力が高かった。騎士の家系であるバルフォア伯爵家に養子に入ったのも、それが理由だ。今にして思えば、軍人であるフォルジュ家の血も影響していたのだろう。
従者の仕事よりも、剣を覚える方が早かった。戦うことが楽しいらしく、みるみる強くなって剣の師匠を倒したのが十一歳の頃。以来、様々な武術の師から手ほどきを受け、騎士たちに混じって鍛錬し、気づけばこんな風に育っていた。
これに関してはヴィクトリアは関係ない。本当に。決して。
「リアムが楽しいならそれでいいわ」と好きにさせて、色んな武術の達人を呼び寄せたせいではない。絶対に。
事実、いつも傍にいるのだから強いのに越したことはないのだ。アルフレッドも諦めたようにそう言っていた。
「お嬢様」
リアムは戦闘中とはまったく違う笑みを浮かべて、期待の籠った目でヴィクトリアを見つめた。
「勝ちました。どうか褒めてください」
得意げにする従者がかわいくて、ヴィクトリアは胸を高鳴らせつつ両手で頭を撫でてあげた。
「さすがリアムよ。分かっていた結果だけれど」
わざわざ腰を屈めて撫でられているリアムから、小さな笑い声が上がる。まだ戦いの興奮が残っているようだ。
そんなヴィクトリアたちの横で、ユージェニーとレスターが複雑そうな顔をしていた。
「悪趣味な主従ですわ……」
「ゆ、ユージェニー嬢!」
泡を食ったレスターが止めようとしているが、ユージェニーはどこ吹く風だ。
「ヴィクトリア様が悪趣味なのは前からですけれど、リアム卿もなかなかおかしいのですわね。よろしいのではないでしょうか、お似合いで」
「わたくし、ユージェニーのその素直なところ、好きよ」
「知っておりますわ」
仲がいいのは本当なので、レスターは唖然とするのをやめて欲しい。
ひとしきりリアムを褒めて、ヴィクトリアは広場の中央へ視線を戻した。
視界を奪われ、未だ動けずにいるエルベールが横たわっている。アイラの騎士が周囲を囲んで、水を差し入れたり怪我の様子を見たりしていた。
騎士たちの手を振り払おうとしているが、まだ目が眩んでいるようだ。腕がふらふらと宙を彷徨っている。
「さて」
決闘の勝敗は決まった。あれほど一方的にやられては、難癖をつける余地も無いだろう。エルベール本人が、実力の差を嫌というほど実感したはずだ。
巡らされた柵を外してもらい、ヴィクトリアはリアムを連れてエルベールに歩み寄った。焦点の合わない目が、ぼんやりとヴィクトリアを眺めている。
「エルベール・フォルジュ、決闘はわたくしの勝ちよ。異論はないわね?」
下品な舌打ちが返事だ。
「ならば結構。あなたが整えたというわたくしとの婚約、これで破棄させていただくわ」
ヴィクトリアはピンと張りつめた声で宣言した。
剣が鋭い唸りを上げる。霞む銀色。下がった分を一瞬で詰められた。剣を合わせ、防いだ手がじんと痺れる。
下から掬い上げる斬撃を叩き落とした次の瞬間、眼前に膝が迫る。紙一重で躱すが、体勢が崩れて左手を地面についた。
「くっ」
胸ポケットから引き出したスクロール。先端をリアムに向けて炎を放つ。放射状に広がった炎は、火力は低いが牽制にはなる。
「っ、ははっ」
笑いながらリアムは飛び退った。火炎放射はまだ途切れない。スクロールを槍のように構えて突進する。
リアムはひらひらと踊るように炎を避け、魔力が切れた瞬間に突っ込んできた。スクロールを投げ捨て、エルベールも迎え撃つ。
小さな火花が幾度も散る。大上段から振り下ろされた一撃を受けて、右肘が嫌な軋みを上げた。一歩下がる。顔を狙った突きを逸らす。もう二歩下がる。
(隙がっ、無い!)
こちらの攻撃を挟み込む隙間が、無い。一撃が重い。こめかみを汗が伝う。
端に追い詰められる。明確に首を狙う切っ先を視認し、足に仕込んだスクロールを発動させた。
石畳が柔らかく波打ち、エルベールの体をすっぽりと飲み込む。地面に潜り、猛攻から逃れ、ようやく一息ついた。
(なんなんだ、あれは!)
辛気臭いただの従者だと思っていた、それなのに。
泳ぐようにして広場の中央付近まで移動し、地上の様子を伺う。
(化け物か!)
