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第二章

試練の内容

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「ヴィクトリア、お前ならあの書類をどうする?」

「魔法印を魔力鑑定にかけますわ。タディリス王国では、学園に入学する際に魔力紋を登録いたしますから。フォルジュ家の魔力印も怪しいと思いますが、この国での鑑定はできませんわね」

「妥当だな。それでは、鑑定で本物だと言われた場合は?」


 ヴィクトリアは考えを巡らせる。

 魔法印の捏造は、言うまでもなく犯罪だ。どの国でも重罪が課される上に、今回は国を跨いでいる。国際問題になりかねない書類を、鑑定されれば判明するような状態で相手に渡すのはただの馬鹿だ。

 何か仕掛けがあるのだろう。だがそもそも、どうやって魔力を誤魔化したのか。


「……魔法印の捏造がどのような手段で行われたかを調査します。見た限り、刻印の形そのものはアイラ家の魔法印と同じに見えますが、形だけならば真似るのは簡単でしょう。問題は魔力紋ですが」


 アルフレッドが執務机に広げた書類を睨み付ける。

 魔力の鑑定はそのための道具を使わなければ行えない。こうやって人の目で見るだけでは、魔力の違いは分からないのだ。


「魔力紋を誤魔化す方法など、検討もつきませんわ。その方法を発明するだけで法に触れるでしょう」

「そうだな。だが相手は帝国の軍人だ。それも開戦派の」

「戦争を仕掛けるための工作だと?」

「そういった技術を研究していてもおかしくはない」


 今のイザリア皇帝は穏健派で、皇太子も戦争を望まない、という話は聞く。だが水面下でどのような思惑が動いているかまでは分からないし、明確に戦争を望む派閥がいるのは事実。


「アレを下せない程度なら、お前はまだまだ後継者として至らない。分かるね?」

「はい。分かっております」

「ならばよい。これから王宮と連絡を取り、鑑定官を呼ぼう。到着には五日ほどかかるかな」


 それまでに書類捏造の罪を確定しなければいけないということだ。エルベールの監禁も、そこを証明できなければ非を問われるのはこちらだ。

 ヴィクトリアは唇を引き結んで頷いた。

 アルフレッドは愛情深い父親だが、教育に関しては冷徹で容赦がない。一人でやってみろというからには、手助けは見込めないだろう。


「では、期待しているよ」





 パーティーの喧噪を背に、ヴィクトリアは自室に戻った。ずっと心配そうにしているリアムが、ヴィクトリアの外した髪飾りを受け取る。


「お嬢様」

「大丈夫よ」


 案じる声に、きっぱりと返す。そうしてヴィクトリアは自信に満ちた笑みを浮かべた。


「エルベールの思い通りになんてさせないし、お父様の試練も乗り越えてみせるわ。わたくしはアイラ公爵家の後継者ですもの」


 あんな小物に負けるわけにはいかないのだ。それだけの教育を受けてきたのだから。

 それでも眉間に皺を寄せたままのリアムに、「心配性ね」と笑う。


「自分で言うことではないかもしれないけれど、わたくしの魔法の実力ならば、あの魔法印の仕掛けも解けるでしょう。不安材料は時間制限かしら。鑑定までにエルベールの手を暴かなければいけないから」

「どうか、無理はなさらないでください。前にも言いましたが、私はお嬢様のためならなんでもしますから」

「分かっているわ。でもこれは、後継者たる資質を示せという試練だもの。今までみたいに、人に頼ってばかりのやり方では、きっと駄目だわ」


 ヴィクトリアはハーフアップにされた髪を解こうとしてうまくできず、リアムに背を向けた。リアムは慣れた手つきで編み込まれた髪を解き、艶のある黒髪がさらりと流れ落ちる。

 ヴィクトリアの白い頬にかかった髪を、リアムが指先で掬い上げた。


「リアム?」

「お嬢様ならば、どのような困難も見事乗り越えて進むのでしょう。お嬢様の優秀さは、誰よりも私がよく知っていますから」


 どこか寂しそうな目で、リアムは微笑む。


「私の願いはいつだって変わりません。お嬢様の傍にいたい。どうか、私を置いて行かないでくださいね」

「もちろんよ。わたくしも、リアムがいないなんて考えられないのだもの」


 そのためにも頑張っているのだ。リアムを従者として傍に置くことも、彼を婚約者とすることも、ヴィクトリアがアイラ公爵家の後継者だからこそ叶うのだから。

 ヴィクトリアの髪に、リアムはそっと唇で触れた。

 縋るような赤い瞳を、久しぶりに見たと思った。


「愛しております、ヴィクトリアお嬢様」

「……ええ」


 微笑んだリアムは、着替えのために侍女を呼んでくると、部屋を出て行った。


(……頑張らないと)


 いつもと違うものを感じながらも、ヴィクトリアはその違和感の正体が分からないままだった。
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