耽美令嬢は不幸がお好き ~かわいそかわいい従者を愛でながら、婚約破棄して勘違い男たちにお仕置きします~

神野咲音

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第二章

起死回生の一手

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 王都から鑑定官が到着した。

 少し神経質そうな男だが、ヴィクトリアも知っている有名な学者家系の出身者だ。政治に興味が無い性格で貴族としては変わり者だが、その分信頼が置ける。

 普段パーティーを開く公爵邸の大広間に、関係者が集まった。鑑定官のためにテーブルが置かれ、干渉を防ぐために近づくことを禁止される。

 この五日間、屋敷の一室に軟禁されていたエルベールは、随分と不機嫌そうな顔で一番離れた所に立たされていた。本当に閉じ込められるのは想定外だったらしい。


「魔法印が本物だと証明されたら、僕が本物のエルベール・フォルジュだということも証明される。分かっているんだろうな? これは国際問題だぞ」


 ぶつぶつと文句を言っていたが、アルフレッドが「君が無罪だと証明されたらな!」と陽気に返したのに、何を思ったかふっつりと黙ってしまった。

 ヴィクトリアたちの眼前で、エルベールの持ってきた婚約の証明書が鑑定に掛けられる。紙に転写された波紋状の魔力紋を、ルーペを持った鑑定官がじっくりと見つめた。時折、登録されたアルフレッドの魔力紋と比べている。

 しばらくそうしていた鑑定官は、ふうと息をついた。


「鑑定結果をお伝えします」


 淡々と、鑑定官が告げる。


「こちらの魔法印は、アイラ公爵のものと魔力紋が一致いたしました」


 ひと呼吸分おいて、エルベールが勝ち誇ったように笑い声を上げた。


「ほーら見ろ! これで僕が正しいと証明された! さてどうしてくれるんだ? もう婚約の成立だけでは足りない、皇帝陛下に話を――」

「それでは、本物のエルベール・フォルジュ殿? あなたが貴族だというのなら、きっと受けてくれると思うのだけど」


 エルベールの話を遮り、ヴィクトリアは口を開いた。

 鑑定結果は想定内だ。これ以降の調査は鑑定官に任せてある。

 ヴィクトリアがやるべきことは、エルベールの企みを崩すこと。その手段は魔法印の捏造を暴くことでなくとも構わない。

 微笑んだヴィクトリアの余裕が、エルベールには不快に映ったらしい。大きく顔をしかめて睨みつけてきた。


「今さら何を足掻くというんだ? 僕に対する不当な扱いを謝罪するのが先ではないか?」

「ええ。あなたが本当に無罪ならね」


 ヴィクトリアは傍にいたリアムから、一本のスクロールを受け取った。


「こちら、裁きの神テティオの神殿からいただいたスクロールよ。どういう魔法かは、すぐに理解していただけると思っているのだけど」


 するすると開いたスクロールの術式をエルベールに見せる。

 無言で読んだエルベールは、ハッと鼻で笑って見せる。


「署名した者に偽りの証言を許さない、テティオの『公正な裁判』か。そのスクロールが本物であるという証明は?」

「ここにいる鑑定官に鑑定してもらったわ。まさかエルベール殿も、その証言を疑うことはないでしょう?」


 テティオのスクロールを偽物だと断じれば、鑑定官を疑う形になる。この場において、エルベールの身分を証明する唯一の存在を。

 エルベールはちらりと鑑定官を見て、芝居がかった仕草で肩をすくめる。


「ならば本物だろうな。だが、僕がそれに署名しなければいけない理由がないな」


 拒否されることも予想していた。だから、ヴィクトリアは笑みを絶やさなかった。


「その婚約への不服申し立てと、書類捏造についての証言を求めて。わたくしから、エルベール・フォルジュに決闘を申し込むわ」

「……決闘?」

「わたくしが勝てば、このスクロールに署名し、この婚約についての詳細を詳らかにすることを求めます。わたくしとの婚約も破棄となるわ。そちらが勝てば、婚約について同意し、あなたへの行為を謝罪しましょう」


 自身に満ち溢れたヴィクトリアに対し、エルベールは「そんなことか」と笑い飛ばした。


「僕は帝国軍人として鍛錬を欠かしたことはない。そんな僕に、決闘! なるほど、いいだろう。その条件を飲むとしよう! それで? まさかヴィクトリア嬢、あなたが戦うなどと言い出したりはしないだろう?」

「まさか」


 フォルジュ家の後継としてはともかく、軍人としては名を馳せているエルベール。この申し出、必ず受けると思っていた。

 本来は策を弄するより、力で捻じ伏せることを得意としているのだろう。ニヤニヤと勝気な笑みを浮かべ、ぐるりと大広間を見渡している。

 しかし、ヴィクトリアとて勝算のない勝負など仕掛けない。


「わたくしの代理として、従者のリアムを。問題ないわ、彼はわたくしの護衛も務めてくれているから」


 リアムが前に進み出た。いつもの従者服を纏い、目を伏せたまま黙している。

 エルベールは面白そうにリアムを見た。


「そう来たか。まあいい、僕がこの決闘に勝てば、弟も帝国に連れ帰ることができると、そういうことでいいな?」

「もちろんよ。彼がわたくしから離れることなどないもの」

「そういうことならば、僕に否やはない」


 貴族は名誉を重んじる。決闘にの結果に法的な縛りはないが、負けた方が提示された条件を守らなければ、それは醜聞となるだろう。時には方よりも厳しい社会的制裁が加えられる。

 国によってその程度は違うが、軍事国家であるイザリア帝国は、決闘の結果に対して厳しい傾向が強い。軍人ともなれば、負けた側は一切の言い訳を許されない。

 決闘を承諾したエルベールの前に、スクロールを用意してくれたテティオの神官が進み出た。


「調停は彼が。わたくしの家の者だと不正があっては困るでしょう? 神殿は国ではなく、神に仕えているのだもの。テティオの神官となれば、偽証もなさらないわ」


 嘘を嫌う裁きの神だ。あくまでも公平に調停役をこなしてくれる。

 ヴィクトリアが公平な勝負を主張しているからだろう。愉快そうに笑っていたエルベールの表情が、僅かに翳った。


(疑心暗鬼に陥ると良いわ。ここまで公平を期すからには、この決闘に勝つ策でもあるのかと。また陥れようとしているのでは、と)


 そんなことはしない。ヴィクトリアはとにかく正当な手段として決闘を求めた。でなければ、テティオの神殿は協力してくれなかっただろう。

 小細工など施さなくても、リアムは勝つ。ヴィクトリアはそれを知っている。

 疑えばいい。訝しめばいい。それがエルベールの剣を鈍らせる。


「……決闘の日時は?」

「そちらのお好きなように。今からだって構わないわ」


 ヴィクトリアの悠然とした返事に、エルベールはやや怯んだように見えた。


「僕にも、準備がある。明日の同時刻はどうだろう?」

「ええ。では決まりね」


 退出の言葉もなく、広間を出て行こうとしたエルベールの背中に、ヴィクトリアは嗤って声をかけた。


「不正などしないように願うわ。誉れ高き帝国軍人殿?」
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