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第二章

説得の行方

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「なるほど、話は分かったわ」


 改めてレスターから説明を聞いたヴィクトリアは、僅かに首を傾げて「では」と言った。


「その陛下から止められたというお話、登場人物の設定を変えて書くことは可能かしら?」

「あの、俺はもう書けないという話をしたはずだったのですが」


 目一杯困惑したレスターが、小声で反論を試みる。


「わたくしは自分の目を盲信している訳ではないけれど、それなりに人を見抜くことができるとは思っているわ。レスター卿は自分の才能に蓋をしている」


 ヴィクトリアが美しいと思うもの。宝石やドレスは当然のこと。色とりどりの花々を愛でるのも楽しい。実は、乱れなく整理された書架も好きだ。それから、宝石を磨く手、草木を整える逞しい腕、本の埃を払う仕草。風に波打つ小麦畑。土に汚れた笑顔。何かに迷いなく心を傾ける、暖炉の熾火のように燃える瞳。己の重責を感じさせず、研いだ剣の切っ先を隠して微笑む姿。秋空のように高く突き抜ける矜持。

 もちろん、人が不幸に喘ぐ様はいっとう美しい。手を伸ばしても届かない望みに縋り、それでも諦めきれずに足掻く姿は。かわいくてかわいくて、こちらから手を差し伸べて引き上げてやりたくなる。そうして愛でて、愛して、愛おしんで、どろどろに溶けきって安堵する顔の、なんと愛らしいことか。

 けれど、今のレスターにはそのどれもが見当たらない。


「今のレスター卿は美しくないわ。好きなものから目を逸らし、逃げ場を探している。そこには義務も愛もないでしょう。初めてここで会った時はまだかわいらしくもがいていたのに、それすら辞めてしまったのは残念だわ」


 レスターはぐっと息を詰めた。何か反論しようと言葉を探していたようだが、ユージェニーと目が合ってがっくりと項垂れる。

 彼なりに言い分はあるのだろうが、傍からみればそうとしか見えない。

 ヴィクトリアは口元に指を添えて、ふ、と微笑んだ。


「わたくし、今とっても困っておりますの。領地を狙う帝国の貴族に求婚されていて」

「は!?」

「なので、領民にわたくしとリアムのお話を広めて欲しいの。既に型があるならそれを使わない手はないわ。悪役はそうね、隣の国の悪い王子、とかに変えて。わたくしとリアムは分かるくらいでいいわ」

「いやいや、ちょっと待ってください。切羽詰まった状況ってそういうことなんですか!?」

「やる気が出るんじゃないかしら? あなたの書いた話で民の心を動かすのよ。流行のきっかけを作るの。誰もがあなたの劇を見て楽しむでしょうね。そして次の作品をわくわくしながら待つのだわ」


 再び言葉を詰めたレスターだったが、その表情は少しだけ変わっていた。じっと考え込むような目つきで押し黙る。

 ヴィクトリアはさらに続ける。


「あなたもクリーズ家の者なら、このアイラ領が重要な土地であることは分かるわね? 帝国に取られる訳にはいかない。わたくしとリアムの結婚を歓迎し、隣国に敵意を抱く領民が増えれば、帝国にとってこの土地を略取する旨味はある程度下がるでしょう。そして話が帝国の民まで広まれば」

「求婚して来た男の支持も下がる、と?」

「そうなれば喜ばしいわね。ある程度噂を操作する必要はあるけれど」


 地位はあれど、ほかの貴族からの目が厳しいエルベール。権力を高めたい彼にとっては、付け入る隙を与える真似は避けたいはず。

 父とは違う、ヴィクトリアにできる手段で動くのだ。


「……俺がすぐに話を書いても、劇にするとなると時間がかかりすぎますね。劇団の準備期間が必要ですから」


 レスターがそう言った。


「それに、近頃は民衆向けの劇も増えては来ましたが、やはり富裕層向けです。民に広げたいならむしろ……、そうですね、朗読はどうでしょうか?」

「朗読?」

「演技の練習も最低限で済みますし、言葉を覚える必要もありません。書き上げてすぐに町を回ることができます。その後に劇として公演すれば、様々な層の人たちに長く楽しんでもらえる」


 それはいい、とヴィクトリアは頷いた。

 自分で作る立場にないヴィクトリアには、そこまで考えることができない。


「アイラ令嬢は酷いお方です。あんな風に言われたら、書きたくなるに決まっているじゃないですか。書けないと言っているのに」

「ふふふ。ああは言ったけれど、あなたは好きに書いてくれればいいのよ。売れるかどうかなんて気にせずに。レスター卿はその方がいいと思うわ。そうね……、作品ができてもできなくても、一年は生活の保障をしましょう。うまくいけば改めて支援をするわ。ほかに憂いがあれば言ってちょうだい」


 レスターは諦めたように苦笑する。


「本当に書けなかったら、その求婚相手はどうするおつもりなんですか」

「また次の策を考えるわ」

「陛下に執筆を止められている作品ですが」

「お父様に理由をお聞きしましょう。何か知っておられる様子だったから」

「……分かりました。その依頼、お受けいたします」


 自信が無さそうに、それでも目だけは先ほどと違ってギラついて、レスターは姿勢を正して頭を下げた。





 劇場前に止まった馬車まで見送りに来たレスターに、小声で囁く。


「自分の才能を簡単に諦めるような男を、ユージェニーの相手として許すことはないわよ」


 その途端に背筋が伸びたレスターを笑って、ヴィクトリアは馬車に乗り込んだ。
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