速度も、膂力も、まるで人並外れている。それでいて無駄が無い、と思う。エルベールの目では、リアムの動きを捉えきれなかった。
あんなのは、帝国軍にもいやしない。冗談じゃない。本当に戦争ともなれば、あれ一人で戦況をひっくり返すことすらありえる。
荒れる呼吸を押さえつけて、エルベールは唇を噛んだ。
(呑まれるな、次で逆転する! 短期決戦だ)
そろそろスクロールの魔力が切れる。頭上から響くリアムの足音を頼りに、エルベールは地面から躍り出た。
切っ先を上に、足元からの完璧な奇襲、獰猛に笑うリアムの顔。
エルベールの顔めがけて投げられたスクロールが、強烈な光を放った。
「がっ」
目潰し。耐え切れず腕で覆う。無防備になった腹に、衝撃が突き刺さった。剣の腹で殴られたのだと気づいたのは、吹っ飛ばされて転がった後だった。
息が吸えず苦悶するエルベールの喉に、冷たい刃先が押し当てられる。ちらとも揺れないその切っ先が、冷酷にエルベールの敗北を伝えていた。
「し……、勝者、リアム・バルフォア!」
調停役を務めるテティオの神官が、震える声で決着を告げた。
ヴィクトリアは戻って来たリアムを満面の笑みで迎え入れた。かすり傷すらなく、穏やかな顔には疲れも見えない。
「お疲れ様。楽しかった?」
「少し。最近はもう、兄上たちくらいしか相手をしてくださらないので」
ちょっと離れた場所で警護に当たっていたリアムの兄たちが口々に、勘弁してくれ、と嘆いているのは見なかったことにする。
リアムは小さい頃から、身体能力が高かった。騎士の家系であるバルフォア伯爵家に養子に入ったのも、それが理由だ。今にして思えば、軍人であるフォルジュ家の血も影響していたのだろう。
従者の仕事よりも、剣を覚える方が早かった。戦うことが楽しいらしく、みるみる強くなって剣の師匠を倒したのが十一歳の頃。以来、様々な武術の師から手ほどきを受け、騎士たちに混じって鍛錬し、気づけばこんな風に育っていた。
これに関してはヴィクトリアは関係ない。本当に。決して。
「リアムが楽しいならそれでいいわ」と好きにさせて、色んな武術の達人を呼び寄せたせいではない。絶対に。
事実、いつも傍にいるのだから強いのに越したことはないのだ。アルフレッドも諦めたようにそう言っていた。
「お嬢様」
リアムは戦闘中とはまったく違う笑みを浮かべて、期待の籠った目でヴィクトリアを見つめた。
「勝ちました。どうか褒めてください」
得意げにする従者がかわいくて、ヴィクトリアは胸を高鳴らせつつ両手で頭を撫でてあげた。
「さすがリアムよ。分かっていた結果だけれど」
わざわざ腰を屈めて撫でられているリアムから、小さな笑い声が上がる。まだ戦いの興奮が残っているようだ。
そんなヴィクトリアたちの横で、ユージェニーとレスターが複雑そうな顔をしていた。
「悪趣味な主従ですわ……」
「ゆ、ユージェニー嬢!」
泡を食ったレスターが止めようとしているが、ユージェニーはどこ吹く風だ。
「ヴィクトリア様が悪趣味なのは前からですけれど、リアム卿もなかなかおかしいのですわね。よろしいのではないでしょうか、お似合いで」
「わたくし、ユージェニーのその素直なところ、好きよ」
「知っておりますわ」
仲がいいのは本当なので、レスターは唖然とするのをやめて欲しい。
ひとしきりリアムを褒めて、ヴィクトリアは広場の中央へ視線を戻した。
視界を奪われ、未だ動けずにいるエルベールが横たわっている。アイラの騎士が周囲を囲んで、水を差し入れたり怪我の様子を見たりしていた。
騎士たちの手を振り払おうとしているが、まだ目が眩んでいるようだ。腕がふらふらと宙を彷徨っている。
「さて」
決闘の勝敗は決まった。あれほど一方的にやられては、難癖をつける余地も無いだろう。エルベール本人が、実力の差を嫌というほど実感したはずだ。
巡らされた柵を外してもらい、ヴィクトリアはリアムを連れてエルベールに歩み寄った。焦点の合わない目が、ぼんやりとヴィクトリアを眺めている。
「エルベール・フォルジュ、決闘はわたくしの勝ちよ。異論はないわね?」
下品な舌打ちが返事だ。
「ならば結構。あなたが整えたというわたくしとの婚約、これで破棄させていただくわ」
ヴィクトリアはピンと張りつめた声で宣言した。
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